2017年05月09日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #17 スタート!!!」人の力を引き出す方法を学んだら、自分にも応用するとみんなで幸せになれる



やる気の引き出し方、力の引き出し方
というのは人それぞれです。

上司は部下の、親は子の力を
最大限に引き出してやりたい。

そのために、日々一生懸命学び
考え実践を繰り返し、
失敗したり成功したりを積み重ねて
試行錯誤を繰り返し、
その精度をあげていく…

…ということができれば理想です。

あなたは、それを実践していますか?

自己流でやると、相手の特性に合わない
自分の考えを押し付ける結果となり、
頑張っているのに結果は真逆になります。

だから、まずはそういうことを学ぶという
意識は必要です。

そのためには“無知の知”という心の在り様が必要。

そして、自分自身に対しても
自分の特性を見極めて、
自分の力を引き出すための方法を
自分に合った形で適用していく。

やらない人は、人が失敗するのを見て
ほらね、無駄だ…と、言います。

でも、失敗している人は実践している人です。
失敗を繰り返しながら試行錯誤して
精度を上げていく。

やらない人が学ばない言い訳をしている間に
どんどん力を引き出す術を身に着けていくんですね。

そして、そういう人から見ると
やらない人たち、自己流を貫こうとしている人たちが
失敗の『典型的な型』にハマっていることも
見えてくるようになります。

自己流…オリジナルのつもりが典型になってしまっている。
しかも、ダメな方の典型。
そのジレンマに気づかない、井の中の蛙。

そうならないためには、“無知の知”は必須です。



1stシーズンがインターハイの途中で終わった様に
この3rdシーズンもインターハイの途中で
終わってしまうんですかねぇ・・・

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第17話「スタート!!!」


を観ました。

坂道くんにとって2度目のインターハイ。

スタート前、各チームは各々
準備に勤しんでいます。

ウォーミングアップをする今泉。
それにつき合って併走する杉元。

京都伏見の御堂筋はまたも悪鬼のような
雰囲気を漂わせています。

箱根学園では、今までお面姿しか
登場しなかった1年生の正体が明かされます。

そんな中、前年度優勝者の証である
ゼッケン1番をつけた坂道くんは
緊張でガチガチに震えていました。

しかし、3年生の青八木は
そんな坂道くんの緊張を解き
力を引き出す方法をわかっていました・・・



坂道くんはいつも役割を与えられると
一直線にそれに向かって突き進みます。

役割に一点集中して、
それを全うする力を持っている。

だから、彼の力を引き出すには
その役割を与えてあげればいい。

周囲の人たちはそれを分かっていたようです。


でも、坂道くん独りの問題として
考えてみたらどうでしょう?

まだまだ、ひとりで「どうしよう、どうしよう」と
あたふたしてしまうような状態です。

そこで先輩や友達から役割を与えられたり
役割に気づかされたりする。

でも、周囲に人がいないときは
どうすればいいのでしょう?

役割を教えてくれる先輩も、
気づかせてくれる友達もいないのです。

そう。自分で気付く…築く。

自分で自分の役割に気づくことができればいい。
なければ見つければいいし、
作ってしまえばいいわけです。

上司や先輩、親や先生に
やる気や力を引き出してもらった経験があるなら、
それを自分自身にしてあげる。

ということですよね。

坂道くんのように、先輩や友達に
気付いてもらえているということはラッキーです。

でも、そうでない場合は、
自分で自分の特性に気づいていかなきゃならない。
これがなかなか難しい。

性格的にもともと血気盛んでやる気満々!
という人は四の五の言わずにやれ!

みたいな感覚でやっていけるのでしょうが、
やる気が続かなかったり、
必要な時に出せなかったり、
自分本来の力をうまく発揮できなかったり…

そういうことでわたしたちは悩みがちです。

しかし、悩んで自分の特性を研究し続け、
徐々に自分のやる気や力を
上手に引き出していけるようになる経験は、

他の人たち…
家族や友人、後輩や部下や、わが子…
の“自分とも他の人とも違う”特性を
受け止める土台となります。

坂道くんが来年、最高学年になった時に
後輩たちにどのように接していくのか?

もちろんそれも、自分の特性に合った
最良の方法を模索することになるでしょうが、
3年生の彼を見るのも楽しみです。

わたしも息子が自立して人生を謳歌できるよう、
学びながら、息子を観ながら、自分も観察して
日々、バージョンアップ中です。

いつか、息子も我が子を持つ日が来ますように。
わたしたち夫婦が感じている幸せを
息子も味わえますように。祈りを込めて。


            全ての物語のために










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2017年05月08日

アニメ「進撃の巨人Season2 #30 ヒストリア」カッコつけなくてよくなったら、本気になれているときかもしれない



良く思われたい。良く見られたい。

そんな気持ちは誰の中にもあると思います。

誰だって人から悪く思われることを
望んでいたりはしませんものね。

それ自体は悪いことではないと思います。
むしろ、ある程度はマナーに通じる部分もある。

押しつけがましい自己主張とは違って
人に不快感を与えない配慮をした身なりをして
外に出るというのはマナーですよね。

ところ構わず、店員さんに嫌な言葉で
大声でクレームを言っているお客さん。

お客さんや同僚たちの面前で
部下を頭ごなしに叱りつけている上司。

周囲の人たちはそんな場面を見て決して
快くは感じていません。

悦に入っているのは自分だけ。

これもまた、マナー違反でしょう。

そんなマナー違反を犯さないための感情の源には
“良く見せたい”という感覚があって良いのでは
ないでしょうか?

でも、良く見られたいという思いが、
自分を守ろうとするズルさとも強く結びつきやすいことを
わたしたちは知っているから、他者に
そんな気分が垣間見えた時に
不愉快になることがあります。

あるいは、自分の中にそんなズルさを感じて
自己嫌悪に陥ってしまったり…

でも、この気分を本気度のバロメーターに
利用することもできますよね。



ゴールデンウィークはどのように過ごされましたか?
わたしは飛び休で4日間の休みがありました。
今後のことについていろいろ考える良い時間に
できたと思います。

アニメ「進撃の巨人Season2」
第30話「ヒストリア」

を観ました。

エレンたちがまだ訓練兵団だった頃。

とある雪山での訓練を終えた後、
ふと気づくとクリスタとユミルの姿が
見えなくなっていました。

クリスタは訓練中に体調を崩したダズを
連れてもどろうと瀕死のダズを
引きずっていました。

ユミルはそんなクリスタに付き添って
一緒に遭難してしまったのです。

日も暮れた吹雪の中、
このままでは3人とも助からないという状況で、
クリスタはある決断を口にします。



クリスタは自分がダズを引っ張っていくから
ユミルは先に基地へ戻れと言います。

しかしユミルはそんなクリスタに
見透かしたように言いました。

なぜ私に助けを求めない?
本気でダズを助けようと思っているのか?
自分が犠牲になって助けようとして
ダメでしたっていい子チャンの振りして
死のうと思ってないか?
助かるはずがないって決めつけて
ダズを巻き添えにしようとしてないか?

クリスタにしてみれば
ユミルに迷惑をかけないようにしよう。

本気でそう思っていたのかもしれませんが、
そう思うことで正当化している自分に気づかされた。

自分のズルさを鋭いナイフにして
のど元に突き付けられた…
そんな気分だったんじゃないでしょうか?

本気ならもっとも瀕死の仲間を助ける可能性が
多い方法を一緒にいる仲間にも提案するはず。

どこかに『自分の都合』がまだ残っている証拠…。

自分の都合で本気でも、助けて欲しい時
手伝ってほしい時は、迷惑は承知で
力を貸してほしい人にお願いすることはありますよね。

でもクリスタは自分が死ぬことの口実に
瀕死の仲間の命を巻き添えにしようとした。
カッコよく、いい子ちゃんになって死のうとした。

そこを見透かされた。

そして自分でも見透かした…気付かされた。
いいや、ただバレただけでしょうか?


いずれにせよ
自分で自分のそんなズルさに気づけるということは
自分がまだ本気ではないということに気づける
ということにはなりませんか?

自己嫌悪になる必要なんてない。

気づけたら、まだ本気でない証し。

…ということはつまりまだ本気の領域がある。

もっと力を出せる余力があるし、
本気の力を出した時の結果にも今考えうる以上の
可能性があるんじゃないか?

そんな、気づきの瞬間だと思えば、
自分を嫌悪しているよりも
他にやれることがあると思い至れますよね。

恥と外聞というカセを未だまとっていたわけですから。

「ドラゴンボール」の孫悟空が、
道着を脱いだらズシンと音がして
とんでもない重さであったことが分かります。

そして身軽になった悟空は本当の力を発揮する。

良く思われたい…

それがズルさと結びついていても嫌悪しなくていい。
自分は今からさらにパワーアップできるんだと
その道着を脱ぎ捨てることをイメージして
恥と外聞をかなぐり捨てれば本気になれる。

ここから先が本気だっていうラインが
具体的に見えるわけですから。

自分のズルさで自分を嫌いになりそうになったら
スーパーサイヤ人になれるチャンスだと思ってみて下さい。

そして不要に重たかった
恥と外聞を気にする気持ちを
脱ぎ捨ててみましょう。


           全ての物語のために








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2017年05月07日

「ラストコップ THE MOVIE」お父さんと“楽しく体験する”健全さの種まき



健全な心を育んでもらった。

両親はもちろん、兄弟や親せき、
友人たちや、彼らと過ごしてきた人生を
そのように捉えています。

そんなわたしの人生の中で、
健全な心を育むツールとなってくれていたものの一つ。

わたしの中ではとてつもなく大きな存在が
映画館へ映画を観に行くという体験です。

わたしは劇場に映画を観に行くのが大好きです。
劇場に住みたいと思うくらい好きなんです。

でも、本当は知っています。

日常を忘れられる特別な空間だから
わたしは映画館が好き。

演劇を観たり、音楽のライブなども
観に行ったりした経験もありますが、
映画館だけは特別です。

日常を忘れられる特別な空間なのは
同じはずなのに何が違うのでしょうか?

それはわたしにとっての“体験”の
記憶の違いなのだと思います。

演劇などよりも映画の方がよく連れて行ってもらえた。

その時の経験は、映画作品、本編の感動だけではなく
誰と、どんなシチュエーションで観に行ったのか?

そのイベントの全てを含んだ体験として
思い出に残っていて、
今のわたしを創る礎になっているのを
強く強く感じています。



GWの後半スタート直後5/4、わたしの2連休の
2日目でもありました。午前中は息子を連れて
イオンモールの中にあるシネコンへ…

「ラストコップ THE MOVIE」

を観て来ました。

これまで幾多のピンチを乗り切ってきた京極。

しかし、彼の体には異変が起こっていました。

医者からは病院へ来るように
再三言われているにも関わらず
無視している様子。

京極は死も意識しながら、
なんとか自分の生き様を
亮太に託そうとしています。

そんなおりやってきたのは
人工知能を搭載したブナッシー。

人工知能vs刑事の勘による捜査対決。

そしていきなり1ヶ月後の
亮太と結衣の結婚式を決めてしまう
京極の暴走。

ハチャメチャドタバタの中で
人工知能が起こす大事件。

京極と亮太はある覚悟を持って
その大事件から街を守ろうとするのでした・・・。



その日のこの作品の初回上映が11:10から。

他の作品が8時台、9時台なのを考えると
大分遅めのスタートです。

モールは9時開店でも映画館だけは8時には
入れるようになっているはず。

GW真ん中ですから映画館も混雑は予想できます。

わたしたちはモール開店と同時に入り、
先にチケットを予約。映画が始まるまで
まだ人が少ないフードコートでくつろぎました。

劇場では、わたしたちは最後列の席をとっていました。
わたしたち父子の左右とも父と子の二人連れの
お客さん。

見渡すと、祖母と母と子供たちなどの
組み合わせもあるようですが、
偶然かもしれませんが父子の親子連れが多い
空間となっていました。

映画が始まると、子どもたちは喜んでみています。
お父さんたちの中には寝息を立てている人も…(笑)

まあ、テレビドラマの雰囲気のまま
バカ騒ぎをやっている作品なので本格派の
大人の男性だったら寝てしまうのも分からなくもない。

わたしは大いに楽しみました。
楽しんでいる息子、左右の子供たちも楽しんでいます。
わたしもテレビシリーズを楽しんでいたので
そのまんまのノリで嬉しくて、息子一緒に笑っていました。

感動ポイントも笑いもコテコテのコントのような作りですが
たぶん劇場内でわたしだけ感動ポイントで
素直に涙まで流していました。

映画が終わった後は、わたしの弟を迎えに行き
3人で地域のコミュニティーセンターで卓球。

そして、早めの夕食をファミレスでとって
スーパー銭湯へ行き、息子の理想の独り暮らしをしている
弟の部屋で一休みさせてもらい一日を終えました。

帰りの車の中で、
「楽しかった〜。映画面白かった〜」

と連発する息子。

父親冥利に尽きる一日のシメの言葉でした。

劇場でわたしたちの左右に座っていたパパさんたちも
わが子と映画を楽しんでいたのかな。


映画は体験


わたしにとっては、子どものころから今に至るまで
劇場へ映画を観に行くということは一つのイベントです。

演劇や音楽のライブももちろんそうなのですが、
手軽に楽しめる劇場エンターテインメントと言えば
やはり映画でしょう。

映画を思い出すときに、誰とどんなシチュエーションで
観に行ったかを一緒に思い出せる。

息子がどのように記憶するのかはわかりません。
でも無意識にでも、親子で行った映画体験のことは
覚えていてくれるとうれしいなと思っています。

「ラストコップ THE MOVIE」
は底抜けにおバカで明るい作品ですが、
熱い思いで作られている作品でもあります。

エンドロールでは、ファンから寄せられた
登場人物たちのイラストが紹介されますが、
そのほとんどが子供たちの作品でした。

わたしはこのおバカな映画で涙を流したことを悟られまいと、
ラストまでに乾かしておこうと思ったのですが
なんだか嬉し楽しくて、またそのエンドロールで涙が出ました。

なんとなくですが、
「家族がいるこの街は何があっても守ってみせる!」
という唐沢寿明さん演じる京極浩介が醸し出す雰囲気を
そのまま詰め込んだようなこの作品は
ママたちが連れて行くよりも、
パパたちが連れて行った方がしっくりくる…。

みたいな気分にさせられるのでしょうか?

父子連れが多かったのに、観終わった後に
妙に納得していました。

こんなに楽しくて、まっすぐにメッセージを伝える作品を
お父さんと見れている子供たちの心には
健全な心を育むための種みたいなものが
いっぱい植えつけられるだろうな〜…と…

そうだといいな〜…と…

あの場にいた子供たちにとっていい体験であればいいな。
あの子たちにとっても良い一日だったらいいな
と思いながらわたしも帰りの車のハンドルを握っていました。

妻には嫉妬されるかもですが(笑)

来月は、わたしが子どものころから大好きな
ジャッキー・チェンの新作を中学生になった息子と一緒に観る。

という、今度はわたしにとって大きな意味あるイベント、
映画体験が予定されています(嬉)

2013年、息子が確か小学3年生の頃に行った
「ライジング・ドラゴン」依頼4年ぶりです。

時が経つのは早いですね〜。

わたしにとっても、息子にとっても
また、いい映画体験になるようにしたいです。


           全ての物語のために




















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2017年05月06日

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班 #4」過去の自分と決別する方法



先日、ゴールデンタイムにストーカー被害に
合っている女性を助けるべく
弁護士とテレビ局が張り込み調査を行い
あるストーカーが追いつめられていく
一部始終をドキュメンタリーにした
番組を観ていました。

ストーカーの行為ははぞっとするほど
身勝手なのですが
本人にはその行動が相手にどれだけ
恐怖や気味の悪さを感じさせるのか
わかっていない。

自分がやっていることに自覚がない。
そんな様子でした。

しかし、とんでもないなと思いつつもどこか
笑ったりバカにしたりできない自分がいました。

なぜならわたしも過去に同じような
経験があるからです。

過去と言っても少年時代ですが・・・

ストーカーぎりぎりとでも言うのでしょうか?
とても身勝手で、片思いの相手に対して
本当に嫌な思いをさせてしまったことでしょう。

当時、衝動に駆られてとった行動でしたが
その直後に猛烈に自分が恥ずかしくなって
相手にも申し訳なくなって穴に入りたいような
そんな気分になったことを覚えています。

いま思い返しても、とても恥ずかしい過去です。
忘れてしまいたい過去。



ゴールデンウィークも基本は仕事にでています。
でも日数にして半分ちかく休みもあります。
昨日・一昨日はそのうちの唯一の連休でした。

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班」
第4話


を観ました。

特捜班は、大学で航空宇宙工学を専攻する
有馬丈博教授(小市慢太郎)の
身辺警護を命じられます。

しかし有馬に関する詳しい情報は与えられず、
分かっていることは、一週間後に
出国するということだけ。

特捜班に仕事が振られるくらいだから
すぐにでも命を狙われるような
危機的状況にあり、国家とも関係する
人物なのだろうと予想はつきます。

翌朝、有馬と一緒に大学へ到着した
稲見(小栗 旬)と樫井(野間口徹)は、
研究室内に爆弾が仕掛けられていることに
気づきます。

有馬に注意を促すのですが、
有馬は無視して部屋のドアを開けてしまい、
研究室は爆破されてしまいます。

事態を受けて、吉永(田中哲司)は
鍛治(長塚京三)に今回の任務の背景を
問い詰めます。

鍛治はミサイル実験に力を入れるある国が、
有馬の優秀な頭脳を狙って
拉致を画策していると明かします。

吉永は腑(ふ)に落ちない様子です。

やがて有馬の行動から秘められた真実が
見えてきて・・・。



有馬の部屋の前で護衛に立っていた
稲見と田丸(西島秀俊)が対話していました。

その直前に有馬の部屋から
大きな物音がして2人が慌てて飛び込むと
有馬は酒を床に落として椅子で
眠りこけていたのです。

過去を忘れようとしている有馬を観て、
2人は過去を忘れる方法について
話していたのです。

自分も過去を忘れる方法が知りたいと言う稲見に
田丸は言いました。

そんなモノはない・・・
ただ一番大切なことは、
一緒にいるのが誰かってことだ
それだけは間違いない

過去の忘れ方はないにしても
田丸なりの過去の癒やし方
ということなのでしょうか。

たしかにわたしにとっても当たらずも遠からず
といったところでしょうか。

少年時代の片思いの苦い思い出でも
忘れることはできないのですが、
未だに苦みと恥ずかしさとともに
思い出されるのですが、
そのあと仲良くなった友人たちの存在で
わたしは救われたのだと思います。

恋愛などもそういう部分はありますよね。

本当に恋いこがれた相手、愛し合った相手、
それでも別れが来て、その苦しみを消し去りたい。

その時にそばに居てくれる人というのは
とても有り難い存在です。

自分が倒れそうなとき
人の存在に支えられる。

でも、わたしは人のおかげで沢山の
折れそうなとき、倒れそうなときを
越えてこられたからこそ思うことがあります。

独りでも、
立ち直らなければならないときもある・・・と。

それにはやはり、時間もかかるでしょうが
過去を忘れるのではなく
受け止めて、糧にして、新たな一歩を踏み出す。

そんなプロセスが必要になります。

過去から逃げたり、忘れようとしても、
田丸も言いますが、記憶喪失にでもならない限り
無理な話です。

別に過去の出来事全てに決着をつけろ!

みたいなことを言うつもりはありません。
たとえば「逃げてしまった」という
過去があるのなら、その事実から目をそらしたり
忘れようとするのではなくて、
そんな心の状態も自分の一部だと受け止める。

もちろんそれを反省できる自分も
自分の一部なのですから
自分の一部のマイナスの部分を観て
自分を卑下する必要はない。

いろいろな自分の一部の集まりで
自分という全体ができている。

そのことを本当に受け止められたときに
丸ごと自分の存在を認めることができて、
心に余裕ができ、人のことも「存在」
として認めることができる。

誰かそばに人がいることばかりに
頼っていてはそれは依存になってしまいます。

そばにいてくれた人、いてくれようとした人、
あるいはわざと自分のことを思って
突き放してくれた人も周りにはいるかもしれません。

そんな周囲の人の存在自体には感謝して、
自分で自分を立て直す。

過去は自分の土台を強くする肥料です。

そんな風に、独りで、復活することもできて
初めて、一緒にいてくれる人への
本当の感謝が生まれてくるものでしょう。

その時には、過去は忘れる必要がないものに
変わっているはずですよね。


          全ての物語のために








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2017年05月05日

アニメ「アトム ザ・ビギニング #3 それぞれの追跡」愛着の感受性が感謝の気持ちを深める



わたしはモノが捨てられない人です。

だから断捨離の本と、
やましたひでこさんのDVDを
2年ほど前に買って勉強しました。

断捨離は実践もしています。

でも、わたしの机の周りをみると

ホントか?本当に断捨離なんかやっているのか?
と間違いなく言われると思います。

しかし、本当です。
断捨離の本を購入後、即、読破してDVDも観て
早速スタートしました。
そして現在進行形で行っています。

断捨離はただの片づけ術にあらず、
ただモノを捨てるだけのものではありません。

いや、だから捨てられないということではなく、
片づけて終り…ではなく、片づけや整理を
続けていきながら自分と向き合い続けること
でもあるので、終わりは無いわけです。

それでもモノはすぐに溢れてしまいます。

断捨離を始める直前、弟の知恵も借りました。
わたしの部屋を見てもらい、
ぱっと見た感じでどこをどう改善すればいいか?
という見通しに対するアイディアをもらったのです。

弟はインテリアコーディネートの知識も持っていますし
何より持って生まれたセンスがある。

断捨離のスタートは弟に言われたポイントを
実践することから始めました。

大正解。

一番肝だったクローゼットの半分側を
大幅に使い方を改善したら
いろいろな箇所が片付き始めました。

また、モノが増えてきていますが
定期的に残すモノ、手放すモノは見直しています。



イオンモールのフードコートで書いています。
朝、開店と同時に入るとフードコートも
人が少なく快適です。映画の席は予約したので
会場前のひととき。
昨日この作品を思い出しながら。

アニメ「アトム ザ・ビギニング」
第3話「それぞれの追跡」


を観ました。

第7研究室にやってきた怪しい男。
それは探偵を名乗った便利屋「マルヒゲ」の
伴 健作でした。

健作は、依頼を受けて、
ペットロボット・マロンを探していました。

健作とは顔見知りでもあった
茂斗子も姿を見せて、
午太郎と博志をアルバイトで雇い、
A106を使うことを提案します。

しかしアナログ主義の健作は、
ペット探しは人間にしかできない仕事だ
と主張して、
A106を参加させることを反対すます。

「よし、じゃあA106と勝負しろ!」

午太郎は健作に提案。

午太郎たちと健作の探偵勝負が始まります・・・。



ペットロボット探しの依頼人は
奥様を亡くした老人でした。

自分のペットロボットと奥様のペットロボット。
つがいでかわいがっていて
奥様のペットロボットだけ、だいぶ前に
行方がわからなくなっていたのです。

奥様との思い出として、愛着があったんですね。

健作はA106のことを「心がないロボット」
などと言っていましたが、
依頼人のペットロボットへの愛着については
ともてよく理解していました。


わたしの弟は姪や甥を可愛がっています。

姪はわたしの妹、弟から見たら姉の子たち。
そして甥というのはわたしの息子のこと。

だからよく遊びに付き合ってくれたりもします。

わたしの息子はそんなわたしの弟・・・
ー息子から観たら叔父ですねー
の生活に憧れています。

弟の部屋に連れて行くと、
ショーケースにきれいに並べられている
ガンプラや聖闘士星矢のフィギュアを
うらやましそうに眺めています。

いつか自分も自分の部屋をもち
叔父ちゃんみたいに・・・
と思っているのでしょう。

弟もわたしが断捨離をするのと同じで
愛着のあるモノが沢山あるからこそ
よく部屋を整理してモノを減らしています。

大切なモノを大切にするための断捨離。

息子に所ジョージさんの
世田谷ベースの写真などを観ると
うらやましくてたまらない様子でした。

家の掃除や片づけとなると、
断然、才能を発揮するのが天才主婦である
我が妻なのですが、以前、幼少のころに
よく使っていたモノを処分したとき
息子が寂しそうにしていたことがありました。

愛着のある思いでの品だったようです。

了解は得ての処分ではありましたが、
捨てると決めたからと言って
何とも思わないわけではありませんもんね。

モノに対して愛着を持てる感受性というのは
息子にも大切にしてもらいたいなと思っています。

そのモノの価値を、原価や使い方など
無機質な意味での価値以上に感じ取れる力。
それは価値を創造できる力の源です。

カタチのないもの、人の気持ちを想像したり、
創造してあげることができるようになるための
力の源といっても良いでしょう。

つい先月も、息子の進学にあわせて
大幅な衣替えと模様替えが行われました。

息子と一緒に燃えないゴミをだすときに
ゴミ袋に手を合わせて
「ありがとうございました」
と感謝を伝えて処分しました。

処分する=モノを大切にしない

ということではないでしょう。
処分するモノにも今手にしているモノにも
新しく手にするモノにも感謝できる心は、
モノへの愛着を知ることで確実に深まる。

わたしも、感謝しんながらまた
部屋にあふれているモノを処分しなきゃな・・・


          全ての物語のために










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