2017年08月12日

ドラマ「僕たちがやりました #4」怠けたい自分ともちゃんと向き合ってあげる



自分と向き合うのは本当に難しいですね。

向き合えるか向き合えないか?

という事ではなくて
向き合っている、
向き合おうとしているとき、
その時のクオリティの問題です。

いや、色彩や濃度、グラデーション、
方向性、深度、そういう種類の話かな。

芸術と同じ。

計算や論文とは違う部分。

でも、自分を成長させるなら
やっていかなきゃならない部分でもある。



大人が数日の夏休みをとれても
子どもたちが1ヶ月以上の夏休みともなると
やはり、いい夏にして欲しいと思ってしまう
大人としては忙しくなっちゃいますね・・・

ドラマ「僕たちがやりました」
第4話


を観ました。

今宵(川栄李奈)のアパートに
伊佐美(間宮祥太朗)と身を隠しいたら
市橋(新田真剣佑)とその仲間たちに
捕まってしまったトビオ(窪田正孝)。

爆破事件で負った大ケガがもとで
体の自由を奪われた市橋は、
その恨みを晴らすため、
仲間にトビオを襲わせようとしますが、
トビオは隙を突いて逃げ出します。

なんとか逃げおおせたトビオ。

そこへ蓮子(永野芽郁)から
『今から会えない?』とメッセージ。

菜摘(水川あさみ)の話から
矢波高の教師・熊野(森田甘路)が
爆破の真犯人ではという疑惑をもとに
自分が犯人ではないことを蓮子に話そうと、
待ち合わせ場所に向かいますが、
そこには蓮子だけではなく
刑事の飯室(三浦翔平)たちの姿が・・・

一方、トビオの金を奪って姿を消した
マル(葉山奨之)は熱海に逃れていました。

大金を手にしたのをいいことに
夜の街で豪遊するマル。

また、証拠はないと言われていた
パイセン(今野浩喜)は
ある映像を見せられて・・・



マンガなんだけど、
ドラマで実写化することで、
ちょっと身近に感じられるのが
だんだん怖くなってきました。

現実の中高生を観ていると
素直でまじめそうな子たちが多いですが
このドラマのトビオたちの
変なテンションが当たり前じゃ困るな〜と・・・

そこまで考えて、わたし自身のイライラに
気づきました。

何をつまらない大人の感覚で
心配しているのだろうと。

わたしたちが子どものころも
大人たちにいろいろな心配をされていました。

マンガの悪影響?アニメの悪影響?
ゲームの悪影響?
バーチャルと現実の区別がつかない?

それはその媒体が悪いんじゃなくて
それを使っている方の問題だろうに・・・

そんなことは子どもの頃からわかっていました。

最近、息子はモンストで物語シリーズとの
コラボが始まるときの
ネット上でのコメントに対して
一言もの申していました。

物語シリーズを良く知らないが
モンストは好きな人が書いたと思われるコメント。

そこには物語シリーズをオタクアニメと
揶揄してコラボレーションする事への
非難の言葉が並んでいました。

しかも、そのコラボへの賛辞を書が
書かれたコメントへの返信としての
コメントだったのです。

「作品を観もせずに批判だけして
もったいないね。ちゃんと観ていて
これをオタクアニメだと思っちゃうなら、
なおさらもったいないね」

息子はそういいながら、
批判コメントは無視して、
賛辞を書いた大本のコメントへ
自分も喜んでいる旨の返信を一言添えていました。

わたしはそんな息子の横で
「僕たちがやりました」を観ながら
つまらない大人のつまらない心配を
していたんですね。

そんなことを考えているとドラマの中では
市橋が自分の身体が不自由になったことで
トビオたちへの憎しみを表現するシーンが
映し出されました。

わたしは思わず「なんとずうずうしい」
と声を上げてしまいました。

自分の人生があいつらに滅茶苦茶にされた
などと言っていますが、
お前はコレまでに一体何人の人生を
滅茶苦茶にしてきたと思っているんだ?

自分の鬱屈と向き合えず、
その苛立ちを全て人のせいにしてきた
自分への代償だろうがと、
怒りが湧いてきました。

でも、蓮子がそんな市橋に駆け寄って
助け起こしてやる姿を見て、
「ああ」とまた反省。

やっぱりわたしがイラついている。

視野が狭くなっている。

市橋にイラだつということは
市橋はきっと自分だ・・・

自分と向き合うことを常に
大切にしているつもりのわたし。

それでも、それはやっぱり
とても難しい作業です。

計画していることが思うように進まず、
それを進めようとするモチベーションが
下がってきている自分に焦っている。

それがイラだちの原因だろうことは
すぐにわかりました。

ここから先は、もう少し丁寧に
自分の心のささくれと向き合って行かなきゃな。

蓮子が市橋を責めなかったように
わたしはわたしのモチベーション低下を
責めずに、ただ受けとめて
助け起こしてやればいい。

きっと、そんなイメージなのかな。
頑張らなくて良いけど、
ゆっくりと落ち着いて感じてみよう。

そんなことが頭と胸を駆けめぐった時間でした。


        全ての物語のために









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2017年08月11日

小説「結物語 #4 つづらヒューマン」思い出を自分色に塗り替える



あなたの中から幸せ力を引き出して
その力をさらに強く鋭敏に磨いていく。

その為のお手伝いがこのブログの目的。

だから、幸せには貪欲でいい。

わたしは幸せに対して貪欲です。

幸せになろうとする人の手伝いはできても
幸せにしてもらおうと思っている人や
わざわざ不幸になりたがる人の
手伝いはできません。

置いてけぼりです。

自分で幸せになろうという
心のベクトルが発生しない限りは
どうしようもない。

どんなに幸せ力の引き出し方や
心の仕組みや工夫を伝えても
嫌味や皮肉に受け取られる。

そのときのその人にとっては
それが真実になってしまう。

でも、そんな人でも
ひとたび幸せにベクトルが向けば
ダラダラ生きている人よりも
とてつもなく幸せに力強く貪欲になれます。



いよいよ今週末放送ですね。
わたしの地域で観れるのはBS11です。
「終物語」完結編、2夜連続2時間スペシャル。
HDDの容量をしっかりあけて標準モードで
録画準備はバッチリです・・・
(笑)息子が好きなのに、わたしの方がハマってる。

小説「結物語 ムスビモノガタリ」
第4話「つづらヒューマン」


まで読破しちゃいました。

4ヶ月に及ぶ研修期間も
終わりに差し掛かってきています。

海外で仕事をしている戦場ヶ原ひたぎと
電話やメールで将来について話していた
阿良々木くんは、なんと
3回目の別れ話へと発展してしまいます。

阿良々木くんは直江津署を後にしたその後のことを
のちのことも考えねばならず、
戦場ヶ原は大企業お抱えの金融トレーダーの
見習いから正式なマネージャーを目指すかどうか
決めなければならない時期でした。

もしも戦場ヶ原がこの先、
海外に活動拠点をおくのであれば、
国家公務員の阿良々木くんと
同じ時間を過ごすことは難しくなります。

そんなことが問題となり、大喧嘩をして、
別れてしまいました。

最終面接時、甲賀課長は、
阿良々木くんの将来を決めるのは阿良々木くん自身、
あとは阿良々木くんの判断になる、と伝えます。

甲賀課長は、理想を追うのだけが人生だとは思っていない、
楽して生きてもいいんだよ、とも言いました。

風説課を去るにあたって、阿良々木くんは
さまざまな手続きのために役場を訪れました。

そこで、会計士として働いている
老倉育と再会することに・・・。



シリーズの全ての原型とも言える
「化物語」第1話「ひたぎクラブ」
の戦場ヶ原ひたぎは
その後ずっとヒロインとして登場します。

阿良々木くんのことが大好きな
ツンデレ女子高生でした。

始めこそ阿良々木くんに
「優しさも敵対行為とみますわよ」などと
敵意むき出しでしたが
その性格がどんどん朗らかになっていく。
その様子もまた楽しいシリーズでしたが、
その代わり「終物語」で最初の戦場ヶ原をしのぐ
強烈な少女、老倉育が登場します。

ツンデレなどとは言っていられない
切迫した状況。

阿良々木くんのことが嫌いで嫌いで仕方がない。
でもそれは彼を嫌うことでなんとか
自分を支えているという痛々しいまでの不幸少女。

精神的にもあからさまに壊滅寸前・・・

そんな老倉とも色々ありました。

4月からBS11で再放送されていた
アニメ「終物語」ではそのあたりが詳しく描かれました。

そんな老倉が役所で勤めていた・・・

実は学生時代もいろいろあったようで
阿良々木くんと老倉がまた対話するする場面が
描かれます。

その中で現代の老倉が、自分の崩壊した家庭、
両親とかつて住んでいたボロボロの自宅を
安くで買い取ったことを知る阿良々木くん。

なんで自分で傷口を広げるようなことをすんだ・・・
という阿良々木くんに老倉は言います。

「思い出を私色に塗り替える。」
(P187)

不幸も全部のみ込んで、
幸せになってやるんだというとてつもない気迫を
今度はむき出しにするんですね。

思い出を私色に塗り替える

強い言葉ですよね。

両親との辛い思い出ばかりの家を
買い戻してまでひとりで住み、
過去を全て受け止めて
今ここから幸せになってやるんだという
激しいまでの幸せへの執着。

わたしは「聖闘士星矢」のフェニックス一輝のような
ストイックな孤高の戦士が好きですが
この老倉育は「愚物語 オロカモノガタリ」の
第1話「そだちフィアスコ」ので
不幸のどん底から不死鳥のような
生まれ変わり方の片りんを見せてくれます。

これから全ての作品を観られる方は
彼女の強さに触れるのも一興。

全ては観れないにしても
原型だけでも触れてみようかしらという方には
戦場ヶ原ひたぎが自分の不幸を取り戻し
幸せに貪欲になり始めるところだけでも
是非読んでみてください。

幸せになる覚悟と努力を知り
身につけて成長していく若者たちの姿を通して
きっとあなたのなかの幸せ力が
沢山刺激されるはずです。


        全ての物語のために








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2017年08月10日

小説「結物語 #3 みとめウルフ」知っている人も、いつか知らない人になる。




あなたはそういう人だから…

人生で何度か言われたことがありますが、
これは本当に無知で失礼な言葉だと思います。

ところが恥ずかしながら
無知だったわたしは「あいつは〜なヤツ」と
決めつけてしまったことがありました。

もっと恥ずかしいことに、
未だに決めてかかってしまうようなことがあります。

「コイツ、本当に変わんねぇな〜!!」

とほとほと嫌になる人も実際いるので
経験上、ガードをしてしまう。

「キメツケル」「キタイシナイ」という
鎧と楯を持っていた方が
自分が傷つかずにいられるという
経験上の反射反応なのでしょうけど、
これにはやっぱり反省します。

確かに、人って簡単には変わらない…
というのも実は決めつけで、

そういう人も確かにいるけれど
どんどん成長している人も
実はとっても多い。

そう思っておかないと、
本当に失礼なことになるし、
相手を傷つけることもあるし、
無益に無意味に無暗に自分が傷つく
なんてことにもなりかねません。



「終物語 オワリモノガタリ」完結編のアニメ放送が
近づいて来ました。夏休みの6連休ですっかり
ドラマが追いつていないものですから、
開き直ってこの小説を楽しく読破しちゃいました。

小説「結物語 ムスビモノガタリ」
第3話「みとめウルフ」


国境戦を消しゴムのように
消してまわっている
国際的危険人物が青春時代を過ごした
直江津市に一時的に帰ってくることになり
警察も役場もてんやわんや。

目的は自身の過去に繋がるデータを
抹消するため・・・と、
公には発表しています。

なんでも、その要人は
ホテルに軟禁状態で隔離され
厳重な警護体制で守られるのだとか・・・

国を挙げて、その要人警護で
いわば大混乱なわけです。

阿良々木くんは警部補とはいえ
いつもと同じ風説課での研修任務を
命じられていました。

その日、阿良々木くんが帰宅すると
海外留学中だった下の妹の月火ちゃんが
帰ってきていました。

なんと彼女は大学を辞めて
今度はダンススクールに入るのだと
言い始めています。

台所では、上の妹の火憐ちゃんが
上機嫌で夕食の支度をしていました。

現在は火憐しか住んでいない実家。
久々に揃った3人の兄妹。

ところが、食卓には4人分の食事が
用意されて・・・




成人した主人公たち…

阿良々木くんが高校生時代に
殆ど崇めていたといってもいい
委員長の中の委員長、羽川翼も
同級生ですからもちろん成人していました。

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
かつての彼女の決めぜりふでしたが
今回登場した大人の羽川はその後に
こう付け加えました。

「知れば知るほど、知らないことが増えていく」

常に成長している証拠ですね。
さらに見識を広げて、
「何でもは知らない。知ってることだけ」
という無知の知に深みが増しています。

そして、それを受けて阿良々木くんは
こんなことを思います。

――知っている人も、いつか知らない人になる。――

2人ともクールですよね。

阿良々木くんもモノの見方が
さらに大人になっている。

旧知の友も、昔知っていたころとは成長していて
あのころの友ではない…

それを言い表した言葉です。

そこはかとなく寂しさを感じる
文学的な表現でもありますが、
でも当たり前のことを言っていて、
これは必ずしも寂しいことでもないと思います。

むしろ、本当にそのことを知らないと、
大切な人を自ら切り捨てたり、傷つけたりして、
本当に寂しい人生になってしまいかねない。

久しぶりにあったアイツはまるで別人のようだった…

という経験をしたことはあると思いますが、
それは日々一緒にいる家族も同じです。

ずっと一緒にいるから自然と目くらまし現象が
起きているだけで、かつてのその人とは違っている。

成長している。
成長し続けている。

それは、知り合って興味を抱いた相手は
いつまでも新しいその人を発見できるということです。

でも、決めつけてしまうと
自分がもう決めつけた部分だけしか
気にしなくなり、その部分が見えた時だけ
「ほら、やっぱり!あいつは変わらない!」
となってしまう。

いっぱい変わっている部分には目もくれず。
もしかしたら減っているかもしれない、
もしかしたら質が変わっているかもしれない、
決めつけた部分だけを
決めつけたようにしか見なくなる。

それでその人との付き合い方を
固定してしまったり、断ち切ったりする。

つまり、本当のその瞬間のその人は見ずに
思い込みで勝手に関係性を悪化させる
犯人に自分がなってしまっているということですよね。

今日のあの人は、昨日のあの人とは別人です。

一期一会!


         全ての物語のために








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2017年08月09日

小説「結物語 #1 ぜんかマーメイド」なれるものになるという考え方


命と、その人が命よりも大切にしていること、
どちらかを選ばなければならない場合…

昨日、「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」の
第3話をご紹介したときに取り上げた題材です。

ドラマの中では14歳の天才ピアニスト
こだわりの料理人、
大きな研究をしていた大学教授、
など

それぞれに素晴らしい才能と
それに見合う努力をしてきた人たちが
それらを失ったり失うかもしれない
という状況に追い込まれる姿が描かれます。

そんな命よりも大切なものを失ってまで
生きていろと言えることなのか?

みたいなテーマですね。


「なりたいものになれるのは
なろうとしたものだけだ」

これは原田翔太さんという“ビジネステロリスト”が
「不純な動機で始めよう」という本の中で
書かれていることです。

わたしもとても刺激を受けた本です。

ただ、この“なりたいもの”がはっきりと
見えている人と見えていない人がいます。

わたしはどちらかというと後者です。

それでも、生きている。
自分の才能や、コレをやる為に生まれたんだ!
と思えるものをハッキリと見つけている人は
本当はそれだけでもその他大勢よりも
幸せなことなのに…

それが叶わないなら生きる意味がないなんて
他に生きている人に失礼だという話を
昨日はしました。

では、どのように考えればいいのか?
逆説的ですが、とても参考になる考え方に
であったので紹介します。

モンスト・・・モンスターストライク
モバイル機器で遊べるオンラインゲームです。
息子も妻もハマっています。
色々なキャラともコラボ企画をしているようで
息子に見せてもらって理解出来ただけでも
「ドラえもん」「ルパン三世」「聖闘士星矢」
などのキャラクターがいました。
で、今始まったばかりのコラボ。
「物語シリーズ」コラボ。
大喜びの息子に刺激され
思わず買ってしまいました。

小説「結物語(ムスビモノガタリ)」
第1話「ぜんかマーメイド」


23歳になった阿良々木くん。

キャリアとして警部補になり、
直江津署風説課で4ヶ月間の
研修を受けることになります。

なんでも知っているお姉さん
臥煙さんの施策の1つで、
テストケースとして作られた風説課。

そこで阿良々木くんがペアを組まされたのは
26歳の女性巡査、周防全歌(すおう・ぜんか)

全歌は、水泳選手だった高校1年生の頃、
交通事故に遭い瀕死の重傷を負いますが、
人魚の肉を食し一命をとりとめ
不死となっていました。

そんなセンパイに警察官になった理由を
問われた阿良々木くん。

両親が警察官だから・・・
昔騙された詐欺師を捕まえたいから・・・

しかし、自分で言ってみて
どれもしっくりこないようです。

そんな阿良々木くんと全歌が向かったのは
直江津高校の近くにある大きな川。

この夏、この川で子供が5人も相次いで
溺れているのだそうです。
死人は出ていませんが、うち1名は重体で、
まだ意識が回復していませんでした。

5人のうち3人までが、
「見えない手」に足首をつかまれて、
水底へと引きずり込まれたと証言しており、
怪談の温床になりかねません。

そこで風説課が、風説を取り締まり、
怪異譚になる前に処理することに
なったのですが・・・



高校生の成長物語だった青春小説の
「物語シリーズ」の中でも、
23歳の大学も卒業後の
大人のレギュラー陣が描かれる異色作です。

まだ、人生を迷っている風にも見える
主人公の阿良々木くん。

自分が警察官になった理由も
明確に答えられません。

悩みながら生きている。

でも、彼の言葉で出てきます。

「なれるものになる」

先に紹介した
「なりたいものになれるのは
なろうとしたものだけ」

という熱い言葉と比べると
受取り方によっては

「なりたいものを妥協してなれるものになる」

みたいに、後ろ向き雰囲気にも一見思えます。

でも、この「結物語」や、シリーズを通しての
阿良々木くんの在り方をみていると
どうもそんな雰囲気とも少し違う。

今の自分に何ができるのか?
今、やれることをやる。

そこから自分にできることを模索し
常にその時々の自分にできることをやっていく。
それが「なれるものになる」という
生き方なんじゃないかと思えるようなお話…
というか阿良々木くんの在り方・姿勢でした。

そう考えるととても前向きですよね。

やりたいことや自分に向いていることなんて分からない。
でも、わたしたちの多くはそんな状況でも
やれることを一生懸命にやって
日々を生きていますよね。

最近ハマりだしたアニメ
「僕のヒーローアカデミア」でも
「今 僕に出来ることを」をいうタイトルの回がありました。

福井晴敏さんの短編小説集
「6ステイン」の中の一編には
「今できる最善のこと」という作品があります。

なにたいものになれなくても
やりたいことができなくても

なれるものになる
やれることをやる

これが本当の生命力、生きる力なんだと思います。

本当に命よりも大切なのであれば
それを“思っていたように”は出来なくても
違う形で表現できないか?
違う方法で同じ喜びを人に与えられないか?
出来る人の指導をすることはできないか?

などなど、やれることは出てきますし、
そこまでして、そこまでやり尽くせるからこそ
命よりも大切なことだと言えるのではないですか?


           全ての物語のために








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2017年08月08日

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン #3」命よりも大切なもの?



コレを為すために生まれたんだ!
このために生きているんだ!

それをやれないなら生きている意味がない。

そう思えることって在りますよね?

わたしにもあります。

在りますがそれが何かは
一言では言えません。

だって、まだおぼろげだから・・・
もう42歳ですがそれでも
なりたい自分がハッキリくっきりバッチリは
見えていないし、掴めてもいません。

考えれば考えるほど
感じれば感じるほど
その答えは
日に日に変わっていくようにも感じる。

息子の成長、妻の成長、わたしの成長、
周囲の人たちの変化。

全てが動いていて
どう動くか不確定なのに
こうありたいという自分だけを
確定させることなんて
本当は出来ない気もしてきます。

それでもやりたい事はあるし
為したい事もある。

だからやっぱり目指すなと言われれば
それは「生きるな」「死ね」
と言われているのと同じ事。

でも、そんな風に追い求めることを
知っていること自体、
幸せなことだと思うんですよね。



6連休の間、ドラマを観る時間も一切とらず
遊んんだり、ただ休んだりしていました。
だから、家に帰るとHDDに録画が
たまりまくっています♪

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン」
第3話


を観ました。

”命と、
その人が命よりも大事だと思っているもの。
どちらかを選ばなければならないとき
どうすべきなのか?“。

藍沢(山下智久)は
そんな問題と向き合っていました。

藍沢が脳外科医で出会った患者、
天野奏(田鍋梨々花)は将来を期待される
14歳の天才ピアニストです。

しかし彼女の脳は腫瘍におかされている。

手術をすれば奏の命は助けられますが
ピアノを弾けなくなるというリスクが大きい。

もちろん主要は拡大し続けていますから
手術が遅れれば命が助かる確率も減っていく。

両親は早期の手術を望みますが、
拒否し続ける奏に担当医である
新海広紀(安藤政信)は悩まされていました。

一方、救命には
渓流で足を滑らせて転落した男性、
緒方博嗣(丸山智己)が運び込まれます。

こだわりの料理人として
注目を集めている緒方。

彼は頸椎に脱臼骨折という
ダメージを受けていました。

そんな状況でも自分が仕留めた
イワナのことを心配する緒方に
緋山(戸田恵梨香)は興味を持ちます。

さらに、森林公園で倒れていた男性救出のため
ドクターヘリ要請が入ります。

白石(新垣結衣)や冴島(比嘉愛未)たちが
ヘリで出動。

しかし、患者をヘリに乗せた直後
冴島が意識を失い白石も研修医も
頭痛や吐き気を催し慌ててヘリの空気を
入れ換えるため窓を開けます。

藍沢たちが病院で待機していると、
白石からドクターヘリの機内に
原因不明の汚染が発生したとの報告。

藤川(浅利陽介)は身重の恋人、
冴島のことが心配で・・・



ピアノが弾けなくなる14歳の天才ピアニスト、
包丁が逃げれなくなるこだわりの料理職人、
全てを賭けて打ち込んだ研究が他に
先を越されてしまい自殺を繰り返す大学教授。

3人とも命よりも大切なものを
失われた人、失いそうな人たちです。

藍沢が命と命より大切なもの、
そのどちらかを選ばなければならないとき
どうすべきなのか?

という問いと向き合うのには
それだけの具体的な症例が目の前に
現実としてあるからでした。

この問題はデリケート・・・でしょうか?

たしかにデリケートな部分の問題
ではあるけれど、
答え自体はデリケートでもなんでもなく
はじめからでていると思います。

その人が命よりも大切だと思っていること
を失うかもしれない。
というときに、命と天秤に掛けたら
やっぱり命をとるべきだと思います。

単なる綺麗事に聞こえるかもしれませんが
よくよく考えるととっても
現実的なものの見方であることが
わかってもらえるはずです。

ピアノが弾けなくなる、
包丁が握れなくなる、
長年の研究がご破算になった・・・

だから生きていても仕方がない?

あなたの中にも「ふざけるな」
という思いがわき上がりませんか?

そもそも、そんなに人生を賭けられるほど
大切なものを見つけている人なんて
どれくらいいると思いますか?

それが見つかっている人って
もうそれだけでとてつもなく幸せなこと
なんですよね。

多くの人は、やりたいことがわからない。
あるいはそんなものは無いという
答えを出してしまってでも、
日々を淡々と生きています。

しかも、それでも笑顔で生きている。

そういう人たちに対して
とても失礼じゃないですかね?

「これは凡人にはわからない苦しみなんだ」

とでも言うのでしょうか?
きっと「ふざけるな」と言いたくなるのは
そこなんじゃないでしょうか?

現に3.11では
その人が命よりも大切だと思っていたものを
失った人なんてゴロゴロいるはずです。

ピアノが弾けなくなった人も
包丁を握れなくなった人も
研究がご破算担った人も
ボールを蹴れなくなった人も
声を失った人も
視界を失った人も・・・

そんなものは失っても
愛する人だけは失いたくないと
思いながら全て失った人も・・・

その人たちに言うべき事が
「だったら生きていても仕方ないね」
だと思いますか?

そんなバカな話はない。

ドラマの中では、緒方がしっかりと
答えを出してくれています。

生きている、生かされているということは
まだ出来ることがある、やれることがある、
ということです。

確かに、決断は難しい。
でもそれは覚悟するのが難しいというだけで
どちらを選ぶべきか答えを出すのが
難しいと言うことでは無いはずです。

命あるものの責任として、
幸せを見いだす責任が
あるんじゃないでしょうか?

勇気を与える責任があるんじゃないでしょうか?


      全ての物語のために


















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