2018年01月06日

ドラマ「弱虫ペダル Season2 #8」自分の力を何百倍にも出来る方法



他力本願という言葉があります。

自力本願の逆。

普通は人に頼ったり
人のせいにしたりする
マイナスの意味で使われますよね。

わたしがチビチビと読み進めている
「自助論」というホンがあります。

最近、わたしのビジネスの先生にも
指摘をされてしまいましたが
「何が何でも自分でやってやる!」
という気概がわたしにはあるのだとか…

わたしがスピードが遅いことの
原因でもあると思います。

まあ、一番はモチベーションの問題なので
それはカッコよすぎる言い訳ですが。。。

でも本当に思っているのは
もっと人に頼めればもっともっと
色々なことが早く、そしてより価値あるものとして
成し遂げられていくのではないかな?

と思うんですね。

価値と言うのはもちろん自分が決める価値
もそうですが、より多くの人が感動するとか
より多くの人が元気になるとか、
そういうことですね。

自分ひとりでは創りだせないパワーが生まれる。



さて、「逃げ恥」も悪くありませんが、
民放のドラマにはない規格外のパワーがあります。
とうとう観ましたよ、後半戦!!!

ドラマ「弱虫ペダル Season2」
第8話


を観ました。

インターハイ3日目の朝、
総北、箱学の面々は気合十分。

最後の勝負に挑もうとしていました。

そんな中、エース御堂筋の姿が見えない
京都伏見は…。

そして、スタート直前の緊張感を
ブチ壊すように
新たなライバルチームが登場します。

広島の呉南のエース待宮。

そして始まる最後のレース。

坂道くんたち総北と
箱根学園は協調を選び
先頭に追いつくために
懸命にペダルを回します。

一方、後方では待宮が知略をめぐらし
大集団となって総北&箱根に
襲いかかります。

そして、その集団にのみ込まれてしまう
坂道くんと箱学の荒北。

坂道くんは呉南の
人をの気持ちを乱す在り方に
恐怖を感じ、待宮たちを
集団に追いつかせないために
荒北に協調を持ちかけます。

坂道くんの本気を感じ取った荒北は
同じく集団にのみ込まれていた
真波も連れて、広島呉南へ噛みつき…



アニメでも大好きだったところ…
わくわくしたエピソード…

「協調」のお話

協調とは協力をし合うということです。

最初に総北チームと箱学チームが
協調します。

その後、後方集団に飲み込まれた
坂道くんと荒北が協調。

ここが良いんですね。

アキバに通うようなオタクの坂道くんにとって
ヤンキーあがりの荒北はもっとも苦手なタイプ。

荒北にとっても坂道くんのようなタイプは
相手にしないか、イラつくか…
間違っても好ましいタイプではないはずです。

そんな状態で坂道くんが本気で
荒北に頼み込み、
荒北もそんな坂道くんの本気に
意を決する。

「なかなかやるじゃない!」

自分の走りに食らいつく坂道くんをみて
荒北も調子が上がります。

わくわくが始まるところですよね〜

敵の広島呉南の待宮もまた
後方集団をまとめて協調を持ちかけて
総北・箱学に追いついたのですが
待宮の場合はペテンでした。
口八兆手八兆。

でもですよ、
ペテンだろうがなんだろうが
みんな力を出したんですよ。

協調…協力し合うことで。

自転車は集団の中は
風の抵抗が無くてラクとか
人数が多いほうが
空気抵抗のある先頭を引っ張る時間が
少なくできるから有利だとか、
そういうこともあるでしょうが、
まず大きいのは気分ですよね。

最初に総北と箱学が協調をし始めたとき
「おお〜!」と思いました。
坂道くんと荒北のときはさらに
「おお〜!きた〜!」
と気分が上がります。

ひとりだった人が誰かと一緒にやる。

これって、ひとりの時とはまったく違う
気分が内側から湧いてくるんですよね。

わたしはカメラマンもやっていますが
結婚披露宴のラストでその映像が
編集されてスクリーンに映しだされます。

ひとりで撮って自分で編集する
クリエイターさんもいます。

でもわたしは必ず編集担当とチームです。
時間内で編集する訓練はしていません。

だから、誰と組むかで
撮影の気分はまったく変わってきます。

もちろん、被写体・・・つまりお客さんである
新郎新婦、そして式や披露宴に参加する人たち。

その人たちの雰囲気によっても
わたしの気分は全く違ってくる。

気分が良い悪いという話じゃないですよ。
たまにはそういうこともあるかもしれませんが
そうじゃなくて、気分の色が全く違う。

リズムも違ってきたりもする。

そしてそれはきっと相手も相談ですよね。

その相乗効果でひとつの作品ができたとき
そこにどんな力が宿るのか?

そして、またその作品が人の目に触れた
場所や時間、その人たちの気分によって
その場に生まれる価値…も変わってくる。

それもまた協調だと思うんですよね。

つまりみんなの力でわたしたちは
日々の生きる力を生みだしている。

そう思うと凄くないですか?

わたしはこの記事を妻と息子が
妻の実家に二晩泊まりに行っている日に
ひとりの自宅で書いています。

でも、ひとりだと思うとかけない。
たかがひとり言いたいことをつづっている
みたいな単なるブログでしょ・・・
と思われる方もいるので恥ずかしいですが
でも実際にあなたが読んでくれている。

だから、そこにあなたの気分が
「生まれている」「起きている」「反応している」
わけですよね?

その気分というパワーは、
わたしがこの文章を書いていなければ
生まれなかったものだし、
あなたのこれまでの人生と
今このブログを読むという行動が無ければ
生まれなかったもの。

わたしはそんなあなたを想像して
またあしたブログを書くパワーをもらう。

そういうことですよね。

そのパワーはまたわたしの妻や息子を
幸せにすることにつながるかもしれないし
あなたやあなたの家族の幸せに繋がれば
素敵だななんて思っています。

そう考えると、わたしのちからも
あなたの力も何倍にも何十倍にも
何百倍にもしていけるってことですよね。

わくわくしますね〜♪


             全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ 年末年始一挙放送版 #2」大切な人と衝突やすれ違いが起きていたら



夫婦も所詮は他人。

こういう言い方をするとどこか
後ろ向きに聞こえますよね。

でも夫婦が他人同士であることを
念頭に置いておくということは
諦めというマイナスの気持ちを
持つためではなく、
明らめて・・・明らかに認めて、
丸ごと受け止めるための距離を
しっかりと保つためだと思うのです。

元々他人であるということを
わきまえておかなければ
2人の距離はどんどん近づきます。

2人の距離が近づく。

こっちの言葉は、良い言葉のように
聞こえますよね。
でもそれだけではない。

わたしは基本的に映画館では
一番後ろの席に座ります。
画面全体がちゃんと見えるように。

近づき過ぎると全体が見渡せません。
一部しか見えなくなる。
もっと近づくと激突します。
衝突です。
ぶつかったのにまだ進もうとすると
すれ違ってしまいます。

すれ違って、そのまま離れていってしまう
というのは離婚して本当の他人になること。

でも、すれ違って心が離れたと
感じながらも背中合わせのまま
距離を保ち続けているような夫婦も
多いのではないでしょうか?



この一挙放送版観るのやめて
完全版をレンタルして観ようかな?と
2話目ですでに迷っています。

ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」
年末年始一挙放送版 第2話


を観ました。

専業主婦として “就職” することになった
森山みくり (新垣結衣)。

雇用主である夫・津崎平匡 (星野源) との
“契約結婚” が家族や同僚たちに
バレないようにするには、
細心の注意を払わなくてはなりません。

ただの雇用関係なので、
披露宴や挙式は回避したい2人。

早速 「結婚式を挙げないことを
周囲にどう説明するか」 という問題に
2人で取り組むことに・・・。

双方の親族を説得するため、
突然の結婚宣言に不信感を抱いている
みくりの伯母、土屋百合 (石田ゆり子)や
兄弟も含めた両家の顔合わせをセッティング。

みくりの父・森山栃男 (宇梶剛士)、
母・桜 (富田靖子) 、
津崎の父・津崎宗八 (モロ師岡)、
母・知佳 (高橋ひとみ) も揃います。

ヒヤヒヤの展開ながらも
理解の深い両家とも式はあげないことは
受け入れてくれ、さらにふたりの結婚を
心から祝福してくれるのでした。

そんな両親の反応に、
「結婚」 の重さを改めて知ったみくり。

対して津崎は、
嘘だとしても 「結婚」 することで
両親を安心させることができた、
肩の荷が降りたようだと言います。

そして“逃げるは恥だが役に立つ”
ということわざの意味を語りました。

初めての共同作業で一緒に課題を乗り越え、
2人の距離は、ほんの少し
近づいたかのように思われます。

しかし、雇用主と従業員としての距離感で
葛藤も抱きながら一つ屋根で眠る2人。

そんな中、みくりに送り出されて
出社した津崎は、
後輩の風見涼太 (大谷亮平)、同僚の
沼田頼綱 (古田新太)、日野秀司 (藤井隆) に、
「新婚生活」 について質問攻め。

勘の鋭い沼田から、新婚なのに
「恋するオーラ」 が無いと言われ、
慌てて取り繕うのですが、
その勢いで、津崎家に興味津々の日野を
家に招くと約束をしてしまって・・・。



冒頭の両家顔合わせの直後の部分で
ただ面白おかしいだけの
お話ではないことがわかり
しっかりとハートをつかまれました。

お互いの利害関係を有意義に
実現させるためだけの契約結婚。

しかし、その突拍子もなさが
非常識であることはお互いにわかっていて
周囲が受け入れてくれないことも
当たり前のように理解している。

だから、家族も友人も騙すようなカタチで
普通に引かれ合って結婚するかのように
周囲には見せている。

でも2人の間ではあくまで
雇用主と従業員、上司と部下。

そして仕事以外は
プライベートを尊重するというか
プライベートに干渉しない他人。

この2人はこれから距離が縮まり
ぶつかって衝突してすれ違って
お互いの気持ちを確かめていくのでしょう。

でも、夫婦の距離を考えるには
とても良い物語だと思います。

夫婦が従業員と雇い主であったり
上司と部下であったりはしない。

かといって妻は夫ではないし夫は妻ではない。
それぞれが自分だけの人生を生きている
一個の人間なのです。

じゃあ、赤の他人かというとそれも
断固として違って、「家族」という
なによりも近い関係になることを
誓った相手だということです。

ここに夫婦の距離の難しさがある。

だからこそ、
このドラマのように他人どうしで成り立つ
夫婦以外の関係性で信頼をしあいながら
同じプロジェクトを進めていく・・・
という枠にはめてみて見えてくる
大切なことがある。

このドラマが受賞した理由も
わかる気がしますね。

設定上、夫婦にとって大切なことを
改めて確認できるような展開が見えてきます。
それが最後までうまくいった
ということなのでしょう。

わたしも妻との距離感を自問自答しながら
このドラマを楽しんでいきたいと思います。


         全ての物語のために







posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ 年末年始一挙放送版 #1」必要とされ方にもまたいろいろ言いたいことがあるわけで・・・



必要とされたい。
自分は必要とされていない。

と感じてしまうのはやはり
相当つらいものがあります。

豊かなはずの日本で心を病む人が
多い理由にもつながってくる
大切な問題。

でも、必要とされるというのは
たとえば労働力として必要とされる・・・
という意味ではないはずですよね?

ビジネスの世界では成果が
求められるのは当然です。

でも、いくらビジネスの世界でも
成果だけでつながっている関係より
もっと別な部分でつながっている関係のほうが
強いのは言うまでもありません。

わたしはその点、恵まれて育ったんだと
つくづく思います。



さて、近々また昨夜放送されてた
「君の名は。」を観る時間がとれるかな?
話題作を地上波で放送してくれるのは
それだけでイベントです。わくわくします。

ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」
年末年始一挙放送版 第1話


を観ました。

主人公・森山みくり (25歳) は、
大学卒業時に就職できず大学院へ進むも
院卒後も内定ゼロで、派遣社員として
働いていました。

しかし派遣切りにあい求職をすることに・・・

その境遇からか
「誰からも必要とされない辛さ」 を
日々感じていました。

そんなみくりを見かねた父親が
知人の独身会社員・津崎平匡 (35歳) の
家事代行スタッフが辞めたことを知り
みくりの次の仕事として話をつけてきます。

持ち前の気配りで津崎の信頼を勝ち取り
正式採用となったみくり。

しかし、両親が急きょ
田舎へ引っ越すこととなり
同居していたみくりは
その仕事もやめざるを得なくなります。

しかし、本当は働きたい。

そう強く思っていたみくりは、
会話の流れから津崎に
「就職という意味で結婚するのは
どうですか?」 と提案してしまいます。

超真面目な津崎はいろいろと試算し
考え思い巡らし、契約結婚という
答えを出します。

そして2人は周囲には秘密にしながら
「雇用主=夫」「従業員=妻」
という関係を始めることに・・・。



大ブレイクした放送当時から
わたしはこのドラマの内容を
ほとんど知りませんでした。

ガッキーファンではあったので
はじめから観たい気持ちは
あったのですがほかのことで手一杯。

そうこうしているうちに
ドラマは大ヒットしていきましたね。

今回大晦日と元日にに全話一挙放送。
ということで逃すまいと録画しました。

残念ながら1話目をCMを省いた時間で
考えると放送当時15分拡大だったはずの
作品が通常の1時間枠分しかかなったので
大幅にカットはされているようです。

それでも初見なのでわたしは
違和感なく楽しませてもらいました。

この物語の主人公みくりは
就職活動に失敗し続けることで
必要とされてないという思いを抱き
その思いがあるからか、
持ち前の気配りのきく性格もあってか
派遣先でもバリバリ仕事はやっていた様子。

しかし、もう一人とどちらかを選べ
といわれた派遣先から切られてしまう。
つまり選ばれなかった。

傷口に塩、という状態に陥りました。

すてきな良心や親戚、兄弟に
愛されて育っているという点が
この話を明るいお話にしてくれていますが
現実問題、みくりのような思いをしている人は
大勢います。

世に生まれ出た人数の問題として
団塊ジュニアという世代は
まさに就職氷河期、終身雇用神話崩壊、
派遣切り、炊き出し・・・

なんて世の雇用問題のマイナスの
キーワードとは切っても切れない
世代ですからね。

人が余っている世代でもある。

わたしは本来『雇用』されることだけが
生き方だとも働き方だとも思っていません。

でも、大学に4年間通って
周囲が就職活動を始めた4年生のころは
周囲と同じように活動し
氷河期のまっただ中で本当に
なかなか決まりませんでした。

その後、派遣社員で働きながら
転職活動したときも50社断られました。

だから、「誰にも必要とされない」
という感覚、寂しさはやはり理解できる。

中には100社受けて・・・とか、
いやもうそんなもんじゃないよ!
と言っている人もいる。

そういう人たちの中から
ハングリー精神で必要とされる自分を手に入れ
成功していく人もたくさんいますが、
そういう生き方を目指す人にわたしは
「雇用」だけが必要とされることではない
と言いたいし、成果だけでつながる関係も
お勧めはできませんでした。

今でもできません。

雇用されることも、成果を出すことも
まったく否定はしませんが、
それが必要とされることとイコールではない
ということです。

わたしたちが心から渇望している
「必要とされたい」
という渇望は
「自分の存在を認めてもらいたい」
という渇望です。

わたしは両親や祖父母、兄弟たちから
そういった安心感を常にもらえていた。

愛されていないなんて感じたことがない。
だから恵まれています。

社会に出て多少「必要とされない」程度で
心を病むほど自分を否定したりはしない。
だから脳天気でいられる。

また、拒絶されても人は人という
性格を発揮できるのもそういった
根っことしての信頼があるから
図太くもいられるのでしょう。

でも、誰もがそうではない。

たとえば夫婦関係でもそうです。
女性よりもガサツで細やかさの足りない男から
観れば、必要としている存在だから
結婚したのにと当たり前に思っていても
作ってくれた料理にたいする
「おいしい」の一言
「ちょっと味が薄いかな」の一言で
相手が傷ついてしまうこともある。

作業をしてくれる存在として
必要としているのではないから、
居てくれるだけで良いからと、
何もしなくて良いよと言ってしまうのもまた
必要とされていないと受け取る人もいる。

感謝をしていてもそれを言葉や
態度にしてしめさなければ伝わらない。

ところが言葉にすると相手にとっての
正解ではないとか、もっと言えば
逆に地雷だったりして・・・(笑)

本当に難しい。

それでも、わたしが気をつけたい
と思っているのは。

わたしは邪険にされても
寂しくはあっても、家族が居てくれれば
自分の中では修復できる。

でも、妻や息子がわたしと同じ感覚だと
思うなよというのを自分に戒めることです。

ここは忘れないようにしないと
わたしの母子一体感で、
ついつい、「え?このくらいで?」
という態度でやらかしてしまう。

誰でも必要とされたい。
それは実益ということ「だけ」ではなく
また、ただ存在そのものを肯定され「だけ」
でもだめだだし
その片方だけ感謝すると傷つけることもある。

だから、わたしは感謝を表すのも
忘れないよう気をつけつつ
慎重に慎重にと、気をつけています。

・・・まあ、その慎重さそのもので
傷つけちゃうこともまたあったりもしますが・・・


         全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

「カンフー・ヨガ」あなたの宝物



ノウハウコレクターという言い方があります。

ビジネス系の勉強、
特に起業や集客の勉強をする人には
多くそういう人はいます。

知識はたくさん集めるけれど
実践が伴わない…とか、
実践しても成果が出ないと
このノウハウは使えないと思って
すぐに別のノウハウに飛びつく人ですね。

準備中と言いながら
勉強ばかりしていて
一体いつになったら実践をはじめるの?

という人もノウハウコレクターですね。

わたしは下手をすると
そういうタイプに陥ってしまいやすい。

だからノウハウコレクターというのは
あまり良い言われ方ではありません。

行動が伴わないという蔑んだ言い方に近い。

でも、勉強すること自体は悪くない。

むしろ好ましいですよね。
勉強も実践もしない人よりは
勉強している人の方がうっといいと思います。

無知なままとにかくやってみよう!
というのは行動力があるので
それはノウハウコレクターよりは
良いのですが、行動も方向が違えば
反対の結果を出してしまいますからね。

だから、知識と行動の両方が必要。
そして、知識を持っている人は
持っていない人の行動よりも
よりすくない労力や時間で
大きな結果を出したりする。

知識は知恵を生み
知恵はレバレッジを生みだすんですよね。



お正月、多くの人が
「スターウォーズ」現象を楽しんでいる中
わたしは息子と弟と一緒に、

「カンフー・ヨガ」

を観てきました。

およそ1,000年前、中国とインドの間の混乱で、
ある財宝が行方不明になったという
伝説がありました。

ある日、カンフーの使い手でもある
考古学者のジャック(ジャッキー・チェン)のもとを
同じく考古学者でヨガの達人の
インド人の美人アスミタ(ディシャ・パタニ)が
訪ねてきます。

アスミタは古い地図を手に、
伝説の財宝探しを手伝って欲しいと持ちかけます。

地図を解読し調査に向かった
ジャックとアスミタ、そしてその助手たち。

さまざまなことが明らかになり、
ついに氷に埋まった財宝を発見するのですが…



とにかく底抜けに明るいイメージの映画です。
ズルい奴も悪役もいるのですが
ネガティブなイメージが全くなくなる。

最後に悪役も一緒にダンスを披露して
大団円で終わるのですからそりゃそうか…。

ただまあジャッキー・チェンの哲学は
しっかりとメッセージとして入っていました。

今回は本当の宝と言うのは
金銀財宝ではなくて知識。

それは未来を築く礎なんだと
しっかりと良いことを言っているんですよね。

このメッセージにはわたしは共感しました。
知識こそ宝。

ただ、学校教育で教えられる
カリキュラムのお勉強の事ではありませんよ。

何を学び何を身に付けていくのか?
それは自分が選びとっていかなければなりません。

そして、わたしは自分が
この先より良く生きて行くために、
とまず学び始めましたが、
今ではその学びを生かした成果を出して、
そこから生まれる知識や知恵を
子どもたちに残していきたいと思っています。

そして子どもたちはそれをもとに
さらにその先へと進んでいく。

子どもたちは存在だけで宝ですが
それにはわたしたちが到達できない未来を
見に行ってくれるという存在だからです。

知の世界でもそれは全く同じ。

わたしたちがどんなに学んで
どれだけ探究しても
さらにその先に行けるのが子どもたち。

わたしたちの知識と知恵と
子どもたちの未来。

ここにどれだけの良い影響を与えられるか?
それも、どれだけ効果的なレバレッジを
効かせられるかだと思っています。

だから、ノウハウコレクターと呼ばれても
学ぼうとしない人よりはずっと良いと思っています。

自分が活きることは出来ないほどの未来のために
大きくレバレッジを効かせて
知と言う宝をつなげていきたいと思います。


           全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月02日

「聖☆おにいさん」説教のない経典であり聖書なのかもしれません



わたしはズボラです。
煩悩も多いし、怠けたい。

ミスを誤魔化したくなったり
自分の非を認めるのに時間がかかったりと
自分の小ささを感じることもしばしば・・・

聖人君主なんて言葉もありますが
そんな人間像とは遠く遠く遠く…
かけ離れています。

それでも、良く在りたいと思っているし
より良く在ろうとしています。

完璧じゃないけど
昨日の自分よりは少しだけでも
完璧に近い方向へ成長していれば良いかなと
いつも思っています。

そのためには、完璧じゃない今になる
幸せをどれだけ感じとれるか?

という禅問答のような感覚が必要なんですよね。
そのことは本当にわかるようになってきました。



お陰さまでいい年末年始を迎えています。
十数年ぶりに年末年始に4連休。
大掃除に年末の買い物、お持ちにおせちに
年末恒例バラエティ「笑ってはいけない」・・・
のみならず、今年はビジネスを進めるための
課題にも取り組んでいて、年末も年始も
せっせと作業をしていました。
あれもこれもやっている。全然ダラダラしてない!

「聖☆おにいさん」

を観ました。

ブッダとイエスは世紀末を何事もなく越えることができ、
バカンスを下界で過ごしていました。

場所は東京の立川。

節約をしながらアパートで二人暮らしをしている
ブッダとイエスの二人。

しかし彼らは天界の聖人です。

無意識のうちについ奇跡を起こしてしまい、
近隣の人々に怪しまれることもしばしば。

それでも、ブッダは節約やTシャツ作りを楽しみ、
イエスは仮面ライダーや特撮モノをたのしんで
感想ブロガー“イエッサー”として人気者になるなど、
下界での生活をエンジョイしているようです。

彼らの存在を怪しむ立川の人たちは、
彼らに何を感じ、彼らは何を感じて生きているのか…。



ただのギャグ漫画ではないんですよね。

ヒューマンドラマというジャンルは、
映画では感動作だったりほのぼの系だったり
心温まる名作は生まれやすい。

しかし、アニメでそれをやるなら
アニメだからこそやれることをやって欲しい。
という思いもあります。

それを派手なアクションなどは無しで
やってくれたほのぼのギャグアニメ。

笑いながらも本当に温かい気持ちになりました。

もともと友人の奥さんに進められて
7〜8年前にマンガを少し読んでいたので
この劇場用アニメも気になっていました。

2013年の作品です。

年末年始「逃げ恥」一挙放送をまさに放送中に
チャンネルを変えるとBS11では星野源さんが
ブッダ役で声優をしエンディングテーマも手掛けた
こんな作品が放送されている。

なんて面白い現象も楽しめました。

イエス役は森山未來さん。

二人ともとてもよく
原作の雰囲気を出してくれていました。

わたしは中学生か高校生のころ、
紛争をテレビで観て興奮して言ったことがあります。

世界の宗教を作った本物の開祖たちは
ぜったいに天国で「こんなこと教えたつもりは無い!」
って残念がってるはずだよ!

と。

それがちょっと行きすぎた正義感に見えたのでしょうか?
母が心配して、外で言ったりそういう映画を
作ろうとはしない方が良いよと忠告されました。
誰に恨まれるかわからんと・・・

まだ、そういう時代だったんでしょうね。

でもわたしの頭の中では
キリストもブッダも神社の神様もイスラム教の開祖も
ヒンズー教の開祖も、空海やら利休たちも
あの世でみんな集まって
「私たちは同じことを伝えたつもりなのに
伝えるのって難しいね〜」
みたいなことを話していると本気で思っていて
そんな情景をいつか映画にしたいな…
みたいな話を語っていたんですね。

当時は、そういうことを恐れていた母も
数年後に、新聞でキリストとブッダとモハメッドが
宇宙から地球で戦火が上がるのを観て
「あんなこと教えていないのに」
とつぶやいている1コマ漫画を笑いながら
わたしに見せて来ました。

時代が変わったのか…母の感覚が変わったのか…(笑)

その漫画も1コマでこれだけわかりやすいの
素晴らしいなと思ったのですが
それでもまだ説教臭さが消えない。

ところが「聖☆おにいさん」は普通に自然と
ほのぼのとした気持ちになってきてしまう。

伝わるってこういうことなんだろうな…
と本当に思いました。

ケンカなんかしたい気分には絶対にならない。
そんなギャグ漫画なんですね。

イエスとブッダの二人の聖人ぶりと
完全ではない身近なおにいさんのような部分が
面白おかしく楽しませてくれる。

癖になる幸福感を抱ける作品です。

今私たちが生きているこの日本が
どんなに幸せな世界か
ほのぼのと実感できます。

聖人君主でなくとも、より良くあろうとする。
そして何よりも今を楽しみ
人のために在ろうとする。

その優しさがまた幸せになれる感性にも
繋がっているんだろうなと感じさせてくれます。

ぜひとも、これはヒマつぶしでも良いから
漫画ででも映画ででも触れてみて欲しいですね。

説教なんてどこにもありませんから。


          全ての物語のために






posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする