2017年04月16日

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班 #1」夢を叶える人が不遇の時期にやっていること



成功する人たちというのはやはり
不思議な魅力があります。

その不思議な魅力は、
もちろんその人固有のものなのでしょうが
だからといって、
普通のひとたち・・・わたしたちが
自分なりの不思議な魅力を出せないのか?
というとそうではないのだと思います。

みんな、生まれたときは
光り輝いているわけですから・・・


わたしは西島秀俊さんのファンです。

彼の作品を全て観れている訳ではありませんが
映画「蟹工船」での怪演とその後の
「スクール」というドラマでの好演で注目して、
「チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋」
映画「ゲノムハザード」や「MOZU」など
を通してみていく中で大ファンになっていました。

特に「MOZU」や「流星ワゴン」など
香川照之さんとの絶妙な掛け合いが楽しい
作品は大好きです。

わたしはこのあたりの作品を見ているときに
雑誌やWebでのインタビュー記事などで
この人のことを知るようになっていきました。

その中で驚いたのが
かつて木村拓哉さん主演で
一世を風靡したトレンディドラマ
「あすなろ白書」にも、
あの若者たちのひとりとして
レギュラー出演されていたということと
その後の5年間テレビに出ていなかった
時期の西島さんについてです。



期待通りの大本命ドラマ。
フジテレビ制作かと思っていたら、
関西テレビ作品でちょっと驚きです。

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班」
第1話


を観ました。

駅で乗客を乗せ走り出す新幹線。
ある若者が何者かにマークされます。

彼はバッグの中に時限爆弾を隠していました。
その若者ともうひとりの仲間をとらえたのは
公安機動捜査隊特捜班の面々。

警察庁警備局長・鍛冶大輝(長塚京三)が
サラブレットと呼ぶ規格外のスペシャリスト
5人のチームです。

ある日、高層ビルが立ち並ぶ広場に、
首に爆弾を巻かれた宇田川圭介(白洲迅)が現れ、
辺りは騒然となります。

現職の外務大臣の息子である圭介は、
これまで薬物や傷害など数々の罪を犯し、
そのたびに親の権力によって
罪をもみ消されて野放しになっていました。

犯人は、息子の罪を隠ぺいした外務大臣に、
夜のニュース番組での公開謝罪を要求します。

鍛治からの指令を受け、
現場に急行した特捜班の面々。

班長・吉永三成(田中哲司)、
稲見朗(小栗旬)、田丸三郎(西島秀俊)、
樫井勇輔(野間口徹)、大山玲(新木優子)。

爆弾のタイムリミットが迫る中、
特捜班の緊張感あふれる活躍が描かれます。



原案・脚本は「SPエスピー」の
金城一紀さんです。

まさに彼の真骨頂的なアクションドラマ。
久しぶりにキター!とわくわくする
今シーズンの目玉のひとつです。

そして、小栗旬さんと、西島秀俊さんの競演も
話題ですよね。

「あすなろ白書」でドラマに出た後
しばらく活躍されていた西島秀俊さんは
いつからかドラマでわたしたちの前に
姿を現さなくなっていたそうです。

確かにネットで調べる限り
1997年の作品の次の出演作が2002年に
なっていますね。

ネットの記事によるとテレビドラマ界からは
かなり長い間、いわゆる「干されていた」
状態だったそうです。

理由は大手芸能事務所でのアイドル的な
売り出しかたに対して
「これからは実力派の時代が来る」と
異を呈して実力を磨けるような方向性を
望んだことにあるようです。

それで事務所を移籍することになり
その代わりしばらくテレビに出れなかった
のだとか。

大きな会社がチンコロコマイ器で
業界での大きな力をつまらなく
振りかざしたんですね。

しかし西島さんはそこからがかっこいい。
その間もコツコツと映画などでは
演じることを続けながら、
映画館にも入り浸ってずっと演技を
研究し続けていたそうです。

干されている時期にも腐らずに
コツコツと実力を身につける努力を
続けていたんです。

「MOZU」が始まったころ「笑っていいとも」
のテレフォンショッキングに出演されたときに
西島秀俊さんの人となりがかいまみえて、
幼少の頃、わたしがジャッキー・チェンの
ファンになったときの感覚が蘇りました。

一瞬でその人の魅力の虜になる感覚です。

それまで「蟹工船」の悪役や
ジェネラル・ルージュなど、難しい顔をした
怖い感じの役ばかり観ていたので、
そのギャップも大きかったと思いますが、
役を離れたご本人は、演じることが大好きで
演技の話をしているときは
目がキラキラしているとてもキュートな
男性なんだと知ったんですね。

それから、インタビューなどを通して、
ジャッキー・チェンの映画を見て育った
という発言や、アクションを
やりたがっていることも知りました。

「干されていた」ときの彼のコツコツと
実直で誠実な努力、そして彼の
キラキラ少年のような瞳で演技に向かう
あのモチベーション。
そしてわたしが幼少の頃から大好きな
ジャッキー・チェンについて笑顔で語る・・・
という人柄が嬉しかったんですね。

それらを知ってから、西島さんの次回作を
いつも心待ちにしていました。

これまでの西島さんの作品でも
すでに激しいアクションを見せてくれています。

でも、バイオレンスな感じのものがほとんど。
もう少し軽快なアクション作品が観たかった。

今回の作品は待ってました!
という感じです。

緊張感とアクションのバランスが
とてもいいですね。

マンションの非常階段のフェンスを使って
ピョンピョン下に降りていくスタントは
ご本人がされたのかは不明ですが、
まさに「ジャッキーアクション」でした。

格闘技はカリという「SP」の
岡田准一さんが見せたアレですね。

権力者に干されるような経験をしながらも
自分のやりたいこと、為すべきことを見極め
誠実に実直にコツコツと積み上げていく。

ぱっとしていない時期にどれだけ
勉強できるか、どれだけ自分を高められるか?
そしてそこに向かう心がどれだけ純粋か?
その人柄の大切さをこの人をみると
いつも感じさせられます。


         全ての物語のために

参照記事
http://www.asagei.com/excerpt/24183
https://www.cinematoday.jp/page/N0057852










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2017年04月15日

アニメ「進撃の巨人Season2 #27 ただいま」子育ての突破口、押しても駄目なら引いてみるの本当の意味とは?



ウチの子は何度言っても言うことをききません!

といって、何年も経っている親御さんがいます。

言ってもダメ。言わなければやるのかと
しばらく黙ってみていたらどんどん怠ける。
時々怒ったらそのときだけ反省したように見せる。

でもまた同じことの繰り返しなんです。

・・・と。

しばらく黙ってみているというのも
結局はご自分の感覚での「しばらく」
なのでしょうが、
言ってもダメ、黙ってみててもダメ、
怒ってもダメ・・・で?

繰り返す?

落ち着いて考えると、ここがちょっと
おかしいですよね。

なぜ繰り返すのでしょうか?
つまり、繰り返しているのはお子さんではなく
あなたですよ。

というところに気づいて欲しいのです。

「押してもダメなら、引いてみる」

というのはやり方が間違っていれば
違う方法を試しましょうということですよね?

なのになぜこの親御さんは
同じ方法を繰り返すのでしょうか?

きっとこの親御さんは反論するでしょう。
だから言ってダメだから
言わないようにしてみたんです。
それでもダメだから怒ってもみたんです。
3つも試しているじゃないですか!?と。

3つ試した。すばらしい。
で、なぜ1つ目に戻っちゃうのでしょう?

なぜ、4つ目にいかないんでしょうかね?



今シーズン、ドラマも結構期待しているものが
多いのですが、思いの外注目のアニメが多くて
このブログでの紹介率もアニメ率が高まりそうです。

アニメ「進撃の巨人Season2」
第27話 「ただいま」


を観ました。

巨人発見から5時間後。

北の森に向かったサシャは
故郷の村にたどり着きました。

サシャは村を出る前の
父親とのやり取りを思い出していました。

3年ぶりの故郷は「よそ者」を受け入れ、
発展しようとした兆しこそ伺えますが
すでに人影はなくなっていました。

そして一軒の家でサシャは
凄惨な光景を目の当たりにします。

一方、急ぎウォール・ローゼをめざす
エレンたち。

同行者の中には何故かニックの姿がありました。

ニック司祭はウォール教が知る壁の秘密を
開示するべきか、自分の目で状況をみて
判断しようとしているのでした・・・



回想シーンでサシャと父親のやり取りが
描かれます。

来シーズンを乗り切るための保存用の肉を
見つけてしまったサシャは
獣のように食らいつきます。

父親が力ずくで取り押さえようとしても
理屈の通じない野生動物のようなサシャ。

結局父親はサシャを拘束する手を放し
「もういい。好きにしろ」
と諦めたように言います。

サシャは自分を阻むものがなくなり
きょとんとなります。

そして、父親が穏やかに語りかける内容に
初めて耳を傾ける落ち着きを取り戻します。

サシャは美人です。ですが、アニメとはいえ
あれだけ獣じみた描かれ方をされると引きます。

我が子がだだをこねて言うことを聞かなければ
今度は腕付くで取り押さえようとする。

わたしも実際に息子が1〜2歳のときに
何度かそういうことをした覚えがあります。

しかし12歳の彼とはほとんどそういうことは
しなくなりました。

衝突しても、落ち着いてから
言い分や感情を話させて受け止める。

相手がカッとなっているときには
そっとしておく。

これから難しい年齢になってくれば
あるいは激しい衝突も起こり得るのかも
しれませんが、基本的にはそのやりかたで
解決できると感じています。

それくらいに息子も成長してきています。

わたしたち夫婦も息子の成長に合わせて
親として成長させてもらっています。

「子どもと接することで親として
成長させてもらっているんだ」

とよく言います。
でも、それは決して
自動的に成長できるわけではありません。

そこを勘違いしている親御さんたちは
自己流を貫こうとしますが、
それが大いに間違うんですね。

ほとんどの場合が逆をやってしまう。

昔は、近所づきあいも親戚づきあいも
幅広くいろいろな人たちの中で
子どもを育てることが自然と起きていました。

そんな話をすると、自分もいろいろな人から
話を聞いていますよ!
と反論される親御さんもいます。

しかし同じ年代のママ友、パパ友、
あるいは会社や仕事で普段つきあう周囲の人たち
くらいの人付き合いの幅しか持てない
今の時代には自然と学べることの範囲が
狭すぎます。

子どもに親にしてもらっている

と言うのは、自ら学ぼうと動いているかどうか。
わが子をみながら、わが子の性格や成長に
合わせて、自分もわが子との向き合い方を
学ぼうとしているかどうか?
にかかっているのではないでしょうか。

言ってもわからない、黙っててもやらない、
怒ってみても結局また同じことの繰り返し。

3つのアプローチを試したけれどダメだった。

なのにまた1つ目に戻って3つだけを繰り返せば
そりゃあ、同じことを繰り返しますよね。

だって親御さん自身が同じやり方を
繰り返しているんですから。

4つ目に進まないのは知らないからです。

聞きかじってはいるかもしれませんが
行動に移らないのは聞きかじった知識だけで
反論して受け入れていないからです。

試す試さないの判断も本当は
ちゃんと学んで、ちゃんと知ってから
すべきことですよね。

「何度言っても変わらない!」
と悩んでいる親御さんが、そのループから
抜け出すとき、ほとんどの場合は
自ら学び始めたときに世界が変わるからです。

ひとつを知ろうとすると、
どんどん知らないことのドアが現れます
それを次々に開いていくと
ちょっと聞きかじっただけで勝手に想像して
勝手に自分にはいらないと断じていたときとは
全く違う世界が見えてくるからなんですね。

「下剋上受験」で中学受験を果たした
主人公の少女が最終回で言った
「勉強をすると世界が変わる」
というのはそういうことです。

サシャは、押してもダメなら引いてみた
父の話を聞いた後、村を出て
様々な経験をして戻ってきて
以前みていたときとは違う
「ものの捉え方」を手にして戻ってきます。

サシャは確実に世界を変えていました。
サシャの父親があそこで力でねじ伏せ続けていたら
起こらなかった成長です。


           全ての物語のために







タグ:アニメ 進撃の巨人 season2 #27 ただいま 子育ての突破口、押しても駄目なら引いてみるの本当の意味とは? ウチの子は何度言っても言うことをききません! 何年も経っている親御さん 言ってもダメ しばらく黙ってみていたらどんどん怠ける 時々怒ったらそのときだけ反省したように見せる でもまた同じことの繰り返し ご自分の感覚での「しばらく」 繰り返す? 落ち着いて考えると おかしい 繰り返しているのはお子さんではなく あなたですよ 押してもダメなら、引いてみる 違う方法を試しましょう なぜこの親御さんは 同じ方法を繰り返すの 3つも試しているじゃないですか!? なぜ1つ目に戻っちゃうのでしょう? なぜ、4つ目にいかないんでしょうかね? 子どもに親にしてもらっている 4つ目に進まないのは からです。 聞きかじってはいるかも 行動に移らないのは 聞きかじった知識だけで 反論して受け入れていないから 試す試さないの判断も ちゃんと知ってから すべきこと 何度言っても変わらない! ループから 抜け出すとき 自ら学び始めたときに世界が変わるから ひとつを知ろうとすると どんどん知らないことのドア 次々に開いていくと 勝手に想像して いらないと断じていたときとは 全く違う世界が見えてくるから 下剋上受験
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2017年04月14日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #14 凡人と天才」天才を超える所を自分で作り出す。



リフレーミングという考え方があります。

心理学の用語です。

物事の枠組みを変えてみるということですね。

ウサギとカメの話は山を登る競争の話ですが
じゃあ海で泳ぐ競争だったら?

というのはわかりやすいので
よく例にだします。

これは闘う場を変える。
という一例です。

この考え方は、もっともっと
可能性を広げることができます。

どんどん応用がきくということです。

どうすればできるか?

感覚で言えばズラすという感覚でしょうか。

この分野ではダメでもこっちの分野なら・・・
というのが場を変えるということなら、

同じ分野の中で、場の枠組みを広げてみたり
逆に場が広いときに焦点を絞ってみたり。

そうすることで、
凡人が天才を越える瞬間が作り出せることがあります。



数日続いた雨がやみ、春らしいうららかな
気候になってきました。
息子がロードバイクをほしがりだしました。
そんなん、父だって欲しいよ!

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第14話 「凡人と天才」


を観ました。

手嶋と古賀はインターハイの
メンバー入りをかけて
1000キロ走破合宿を走っていました。

天才を自他共に認める古賀は
力強い走りで手嶋を追い込んでいきます。

古賀は、1年のときに
インターハイに出場するほどの選手でした。

しかしレース中に怪我をして、
これまで回復に努めていたのです。

金城キャプテンの期待に応えられなかった
悔しさを晴らすため、
絶対にインターハイに出ると誓って
この合宿に参加していたのです。

そんな天才に、ギリギリの体力を
振り絞るように、こちらも自他共に認める
凡人手嶋が食らいついていきます・・・。



「弱虫ペダル」という作品を名作という
レベルに引き上げた名エピソードが
手嶋と青柳の凡人2人組の負けっぷりでした。

今回のエピソードのちょうど1年前を描いた
1000キロ走破合宿が舞台です。

1年生の坂道くん、今泉、鳴子と
手嶋・青柳の2年生コンビ。

2年生の2人は
センスも才能もはっきり言ってなし。
でもそれは自転車に乗る運動能力の話であって
人間的に彼らに何も才能が無い
ということではありません。

手嶋は知略で、
青柳は正確なマシンコントロールで
非凡さを見せつけてきます。

そしてそんな2人は、坂道くんたちが
活躍するのを支えながらも
陰では自分たちに出来る努力を
一つ一つ積み上げていたのです。

天才のようにはいかなくても
努力した分、体力は上がっています。

その積み上げが古賀の才能を越えるまでの
高さになっているのか?

手嶋はボロボロになりながらも言います。

凡人が天才を越える瞬間があると信じている

・・・と。

自転車レースは最初にゴールラインを
越えた者が勝ち。

シンプルな競技とはいえ、
ゴールにたどり着くまでの道のりは
様々な難局が待ちかまえています。

言い換えればいろいろな個性を発揮する
見せ場が訪れるということなのかもしれません。

だからこそ1年前、
明らかに秀でた才能を持っている
坂道くんや今泉、鳴子たちに
弱いはずの手嶋と青柳が肉薄したわけです。

じゃあ、どこからゴールラインまでを
目指せばいいのか?

つまりスタートはどこからか?

もちろんレース会場で「よーい、ドン」
でスタートしますが、それぞれの
練習はその遙か前からスタートしていますよね?

つまりレース本番までにどんな努力をするか?
それも、自転車に乗る才能以外の才能を使って
できる勝負ですよね。

そして、緻密な計算とコントロールが
得意な手嶋は

自分にできることをコツコツ積み上げ
凡人が天才を越える瞬間を
ピークコントロールで絶妙に調整していた

・・・のかもしれません。

どこを勝敗の瞬間とするか?
どこをスタートとするのか?

それによって、自分の才能を生かす場や
方法の幅は大きく広がってきます。

自分には才能がない。

そう思っている人は、もう一度
広い意味で自分にできることを見つめ直し
どこで結果を決めるのか?

そこに向かって自分にできることを
どう生かすか見直してみたら
可能性が大きくあがるはずですよ。


          全ての物語のために










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2017年04月13日

アニメ「ピンポン #1 風の音がジャマをしている」表情やしゃべり方がおとなしくても内面は・・・



わたしは楽天家です。

性格診断テストをやってみると
基本的には楽天家。

しかし楽天家とまったく同じ点数で
調停者タイプという結果もでました。

周囲に波風が立つことを避けようとするタイプ。
事なかれ主義と言われるのもごもっとも。

で、そういうタイプは思っていることが
なかなか表面にでないので
周囲からはわかりづらいようですね。

わかりづらいというのは、性格だろうが
どんな物事だろうが疎まれることは多いです。

感情が表に出ない。

でも、だからといって感度が低かったり
感じている度合いが低かったり
しているわけではないんですよ。

メッチャクチャわくわくしていたり、
めっちゃくちゃ喜んでいたり
実はしているんですよ。

それを表現したいと思っている人と
別に表現しなくてもいいと思っている人は
またそれぞれいるでしょうけれどね。



10月期スタート予定のアニメ情報に思いがけず
幼少の頃の憧れヒーローが集結する作品が!
・・・そして予定外だったけどなかなかいい
4月スタートの再放送アニメ。

アニメ「ピンポン」
第1話 「風の音がジャマをしている」


を観ました。

春。片瀬高校の体育館では、新入生を交えた
卓球部の練習が始まっています。

顧問の小泉丈は新入部員の中に
メガネのカットマンがいるのに気づきました。

新入部員期待の二強のひとり、
スマイルこと月本誠です。

同じ頃、もう片方の期待の新人、
ペコこと星野裕は、
タムラのオババがやっている卓球場で、
挑戦してきた大学生をカモにして
勝負をしていました。

幼い頃、スマイルを卓球に誘ったのはペコ。

性格は対照的ですが、今も仲はいい様子。

そんな2人はある時、
部活をぼって
「チャイナを偵察に行こう」
と辻堂学院高校まで足を伸ばします。

そこには中国からの留学生、
孔文革がいました。

孔に目をつけられたら2人は・・・。



松本大洋さん原作のマンガの
雰囲気を損ねることなくアニメ化し、
高い評価を得た作品・・・なんだそうです。

かなり独特のタッチです。
邦画で実写化されたときにも
実写版の評判が非常に高かったので
気にはなっていた作品です。

今回、アニメで初めて触れる機会が巡ってきました。

月本=スマイルは、「笑わない」から
スマイルと呼ばれているようです。

感情の起伏がない・・・というより読めない。

しかし、オープニングや卓球をやっている時の
眼の描き方などで彼の内に秘めたものが
しっかりと表現されています。

今回のお話の中でわたしが月本を
好きになったシーンがあります。

常に無表情で冷めたような話し方の月本が
鼻歌を歌うシーン。

かなり上機嫌なようです。

ここまで観て、この作品を大好きになりそうな
予感がしてきました。

月本ほどではないにせよ、わたしも
「冷めている」と思われがちなタイプです。

感情をあまり表に出さない。

月本よりはずっと社交的ですが、
一般的には社交的とはちょっと言いづらい。
のだと思います。

だから、家族にはよく迷惑をかけていると思います。

まあ、そこは性格であって、
それによって貢献している部分もあるわけで
手放しで申し訳ないと思ってもいません。

自分なりに肯定できているんですね。
なにせ楽天家ですから。

むしろこのように感情が表にでなくても
表に出やすい人よりも感じ方は敏感
だったりする部分もあります。

日々のほんのちょっとの変化、
我が子のほんの少しの変化に成長を感じ
とても感動していたりします。

日々の自分の中や他者の中での
感情の揺れそのものに敏感で、
その揺れが静かでも、揺れることそのものに
生きているんだという実感としての
喜びを感じていたり・・・ね。

でも、感情が表に出ない人だけが
感受性が豊かだとかそういうことを
言いたいわけではありません。

むしろ逆で、がさつに見えて、
明るく振る舞っている人もじつはとても
センシティブだったりするんだと思うんです。

わたしなんかがなかなかこの「ピンポン」
という作品に何年も触れずに、
「アベンジャーズ」やら「ランボー」やら
わかりやすいエンターテインメントばかり
観ている間にも、おおくの人が松本大洋さんの
作品を好きになっているなんて事実は
そこだけ観るとわたしだけが感受性が
鈍いのか?と思えてきますもんね。

つまり、わたしたちはみんな、
かなり感じる力、感受性を持っている。

いや表に出さずに秘めているものなんだろうな
と思います。

自分ですらそれに気づかずに
がさつなんだと思いこんでいる人も
本当はかなり感受性が高いんじゃないかな。


           全ての物語のために

















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2017年04月12日

「アンフェア the end」いっそのことそれはもう裏切りと呼ばなくても良いのでは?



本当の意味での裏切りって考えようによっては
なかなか起こらないんじゃないかと思います。

たとえば、友達だから信じて
借金の保証人になったら逃げちゃった・・・

となったとき、裏切られた!

と思うことはもちろん簡単ですが、
もともと裏切るつもりだった訳じゃない。
どうしようもなくなったんだろう・・・
と、保証人を頼んできた友人の気持ちに
嘘はなかったんだと信じる・・・

ということもできるし、

仮にはじめから逃げる気で、
はじめから騙す気で保証人を頼んできたんだとしても、
今はそんな生き方をしているけれど、
本当のアイツはそんな奴じゃないんだ・・・

という信じ方もできます。

そう信じている人にとっては
嘘をつかれて借金を肩代わりさせられたことも
騙されたことにはならない。
裏切りにはならない・・・なんてこともあります。

お人好しもはなはだしいと
気分が悪くなるたとえかもしれませんが
まあ、わかりやすいでしょう?

でも、この程度のお人好しではまだ足りない

…という信じ方をしなければならない関係も
身近にありますよね。

だれもが身近に持っています。
そしてそれができるかどうかは
幸せになれるかどうかのボーダーラインでもある。



長い間ふれていなかったせいか
完全に冷めていたんですが、
観れてよかったです。

「アンフェア the end

を観ました。

警察病院占拠事件、
ネイルガン連続殺人事件から、
国家を動かす謎の権力組織のデータを
入手した雪平夏見(篠原涼子)。

そのデータをどう公表するのが効果的か
模索していました。

そんなときある転落死が起こります。

現場で10年前に起きた推理小説事件の時同様、
「アンフェアなのは誰か」
と書かれたしおりを見つけます。

間もなく、転落死体が
ネイルガン連続殺人事件の首謀者、
村上克明検事(山田孝之)であること、
さらに推理小説事件の犯人たちを結び付けた
×(バツ)サイトが復活していることが判明。

何者かが自分を巻き込もうとしている・・・

そんな雪平の前に、ある協力者が現れます。



TVドラマが終わってしばらく経ったころ
DVDをレンタルして一気に見たシリーズ。

確か劇場版がDVDで出た頃かな…

そこまで見たらもう最後まで
つき合うしかないかと劇場に足を運んだ前作。

わたしの中ではそこで終わっていたので
この「the end」が公開されている頃は
完全に冷めた目でいました。

「もういいよ」って(笑)

DVDが出ても見向きもしなかったくらい。

失礼な話です。

今回、番組改編時期に地上波放送され、
妻が一生懸命みている音を
隣の部屋で聞きながら、
「アンフェア」の世界観・雰囲気が
記憶の中に蘇ってきて、
「ああ、やっぱり観てみよう」と思えました。

インターネットなどの評価では
そんなに多大な評価はされていませんが
わたしは最後まで楽しめました。

前作「the answer」がヘビーで
なかなかもう一度みる気になれないのに比べ、
ストーリーのテンポも軽快で
とても見やすかったです。

さて、雪平さん。

相変わらず、裏切られまくっていますね〜

誰が敵で、誰が味方なのか・・・

これがこのシリーズの醍醐味です。
ですがさすがにここまで繰り返されると
「ああ、この人とこの人は裏切りそうだな」

とわかってきますね。

その方が衝撃が大きいから
最後まで引っ張って「ええ!?」って
思わせるんでしょ?

みたいな見方をしちゃいますどうしても。
結果、裏切る人はハズしませんでした。

でも、味方は最後までわからなかったので
どきどきできたんだと思います。

そしてやはり雪平の優しさと強さには
観客として惹かれます。

最後まで信じる。

その雪平も最後の最後、今までとは
違う選択をしました。

「ホラ。またこうやって裏切られる」

という最後の裏切りのシーンで
これまでとは違う対応をする。

そこで観客であるわたしもふと思いました。

いままで雪平を裏切ってきた彼ら彼女ら・・・
は、完全に裏切っていたと言えるだろうか?

ただ、彼らなりの真実や
彼女たちなりの信条があって、
正義があって結果騙し合いになっていた。

雪平も誰を信用していいのかわからないから
周囲にすべてを打ち明ける訳でもありません。

今作の最後の雪平の決断は
わたしたちが実生活で常に決断して
おかなければならないことなんだよね・・・

というのを再確認させられるお話でした。

最後に裏切られたのに、
裏切られた今まさにそのときに

最後まで信じる

という決断をする雪平。

わたしたちの実生活では相手が
大切であればあるほど
そういう信じかたは必要になります。

結婚相手や親子なんてまさにそういう関係の
象徴ですよね。

実際に今回雪平を裏切った人物も
その人なりに大切なもののために必死でした。

だからある意味雪平の信じたとおり・・・
信じてよかった・・・

という結論を出すこともできる。

出来事、行動を信じるのか
心、存在を信じるのか
思い、可能性を信じるのか

何を信じるかで、その人との間に
何が起ころうとも関係をつなぎ止め
大切な存在であり続けることはできますよね。


         全ての物語のために

















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