2018年01月01日

アニメ「妹さえいればいい #12(最終話) 妹さえいればいい?」もう一度、主人公になってみる


★あけましておめでとうございます☆
☆今年もよろしくお願いします★

「マンガでもドラマでも、結ばれる二人の周りには
主人公にフラれる人たちが沢山いるでしょう?」

どんなタイミングだったか憶えていません。
高校生のときだったのかな・・・

母親に言われた言葉です。

わたしは自分の恋の話を親に詳しく
していたかどうか覚えていません。

ただ、わたし自身が失恋するたびに
母のこの言葉は何度も頭の中で
繰り返されていました。

同時に、自分の魂の叫びも
何度も繰り返していました。

「主人公になりたい!!」



2018年のはじめにふさわしいのか?
なんて言ったら作者の平坂読さんに失礼ですね。
でも、わたしがこういうアニメを観る日がくるとは
やはり子育ては

アニメ「妹さえいればいい」
第12話(最終回)「妹さえいればいい?」


を観ました。

コタツで眠ってしまった伊月は
中学生のころの夢を見ていました。

友もなく、一人でライトノベルの世界に浸る
暗い中学時代を過ごしていた伊月。

そこに、高校生の少女がやってきます。
伊月の母から伊月のことを聴き
弟の面倒を観るような感覚で遊びに来たのです。

伊月はいつしかその少女に恋心を抱くのですが・・・。

その日、伊月の小説『妹法学園』の
アニメ化決定を祝い、飲み会が開かれていました。

そこで一同は春斗が買ってきた
「ラノベ作家の人生」という
ボードゲームで遊ぶことに。

ゲームの人生も現実の作家の人生と同じで
波乱万丈。

プレイヤーたちはそこで何を思うのか…。



思いっきりアニメ好きの中高生向けの作品です。
タイミングが合って息子と一緒に観ちゃいました。

調べてみるとちょっとエッチなラブコメ・・・
なんだそうです。

主人公の伊月はライトノベルの作家、
周囲には彼を思う大学生、作家仲間で
彼にゾッコンの歳下の女子。
伊月の編集担当の男性と
友人の男性作家、それに伊月の
腹違いの弟?

彼らの密かな恋心が錯綜しながら
ライトノベル作家という仕事が描かれていく。

そんな作品の様です。

で、最終回だった第12話では、
伊月が小説を書くきっかけとなった
エピソードが描かれる。

同時にタイトルの謎も明かされる。

伊月の作家としての原点は
「主人公になりたい!」「俺が主人公になってやる!」
そんな切なくも熱い思いでした。

息子は「切ねぇ〜」と見入っていました。
わたしは懐かしいなぁなんてちょっと
オジサン目線でした。

わたしが失恋するたびに魂の底から
叫んでいたこと。

「主人公になりたい!」

考えてみれば、この気持ちこそ
自分の人生を生き切るために必要な
モチベーションなのかもしれません。

恋愛だけではないですよね。

主人公になりたい…。

いや、主人公なんですよね。
でも、その主人公に慣れている実感が少ない。

恋愛で上手くいった時は
やっと主人公になれた!

という感覚がありました。

「主人公になりたい!」という渇望と
「俺が主人公だ!」という実感との差。

ここを越えたときの感覚。

これをそのまま、今目指している目標に
当てはめてみる。

恋愛でまだ主人公になれていない人は
自分が主人公だ!って思えたときのことを
思い描きながら恋愛でも目標を作ってみる。

これ、漠然としていた物事が
一歩現実味を帯びてくる方法ですよね。

わたしももう一度、今取り組んでいることで
あのときの「主人公になりたい!」という
渇望を思い出しながら向き合ってみたいと思います。


            全ての物語のために
















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2017年12月31日

「超高速!参勤交代 リターンズ」2018年の成長の二軸



今年一年、ありがとうございました!

来年も、このブログは続けていきます。
もっともっとやりたいことが沢山あるのに
なかなかやりきれていません。

悔しく2017年をしめることになりますが、
それでも清水の舞台から飛び降りるような
気持ちで「エイ!」と自分の殻を破ったり
楽しいことばかりに流されずに
健康維持のために淡々と無理をしない
生活を続けて来ました。

放っておくと、すぐに夜更かししたり、
お酒を飲んでバラエティ番組を観て笑って
明日のための行動は何一つしないまま
一日が終わってしまう・・・
という生活になってしまいます。

そして、いまちょうど体調が変化する年齢・・・
42歳。

だから、そんなことをやっていると
簡単に身体を壊すでしょう。

そうでなくても、今年は1月にインフルエンザ、
6月に腸炎、11月に風邪で寝込む・・・

と、ここ数年のわたしでは
考えられなかったペースで体調を壊しました。

確実に身体が変わってきていることを
実感した一年でした。

だから、若いころの自分では想像もできないほど
規則正しく生活しました。
早寝早起きを基本として。

でも、来年は殻を破らなければならない年だと
思っています。

殻を破ったからと言っても、大ブレイク!
とはいかないと思いますが
芽が出てきて今から伸び始めるよという
勢いだけはつけておきたい。

そう思っています。

そのためには、きっとわたしは
いくつか思考を変えなければならない。

ひとつはまず相手のこと、周囲の人のことを
まず第一に考えるということです。



邦画の話題作はレンタルするのも先伸ばしているうちに
公開翌年にはテレビで放送してくれる・・・良いですね。
念願の、

「超高速!参勤交代 リターンズ」

を観ました。

江戸時代、幕府から五日以内の「参勤」という
無茶な難題を、知恵と工夫で何とか果たした
湯長谷藩。

藩主・内藤政醇(佐々木蔵之介)率いる一行は
帰途に就く「交代」へ。
しかし、とにかく五日以内で参勤することを
考えていたため帰りの予算を
計算に入れていませんでした。

内藤たちは不眠不休でまた走ることに・・・

そんな折、湯長谷で一揆が起きた
という知らせを受け、道中の内藤たちは
慌てます。

実は、内藤たちに敗北した老中、
松平信祝(陣内孝則)の逆襲によるものでした。

一揆を鎮めるため大急ぎで帰郷した
内藤たちが見た故郷の姿は・・・。



やっぱりいいですねこの作品は。

特に一作目は、
これぞ映画!これぞエンターテインメント!
って感じでした。

二作目なのでお馴染み感はありますが
それはこの二作目も同様です。

一作目から、この二作目まで
わたしの保存版です。

笑いながら安心して観れる時代劇
なのですが、それでも内藤の殿様としての
姿勢は時代に関係なく見習うことが多いですね。

みんな大好き内藤さん!みたいな雰囲気。

わたしの場合はどうしても自分が大事。

いやそれは悪いことではないのですが、
わたしの場合は気を抜くと
あまりにも気が利かないという
悲しい状況にすぐに陥ります。

だから、まず人のことを考えられる
内藤のような人は尊敬するし
憧れるし、やっぱり好きになりますよね。

自分たちが窮地におとされたときに、
自分が治める村の民たちは
どうしているだろうか??

とまず民のことを考える。

家族ならわかりますが、
家族以外のその他の人たちのことも
こういう人は家族同様に大切にしますよね。

その感覚がわたしは弱い。
基本的にわたしは、人は人。

わたしの良さでもあるのですが、
良さは良さとして、さらに進んで成長しなければ
次なるわたしにはなれない。

そんな気がしています。

そして、もうひとつは今の自分を超えること。

芽を出し成長していく・・・

ということは今のままではいられないということ。
心地のいい「現状」を手放して
違和感のある新しい自分にならなければならない。

受け入れがたいことを受け入れる・・・

そのためにはプライドを捨てないといけない。
きっとそういう壁がくる。

いや、それは今年も感じたし、
今後も何度も来るのでしょうが
暫く気づかぬふりをしていたことなのも事実。

それで今年も大きなチャンスを逃しました。
チャンスを掴むチャンスがあったのに逃しました。
非常に後悔しています。

チャンスに飛びつかなかったからではありません。

準備ができていなかった。
目標通りなら準備ができていないと
いけなかったのに、
その準備ができていなかったからです。

でも、それこそが良い訳なんですよね。

内藤たちは、準備なんてできていなかった。

参勤交代も、故郷に帰ってからの状況も
なにも準備はできていなかったはずなのに
それでも、ピンチを次々と乗り越えていきました。

準備ができていないからチャンスを掴めない。

そのメンタルこそがチャンスを逃すモノ。
そういう自分を超える。

と言いながらも着々と準備してきているんですけどね。

結局は、自分のバランスのいいところで
その時が来るのだと自分を信じているのですが、
いつまでも夢見るばかりでもいられない。

何年も前から動き出してはいますが
そろそろ、動くだけだけではない
実をつける作業にして行かなければなりません。

すこしでも家族やあなたのための
わたしで荒れるように成長しておきたい思います。

来年も、よろしくお願いします!!!


          全ての物語のために







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2017年12月30日

「香港国際警察/NEW POLICE STORY」優しくなりたい人、この指とまれ



人に優しくできない
もっと優しい人間になりたい

そう悩む人もいるんですね。

わたしから見れば
そう思えることがもう
優しさの現れではないか?

と思えるのですが
本人はそうは思っていない。

不思議なものだなと思いますが、
転じて自分に目を向けてみると
わたし自身も自分が冷たい人間だと
思っているフシもある。

いや、人から「お前冷たいな〜」
なんて言われると「そんなことはない!」
と反発はしたくなるのです。

その程度の人情は持っているつもりですが
ただ内心「オレ冷たいんだ・・・」
って傷ついていたりもする。

だから、落ち着いて考えると
「優しくなりたい」という悩み・・・
願い?

これは人事じゃありませんでした。



まだまだ観れていないドラマがあるのですが
年内鑑賞は諦めないといけないようです。
そんな中、息子と2人で夕食をとる機会があり
1、2ヶ月前にBS朝日で録画した映画、

「香港国際警察/NEW POLICE STORY」

を観ました。

ゲーム感覚で犯行を企てる若者たちの集団。

そのリーダー、ジョー(ダニエル・ウー)の
アジトをつきとめた香港警察の
チャン(ジャッキー・チェン)は

特捜部の部下たちを引き連れて
アジトへと向かいます。

しかし、そこに待ち受けていたのは
残忍な罠でした・・・

一年後、部下たちを犠牲にし
自分を責めるチャンは
停職処分となり、
酒に飲まれる毎日。

そこに、上層部からの命令で
チャンの相棒になれと言われた
若い刑事がやってきます。

その若い刑事はふらふらのチャンを
引っ張るようにジョーたちの事件の
捜査を再開させるのですが・・・



ハリウッド進出を果たした
ジャッキー・チェンが
ハリウッドでは危険だとやらせてもらえない
というフラストレーションを
香港映画に戻って発散したような作品です。

それだけに見応えのある作品でした。

演出的にはバタ臭い部分もありますが
伝説の作品
「ポリス・ストーリー香港国際警察」
という作品を超えるくらいの
気持ちで作ったんだというのは
タイトルからも伝わってきますね。

前半は怖いくらいのアクションスリラーです。
中盤で謎が解かれていき、
終盤は敵の次の襲撃場所に
自ら乗り込み・・・

公開当時わたしが興奮したのは
このころのジャッキー作品は
巻き込まれ型の戦いが多く
主人公自ら攻めていくという展開が
非常にめずらしかったことです。

危険なスタントもいくつもの見せて
まさに全盛期のジャッキーが復活した!

という喜びがありました。

BSで放送されたのはテレビ用に
カットされたものではありましたが
それでも作品の良さはなくなっていません。

わたしも数年ぶりにに見て楽しめました。

何よりも、自宅では何かと気が散って
なかなか落ち着いて一本、
映画を座っては観ない息子が
最後まで観て「面白かった〜!」

と感嘆の声を上げたのはやはり
うれしかったですね。

息子は12歳。
わたしがジャッキー・チェンを
ただのヒーローではなく
映画人として大ファンになった歳です。

お正月には「カンフー・ヨガ」を
見に行く予定なのでまたまた楽しみ♪

さて、この作品の悪役は
若者たちです。

警察への調整をゲーム感覚で楽しむ。

そこには理由がありました。
彼らの親は全員政財界の有力者。

ジョーは警視総監の息子です。

ところが親に対する鬱屈した思いがある。
だから権力の象徴、
警察に挑戦するようなことで
『反抗期』を取り返しのつかない方法で
やり直している・・・

そんな集団でした。

ゲーム感覚なので簡単に人を殺します。
仲間でさえためらわずに殺せてしまう。

そんなジョーは家庭の中では
まったく認められていないんですね。
自分の居場所にも感じられず
親は喧嘩ばかりしていて
厳しい父親は自分を認めてくれない。

だから人に優しくできない。

だから人に優しくできない・・・?

どういうことでしょう?

そう、彼は自分にも優しくできないんです。
自分を愛せていない。
何もかもどうなったっていい。

まさに自暴自棄。

自分がいつ死んだってどういうカタチで
そうなったってまったくかまうもんか。

そんな気分で生きているから
周りのことももちろんどうでもいい。

3DCGアニメの
「インフィニティ フォース」の主人公
界堂 笑がはじめそうでしたね。

自分の命はバイクで無茶をして
どうなってもいいと思っていたし
人が突然姿を消すという現象も
どうでも良いと言って
ガッチャマンこと健に
「身勝手な奴だ」と怒られていました。

笑は、自分への父の愛を知り
健たちの「何があっても守る」という
笑の存在そのものを認める熱さに
触れて、自分の魂の願いに気付きます。

自分の人生をちゃんと自分で生きていきたい
と・・・

自分を愛せるようになったということです。

ジョーと笑の違いはまさにここ。

ジョーの末路は直後のチャンたちの
危機によってかき消されてしまいますが、
とても悲しいものです。

ちゃんとその悲しさも表現されるシーンです。

人に優しくなりたいという人は
何から始めればいいのか?

もう、わかりますよね。

自分に優しくすることから始める。

まずは自分が自分で在るということを
全部受け止めて丸ごと愛する。
自分にOKを出してあげる。

その上で、自分への優しさも
強さのある優しさへ
成長させていけばいい。

ジョーも人間の心がゼロになっていたわけでは
ありませんでした。

家庭のベッドにうずくまるジョー、
そして最後の彼の涙と行動が
それを物語っています。

でも、自分を愛すること、
愛して欲しいという思いを
もっと早く行動に移しておければよかった。

ジョーのように悲しい最後を
選択せずにすむように今ここから、
まず自分を愛することを意識する。

自分に優しくする。

わたしも気持ちがクサクサして
自暴自棄になりかけたら
自分に優しくできているか?
点検するようにします。


         全ての物語のために








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2017年12月29日

アニメ「タツノコ・レジェンズ インフィニティ フォース #12 I'LL FIND...」そういえばヒーロー



世界を救うヒーローに憧れました。

電子戦隊デンジマン、太陽戦隊サンバルカン、
仮面ライダースーパー1、
宇宙刑事ギャバン、シャリバン、シャイダー

科学忍者隊ガッチャマン

日本のヒーローは子供向けが基本ですね。

でも、マーベルやDCコミックスなど
アメリカンコミックのヒーローたちは
子供向けとは言えない。

特に最近のヒーロー映画は
大人の鑑賞に堪えうるどころか
R15指定までついていたりもします。

とくに、バットマンのダークナイトシリーズ
のようにリアルなヒーローものを観ると
あまりによくできたエンターテインメントで
忘れてしまうことがありますよね。

感受性の鋭い人は逆に
ビンビン感じるかもですが、

彼らヒーローがわたしたち自身の
メタファーであるということ。

つまり、あの世界を救うヒーローたちは
あなたでありわたしであるってことを。



「僕のヒーローアカデミア」を今年初めて観て
数年ぶりに興奮したようなのとは違いますが
放送開始前から興奮していて、最終回を終えた
今でも観ることができてよかったとまだ興奮と
満足に浸っています。

アニメ「タツノコ・レジェンズ インフィニティ フォース」
第12話(最終話)「I'LL FIND...」


を観ました。

崩壊の危機は去り、
平穏を取り戻した世界。

人波と喧噪を取り戻した渋谷の街に、
笑も日常を取り戻していました。

学校に通い、友達と遊び、
普通の女子高生として生きる笑。

そこには、かつての
希望もなく全てに冷めた少女の姿ではなく
父から託された名前にふさわしい
笑顔に溢れた日常を送っていました。

しかし、そんな彼女の周りに
あの4人の姿はありません。

あの日、彼女と4人のヒーローたちに
何があったのか。

笑は一人あの日の出来事に
思いを巡らせます・・・。



世界中のみんなと友達になる・・・な?
今は信じられるだろ?

今回の話で破裏拳ポリマーこと武士が
笑に投げかけた言葉です。

当初、笑は何も希望を持たず
冷めた高校生でした。

武士が自分の望みは
世界中のみんなと友達になることだ
というと、
「なれるわけない」「バカみたい」
という反応をしていたのです。

でも今の笑は違います。
希望と笑顔を取り戻している。

もう、武士のセリフをバカにはしません。
むしろ前向きに素直に真剣に
そして笑顔で受け止められる。

その気分を、武士は笑自身の中で
確かめて欲しかったのかもしれません。

さり気ないセルフのやり取りでしたが
とてもすてきな瞬間でした。

まさに、全話観てきてよかったな
と思えるシーン。

このお話の中では笑は
自分の願いの力で自分の世界を変えた
ヒーローでした。

だから、健たちも「俺たちと同じ仲間」だ
と言います。

でもこれはメタファーですよね。
隠喩。

わたしたちは認識の世界にいる。
わたしたちが観ている世界は
それぞれが目の前のことをどう受け取るか?
それにどう反応するかでできている。

自分がどう捉えるかで世界は変わる。

わたしの世界を救えるのはわたしだけ。
あなたの世界を救えるのはあなただけ。

だから、わたしもあなたも
ヒーローなんですよね。

はじめはふてくされていた笑。
ふてくされているなんて
自覚すらなかったでしょう。

ただ全てがどうでもよかっただけ。

でも、そこには期待をしないようなる
原因があって、自分でも気付かないうちに
そういうものが心に降り積もって
本当の魂の願いを覆い隠して
自分の心を感じられなくなっていた。

健たちがその笑を魂の鎧から救いだし
笑が父、界堂を悲しみの鎧から救いだした。

笑自身の考え方、物事の捉え方が
変わったからこそ世界が変わった。

この物語が全体で
そういったメタファーになっていました。

ヒーロー作品の神髄。

そういえば、わたしもあなたも
ヒーローだったなと思い出させてくれる
そんな作品でした。

ふつうのアニメでも、実写作品でも
この絶妙なテイストでは表現できなかった
と思います。

まさに3DCGアニメでヒーローもので
絶妙なバランスだったんだと思います。

これは、完全保存版ですね。

劇場版はTV版とは監督が違うようなので
またどのようなテイストになるのか
わかりませんが、
ガッチャマンの世界の南部博士や
ガッチャマン2号、コンドルのジョーが
登場します。

新しい予告編を観ると、
この二人と大鷲の健との関係性に
緊張感が伺える。

これも楽しみですね〜(笑)


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2017年12月28日

ドラマ「刑事ゆがみ #10(最終話)」図太さの手本



怠惰では成功できない。
というか本当の本当に怠惰な人って
いないと思うんです。

怠惰・・・つまり、怠け者。

怠け者の気分は誰の中にもあると思います。
でも、その気分を突き詰めると
結局はになにもしたくない。
全てが面倒だってことになる。

そうなると生きていけない。

でも、わたしたちは生きている。
生活に必要な習慣を怠けずに
遂行できているという証拠です。

だからわたしたちは怠け者ではない。

さぼりながらそんなことを言っていると、
本当にせっせと動いている人たちには
図々しい論理に聞こえるかもしれません。

でも、生きていく以上幸せにはなりたいし
幸せを求めるなら、
その程度の図々しさは
当たり前に必要だと思うんですよね。

ひねくれる必要はないけれど
それで自分を肯定できて
前に進めるなら図太さ万歳ですよね。



年末年始、「逃げ恥」一挙放送や「99.9」の
ディレクターズカット版の一挙放送など
ドラマも忙しい感じですね。
年末ギリギリで最終回をむかえる作品も
多い中、やっと・・・

ドラマ「刑事ゆがみ」
第10話(最終回)


を観ました。

羽生(神木隆之介)を振り切って
逃亡した弓神(浅野忠信)。

うきよ署では、
ドライブレコーダーの映像などから、
資産家の元医師・薮田恒男を殺害したのは、
死んだはずの横島不二実(オダギリジョー)
だとと断定し、捜査が進められます。

横島は、7年前に
自らの小説『ロイコ』になぞられた
殺人事件を自演し、河合武(渋川清彦)、
伊代(酒井美紀)の夫妻を殺害。

そのときに生き残ったひとり娘が
ヒズミ(山本美月)でした。

横島は、逮捕される直前に
焼身自殺したという記録でしたが、
その死は、弓神によって
偽装された可能性が高くなってきます。

数日後、ヒズミが病院から姿を消し
筆談用のボードには「もう元気になりました」
という文字と、ロイコ事件の
カタツムリのマークが描かれていました。

弓神は、『ロイコの部屋』サイトで、
「空飛ぶサンタを見たい人募集。
豪傑で強靭な男性優遇」
という募集告知を見つけます。

横島が書いた小説『聖なる夜空にサンタが舞う』
から狙いは刑事・・・
自分か羽生であることに気づいた弓神は・・・。



番組スタート当初、試しに録画してみて
しかも1話目の最初のほうを見ながら
観るのをやめようかとも思った作品。

でもそう思った次の瞬間から
「もうちょっとみてみよう」という
気持ちにさせられて、最後まで観ると
「観てよかった〜」という気持ちになる。

そんな1話目でした。

そして毎話、この「観てよかった〜」を
感じることになったドラマです。
最終話も例にもれず。

今回の弓神は涙も見せます。
そして、弓神羽生の感動的なシーン。

それにしてもです。
この弓神、ズル賢いというか
本当に図太い。

それは最後の最後まで徹底していましたね(笑)

でも、人に対する愛があったうえで
自分のことは賢く守るという
図太いズルさなので憎めない。

人間的な魅力を含めた人間力がある弓神。
それがあるからこそ許されるというより、
もう、このずる賢さ、図太さも
この弓神という男の魅力の一部。

そんな感じです。

間違いなく少年のころのわたしなら
憧れていたキャラクターです。

いや、今でも憧れますが
本来の自分とは違うし
自分には自分の良さもあると思える歳に
なってきているので、
憧れにそのまんまなりきるようなことには
ならないという意味ですよ。

でも、彼の図太さは生きていく上で
必要なものでもありますよね。

ひ弱ぶって、良い人ぶって
自分が不幸になることで誰かに
恩を売る。

実際損をかぶって自己満足・・・

自己犠牲も良いけれど、
本当に良心があるなら、
それじゃあ恩を売られたほうが
キツいんだよということまで
気付いて欲しい。

弓神はそこんところが絶妙なんですよね。

弓神は弓神で勝手に幸せになれる
そういう強さをちゃんと周囲に見せられる。

だから、笑って見送れる。
そういう図太さ。

自分が幸せになるためにも
周囲を幸せにするためにも
是非、身につけたい図太さの手本でした。


        全ての物語のために







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