2017年05月19日

アニメ「進撃の巨人Season2 #32 打・投・極」これはわたしなりの正義「観」、あなたなりの正義「観」は?



わたしは自分では正義感は強いと思っています。

しかし、学生時代に親友が彼自身の正義感を
怒りとともに語った時に首をかしげたことがあります。

最近では、わたしが怒りとともに
わたしの正義感を語った時に、
先輩から「まあ、それは人それぞれだから
あまり口にしない方がいいけど…」
とたしなめられたことがありました。

正義感…

この言葉、よく観ると…いやよく観なくても
そのまんまなのですが、

正義…ではないんですね。

あくまで“感”がついている。

あちゃ〜…



「ピンポン」「弱虫ペダル」とこれ、
立てつづけに観たのですが、今週分は
どれもいつも以上にワクワクして観れました。
ホント、アニメが充実してるシーズンですね〜

アニメ「進撃の巨人Season2」
第32話「打・投・極」


鎧の巨人と超大型巨人が
エレンたちの目の前に出現しました。

「裏切り者!」

激昂したエレンは
すぐさま巨人化し、鎧の巨人の顔面に
拳を叩きこみます。

一方、超大型巨人は調査兵団が待機していた
壁を破壊し、昏睡状態のユミルを捕らえて
自らの口の中に放り込みます。

調査兵団はハンジの号令のもと、
一斉に超大型巨人へ襲いかかりますが、
巨人が全身から蒸気を噴出させたため、
近づくことすらできなくなります。

鎧の巨人に逆に殴り倒されたエレン。

彼の頭の中では訓練兵時代の
アニーやライナーたちとの記憶が
走馬灯のように駆け巡っていました…。



久しぶりに食事をしながら箸がとまり
グググッと力が入ってしまいました(笑)

エピソードがまたいいところで終わったので
「…! ちきしょ〜〜〜!!」なんて
おとなげない反応をしてしましました。

巨人かしながらも、自分の理性を
保てるようになったエレンは思っていました。

いったいライナーたちは自分たちと一緒にいながら
何を考えていのか?

巨人はみんな駆逐してやる!

故郷の人たち…そして母親を巨人に
目の前で殺されたエレンには、
超大型巨人も鎧の巨人も最悪の敵です。

壁を壊し他の巨人たちを壁の中に
入れたのは彼らでした。

全てはあの時から始まった。
もっとも憎しみの深い二体の巨人。

それが、命を託し合って巨人と闘ってきた
仲間の中にいたとは…

「お前ら二人本当にクソヤロウだよ、
人類史上こんな悪いことをしたやつはいねぇよ」

エレンからすれば…いや、正直にいって
視聴者、読者からしても、そりゃそうだという話し
なのですが、またこのシリーズの謎が産まれました。

じゃあ、アニーしかり、巨人化して人間を襲ってきた
彼らの正義とはいったいなんなのか?
…ということ。

ライナーたちの口ぶりから、彼らが若干なりとも
葛藤していたこともうかがえました。
ベルトルトの態度からも、人間の命の尊厳を
理解できていないとも思えませんでした。

しかし、何かしら“故郷”から託された
使命のようなものがあるようですね。

まだわたしたちには明かされていませんが
その使命はわたしたちファンにも
納得のいくようなものなのでしょうか?

いずれにせよ、ライナーたちには彼らなりの
正義があるということです。

あそこでエレン他仲間たちを敵に回して
正体をみせたのには、彼らなりの正義による
選択があったからでしょう。

そして彼らなりの正義からみたら、
エレンたちの正義もまたエレンたちなりの正義。

つまり、お互いが感じる正義の違い。
…正義感の違い。

正しい義のはずなのにに違っている。

ということになるんですね。

人間は共通の敵がいると団結します。
その敵が必ずしも人間で在る必要はありません。

いがみ合っていた二人が、山の中で遭難して
お互いが助かるために力を合わせる。

なんてこともある。

でも、それで友情が芽生えて親友になることだって
本当にあるでしょう。

今、「ボク、運命の人です。」で共演している
ジャニーズの亀梨和也さんと山下智久さんは、
もともと反りが合わなかったそうです。
その二人が今では大親友。

「野ブタをプロデュース」というドラマでダブル主演
することになって、お互いイヤイヤ受けたそうですが
競演して観たらめちゃくちゃウマが合った。

わたしも似たような経験は何度かあります。

ただ、だからといって価値観が同じになるわけではない。

認められる部分も沢山発見できるけれど
知れば知るほど自分とは違うなと思う部分も
いっぱいでてきますよね。

だから、価値観が創り出すその人なりの
正義「観」と、それによって感じる正義…正義「感」

これも人それぞれ。

なのに親友にもなれている。

わたしたちが独りではなく人と一緒に生きていくとき、
「幸せ」と切り離せない人間関係の「はじまり」は
夫婦だと思っています。

他人同士の男女が結ばれてお互いの血を分けた
子どもが生まれる。

夫婦はいつまでも血はつながりません。

子どもたち以降はみんな両方と血のつながりがあるのに
最初の二人だけは絶対に血のつながった仲にはならない。

それが家族を始めるわけです。

価値観が合わない、性格が合わない。

そうやって別れる夫婦もいます。
お互い自分が正しいと思っている。
自分の正義感を貫くと相手を否定してしまう。
否定されてしまう。

否定のし合い…

しかし、家庭の幸せを築けないのならすでに
正しい義ではないのではないでしょうか?

そもそも結婚は価値観や性格の不一致も
過去も将来の可能性も在るがまま愛し続ける誓いの儀。

だとしたら、家庭を壊すことこそ悪。

自分の正しさを主張して家庭が壊れるなら
正しさを主張した二人は悪ですよね。

夫婦が見つめるべき敵は、
夫婦を「悪」たらしめる敵は、お互い、
相手の中にあるのではなく
自分の中にあるのではないでしょうか?


                全ての物語のために










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2017年05月18日

アニメ「ピンポン #6 おまえ誰より卓球好きじゃんよ!!」突き抜ける前・・・嵐の前の静けさの中にあるもの



常に焦っているわたし。
のんびりやのくせに焦っている。

突き抜けきれずに、くすぶっている。
そんな状態とずっと闘っている。

闘っているときはそんな気分になります。

「オレ、いつまでもくすぶってるな〜」
「オレ、何年同じ位置でくすぶってるの?」
「変わらんな〜」

でも、よくよく考えると、
それは今くすぶっているから、
前のくすぶっていたときの記憶と
つながるだけで、冷静に考えると違う。

前のこんな気分の時と今の間には
「よっしゃあ!」と思えることも
経験しているんですよね。

気分に浮き沈みがある。

で、今焦っているのは、
やっぱり家族のことや自分の年齢を
考えるからなのですが、

よっしゃあ!って思えるほど
結果をだしたときも
もちろん自分自身も誇らしいんだけれども
家族のことを思っていました。

誉めてもらいたいとかそういうことではなく
(それはもちろんうれしいけど)
家族がいなければたぶん
本気になれていなかった。

そう思えるくらいの結果を
だしたことは何度かあったわけです。



シンプルだけども、じっくりと
鬱屈と熱血を描いているこの作品、
結構好きですね〜。
標準で録画しておいて良かった。

アニメ「ピンポン」
第6話「おまえ誰より卓球好きじゃんよ!!」


を観ました。

卓球を辞めたペコ。

しかしタムラ卓球道場に
入り浸っていました。

一方、小泉とともに練習を重ね、
ロボットのようにエゴイストだと
嫌われながらも強くなっていくスマイル。

部活のメンバーとの間には
不協和音が目立つようになっています。

スマイルを海王に招きたいドラゴンは、
一人浴槽で、勝利だけを求める
理事長の言葉を思い出していました。

そして、クリスマスシーズン。

それぞれの時間が過ぎていきます。



熱さをくすぶらせて始まったこのお話。

スマイルが先に燃え始めたと
思いましたが、どこか気持ちよくない。

まだ、ペコが本気じゃないからでしょう。
それがここへ来てやっとと言う感じ。

アクマが一役買ってくれました。
青春熱血卓球マンガ、良いですね〜。
弱虫ペダルはどこか突き抜けた
気持ちの良さがある。

このピンポンは、突き抜ける前の
鬱屈したものを抱えている青春から
描き始めている。

どちらのタイプも大好きです。

本気になれない自分がつまらない
焦る。イライラする。
その感覚は非常によくわかります。

そんな感覚を何度も乗り越えながらも
常にどこかにまだくすぶっている。

つまりまだ突き抜け切れていない自分を
感じているのでしょうね。わたしは。

でも、だからダメだとは思っていない。
思わないようにしています。

むしろ、何度もそんな感覚を乗り越えた・・・
と感じたことがある経験のほうを
大切にしています。

この積み重ねは少しずつでも
前に進んでいるという実感でもあるから。

今回、それぞれの時間が進みますが、
ひとりのクリスマスを過ごす
登場人物たちですが、みんな誰かを
思っていました。

きっとスマイルも・・・もしかしたら
ペコを待っているのかな。

ペコに火をつける着火材の役を
買って出たアクマもよかった。

本気になれずにくすぶっているとき、
そこには自分の夢やそこに関わってきた
人たちのことであったり
いま目の前にいる人たちのことが
心の中にあるものです。

そして、突き抜けるきっかけになるのもまた
周囲の人たちとの関係というのは
多かれ少なかれ必ず出てくる。

わたしにとってはまずは家族でしょう。
もちろん、自分を犠牲にもしない。

自分の喜びを本気で追求しようとしているから
きっとくすぶる。

くすぶるのはあきらめていない証拠。

で、突き抜けるきっかけというのは
いきなりくるのではなくて、
実は多くのことが下準備として
積み重ねられている。

周囲の人たちとの関係の中で、きっと。

わたしの周囲でも大切なひとたちが
「蠢いて」います。
彼らには彼らの生活、人生がある。

だからそれらを俯瞰すると「蠢いて」
いるように見える。

でも、そんな人たちの人生が
わたしと交錯するときがある。

意識的に関わってくれる人もいる。

きっと突き抜けるチャンスはそこにあって
その人たちの笑顔のために
自分が何をできるか、何を為すのか?
しかも自分を犠牲にするのではなく
一緒に笑顔になるために・・・

ということなんだと思っています。

わたしもくすぶっている人が
突き抜けるきっかけになっているはず。

そんな風に漠然とイメージしていると
可能性が蠢いているように思えてきます。


        全ての物語のために










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2017年05月17日

アニメ「終物語 そだちロスト #2」エラそうなことを言う資格



人にエラそうなことを言うなら
まずは本を2000冊読んでからにしなさい。

10年ほど前でしょうか、
社内報に乗っていた本社のお偉いさんの
言葉を読んで、その本を2000冊というのは
どこからきた基準なんだ?

と首をかしげた記憶があります。

それでもまあ、わたしのような人間にとっては
有り難い一つの基準でもありました。

どこまでも「自分はまだまだだ」と思って
謙虚になりすぎるところがある。

自信をもてないというのは、
裏返せば責任をとろうとしない逃げの
感情でもある気がしていたので、
どこかで自分を鼓舞できるきっかけを
探していたのでしょう。

そのころすでに、わたしは2000冊どころか
10000冊は読んでいたことに思い至り、
そろそろ覚悟をしなければならないんだ
と思ったのを覚えています。

かといって、未だに
「エラそうなことを言う資格」なんて
持っているつもりに心底なったことなんて
本当はありません。

むしろ、それを本気で持った時は
危ないんじゃないか?
とも思っています。



朝、少しだけ早起きをして朝食をとりながら
録画しておいた番組をみることがあります。
30分のアニメってちょうどいいんですね。

アニメ「終物語」
「そだちロスト」第2話


阿良々木くんが小学生のころに
老倉育と会っていたことを思い出せたのは
羽川翼に指摘されたからでした。

忍野扇と出向いた廃家で阿良々木くんは
中学1年生の時に老倉と会っていた事を
思い出しました。

そして今になってやっと、
あれが老倉からのSOSで、自分が
そのことに気づいてあげられなかったんだ
ということに思い至ったわけです。

そしてその扇ちゃんとの探偵ごっこの
顛末を聴いた“本物”の天才であるところの
羽川翼委員長が突っ込んだわけです。

阿良々木くんは、両親が警察官であることを
ほとんどひた隠しにしています。
しかし、その話だと、老倉は初めから
そのことを知っていたということになる。

でも、その理由についてはさっぱり
わからない阿良々木くん。

だから羽川が指摘したのでした。

だったらご両親に聞いてみればいいんだよ。

かくしていともあっさりと、
阿良々木くんと老倉育は
幼なじみであることが判明したのです。

とは言っても、言われても、
そうだったんだとは思えても、
実は阿良々木くん自身には記憶はなく、
正確に言うと「思い出した」とは
言えない状態でした。

そして、老倉の部屋で対峙する
阿良々木・羽川と、老倉。

やっと思だしたんだという老倉は、
当時の自分の失敗をこれでもかと
自虐したあと、自分の家族がどんなだったか
明かし始めるのでした・・・。



老倉育は「終物語」で出てくる新キャラ、
新しい登場人物です。
忍野扇は物語シリーズのセカンドシーズンで
突如登場した得体の知れない存在です。

忍野扇が何者であり、阿良々木くんの
高校生活をどう終わらせるか?

その問いに答えるための準備をすべく
前提条件として用意されたのが
老倉育との物語だったのかもしれません。

老倉育の存在はどこか、物語シリーズの
第1話、つまり原点である「ひたぎクラブ」
のヒロイン、戦場ヶ原ひたぎが抱えていた
問題を思い起こさせるものがあります。

それを思うと、本当に人それぞれ
家庭には問題を抱えていて、
誰の問題が一番大きいとか小さいとか、
そんなことは比べようがないんだなと
改めて思わされます。

物語シリーズで阿良々木くんが出会ってきた
ヒロインたちはみんなそうでした。

中でも阿良々木くんは恵まれているほうです。
警察官で精神的にもとても大人である様子の
両親と、天真爛漫ながらそれぞれに
自立した精神を持っている2人の妹。
そんな家族に囲まれた平和な家庭。

老倉育はあることがきっかけで
そんな阿良々木の幸せな光景を
幼少期に見せつけられていたのです。

父の母への暴力、そしてその暴力に
耐えられなくなったときに「たまに」
自分に向けられる母からの暴力。

そんな自分の家庭が当たり前ではないんだと
気づかされ、そんな家庭をなんとかしようと
両親に口出しすると、反抗的だと
よけいに風当たりはひどくなり、
中学での再会をきっかけに阿良々木家に
助けを求められないかととった
中学1年生のときの行動。

そして阿良々木くんの無関心によって
見事に期待を裏切られた数年後、
三度彼女の前に姿を現し、自分のことなんて
全く覚えていないふうの彼。

阿良々木くんを嫌うには充分でした。
充分な負のエネルギーが彼女の中にはありました。

でも老倉はいいます。
それも逆恨みで筋違いなことは
分かっているのです。
でも、もう両親を嫌うだけじゃ気持ちが
追いつかないのだそうです。

だから、嫌わせてくれ、アタシの
悪者でいてくれ・・・と。

わたしも阿良々木くん同様、
幸せ家庭で育ってきた人間です。

両親が警察官でこそありませんでしたが、
母は生粋の薩摩おこじょ、父は薩摩隼人。
そして、父は禅や茶道、武道を通じて
自分と常に向き合い続ける求道者でもあります。
そして、天真爛漫な妹がいて
誰より自由な魂を持った天才的な弟がいる。

老倉が自分の不幸話をしながらも
こんな経験をしているのは自分だけじゃないし
こんな経験も前向きにとらえなきゃいけない
ってわかっている、でもなんで自分は
こんなに上手く行かないんだ!
と悲痛の言葉を浴びせているとき
阿良々木くんと一緒に動揺して聞いていました。

あんなふうに自分とは違いすぎる
家庭の事情を話されて取り乱されて
どう言葉をかけていいのかわかりません。

幸せ家庭で育った自分には
エラそうなことを言う資格なんて
ないんじゃないかとたじろいでしまいます。

しかし、今回は最初に言葉をかけたのは
羽川翼でした。

「猫物語 黒」

羽川翼の壮絶な家庭環境が描かれ
そのストレスから彼女自身が怪異を
生み出してしまう決着の付かない物語。
結論を先延ばしにする物語。

そんな老倉に負けず劣らずな家庭環境の
羽川がまっすぐに言いました。

あなたが幸せじゃないのは、
幸せになろうとしていないからだ。

と、まっすぐに。

なるほど、羽川になら
それを言う資格があるのか・・・

そう思いながらも、わたしも葛藤します。
そんなことでいいのか?
本当にわたしにはエラそうなことを
言う資格がないということか?

そのときに、阿良々木がせきを切ったように
熱い思いを伝えます。

そうだ、それでいいんだ。
わたしたちは確かに幸せだけど
こんな幸せは誰だって持っていて良いもの。
だれにとっても丁度いいもので
まぶしすぎる幸せなんて本当はない。

わたしが救われました。

本当はエラそうなことを言う資格が
ある人とない人がいるわけではないのでしょう。

かといって、
エラそうなことを言っちゃいけない人もいる。

そしてエラそうなことを言っちゃいけない
時もある。

エラそうなことを言えるのは
自分が同じような経験をしてきたかどうか?
ではないのだと思います。

その理論だとやはり、老倉には
羽川や戦場ヶ原くらいしかエラそうなことは
言ってあげられません。

でも、阿良々木くんはあそこで言うべきでした。
羽川もそんあ阿良々木くんを
「やるじゃん」と讃えます。

その資格があるのは、「幸せになる覚悟」を
しているかどうか?
その覚悟を持ち続けているかどうか?
ということにつきるのだと思います。

そして、本当はその資格は誰にでもあって
そのことをわきまえているということも
大切な要素なのかもしれません。

だからわたしは、自分が何様だ?
と問われれば・・・俺様だ!なんて
冗談では言ったりもしながら、
本当は何様でもないけれども、
やっぱり物語を通して、わたしたちは
幸せになる心の術を学んでいける。

自分の中から引き出していけるんだと
エラそうにしているつもりもなくエラそうに
このブログを続けていられるんだなと
思っています。

みんなエラそうではなくて、
いろいろ問題は抱えながらも
一生懸命生きているんですから
等身大で、やっぱりそれはエラい
ってことなんじゃないんですかね?


        全ての物語のために









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2017年05月16日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #18 ふくらむ青八木」純粋な願いが相手に伝わる伝え方



素直になりなさい。

意地をはらないで素直になればいいの。

人に対してだけじゃなく自分に対しても。

自分をごまかさずに素直になればいいの。

でも、素直になるのって本当に難しい。

そもそも、なんで素直になるの?
素直になるとどんな良いことがあるの?

それは、周囲の人に自分の思いが
伝わりやすくなるということ。

そして、自分で自分の本当の喜びを
ちゃんと分かってあげられるということ。

素直にそれができるなら
人の喜びも素直に一緒に喜んであげられる。

喜びを大切な人と分かち合えるって
とても幸せなことですからね。

・・・ところが、この素直になる
というのがとても難しかったりします。



4月期の番組も折り返しに入りました。
現在2クール目に入っているこの作品。
やっとインターハイが始まりました。
きっとインターハイのクライマックスは
第4期に持ち越されちゃうんでしょうね〜

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第18話「ふくらむ青八木」


ついにスタートしたインターハイ。

坂道くんは先頭でスタートしますが
パレードランの最中後方に下がり
真波と言葉を交わします。

そして、このインターハイでまた
山で勝負をすることを約束しました。

そして、旗が振られ本格的に始まるレース。

箱根学園キャプテンの泉田が
ファーストリザルトを狙って送りだしたのは
“怪物”銅橋でした。

その豪快な走りで周囲を圧倒する銅橋。

総北は青八木と鏑木が飛び出します。

青八木は田所直伝の
「酸素音速肉弾丸」という必殺技を…!?



ファーストリザルトは誰がとるのか!?
今から勝負の展開にワクワクしています。

さて、頑張っているのは
選手たちばかりではありません。

マネージャー他、サポート役の人たちも
いそいそと次のサポート地点へ向かいます。

とはいえサポートカーには全員は乗れません。

1年生の段竹はサポートカーに乗り込んだ
2年生の杉元に鏑木へのメッセージを
託そうとしました。

しかし、そんな段竹に3年生の古賀が言います。

「お前の純粋な願い、
そういうのは直接伝えた方がいい。
走ってるやつの力になる」

だから段竹も一緒に乗って行きなさい
と言うんですね。
そして杉元が荷物をつめてなんとか
補助席を出せるようにして段竹を乗せます。

純粋な願いは直接伝えた方がいい。
相手の力になるから。

本当にそうですよね。

純粋な願いはそうなんです。
それが伝わるだけでどれだけ力になることか・・・

純粋な思いってそうやれば伝わるんでしょうか?

それは簡単。
素直に伝えるだけ。

「あなたは〜だ」ではなく
「わたしは〜です」と自分のことを
素直に伝えるだけ。

答えは簡単でも、素直になること
・・・素直で在ること・・・
の重要さを意識せず感情のままに
いきていると、歳を重ねた分
素直になることはとても難しく感じます。

素直になれたら、大切な人たちと
かけがえのない時をとても素敵な瞬間を
生きていけるのに、
素直でないばかりに、本来持っている
純粋な願いとは逆の効果が
自分と周囲の関係性に現れてしまう。

たとえば
勉強しなさい!宿題は終わったの!?

そんな風に言うのも、
親としての純粋な願いからです。

でも、それを聞かされる子供のほうは
それだけで脳が“不快”になりますから、
勉強や宿題だけではなくそれを言う人にも
不快の連想ゲームが紐付いてしまう。

そうなるとやらないといけないことは
分かっているけれど、なんだかやる気が出ない
と言うことになるわけです。

親心としての純粋な願いは
わが子が意欲的に勉学に勤しむこと・・・

だったはずなのに効果は真逆。

で、今度はその不快から逃れるためには
結局自分が努力して
「言われないようにやろう」
と奮起するしかないのだと分からせようと
嫌われ役を買って出る・・・

嫌われたいわけなんかないけど
わが子のためにと心を鬼にして
・・・なんて自分に言い聞かせて。

そしてどんどん子供は勉強が嫌いになる。

もちろん奮起する子もいます。
そして、将来、自分に厳しくしてくれた親に
感謝する子もいる。

でもそれはそう思おうとする真理・・・
嫌われたくないけれど心を鬼にしてと
思ってやった親と同じで
自分を肯定しなければ生きづらいからです。

その証拠にほとんどの子は、
辛いけどやらないといけないことと思って
頑張ることになる。

そして、わたしが許せないのは
そうやって育ってしまうと、わが子にも
勉強とはそういうものだと伝えてしまうこと。

そんな負の連鎖です。

でも、どうでしょう?

はじめから勉強は楽しいと思えていたら?
なにも複雑に考えることはないでしょう?

幼少期のわが子を思い出せば分かるはずです。
学ぶことが嫌いな子なんていなかったはず。
みんな知りたくて知りたくて
目をキラキラさせて全てのことを見ていた。

その光を奪うのが、大人の
『素直でいられなかった』
自分の心なのです。

じゃあ、どうすれば素直になれるのか?

それは勇気と覚悟ですよね。

簡単じゃないと思います。

自分を守るために幾重にも重ね着した
鎧や盾や刃を一つ一つ手放して
『わざわざ無防備になる』
という作業・・・心の作業を、丁寧に丁寧に
自分自身とやっていく必要がある。

素直になればいいんだよ。

と言われて素直に怒りをぶつける人がいます。

でも、怒りがすでに鎧なんです。
怒りがすでに自分を守る盾と刃なんですね。

怒りは第二感情、第二の感情ですから
すでに第一の本来の感情ではない。

怒った時点ですでに素直じゃないんです。

自分が損をしてもいいと鎧も武器も捨てる。

イメージしてみてください。
鎧を来て盾と刃で完全武装して
大切な人に向き合う自分を。

相手から見て、その姿はどのように
うつるのでしょうか?

シンプルでしょう?

鎧も武器も捨てる怖さはわかります。
でも、自分はそれをせずに相手には
武器を捨てろという。

相手には素直に言うことを聞きなさいという。

その時点ですでに大人の大人モドキを
見破られますよね。

自分がなにを恐がりその鎧を着たのか?
自分が何を恐れてその盾を握ったのか?
自分が何を壊したくてその刃を振りかぶったのか?

目の前の大切な人は、もともと
その対象でしたか?

わたしも、まだ勉強を心から好きになれていない
息子をみながら毎日反省と、
まったく悲観せず、息子が自ら学ぶ喜びを
思い出してくれる日がくることを信じて
日々、親として精進しています。

         全ての物語のために








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2017年05月15日

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班 #5」わたしたちも潜入捜査官



泣かず飛ばずの時期。。。長いなー

わたし自身に関する
占いなどをたまに遊びでやってみると
大器晩成型みたいなことが書いてあります。

もちろん努力をしないと大成しないし、
努力の方向性を間違えれば
それもまた、大成にはつながらない…
みたいなことも書いていたりします。

でも、長い間自分を信じて努力を続けるって、
とにかくその期間自分を信じ続けること
そのものがもう努力以外のなにものでもないな
って思います。

それが生きるってことなんだろうと
踏ん張っていますけどね。



潜入捜査ものはドキドキしますねぇ。
しかも西島秀俊さんが潜入捜査の経験を語ると
「ダブルフェイス」の好演があるだけに
とても説得力が出てきます(笑)。
局も脚本も監督も違うのに。

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班」
第5話


を観ました。

暴行罪を装って留置場に潜入した稲見(小栗 旬)は、
暴力団員の沢田(杉本哲太)に接近し、
気に入られる成功します。

沢田が所属する仁愛工業は、
政治献金のからくりを巧みに利用して
政治家たちを恐喝している疑いがあり、
その証拠集めが今回の特捜班の任務でした。

稲見は、潜入捜査は初めてです。

しかし、沢田や仁愛工業の幹部らとも
顔を合わせた稲見は、彼らがそこまで
狡猾な連中とは思えないと感じていました。

そして、次第に人を騙すことに
罪悪感を抱くようになってしまう稲見。

田丸(西島秀俊)は、そんな稲見に
かつて自分が潜入捜査をした時の経験を
伝えます。

その頃、鍛治(長塚京三)は
官房長官の神谷(石黒賢)に呼び出され、
今回の特捜班の任務について、
今後全ては神谷に直接報告しろと指示を受けます。

晴れて仁愛工業の一員として認められた稲見は、
沢田から薬物の取引があると教えられます。
会長の護衛として稲見も同行することに。

取引の報告を受けた警察上層部は、
チャンスであるにも関わらず、
なぜか直前で摘発を見送るといってきます。

危険な取引に身を置く稲見を案じて、
吉永(田中哲司)、田丸、樫井(野間口徹)、
大山(新木優子)の特捜班メンバーは、
稲見を追尾して取引現場へと向かうのですが…。



潜入捜査…。現実の世界でも
こんなことをしている警察官って
いるんでしょうか?

もちろん、現在そんな捜査をしている人が
素性を明かしてしまうわけにはいかないでしょうし
表ざたに出来ることではないのでしょうが、
本当にあるとしたら、とても辛いだろうとは
想像できますよね。

そんな潜入生活で稲見は、相手が善人ではなくても
人を騙すということに罪悪感を覚え始めます。

ヤクザではあるし、犯罪者でもあるけれど、
人情味のある沢田は、実際、
稲見をとても可愛がっているようです。

葛藤する稲見に田丸は潜入しても
ちゃんと戻ってくるために何が一番大切か?
という話をします。

現実の世界に自分をつなぎとめる光。


幸いわたしは現実の世界を精いっぱい
生きていればいい平和な生活をしています。

現状に囚われすぎると飲み込まれてしまう。

生活のためにサラリーマンをやっていますが
本当になりたい自分はサラリーマンではない。

もちろん、サラリーマンだって立派な仕事ですから
誇りをもって取り組んではいます。
ですから、ここでやっていくんだと決めたっていい。
実際に尊敬できる同僚たちはそうやって
本気で仕事に取り組んでいます。

しかし、そんな同僚や先輩、上司たちが
その組織の中での身の立て方みたいなことを
アドバイスしてくれることがあります。

わたしのことを真剣に思ってくれて
真摯にアドバイスしてくれる。

それを聞いていると、何とも言えない気持ちになります。

“本当の自分”が泣きだしそうになる。

でもわたしは絶対に取り込まれない。
その思いが消えないでしっかりと胸の中にある
ということは、田丸がいう光を
見失ってはいないってことなのでしょう。

いやコレはサラリーマンをやっていようが
やっていまいが関係ありません。

他のことをしていても、自分が目指す自分に
なれるまではずっと持っていなければならないもの。

それが叶ったとしても見失ってはいけないもの。
なのでしょう。

「幸せ」になりたいとあなたが願っているなら、
それもまったく同じことなのではないでしょうか?

今ここに生きる…とは言いますが
現状の不満に取り込まれて振り回されることや
身動きできなくなることをいうわけではありません。

在るべき自分を見失わずにいようとし続ける
という今を生きるということでなのでしょう。

あなたは光を持っていますか?
忘れてしまっていたら、立ち止まって
感じ直してみましょう。

無くしていても、創ることもできますから。


              全ての物語のために



金城一紀原案・脚本アクション大作







posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする