2017年04月21日

単行本「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話 坪田信貴 著 KADOKAWA」わたしが自分のご機嫌を取る研究をコツコツ続けているわけ



困難に立ち向かう…

そういう姿はヒーローの基本です。

わたしの大好きなエンターテインメント作品は
全てがそうだと言えるでしょう。

実話を元にした作品が売れるのも
困難に果敢に立ち向かい、挫折や葛藤を乗り越え
ついには大切なモノを勝ち取る…

それを現実に成し遂げた人がいるのだ!
とフィクション以上に身近に思えるからですよね。

そして、わたしたちは自分が成し遂げることで
自信をつけ、どんどん前に進んでいけます。

フィクションでもノンフィクションでも
その主人公たちに自分が現実という
困難に立ち向かうための力をもらっている。

だからこそ、わたしもこんなブログをやっている…

…のだけれど…

こんなブログをやっているのには
誰もが陥りやすい誤解をして欲しくない!

という強い思いもあります。

誰もが陥りやすい誤解とはなんでしょうか?
その誤解はわたしもしていたし、
今でもいつのまにかそこに戻ってしまっていて
「ああ、いかんいかん!」と自分を修正しています。

それは
「困難に立ち向かう」ということに対する
捉え方です。



来ました!弟がLINEで教えてくれました!
「ポンコツクエスト〜魔王と派遣の魔物たち〜」シーズン4が
スタートしましたね〜!1月から始まらなかったので
今年は無いのかな…と残念に思っていたら。
偶然放送スタート日に弟が気づいて知らせてくれました。
一体、わたしは録りためた作品を全て観ることができるのか!?
そんな中、本もせっせとドンドンと読破しまくっています。

単行本
「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」
坪田信貴 著 株式会社KADOKAWA


を読破しました。

ストーリーはもういいですよね。

みなさんご存知!…ご存知?
映画「ビリギャル」の原作です。

実は読んだことなかったのです…嘘でした。

書いた瞬間に思い出しました。

出版されたばかりのころ、まだ「○○万部突破」
とか帯が巻かれて大型書店でドドーンと
平積みされたりしていない頃です。

あまり立ち寄らなくなった商店街の
小さな書店にフラッと立ち寄った時に奥の
新刊コーナーに1、2冊立てかけられていました。

タイトルとブスくれた表情の金髪女子高生の写真が
面白くて手にとって、その場でほぼ読破
(書店の店員さんゴメンナサイ)
ざっと目を通すだけのつもりが、速読で
一気に三分の二くらいまで読んじゃいました。

コレ!絶対いつか買うな…

と財布と相談して一度は置いたわたし。
まだ息子が小学校の低学年でしたから
それもあって「また今度」となってしまったんですね。

その後、口コミでドンドン売れだして、映画化が決まって
映画公開のころには文庫化されました。
でも、文庫版を手に取るとえらく薄い…
中をみると、ストーリーの部分だけを抽出して
文庫特別版としてまとめてあるとのことでした。

どうせなら全部読みたいと文庫も置きます。
そのころにはもう単行本はブックオフなどでも
見かけていたのでそっちに行こうかな…

と思った時…なんと…ずるいよ!!

新刊コーナーに平済みにされているこの本の
違和感に気づきました。

明らかに二種類ある…
カバーが映画の主演の有村架純さん?
うん、まあそれもあるのですが、そうじゃなくて
わたしが敏感なのは文字のほうです。

《完全版》という文字があるタイプと無いタイプ。

つまり、文庫が出るころ、単行本は
バージョンアップされていたんですね〜

マジずるいよ〜〜〜
しかも、いろいろ調べてみるとモデルさんが
夏服になっているバージョンもあるのだとか…

売り方うまいね…

で、また買えなくなってしまったわけです。
「完全版」が古本屋に出たら買おうかな…みたいな。

思っているうちに息子は中学生。
小学生とは違う意味で親としても
いろいろ考える必要がある時期です。

坪田先生の「人間は9タイプ」を読んでいたら
いてもたってもいられなくなり、
読んでいる本を一旦置いて、
妻に「ちょっとブックオフ行ってくる!」と言って家を飛び出し、
探したわけです。

完全版ではないけれど¥360なら良い買い物です。
で、早速読み始めて読破しちゃったわけです。



坪田先生という人もまた凄い人ですね。

この人の文章は非常に読みやすいし、
す〜っと頭に入ってきます。

ストーリーにしぼった文庫版とはちがって
この単行本版には、勉強の仕方のコツや
指導のコツなども丁寧に説明されていました。

中でもわたしが世の先生方や親たち、
そして部下を持つ人たちに常々思っていることを
とても分かりやすく言ってくれている部分がありました。

一部引用します。

『 結局は、「勉強させなきゃ」とか「成績を上げなきゃ」とかではなく、いかにその場の勉強を「楽しい」と思わせるかが大事なんですよね。そう言い換えてもいいでしょう。
 ですから僕は、教師の役目は、純粋に「やってて楽しい」を見つけてあげることかな、と思っています。
 なので、生徒をしかったり、脅したり、悲しい思いをさせたりして、その感情を利用して何かを乗り越えさせようとするのは意味がないわけなんです。そういう指導をしますと、勉強=不快、先生=不快と脳が認識するようになり、無意識のうちに、「その不快な対象が発する情報を、脳が拒絶するようになりますので、子どもや部下の作業効率は、むしろどんどん下がっていくんです。』
(P138より引用)


ここを読んだ時のわたしの気持ちは

…ほらね〜!!でした。

同時に、息子に対して申し訳ないな〜という思い。

頭では息子が保育園のころから分かっていました。
勉強を楽しいと思わせることができたら…
勉強と遊びの境界線をはじめっから無くしちゃえれば…

でも、難しかった。

やはり学校という仕組みや宿題など
やりたくないときでもやらなければならない
という状況になってしまいますから、
その状況との折り合いの付け方がわからなかった。

いいえ、それは状況のせいにし過ぎでしょうか?

わたし自身が学校のお勉強が嫌いだった。
受験だって面白くもなんともなかった。
ただ面倒で面白かったなんて記憶はありません。

そんな自分のお勉強との向き合い方が
まだそのときのまんまなのでしょう。

それは妻もお恥です。

お勉強=楽しい

ではなくて、

お勉強=やらなければならないこと

両親がそう思っていて、息子だけ勝手に
お勉強=楽しい、ってなれって無茶です。

わたし自身は大人になって…つまり、
学校に行かなくてよくなってから勉強が好きになりました。

勉強と言っても自分が興味があるときに
読みたい本を読むとか、
学びたいことを学びにスクールに入るとか、
自由な学びになったからなのは間違いありません。

大学は好きなことを勉強しに行くところ…

子どものころからそう言い聞かされていました。

思えば読書に目覚めたのは高校卒業間近。
潜在意識が今から自由になるのだ!って
思っていたのかもしれません。

現実には浪人しましたが、高校は理系だったのに
勉強する教科を英語と国語と小論文に絞って
午前中の授業で毎日終わるように
授業のコマも選び方に自由度があって、
午後はいつも紀伊国屋書店によって帰る。

なんて、自由を謳歌し始めていましたからね。

だから、あの頃の受験勉強は苦にはならなかった。
先に大学に行った友達とも遊んでいたし(笑)

いま、自分がそうやって楽しく学んでいるから
尚更、息子が勉強を好きだと思えないことに
申し訳なさを感じてしまいます。

このジレンマが今ではわたしの動機として
とても大きくなってきています。

わたしは自分のために自分がどうやれば
勉強を楽しめるのか?
研究をしてきていました。

今度は息子がやらなければならないことを
楽しめるような工夫をできるように、
自分のご機嫌を上手にとれるように
なってもらわなければならない。

勉強は、本来楽しい。

苦労をしなければならないものではなくて
面白いから夢中になってしまえること…
ゲームやスポーツや友人とのおしゃべりと
なんら変わらないことであって良いはずなんです。

自分の世界が広がる。それを感じさせてやりたい。
そのためにはやっぱりある程度は続けて
その喜びを感じられるまでの積み上げは必要です。

そこに到達するまでが勝負。

困難に立ち向かうとは、苦労を苦労としないこと、
人生はもっともっと楽しいもので
それにはそこにある幸せに気づき続けること
その事実に気づき、実践し続けるようになる。
そういう人間になろうとする道…
その道そのもののことなのではないでしょうか?

でも、その道のりをわたしがまず楽しまなければならない。

人生こそがエンターテインメント。
きっとそういうことなんだろうなと思っています。

わたしたちが結婚したのは息子が生まれる年でした。

この本の中で坪田先生がおっしゃっています。

結婚した時が家族は0歳。
そこからいろいろなことを経験して
家族として成長していくんだ…と。

わたしたち家族もこれから思春期に突入です。



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2017年04月20日

スペシャルドラマ「破獄」その2 執念と幸せ



のんびり屋でどんくさく思われるわたしは
一分一秒を惜しみながら生きています。

周囲が想像している以上に焦っている。

焦ってのんびりしている。

どういうことやねん!

とつっこまれそうですが、
例えば今、日光を浴びて椅子に
もたれ掛かっているとしましょう。

暖かくて、空気も美味しい。

その瞬間に焦るわけです。

その日光を感じている一瞬一瞬は
二度と戻らない、もう一度は味わえない。
吸い込む空気もそうです。
いくらおいしい空気とはいえ
すったまま息をとめても、
体内に入った瞬間にはもう違う物になっている。

まさに感じたその瞬間に全ては終わっている。

そして、その空気は体内で必要なものを
摂取され二酸化炭素となって吐き出される。

その間にもわたしたちは次の空気を味わう。

二度と戻らない尊い一瞬だからこそ
感じ尽くしたい。

のんびりするという感覚もまた
その瞬間は二度と戻らない。

大切な人の声も気配も
全てが感じ尽くしたい一瞬だけで
消えて無くなる宝物なんです。

でも焦ってギュッとなってしまうと
感じる力は鈍っちゃう。

そんな勿体ないことはしたくない。

だから慌てて、焦ってリラックスしようとする。

焦ってのんびりするんです。



番組改変時期、スペシャルドラマも力作が
数々放送されますがみる時間の確保に
苦労しますね〜。今回は前半、後半に分けて
1時間ずつ観ました。

テレビ東京開局記念日 ドラマ特別企画
スペシャルドラマ「破獄


を最後まで観ました。

網走刑務所長・貫井千吉(橋爪功)は
佐久間(山田孝之)を
「絶対逃してはならない」
と意気込みます。

浦田(ビートたけし)は
「生半可では勝てない」と、
専任の野本金之助(中村蒼)と
藤原吉太(池内博之)を呼び出しました。

ちょうど佐久間が油断している時間帯。

抜き打ちでかくにんすると
案の定、佐久間の手錠がはずれていました。

藤原に殴られ佐久間は暴れますが、
浦田に気づくと表情を変え
素直に指示に従います。

ある時、佐久間の経歴を振り返った浦田は、
青森に住む佐久間の妻・光(満島ひかり)を
訪ねて行きます。

面会に来るか手紙を書いてやって頂けませんか?

と懇願しますが光にとっては夫は大事な人。

会っても手紙を書いても
「脱獄してでも帰ってきて欲しい」
と伝えてしまうと、拒否されます。

光の言葉は、浦田に関東大震災で亡くした
妻と息子、傷ついた娘のことを
思い出させるのでした。

そして長引く戦争の影響を受ける中、
寒さの厳しい冬に突入する網走刑務所。

佐久間と刑務官たちの心理戦が始まります・・・。



ビートたけしさんと山田孝之さんが
登場するだけで画面が引き締まりますが、
共演者も豪華で映像もしっかりと
作られているので安定しています。

他局のように必要以上に派手に
盛り上げたりはしないのがテレビ東京流
なのでしょうか。

そういう部分ではNHKのドラマ作りに
似たものがあるのかもしれません。

演出が派手でないぶん静かな映像や演技が
より際だつ作り方ですね。

さて、脱獄なんて考えずにマジメに
刑を全うして、早く家に帰ってやれ
という浦田に対しても、佐久間は
絶対に脱獄してみせると
並々ならぬ執念をみせます。

観ていて胸が詰まるほどの執念。
自分を人間扱いしない刑務官たちへの
計り知れない反発心。

そんな彼の頑なな心が、人の暖かさによって
解ける瞬間が描かれます。

モデルとなっている実在の昭和の脱獄王は
逃走中に警察官にタバコを分けてもらった
ことから自分は脱獄犯だと名乗り出た・・・
という逸話が残っているそうです。

この「破獄」が描きたいのもそういう
心の変化瞬間だったのかもしれません。

反骨精神、反発心、執念、怨念・・・。

それらは確かに、何かを達成するために
大きな力となってくれることがあります。

使い方さえ間違わなければ、夢を叶え
人生を豊かにするために大いに
役だってくれるでしょう。

しかし、幸せになるためには、
生きていることの本当の喜びを
感じるためには

その感情を手放さなければならない。
しがみついていると
いつまでも幸せにはなれない。

それは諦めて楽になれということでもなく、
成功か失敗かには関係なく
気が済むまでやり切ったかどうか?

ということなのでしょう。

だから頑張ることはもちろん必要。

でも頑張っている一瞬一瞬の
生きている感覚を忘れないように、
頑張りながらも肩に力を入れ過ぎないように、
一つことに固執し過ぎないように、
出来るだけ柔軟に考えられるように、
緊張感とリラックスのバランスを
自分の中でチェックする必要はあります。

ドラマの中で浦田が刑務所側に訴え続けたこと、
そして佐久間の頑なさを溶かした
いくつかの要素・・・

これは周囲との人間関係にも
自分自身の取り扱いにも
根源的に役立つ教訓ですね。


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2017年04月19日

アニメ「ピンポン #2 スマイルはロボット」なぜか憂鬱で気力が出ないときは・・・



誰だっていつでも元気じゃいられませんよね。

落ち込むこともあるとか
そういう話じゃないんです。

調子の問題。

何か落ち込むことがあったわけでもない。
なのになぜか元気が出ない。
気力がわかない。

バイオリズムというのでしょうか。
精神の。

わけもなく憂鬱。

そういうときです。

そういうときって楽しいですか?

憂鬱だけど楽しい・・・

なんてことは起こりようがなおですよね。

憂鬱だったけど楽しくなってきた。

ならあると思うんですよ。

無気力も一緒ですよね。

無気力だけど楽しい・・・はおかしい。

本当に楽しくなってくると
元気が出ちゃいますよね。

でも、穏やかさはどうでしょうか?

穏やかだけど楽しい
穏やかだけど元気
静かだけど楽しんでいる
静かだけど元気

これならなんの問題もない。

境界線を見極めて起きたいですよね。
見極めれば自覚できるし、
自覚できれば、気力がないときに
自分をチェックして養生、改善できるから。



ちょっと多忙でドラマを観る時間を作れず
焦っています。そんな中、なんとか劇場に
映画を見に行きたいなんて考えが・・・誘惑が・・・

アニメ「ピンポン」
第2話 「スマイルはロボット」


チャイナこと孔 文革から1点も取れずに
完敗したことにショックを受けるペコ。

一方、スマイルは小泉から
「ペコとはもう打つな」と告げられます。

小泉はスマイルに、勝負への執念に欠けている
という弱点をインターハイまでに
克服するのだと命じました。

スマイルは小泉のいうことに
耳を貸すき気はないようです。

小泉に言われた朝練にも出席しません。

スマイルは
「強くなるとか、優勝するとか
そういう卓球をやりたくないんだ」
と言いますが。

そんな小泉にめげることなく
アプローチをしてくる小泉は・・・



いい感じになってきましたね。
こういうのをじっくり描く作品なんでしょうか?
気力の感じられないスマイルが
その内側の熱さを表現する時が…

原作にも実写版にも触れたことがなく
完全に初めてなので今後が楽しみです。

実は実写版を借りちゃおうかとも
思ったのですが、ひとまず保留にします。
先を知らない楽しさを味わいたいから。

楽しさ・・・

これが、あるかないかが最初のボーダーライン
だと思います。

ただ静かで穏やかなのか、
それとも無気力、元気がない状態なのか。

その境界線。

でも楽しさにも段階があります。

その楽しさのレベルと向き合ってみることが
自分を憂鬱や無気力から救い出すための
方法を見つけるためには一番良い。

実は、わけもなく元気が出ないというときも
意識できる理由がないだけで
本当は理由があります。

それがなんなのか?

自分の憂鬱と向き合ってみるのも
やり方としては間違ってはいないと思います。

が、元気が出ないとき、でも
本当は楽しく生きたいと思っている時は
自分の中の楽しさを感じる部分を軸に
とらえて、

それを邪魔するものが出てきたら
ソイツがなんなのか見定める。

そうやって無気力の正体は
見極めて対策を打っていくことが
できるようになります。

まずは自分の中の楽しさの琴線を
ゆっくりと探してみてください。

探るというより、漂ってみる感覚かな。
無気力無重力の意識空間にゆた〜って。

そうすれば、実は気になっていることや、
実はショックで落ち込んでいたんだなど
気づいたり、
体調不良に気づいたり、リラックスする事で
「あ、アレやってみたいな」とわくわくの
手がかりに気づいたりします。

見つけたらそのまま焦らずにその感覚を
丁寧に味わってみましょう。

どうしたらいいか、どうしたいか、
少しずつ整理されてわくわくが戻ってきますよ。


       全ての物語のために










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2017年04月18日

アニメ「終物語 おうぎフォーミュラ #2」あなたとわたしのタイプ分け



「ビリギャル」で有名になった
坪田信貴先生の本を読んでいます。

「人間は9タイプ 子どもとあなたの伸ばし方説明書」

心理学のエニアグラムなどの
性格分析診断テストをミックスして
坪田先生なりに多くの子どもや
部下たちと接してきた経験から
導き出されたタイプ分け。

タイプに会わせた指導方法で
やる気を引き出す接し方を解説しています。

非常にわかりやすくて、興味深い。

わたしも早速このタイプ診断をやってみました。
わたしは「楽天家」と「調停者」の
2タイプが同点。

そして1点差で他のタイプも突出していました。

息子も突出していたのは3タイプ。
1点ずつの差こそあれ、この結果が
わたしには非常に興味深いんですね。

つまり、血液型など、
いろいろな性格・タイプ分けというのがあります。
わたしたちが普段人と接していても
「あの人はそういう人だから」
とレッテルを貼ったりします。

でも、それがそのままその人なのではなく
それはいろいろな要素を持ったその人の
一面でしかなくて、実際には
いろいろなタイプの混合体が
その人の性格だということ。

しかも、そのタイプの配合比率も人それぞれ。
そしてその配合はきっと一瞬一瞬変化している。

それでも、やはりはっきりと
個性というものはあって
大きくタイプ分けしてみることで
見えてくるものは莫大です。

そこから見えてくる可能性もまた莫大。



息子が小学5年生のころ、
TSUTAYAで流れている予告編を観て、
何かピンときたようで、これが観たい
と言い出した作品。その予告編映像は
まさにこのお話の教室の映像でした。
西尾維新さん原作の「物語シリーズ」

アニメ「終物語 おうぎフォーミュラ」
第2話


を観ました。

友達はいらない。人間強度がさがるから。

主人公、阿良々木暦くんが高校生2年の春休み、
優等生の羽川翼に出会うまで
持っていた信条。

中学生のころはそんなふうではなかった様子。

一体いつから阿良々木くんは
友達を作らなくなったのか?

まさに彼がその信条を持つに至るまでを
彼自身が思い出していくお話。

不思議な一年生、忍野扇と2人、
奇妙な教室に閉じ込められたら阿良々木くんは
そこが1年生の時の自分の教室だと知り
扇ちゃんの絶妙すぎる質問によって
当時を思い出していきます。

そして、彼がたどり着いた・・・
いや、思い出した真実。

彼自身が目をそらし続けていた真実と
再び向き合わさるのでした。



BS11で全国放送中。番組情報は公式ホームページへ。

向き合うべき過ち。
阿良々木くんの間違いは
その出来事から

友達はいらない。人間強度が下がるから。

と、殻を作ってしまったこともひとつでしょう。

しかし、不正や悪意によって多数決が
押し通され、ひとりの人間が
被害者となる惨状を目の当たりにして
「自分は彼らのようにはなりたくない」
と思い、「彼ら」から距離を置こうとする。

というのは、それが「独り」になることを
意味するのなら尚更、勇気のいることですし
やはり強さだと思います。

純粋すぎて折り合いをつけられなかっただけ、
優しすぎて多数決に荷担したクラスメイトたち
を一方的に罵ることもできなかっただけ。

それは阿良々木暦という人間の個性・・・タイプ、
なんだと思います。

強さと純粋さと優しさ・・・それらが
矛盾を作り出し、結局自分なりの
「逃げ道」を見いだしてしまった。

もしも阿良々木くんが優しさよりも
強さだけ持っていたら
その場はどうなったでしょう?

犯人に歩みより胸ぐらを掴んで・・・

しかし、純粋だったかれはまずその惨状に
深く絶望し傷ついた。
だからからの強さは「独り」に耐える。
という方向で発揮されます。

でも強くなければ、彼はショックのあまり、
人間不信となり引きこもったり、
逆にずるい人間を逆恨みしたり、
という方向へ走っていたかもしれません。

優しさも兼ね添えていたから、
クラスメイトたちを懲らしめたりもしなかった。

阿良々木くんはそういう「タイプ」です。
でも、ここからわかるように
ひとつのタイプでくくれるものではなく、
いくつものタイプがブレンドされて
阿良々木暦という人間ができあがっている。

わたしは気分によって
自分の性格が変わる性格です・・・

なんて言い方をしたらもう、
意味がわかりませんよね。

でも、普段はおっとりしているけれど
短気な時もあるし、
まじめだけれどふざけることもあるし、
優しいとか甘いとか言われながら
冷血と言われたりもします。

全部わたし。

じゃあ、人の性格やタイプ分けの分析が
必要ないことなのか?

というと全く逆で、こういうことは
わたしたちが平和でかつ幸せに人生を謳歌するには
とても大きな可能性を秘めていると思っています。

どんなときに、どんなことに嬉しいのか?

どんなときに、どんなことを残念に思うのか?

お互いにそれがわかっていたら、
相手のことも気遣えるし、
自分のことも成長させられますよね?

さらに、自分のタイプの配合が変わっている
ということは、何か不調や異変があるのかも
しれないし、
大きく成長をしている時なのかもしれない。

どんな自分になりたいか?

それを逆算して目指していくことも
できるようになるわけですよね。

白と黒との間に
無限のグラデーションがあるように、

赤と青の配合で紫が現れるように、
その比率で、また無限のグラデーションが
表現できるように、
タイプとタイプの配合で無限の可能性が
わたしたちの中に見いだせる。

そういうことだと思うと、
坪田先生の本を読みながら
自分がカラフルな絵の具を手にしているようで
わくわくしてきます。


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2017年04月17日

スペシャルドラマ「破獄」その1 束縛・拘束・理不尽からの絶対的な脱出願望



悪夢をたまに観ます。

高校で宿題を忘れたり教科書を忘れたり。
それはもう最終局面で
これ以上忘れたら退学・・・
という場面でうっかりちゃんのわたしは
やらかしてしまう。

その時は顔面蒼白な気分なのです。

どうしよう・・・

でもどうしようもなくて、
わたしはみんなが教室で授業をしているのを
横目で観ながら学校を出ていくことになります。

言いようもない孤独・・・

しかし、その状況は変わらないのに
その夢が悪夢なのはそこまでなのです。

状況だけではなく寂しさのどん底も
変わらないのにです。

どういうことか・・・

突如、新しい捉え方がわたしの中を支配する。
フェンス越しに学校の敷地の中にいる
元クラスメイトたちを孤独感の中で観ながら
ある感覚に支配されます。

それは・・・

圧倒的な自由!

オレが心底求めていたものじゃないか!!

その感覚の誕生と呼応するように
その夢がはじけるように終わりを告げて
目が覚める。

わたしは幸せに育ってきたはずなんです。
自由にのびのび育ててもらえていた。

それは自分の記憶でも妹や弟の言い分を
聞いていても疑いの余地はありません。

しかし、心の奥底に眠っている
強烈な恐怖をよく感じていた感覚というか
記憶が忘れられません。

本能からくる感覚なのでしょうか?



いい作品が沢山でてきますね〜
嬉しい限りですが、時間を確保するのが
大変ですね〜(喜)

スペシャルドラマ「破獄」

を観ました。

日本軍がハワイ真珠湾を攻撃した翌年、
昭和17年6月深夜。

秋田刑務所の独房の天窓から
佐久間清太郎(山田孝之)が脱獄します。

そのことは東京・小菅刑務所の看守部長、
浦田進(ビートたけし)の耳にも入りました。

佐久間は前年まで小菅にいた無期懲役囚で、
浦田が担当していたのです。

青森でも破獄逃走をした危険人物でしたが、
情に厚い浦田には心を開いていたのです。

秋田刑務所の脱獄から3か月後が過ぎたころ、
佐久間が浦田の家を訪れます。

人間扱いしない秋田の看守を訴えてもらうため、
浦田に会いに来たというのです。

しかし浦田は隙をつくらせて通報し、
佐久間は再び刑務所へ…。

戦争で苦戦に陥ったことを
日本中が思い知らされた昭和18年。

佐久間は網走刑務所へ送られます。

そして浦田もまた網走刑務所の看守長として
転任が命じられるのでした。

網走に赴く前、浦田は娘、
美代子(吉田羊)が働く図書館を訪れます。

浦田は美代子に遠くへの転任が決まったことを
告げるのですが、2人の間には溝がありました。

1カ月後、網走に着いた浦田は、
看守部長・泉五郎(勝村政信)の案内で、
独房を除きます。

そこには両手に錠をかけられた佐久間が、
素手でむさぼるように食事をしていました…。



わたしは一昨年の夏に断捨離を行いました。

大量の衣類とかなりの量の蔵書、DVDライブラリーを
処分したり売り払ったりしました。

蔵書のほとんどは読破していて、しかも
何度も何度も読んで自分のモノになっているか、
あるいは全く読まなくなって今後も
読もうと思うことが無さそうな本たちです。

それでも、未読であるにも関わらず
断捨離の時に処分しきれなかった本も
いくつもあります。
そのなかの一冊、吉村 昭著「破獄」(新潮文庫)。

昭和の脱獄王・白鳥由栄の話を知り
彼をモデルにした小説ということで以前
わざわざ探して買っていたのです。

以来なかなか読む機会がないまま
今回のドラマを観ることになってしまいました。

脱獄もの・・・。
極度に自由を奪われた人が
なんとかその監獄から抜け出し自由を得る。

「大脱走」「カウラ大脱走」「大脱出」
「ショーシャンクの空に」「ロックアップ」
「アルカトラズからの脱出」「勝利への脱出」

・・・名作はたくさんありますね。

そういうものが好きなのは、
やはりわたしの(わたしたちの)
潜在意識の中にある拘束への恐怖と
自由への羨望なのでしょう。

このドラマ「破獄」の前半は
とにかく佐久間の脱獄への執念が凄いです。

思春期、反抗期の十代、
中学校や高校で感じていた『ガマン』
特に団体行動的なことを強いられるときの
あの感覚は「自由になるまで耐え抜いてみせる」
という執念がなければ到底耐えられるものでは
ありませんでした。

「大学に行ったら好きなことが学べる」

その思いだけを胸に、耐え抜いた6年間。
大切な友人たちとの出会いや
感動的な学校行事ももちろんありましたが
わたし個人は根源的な部分で
その息苦しさを耐えていた。

そういう一面がとても強いんだと思います。
山田孝之さんが見せるあの脱獄への執念。

あの力強さ。

最近のわたしは弱くなっていました。

大学を出てからいいときもわるいときもありました。
でも、最近は部分的にですが
強烈に拘束・束縛・理不尽を感じています。

屈するつもりはない。
でも、十代の頃のように絶対に抜け出すという
怨念に近い熱が感じられなかった。

歳のせいか、あるいは高校生のように、
卒業時期が決まっているわけでもないからでしょうか?

だとしたら期限を
決めないといけないのかもしれません。

自分の気力がいつまで持つのか?
タイムリミットが近づいているのは
間違いないのですから・・・


         全ての物語のために













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