2017年04月06日

「ビリギャル」その4 本当に頭のいい大人になる方法



物語は装置。道具。

人間が生み出した、危険ではあるけれども
それだけにやはりとんでもないパワーを
もっている大発明。

だと思いますね。つくづく。

わたしたちに気づきを促し
大人になるためのチャンスを示し、

オベンキョウだけができてバカな人
・・・にはならず、
学力には関係のない本当の意味での大人。

本当の意味での頭の良さを引き出してくれる
そんな装置でもあるわけですから。



1月期のドラマやアニメが終わっていったこと
よりも、2クール以上続く「弱虫ペダル」の
オープニング、エンディングのテーマ曲が
変わったことの方がより新しい季節を
感じてしまいました。桜よりペダル。

「ビリギャル」

ひとまず今回はここまで

偏差値30から慶応大学を目指し始めた
さやかちゃんは、
小学校レベルのドリルから初めて
英語も一からやり直し、
歴史はマンガで覚えて、
学力を伸ばしていきます。

しかし、模試を受けても
慶応大学が合格圏に入ってきません。

伸び悩みの時期。

受験までそんなに時間があるわけでも
ありません。

もういいや、慶応じゃなくても。

ここで目標を下げると
どんどん楽な方へ流されちゃうよ。

という坪田先生に

「先生みたいに、いつも前向きではいられない!」

なんて言い捨てて、
塾も出て行ってしまったり。

自分だけではなく、家では
父と弟がいざこざを起こしていたり・・・

そんなこんながありつつも
さやかは乗り越えていよいよ受験直前。

塾に通う最後の日に
「先生への卒業式」といって
卒業証書の代わりに手紙を渡しました。

さやかが出て行ってから、
坪田先生は手紙を読みます。



もちろん先生への感謝の手紙。

その中でさやかは自分のことを
客観的に書いていました。

尊敬できる大人なんていなかった。
先生みたいな大人は初めてだった。

「でも自分にはなにもない、
それは分かっていました。
反抗することで傷つけられまいと
していたのかもしれません」

聖徳太子を「せいとく たこ」さんという
太った女性だと思っていたほど
常識レベルで学力を持っていなかった
さやかでも、自分を見つめる目はもてた。

本当の意味での頭の良さは
この視点を持ち、そこから見えてくる自分を
受け止める力があるかどうか。

ですよね。

大人に反抗するのは、自分が正しくて
大人が間違っていたから・・・ではなく、
自分が傷つけされないように守っていた。

このブログでもよく書きますが
怒りは自己防衛本能。

さやかは坪田先生と一緒に
慶応受験に挑んできたこの時期に
自分で自分を振り返りそのことに
気づいたんですね。

昨日の記事では常識離れに知能の高い天才
・・・であるだろうfacebookの創業者
マーク・ザッカーバーグを描いた
「ソーシャル・ネットワーク」という映画を
取り上げました。

この映画の冒頭、彼がまだ成長できない
感情にまかせて女性にひどいことをしてしまう
頭の回転が異常に早い嫌な奴の頃、
それでも彼はハーバード大学の学生でした。

でもさやかは偏差値30から始めたギャル。
慶応大学というそれなりの大学に行けるほど
勉強をしましたが、
さやかがこの手紙を書いているのは
まだ、受験前。つまり高校生です。

でも、その時点で、すでに
「ソーシャル・ネットワーク」の冒頭の
ハーバードの学生である大天才よりも
大人ですよね。

「お勉強だけできるバカな人」
「本当の意味での頭の良さ」

なんて、言い方があります。

成長前のハーバード学生と
成長後の学年ビリだった女子高生。

この対比、とても良い例ですね。

どちらも実在の人物と実話を元に描かれた
エンターテインメントです。

実在のご本人のインタビューなどをみると、
どちらも映画で描かれたような
わかりやすいデフォルメされたキャラではなく
現実を生きている良識のある大人であることが
わかります。

でもだからこそ、エンターテインメントで
わかりやすく浮き彫りにしてくれる方が
わたしたちが自分と向き合うときに
考えを整理しやすいんですね。

テーマが絞られているから。

現実のわたしたちもさまざまな要素が
複雑に絡み合って構成されています。

そんな自分の中にある、ある一部分と
向き合うためには、自分の心のなかに分け入って
ソイツを見つけてあげないといけないわけです。

映画を観て、ドラマを観て、アニメを観て、
小説を読んで、マンガを読んで、

「あ〜わかるわかる」
「自分にもこういうところあるな〜」

と思えたら、かくれんぼしている自分の
一部分を見つけて、
向き合う手がかりになりますよね。

映画が好き、ドラマが好き、
アニメが好き、マンガが好き、
小説が好き、お芝居が好き・・・

それはつまりわたしたちが頭がいい
ってことでしょ?

お勉強ができるできないに関わらず。

(笑)自画自賛?


          全ての物語のために












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2017年04月05日

「ソーシャル・ネットワーク」IQが高くても心はみんなと一緒



このくらい考えたらわかるだろ!
こんな簡単なこともできないの?

こんな当たり前のことが
わからないっていうことがオレにはわからない!

そんな風にグチりたくなることは
多々ありますね。

イラっとくることはつきません。

でも、それも全部自分が作り出している。

それはもう、よ〜く理解しているんですが
頭でわかっていれば常に心が実践できるか
といえば、そうはいかないもんですね。

先日も人がやったことの後始末、
悪く言えば「ケツ拭き」をしないといけない
という起きている問題の全容を把握した瞬間、
イラっとしましたよ。

そんなときはついつい独りで
グチをつぶやいてしまったりもします。

まだまだ、自分のこの程度か・・・
なんてそのグチを自分の耳で聞いて
寂しくなったりもします。

心を成長させるっていうのは
本当に一朝一夕でできることではないですね。



ブログやソーシャルネットワークについて
調査していることがあって、
ストーリーセラピストとしては、現時点で
最大級のソーシャルネットワークを作った人の
物語を観ておきたくなりました。

「ソーシャル・ネットワーク」

を観ました。

2003年、ハーバード大学の学生、
マーク・ザッカーバーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)は、
恋人と口論し最低の人間だとののしられ
ふられてしまいます。

腹いせにブログに彼女を侮辱する言葉を
書き連ね、同時に女子学生を写真で比べて
ランキングするサイトを数時間で構築し
アクセスを集めます。

ハーバードのサーバーはパンク寸前となり
学内でも問題となります。

そんな彼に目を付けた上級生に
学内の会員制のサイトを手伝ってくれと
頼まれるザッカーバーグ。

しかしその話から、自分なら
もっと良いものが作れると思った
ザッカーバーグは、

学内で友人を増やすためのサイトを親友の
エドゥアルド・サヴェリン(アンドリュー・ガーフィールド)と
共同で立ち上げます。

サイトは瞬く間に学生たちの間に広がり、
ナップスター創設者ショーン・パーカーとの
出会いを経て、社会現象を巻き起こすほど
巨大に成長していくのですが・・・。



常人離れしたIQなのでしょう。
最初の恋人との対話のシーンでその特殊な
頭の中を垣間見せます。

全く違う話題を同時進行で展開していく。

当然、恋人はついていけません。

そしてこの作品のストーリー展開によって
わたしたち観客も彼の頭の中を
疑似体験することになります。

いくつかの訴訟と、Facebookが生まれ
成長していく過程での関わった人たちの
ドラマがいったりきたりしながら
同時進行で描かれます。

こういう描き方ができる。
なおかつ、テンポも早いのに情緒も豊かに
描ききる。

ハリウッドの知性と感性にも目を見張りますが
話題はザッカーバーグです。

実際にはザッカーバーグめいた思考の雰囲気を
常人にわかりやすく見せているので
実際のザッカーバーグの頭の中は
こんなものではないのでしょう。

だからわずか数時間でブログに
彼女の彼女の悪口を書きながら、
アルゴリズムとやらをつかって各大学の名鑑の
データをハッキングして女子学生の写真を
入手しまくり、観覧者参加型の
ランキングサイトを構築してしまったあげくに
朝にはすでに大勢の学生のアクセスを集めていた・・・

なんてとんでもないことをやってしまえるのでしょう。

天才。

その一言につきますよね。

でも、一方でその行動原理です。
この映画でもそこが描かれるから
エモーショナルで切ないドラマとなっています。

ザッカーバーグ本人がどう言うかは別にして
観ていると、恋人にフラれた腹いせや
名門ボート部やら選ばれた学生たちだけの
会員制のクラブやら
そういうものへの嫉妬のようなものも
もしかしたらあるのかな?
という描かれ方もされています。

そしてその感情に対する反応のしかたは
常人と全く変わらない。

下手に頭がずば抜けて良いだけに
時に人を見下すような発言をしてしまったり
瞬発的にやってしまう行動も
常人離れしてしまう・・・

スーパーサイヤ人が八つ当たりで
小石をコツンとつま先で転がしたら
ビルを崩壊させちゃった・・・

みたいな感じなのでしょう。

どんなに知能が高くても心の成長は
それとは比例しない。

心は心でちゃんと一歩一歩、他の人と
同じように成長していかなきゃならない。

歳下でも情緒的にとても落ち着いていて、
感服させられることもあります。

だから、生きてきた年数がそのまま
心の成長になっているわけでもない。

でも、どれだけ自分自信と向き合い
自分を大切にしたり人を大切にしたり
ということを深く何度も何度も
突き詰めてきたか?

その深さや数、質量によって違ってくるだけで
IQのように生まれながらにして持っているもの
ではないのが心の成長というものです。

コレばっかりは人と接して、
自分の中で内省しないと成し得ない。

頭の良さで人を見下しているなら
その時点で頭の悪さを路程してしまっている

というものですが、それも頭の良さという
才能の使い方の問題ですよね。

人を見下せるくらい高い能力を持っているなら
もっとその能力をつかって
自分の心と向き合ってみればいい。

結局、その視点と出会えるかどうかで
心の成長も変わっていくのでしょう。

ザッカーバーグさんは、この映画の中で、
それを手に入れているように見えました。

映画の中だけではなく、この映画を観た
ザッカーバーグ本人も、
当時の自分を思いだして気分がわるくなった
みたいなコメントをしていました。

客観的に自分という人間を描かれて
世界中で公開されたのですから
その心中や察して有り余るものがありますね。

わたしたちもせめて、自分の中でくらいは
恥ずかしくても観たくなくても
素の自分を客観的に観て
向き合うくらいのことはしておきましょう。

頭が感情に振り回されないように。


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2017年04月04日

「ビリギャル」その3 プレッシャーを感じているならおめでとう



ある大きな大会で優勝したことがあります。

様々な企業が集まり、
電話での接客応対を競う大会。

県で数百人が競い合い優勝者は
県代表として全国大会へ出場する。

翌年もチャレンジしました。

前年までは1位しか全国へはいけなかったのが
その年から2位まで行けることに。

会社の期待がかかっていました。

何より自分がプレッシャーを感じていました。

なんと結果は3位。

でも多分、悔しがる周囲をよそに
満足している部分もありました。

それは、前年度優勝者という
貴重な立場でしか味わえない経験を
できたことに対する満足感でした。



映画館で観た時は感動していましたが
始めてみる時の感動が大きくて
自分が拾ったものを覚えておけませんでした。
何度も観れるというのは嬉しいことです。

「ビリギャル」

金髪、ミニスカートで
入塾面接に来たさやかちゃん。

高校では・・・中学入学から一度も
勉強なんてしたことがないそうで、
偏差値は30。

学力のみならず、常識から不足しています。

それでも、楽しいことばかりやってきた彼女は
楽しいことへの集中力は半端じゃない。

塾の坪田先生が勉強の楽しさを
体験させてくれるのと、
なにがあっても味方でいてくれる
母の思いに応えたい思いで、
どんどん学力を伸ばしていきます。

日本史は映画を見ている限り、
全部、「まんが日本の歴史」で覚えたのか!?

しかし、志望校は普通の大学ではなく
私学の最高峰、慶応大学。

もちろん簡単な道のりではありません・・・。



試験直前にさやかがプレッシャーが凄いと
坪田先生にもらします。

そのときの坪田先生のあっさりとした
返答がとてもわたしの心に刺さりました。

『プレッシャーがあるってことは
受かる自身があるってことだ』

そう、簡単じゃないのはわかっていながらも
いけるかもしれないという手応えは
自分自身に感じている。

つまり、ある程度の自信があるってこと。

もしも、まったく自信がなければ、
1ミリも自分に可能性を感じていなければ
緊張なんて使用がありません。

どうせ無理。

と思っていたら、リラックスしまくりでしょう。

子どものころに、空手を始めて間もない頃、
白帯のまま大会に出て、型の演舞をしました。

緊張はしたけれど、プレッシャーはなかった。

黒や茶色の色付きの帯が当たり前の場所で
白帯というのは目立ちます。

だから、人目が集まる。

だから恥ずかしさはありました。
でもそれはプレッシャーとはぜんぜん違います。
だって、下手でもいいんだもん。

そこにいる誰よりも下手でも、
何とも思われない。

しかし、社会人になって、電話の大会のときは
前年度優勝者という立場がありました。

今年も全国に行ってくれ!
会社の期待も高まります。

「できて当然」というところからのスタート。
それは周囲からの期待が重圧になるという
”他人のせい”プレッシャーではなく
自分の中でのプレッシャーとして育っていきました。

もともと、周囲にどう思われるか?
ということに対しては、わりと抗体がある。

しかし、自分で自分にかけてしまう
あのプレッシャーは本当に初めての経験でした。

でも、それは「ある程度のところまではできる」
という自信があってこそ初めて生まれるもの。

自分には縁がないと思っていたような経験。

わたしは3位、後ひとり抜けば全国には
行けていたという微妙な順位でしたが、
初めての感覚を経験したという
学びへの満足感はあった。

それ以来、人前で話す機会があったり、
何かしらプレッシャーがかかる機会があると、
自分で自分の実力をある程度認めているんだなと、
自分と向き合って、それを相手の為に
全力で出し切れ!
と、自分に言い聞かせるようにしています。

ようするにスイッチを切り替える。
焦点を人のためのサポートにしぼると、
自分の感じ方なんて二の次になって
いつのまにかプレッシャーなんて忘れちゃう。

プレッシャーを感じたら、
自分にはやれるだけの実力があるんだと
自分の心の奥がちゃんとわかっている証拠。

そう確認して、目的に集中する。

だから、坪田先生はあっさりとプレッシャーの話を
次の話題に切り替えたのかもしれませんね。

あなたがいまプレッシャーを感じているなら
自分の実力に自信がついてきた証拠です。

おめでとうございます!


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2017年04月03日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #12 トラブル!」一番むずかしくて愛が要ることってな〜んだ?



わが子のことを心配するあまり
ついつい口出しをしてしまうことがあります。

友達とケンカをしてきたり
冗談で言い合っている様子が
ケンカに発展しそうでハラハラさせられたり…

最近の子どもたちは当たり前のように
LINEなんてやっていますから、
メールやソーシャルネットでの
コミュニケーションの難しさを思うと
これまた心配をしてしまう。

春休みになって、勉強をしなくなったら
そんなことでは中学校にいって
勉強についていけなくなりはしないか?

逆に、中学準備で塾ばかりいっているのを観ると
せっかくの子ども時代をもっと遊ばないでいいのか?

なんて心配になったり…

でも、わたしはそんなソワソワする自分の気持ちも
楽しみながら、父親人生を謳歌しようと思います。

息子の人生も、わたしたち家族の人生も
本当に信じると決めているから。



息子が活字なれしてくれるように買った
物語シリーズの小説。アニメ化が未発表だった
「終物語 下」を最近よくカバンに入れている様子。
読もうという意識が出ているんですね。
そんなおり、アニメ放送が夏に決定したと公式HPで
発表がされました。春は「進撃の巨人」と
「アトム ザ・ビギニング」が始まります。
アニメ情報も楽しいですね〜

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第12話 「トラブル!」


を観ました。

インターハイ千葉県予選。
昨年は金城たち3年生が3人で出場し
坂道くんたちは慌てて会場に行きました。
ただの観客でした。

しかし、今年はすでに決定している
インターハイ出場メンバー6人で
県予選に参戦です。

これが高校の公式戦デビューとなる
新1年鏑木は、その県予選で
自分がエースとして走ると意気込みます。

ところがいつも一緒だった段竹と離れ
1人で走るプレッシャーからか
腹痛に襲われるなど、内心緊張していました。

それでもレーススタートから勢いよく
飛び出す鏑木。

そしていきなりのパンク。

トラブルに見舞われた鏑木は瞬時に
頭の中で打開策を考えますが、
そのとき彼の視界に入ったのは、
自分を待って停まっている
総北の先輩たちでしたちの余裕の姿でした。

周回遅れになるとその時点で失格、
先頭集団がチーム総北の後ろに迫ります・・・



鏑木がパンクした瞬間いろいろ考えます。
実況アナウンスで自分がパンクしたのは
マネージャーにも伝わったはず。

このまま部のワゴンがタイヤを運んでくるのを
待つか、それともコースから総北のブースまで
コースの最短距離を走って横切り
タイヤを取ってくるか・・・

そのときに目の前の先輩たちが目に入る。

自分なんて待ってないで走ってくれ
と言いますが、エースであるお前を
引かなきゃ意味がないと
全員焦るふうでもなく待っています。

そして、最短コースを横切ってタイヤを
担いで走ってきたのはマネージャーでした。

考えたら寒気がするくらいカッコイイですよね。

総北の2、3年生は信じて待っていたんです。

マネージャーを?

それもそうですが、鏑木の実力も
そしてもちろん自分たちの実力もです。

つまり、総北のインターハイ出場メンバー
のみならず、チーム総北を支える全員を
彼らは信じている。

信じて…待つ。

この「待つ」というのが難しいんですよね。

実際鏑木はパンクした瞬間、
まだチームメイトが待ってくれていると
気づいていないとき、
自力でどうするか?という思考でしたよね。

それはそれで立派です。

チームに対する責任もあるし、自分のトラブルは
自分で解決しなければ!と思う。

車を待つかコースを最短で横切って
タイヤをとりに行くか?

でも、そこにはマネージャーを信じるとか
先輩たちを信じるという思考は抜けている。

いや、それは少し言葉が悪いですね。

マネージャーはアナウンスを聞いているから
着てくれるだろうとは思っていたし、
先輩達には早く追い付かないとと思っていた。

甘えた期待をしなかったというべきでしょう。

立派です。

でも、同時に水臭くもあるし、何より自分を信じていない。

自分が失格になる可能性を大きく念頭においている。

対照的にただ鏑木の前で待っている先輩たちは
自分も含めたチーム全員を信じている。

この信頼は一種の”愛”ですよね。

息子が中学に入ってどうなるのか?
楽しみもいっぱいあるし不安もある。

いつ、活字の面白さに目覚めるのかも気になる。

でもそれは”いつか”必ずくる。

それは親が望むタイミングではなくて
彼の人生にもっとも適したタイミングで。

例えば夫婦間でも問題と言うのは起こります。

お互い別々の人間で、違った価値観を持って
生きてきたわけですから不満もいっぱいあります。

恋愛と結婚は違う。

でもわたしは恋愛で悩んでいる時期、
結婚に憧れていました。

今でも結婚に憧れている人は沢山いるし
その夢は決して誰でも叶えられるような
当たり前のことではないですよね。

そして何より、神に誓って
神ということばに抵抗があるなら
自分の魂、自分の人生そのものに
妻を愛し続けると誓ったわけです。

それだけの誓いをしようと恋した相手。
恋はお互いの神秘でも、
愛は自分自身の努力です。

だから、不満がお互いにあったとしても
信じて待つ。

わが子を信じて待つように、パートナーも信じて待つ。

愛という努力によって。

もちろん、自分の人生を愛していないと
相手を信じることも成り立たない。

キレイ事で言っているのではありません。
キレイ事じゃないからことの難しさを
噛みしめながら言っています。

”信じて待つ”

まぎれもなく”愛の実践”ですよ。



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2017年04月02日

「ビリギャル」その2 本気で落ち込んでいるならおめでとう



感情がないロボットのような冷血人間。
冷めてる。
もっとアツくなれよ!

正直に言うと、わたしはアツい人間です。
自分で言うのもなんかアレですが、
マグマを自分の中に感じるので仕方ない。

でも、周囲からは冷めているように
観られることも多いんですね。

そういう人たちも、
わたしがアツさを表現すると
引いてしまうことがあります。

「マジになるなって・・・」

(笑)

どっちやねん!

マジ、本気。

なぜ、自分だけこんなに辛い思いをするんだ!
ってマジ泣きしている人がいます。

マジで落ち込んでいる人がいます。

でも、それって凄く羨ましいことでもあります。

凄く良いポイントに立っているということですよね。

自分に溺れることさえしなければ
自信を持てる大きなチャンス到来ですよ。



年末だったか年始だったか、この作品が
地上波初登場、本編ノーカットで
放送されましたね。弟が録画しててくれて
「HERO」と二本立てのブルーレイにして
くれました。劇場以来2年ぶりに、

「ビリギャル」

を観ました。

名古屋の女子高に通うお気楽女子高生
さやか(有村架純)。

彼女は自分がワクワクすることだけ
やっていたらいいと母、ああちゃんに
大らかに育てられていました。

しかし、高校では全く勉強せず、
毎日友人たちと遊んで暮らしています。

偏差値は30。学年ビリ。

ある日、鞄の中からタバコが見つかり
無期停学処分に・・・

一緒に吸っていた友達の名前を言えば
停学の件を考えても良いという
学校の方針に頑として沈黙した娘を
誇りに思いながらも、
将来を案じたああちゃんは、さやかに
塾に通うように勧めます。

そしてさやかは金髪パーマにピアス、
厚化粧にミニスカートのへそ出しルックで
入塾面接に行き、教師の坪田と出会います。

坪田もさやかに驚きながらも
前向きな会話でその場で、
さやかの志望校が慶応大学に決定するのでした・・・



ブルーレイを弟から受け取り、
久しぶりにプリンターでディスクに直接
画像を印刷しました。

そのディスクを見た息子は興味をそそられたようで、
わたしよりも先に「ビリギャル」も
「HERO」も観ていました。

わたしが見終えたとき、
ちょうど遊びから帰ってきた息子に
「『ビリギャル』面白かった〜!」
と言うと、息子も満足そうにしていました。

一緒には観れなかったけれど
同じ作品を楽しめるというのは嬉しいですね。

さて、「リーダーズ」の時も感じていましたが
この「ビリギャル」を観て感じていたことが
言葉になりました。

主人公たちが本気で泣いている。

なかなか感情を表に出さないわたしは
凄いな〜激しいな〜と思っていたのですが

本気で泣けるのは本気で生きているから

なんですよね。

わたしはやる気に頼らない本気を意識していて
本気=行動だと定義しているので
淡々と生きながらも本気は本気なんです。

でも、必死を遠ざけている部分もある。

必死には追い込まれればだれでもなれるんです。
でも、普段から本気でやっていたら
大切なときに必死にならずに冷静に
対処できる。

それに必死になっていると「やった気」に
なって満足してしまいやすい。

だから、普段から感情を乱さないように
淡々とすることを心がけているんですね。

でも、この「ビリギャル」のさやかや
坪田先生、そしてさやかの家族たちを
みていると羨ましくなってきました。

「リーダーズ」を観て感じていたのも
その羨ましさだったんですね。

わたしも本気は本気、でも種類が違う。
いや、正直に言って本気の質がまだ
彼らには追いついていない。

本気=行動というわたしの定義は本気の基本。
つまりスタートラインです。

何でも行動だけすればいいのかと言えば
そりゃあもちろん違いますよね。

同じやるにしても、どれだけ真剣か、
どれだけ丁寧か、どれだけ思いを込めているか、
それで成し遂げることとの質ももちろん
変わってくる。

本気=行動のスタートラインに立ったら、
次は行動の質を上げていく、
つまり本気の質を上げていく。

それがまだまだ、さやかや佐一郎たちには
追いついていない。

でも、それって自分じゃわからないのかも
しれないですよね。
どこまで行ったら十分なのかって。

それでも、本気で泣きたくなったら
そのときこそ思えばいい。

ああ。自分はこんなに本気でやっていたんだ。
やるじゃん自分!

って。

本気の涙は自分の本気を認めてあげられる
合図ですよね。


           全ての物語のために 







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