2017年09月03日

スペシャルアニメ「ワンピース エピソード・オブ東の海(イーストブルー) ルフィと4人の仲間の大冒険」孤独と仲間




あなたは孤独ですか?
それとも仲間に満たされている?

わたしには大切な家族、兄弟、親類、友人が
沢山いますが、常に孤独は意識しています。

意識している?
う〜ん、感じているから意識するようにしている…
という言い方が正解なのでしょうか?

突き詰めればわたしたちは孤独。

自分が観ているようにしか世界を捉えられないし
それと寸分たがわず他者が自分の観ているモノ
感じているコトを理解してくれるなんてことはない。

だから、突き詰めれば孤独。

実は心理学でも、おそらく脳科学や
量子力学などの科学系の人たちも
人間の無意識よりももっと深い部分が
繋がっているようなことまで既に視野に入れて
研究はされているとは思います。

ちゃんとした宗教などでは
それはきっと当然こととしてとらえられているでしょうが
そこまで行くとまだまだスピリチュアルな話になるし
現実に地に足の着いた生活上で
わたしたちが幸せを感じられるかどうか?

というこのブログのテーマに照らし合わせると、
やはり、わたしたちは孤独・・・



8/26にフジテレビ系列の土曜プレミアムで
放送されたスペシャルアニメ

「ワンピース エピソード・オブ東の海(イーストブルー)
ルフィと4人の仲間の大冒険」


を観ました。

港町に住む少年ルフィ。

港の海賊船の上で
自分もこの船に乗るんだと元気いっぱい。

海賊とは言え、しばらく停泊中の
その船の面々は街の人たちとは
良い関係を築けているようです。

特にルフィは海賊船の船長シャンクスの
お気に入りでもあります。

シャンクスはルフィをからいながらも
優しく見守っていました。

ある日、そんな平和な街に
山賊達がやってきます。

シャンクス達の馴染みの店にやってきて好き放題。
挙げ句の果てに海賊をバカにします。

血気盛んなルフィは山賊に腹を立て・・・



毎週のアニメは観ていません。
マンガも読んではいないです。

数年前…10年近く前なのかな?
木村拓哉さんがラジオで薦めておられるのを
たまたま聞いていて興味を持ったのですが、
当時すでにコミックスが数十巻刊行されていて、
子どもも生まれたばかりで
マンガを買わないように節制を始めたばかりでした。

そういった状況から興味は持ちつつ
全てをはじめから読む・観るには至っていません。

なので、テレビで劇場版を放送されたときに
1、2度観た覚えがあるくらいです。

ですから、ルフィやその仲間たちの
目的や背景はなんとなく感じられても
物語の始まりや仲間になったときの
エピソードそのものは知りませんでした。

ですからとても新鮮に楽しめました。

個人的にはとても好きな声優さんである
池田秀一さんが「ガンダム」のシャアや
ジェット・リーとはまた一味違ったシャンクスという
砕けた役をされているのもとても嬉しかったです。

この番組が始まる前に
同局で昭和VS平成と冠して
世代別のアニメや特撮のヒーロー&ヒロインの
ベスト50を紹介する特別番組も放送されていました。

その中で、岡田斗司夫さんが、
放送全体を振り返って、
昭和のヒーロー・ヒロインは孤独や孤高のヒーローが多く
平成になると仲間というのがキーワードになる。
それが今回くっきりと分かれていて
非常に面白かった…

といったことを評されていました。

この「ワンピース」こそ、仲間マンガの代表でしょう。
殆どのシリーズを観ていない立場で
言わせてもらうのもおこがましいですが、
「仲間」こそがこの作品のテーマと言っても
過言ではないと言えるくらいではないでしょうか??


確かに岡田さんの仰る通りなのかもしれませんね。

わたしが好きだったころのヒーローたちは
特に孤高のヒーローばかりでした。

当時はそういう“強さ”が求められていたのでしょう。

最近の作品で孤高のヒーローものなんて
あまり思い浮かばないですね。

強いて言えば、クリストファー・ノーラン監督の
「ダークナイト」シリーズのバットマンは
強烈に孤高のヒーローのイメージでしたが
今はバットマンもスーパーマンと共演したり、
今後は「ジャスティスリーグ」として、
アベンジャーズよろしくヒーロー共演となるようです。

そう考えると昨今のわたしの好きな共演もの…

アニメですと「ルパン三世VS名探偵コナン」や
ハリウッドの「アベンジャーズ」シリーズ、
それから「エクスペンダブルズ」のような作品も、
そういった時代の流れに合った作品だったのかもしれません。

ただ、単純に「独りよりも仲間がいる方が良い」
という問題ではなくて、
あくまで自立した者同士、健全な仲間関係である。
というところに注目したいですね。

「アベンジャーズ」のような共演ものに限らず
この「ワンピース」を観てもそうでした。

仲間になっていく各キャラクターは
それぞれ自立している。
仲間に依存はしていないんですよね。

上下関係ではなく、全員が対等な仲間…

という関係性が強調されているのも
それぞれのキャラクターの自立あってこそですよね。

時代が孤高のヒーローよりも仲間モノを求めている。

それが、時を得てこの国の人々の精神の自立度合が
確立されてきていて、次のステージへ移行しようと
していることの表れだとすると素敵ですね。

そうであることを願いたいです。


            全ての物語のために








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2017年09月02日

アニメ「機動警察パトレイバーREBOOT」イマノウド



イマココ

いまここ

今、ここ。

今に生きる、ここに生きる。

とはいえ、今一生懸命に生きるということは
どれだけ集中するかという問題だということは
わかっても、

今という一瞬にある無限を
どれだけ感じ取ることができるか?

という問題になると
これは非常に難しい。

これを頭で考えている時点で
もうよろしくないのでしょうね。

だから、今この瞬間を“あるがまま”
受けとめる能力、感性が必要なのでしょう。

芸術的というか霊的というか
魂的というか・・・

そういうことを考えていると
やはり一瞬を切り取る写真の芸術性や
絵画などの芸術の中にある無限、
そして総合芸術と呼ばれる
映画作品の中にどれだけの情報やメッセージ、
感覚的なことを入れ込めるか?

という能力と、今を感じる能力の
共通点に思い至ってしまいました。



自分だったら絶対にチョイスしない、
というか存在を知ってもスルーしてしまう
そんな作品もあります。
それを弟から借りる機会があって、
本当によかった!

アニメ「機動警察パトレイバーREBOOT」

を観ました。

東京、山手線沿線地帯の下町。

土木系のレイバーが暴れています。
警視庁特殊車両二課のレイバー、
イングラムがそれに対抗するため
キャリアに乗って狭い町中に。

立ち上がるだけで電線を切り
周辺住民からは
「税金ドロボー!」などの野次が。

大らかなんだか鋭いんだか
物腰柔らかそうでキレそうな
女性隊長の指揮のもと
指揮車の若い女性警官が
イングラムの操縦者の男性警官に
チャキチャキ指示を出します。

イングラムの操縦者はどこか
弱々しい感じ。

的は分別のついていない
ユーチューバーの模様。

街を壊さず、市民を巻き込まず
暴れる土木レイバーを
取り押さえることができるのか?



たった8分の作品です。
エンドロールもしっかりとあるので
本編は正味6〜7分なんだと思われます。

最初は息子とおしゃべりをしながらの鑑賞で

「まあこんなもんか」

みたいな失礼な感想を持ったのですが、
弟がお金を出して新品で購入したソフトです。
きっと自分の見方が悪い。

そう思って、独りのときに再度
リラックスしてじっくりと観てみました。

なんとまあ、この短い時間に
どれだけ詰め込まれていることか!

監督、メカニックデザイン、脚本家
の座談会や音楽の収録現場などの
特典映像を観てから再度見返しました。

都合、借りている間に3回観ました。

1シーン1シーン、1カット1カット毎の
画づくりの素晴らしいこと素晴らしいこと。

ホンの数分の作品にこれだけのものを
入れ込むことができるんですね。

自分のものだったらきっとまだまだ
何度も何度も見返すと思います。

それでも、リアルの世界で
同じ時間で起きていることの
何分の1かも入れ込めてはいないのでしょう。

そうかんがえると、
この短い作品の中にこれだけの味を
入魂できる能力というのは
今、この瞬間にある奇跡に
沢山気づける力と同じ力のように感じます。

気づけないと入れ込めない。

3回観て初めて発見するような
部分もありました。

もっと観たらもっと気づけるでしょう。

でもわたしたちの今は何度も繰り返せません。

映画にしろ見返すと新たな発見があります。
でも長いからなかなか簡単には
見返すことができないですよね。

ちょっと軽く映画を楽しみたいけど
時間もないし長く観る気分でもない
というときにこういう作品を何度も見返す
というのは、今の濃度により深く
気づける力を磨くのにも良いかもしれませんね。

また、長編アニメでも、
テレビシリーズでもつくって欲しいな。


       全ての物語のために








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2017年09月01日

ドラマ「僕たちがやりました #8」自分をだましていることに気づいているか?



自分で自分をだます…

ということについて、最近深く考えさせられています。

わたし自身の日常もそうですが、
そういうことを勉強しているというのが
深く考えている一番の理由です。

自分に都合が悪いことが起きた時に
とっさに言い訳をしてしまう。

それを正当化させるために、
理屈を作り上げて自分を守る。

自分でもそれが正しいと思い込む。

これ、例えば失敗したとき、
怒られたときに出てくる言い訳…

として考えたら、子どもっぽいとか幼稚だとか
客観的に見ていたらわかりますよね。

でも、これを自分自身に対してやっている。

しかも、常々まったくの無意識で
それをやるのが当たり前みたいな感覚で
やっていたりする。

さらにそういうことが自分の中にいくつもあり
それが幾重にも重なっているんじゃないか?

と思うとちょっと途方に暮れたりもします。




夜と朝、少し涼しくなって来ましたね。
温暖化とは言いながらも、
冬にくらべると夏は短い気がします。
季節らしさの体感でいうと半分しかない。

ドラマ「僕たちがやりました」
第8話


を観ました。

爆破事件の真犯人は、
やはりトビオ(窪田正孝)たちだった・・・。

飯室(三浦翔平)に真相を突きつけられ、
再び罪の意識に苦しむトビオは、
校舎の屋上から衝動的に飛び降りました。

しかし、木の上に落ちたおかげで
骨折だけですみ命には別状はなし。

トビオが運ばれたのは、
市橋(新田真剣佑)が入院している病院でした。

一橋は堂々と明るく振る舞うトビオに
戸惑いを見せます。

実はトビオは飛び降りる時に
ある決意をしていました。

「死んだら、それで償おう。
でももし生きたら、新しい俺を始めよう」

事件後、どん底を味わった自分は
「そこそこ」では足りない
「幸せになってトントン」と
自分に言い聞かせるように、
今までとは違うトビオになっていきます。

トビオは市橋から、蓮子(永野芽郁)への
思いを聞いてしまいますが、
2人の恋を応援すると市橋の背中を押します。

その頃、伊佐美(間宮祥太朗)は
飯室が言い放った「一生苦しめ」
という言葉に罪悪感をあおられ、
事件の被害者たちの家を
一軒一軒訪ねていました。

マル(葉山奨之)は事件のことなど
忘れたかのように、のんきにカラオケ。

パイセン(今野浩喜)は、
飯室から「お前は父親に愛されていない」
と告げられたことから
父・輪島宗十郎(古田新太)に会って
愛情を確かめようと動き始めます。

そして一度も会った記憶のない
輪島のことを知りたいと、
菜摘(水川あさみ)のもとを訪ねますが・・・



このドラマのオープニングで少しだけ流れる主題歌。

ほんの数秒の短い部分だけが流れていますが
たったそれだけでもこのドラマのテーマに
ピッタリの歌詞ですよね。

♪僕らは逃げている 自分の弱さから♪

そして主役の4人が画面を駆け抜ける。

初めから、自分の弱さから逃げているトビオくんたち。

今回のお話はまたそこに輪をかけて
酷い“逃げ方”をしていましたね〜

図らずも、周囲の人たちの善意や
恋心までもてあそぶ結果になっています。

本人はただ自分をごまかしているだけなのに。

久しぶりに見苦しい主役たちに
見る方も忍耐が要りますね〜(笑)

中学生の息子も「…最低」とつぶやきながら
見ていました。

でも、わたしが見ながら「見苦しい」と言えるのは
ドラマというカタチで客観的にみせてくれているから
でもあるわけですよね。

つまり、多かれ少なかれわたしたちは
誰の中にもこういう部分は持っている。

だから、わたしのそういう部分を知っている人が
このドラマを観て揶揄しているわたしをみたら
「人のことを言えるのか!?」
と怒ってしまうかもしれない。

そして、その怒ってしまう人もまた完璧ではなく
少なからずそういう面は持っているはずなんですよね。


これは、どんな人でもある。
ただ、このことを深く認識して
自分のそういう部分と向き合おうとしているかどうか?

わたしが自分で問題視しているのは
自分では向き合おうとしているけれど
そうしているという風に自分に言い聞かせて
満足していないか?

ということです。

これを認めるのはとても難しいです。

今でも、あまりやり過ぎると
劣等感だけになりそうだし、
それがそもそも覚悟のなさではないのか?
という相反する視点とでせめぎ合っている。

基本的に楽観的なので
自分で自分をだますことの利点も知っている。

成りきる、フリをする。
そうしているうちにそういう自分になれる。

だから更に良い自分を目指して
また成りきる。

今まではそういうことを重視していましたが
時にはそれだけでは前に進めないこともある。

そういうときは、今までの自分の信念が
崩れ去って無になるくらい、
自分をまっさらにしてみても良いのかもしれないですね。


            全ての物語のために









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2017年08月31日

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン #7」幸せのバリエーション



わたしの専門はもともと映画製作でした。
学んだのは映像の学校ではなく
写真学科です。

研究室が映像の専攻だった。

写真や映像の画づくりとしては
傘というアイテムは大好きです。

でも、実際に傘のある風景を
自分で撮ったことはありません。

好きな画は雨の日の傘。
水をはじく色とりどりの傘たち。

雨上がりの光を浴びて
雨粒に光が反射してキラキラしている街
その中に傘をまださして歩いている人や
折り畳んでバスを待っている人がいる。

そういう景色が好きで
映画などでそういう画がでると
ヤラレタ〜と思います。

でも、本当に自分でそんな風景を
撮ったことはないんです。

なぜでしょうか?
雨が降っているときに傘プラス何かを
持って外にでるのが嫌いだから(笑)

嫌いじゃないですね。
大っっっっ嫌い!!

実際、映画製作が専門ですが
実は撮影すること自体も
そんなに好きではない。

本当に好きな人は、わたしの周りにも
沢山いますが、
嬉々として撮影するでしょう。

雨、傘、光・・・この条件がそろったら
喜び勇んで機材を抱えて
塗れないように防水対策もバッチリにして
街に飛び出すはずです。

朝方や夕方近くだとなおさら
良い画になるでしょうね〜

雨が喜びになる人もいれば
ただのストレスになる人もいる。

死活問題で恵みの雨になる人もいれば
死活問題で最悪の雨になる人もいる。

この事実はわたしたちが
幸せに生きるために本当に大切な示唆を
くれますよね。

何度確認してもしたりないくらいです。


福岡市の小中高生たちは早くも
二学期が始まりました。
昨年から夏休みが8月末までではなくなった。
休みの日は息子を送り出せる喜びを感じています。

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン」
第7話


を観ました。

藍沢(山下智久)は脳外科の部長西条(杉本哲太)に、
トロント大へのレジデント候補の辞意を伝えます。

西條は天野奏(田鍋梨々花)の術後経過が原因か
と尋ねます。

特に理由はないと答える藍沢。

緋山(戸田恵梨香)は緒方(丸山智己)のリハビリ中です。

緒方は間もなくリハビリテーション科に
移る事になっているようです。

2人を眺める名取(有岡大貴)は
緒方のどこが良いのか? と、緋山をからいます。

CS室では藤川(浅利陽介)が
横峯(新木優子)たちに
医者を目指した理由を聞いていました。

横峰はテレビドラマの影響で、
灰谷(成田凌)は幼い時に
ドクターヘリに助けてもらった経験からとのこと。

そこへドクターヘリ要請が入ります。

踏切事故で3人が負傷。

すぐさまドクターヘリは現場へと飛び立ちますが
焦った灰谷が、パイロットへ急ぐよう声をかけます。

白石(新垣結衣)が慌てて制止しますが
ヘリは不慮の事態に・・・



灰谷〜!!しっかりしろ!

なんて、おじさんとしては言いたくなる。
誰か!!灰谷のほっぺを思い切り
ビンタしてあげて!

と、同僚の女医たちが画面に映るたびに
思ってしまいました。

なぜ女性なのか?
男に殴られたい場面ではないからです。
女性、理想を言えば
自分が思いをよせている女性に
本気で心配されてビンタ食らったら
一発で目が醒める。

変態か?って?
はい。何とでも言ってください(笑)

でも、みんなではないにしても
世の男性たちの中には
「わかる!」と言ってくださる人も
実際にいるでしょう。

でも、まあそれも自ら望んでる時点で甘え。
本当は自分の足で立ち上がらないといけない。
重い荷物は背負ったままね。

支えてくれる仲間のためにも。

そこで※※です。
正直、わたしは彼女が灰谷にかけた言葉は
「救われるな〜!」と思いました。

でも、灰谷にとっては
どうだったのでしょうか?

逆に自分を追い込むことになったかもしれない
それは今回のお話では全くわかりません。

推測するにも50%50%の状態で
お話の幕が閉じられました。
きっと次回以降、少なくとも
推測くらいはできるでしょう。

誰かにとっては
絶望から救い上げるような言葉も、
他の誰かにとっては
死の淵へ追い込む言葉になることもある。

藍沢と白石が灰谷のことを思って
状況を客観視するということについて
対話するシーンがあります。

藍沢は灰谷が自分を責めていることを
客観視できないバカだと言い、
白石は客観視できていないのは
灰谷だけではないと、
藍沢自身のことを暗に含めて返します。

状況を客観視するのはこういう時に
本当に大切です。

物事をどう受け取るか?
それによって、自分の心は救えるし
成長もできる。

現実から目をそらすために
自分の都合のよい解釈をする・・・
という使い方をしてしまうこともあります。

でも、それも客観視できていない証拠。

客観視できれば、起きたこと起きていることを
良いも悪いもなくあるがまま受けとめて
自分がどういう態度、どういう行動をとるかを
選べます。

その選べる行動の中に
感情を選ぶという項目も入っています。

わたしは雨が嫌いです。
傘のある景色は大好きだけれど
そういう画も好きだし、
映像作品も好きだけれど、
やっぱりわたしは雨が嫌いです。

感謝しているけど、自分が外に出るとき
特に撮影機材など機器類を持ったり
荷物が多いときに降る雨は嫌いです。

熱くもなく寒くもなく、
家でしとしとと五月雨を楽しむ・・・
というくらいならその風情は好きです。

今はそういう自分を選んでいますが
外に出なければならないときは
解釈を選び取って気分を変えます。

自分がどんな解釈を選べるか?
そのバリエーションを知っておくのは
自分で自分を追い込まないために
自分で自分を奮い立たせるために有効ですよ。


       全ての物語のために


















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2017年08月30日

「ルパン三世 ルパンVS複製人間(クローン)」セルフムードメーカー



あなたは今の生活に不満がありますか?

わたしは有ります。

もちろん足るを知り、今あるモノに
心の底から感謝していますが、
だから満足して、全てが今のままでいい
なんてことはありません。

あり得ませんよね。

子どもは成長していくし
自分たちも歳をとっていく。

時代も流れて、社会情勢も
どんどん変わっていく。

常に、今を一生懸命生きるということの中には
将来を考えて…ということも含まれている。

だからわたしたちは、日々成長をしたい。
変わりたいと思っている。

でも一方では、変化を恐れ
変わろうとする自分の足を引っ張る自分がいます。

自分の中の2人の自分がお互い衝突し
自分を真逆に引き裂こうとします。

そんな自分の中の険悪さを、
わたしたちは自分自身で払しょくしなければ
前には進めませんよね。



息子が好きな西尾維新さんの物語シリーズ
関連書籍でこの作品の話題が出ていて
観たくなっちゃいました。

「ルパン三世 ルパンVS複製人間(クローン)」

を久しぶりに観ました。

ルパン三世が死刑になり
診断結果も間違いなくルパン本人。

しかし、銭形警部は信じられずに
ルパンの墓を確認に行きます。

そこにはルパン自身も確認にきていました。
「お前は死んだんだぞ!」
「簡単に言うなよ!
そんじゃあ、この俺はどうなるんだよ」
銭形は改めてルパンを追うことを誓います。

その後ルパンは峰不二子にねだられ、
エジプトのピラミッドから
“賢者の石”を盗み出しします。

不二子はその石の入手を
マモーと名乗る不気味な男から
依頼されていました。

しかし、ルパンが渡した石は
彼がすり替えた偽物。

マモーによる執拗な追跡と逃亡。

結果マモーに捕らえられたルパンは、
賢者の石が不老不死の力を得るために
必要な秘宝だと知ります。

一方、ルパンと行動を別にしていた
次元大介と石川五右ェ門の元には、
アメリカ大統領の特別補佐官が
接触を謀ってきます。

マモーによる世界各国への
脅迫音声を聞かされるふたりは
ある手がかりを掴みます。

ボートで目的地へ向かう次元と五右ェ門。

ボートの底には銭形警部が執念で
張り付いていました・・・



1978年の作品でルパン三世の
劇場用作品第一弾です。

幼少の頃、よくテレビで放送されていて
怖かったのを覚えています。

ルパン三世というと劇場版の名作は
「カリオストロの城」という認識が一般的だと思います。

たしかに作品としては名作です。

ただ、ルパン三世作品として考えた時に
わたしは疑問を持ってしまいます。

ルパン三世“らしい”というよりも
圧倒的に宮崎駿作品“らしい”という作品だから。

らしさで言えば原作のモンキー・パンチさんが
初監督した「ルパン三世DEAD OR ALIVE」や
劇場版第三段「ルパン三世 バビロンの黄金伝説」
の方がずっと「ルパン三世」らしいと思っています。

それでも、その二つが弱いのは
その作品だけのヒロインが出てきて
ルパンがヒロインの心を盗んじゃう。

それって「カリオストロの城」ですよね。

ルパン作品の多くがこの「カリオストロの城」に
引っ張られ過ぎている傾向がある。
それだけインパクトが強かったという意味で
ある意味ルパン作品のスタンダードを作り上げた
と言ってもいいのかもしれませんが、
そこに縛られないでほしいというのは
いつも願っています。

だから、個人的には「ルパン三世」の長編で、
ルパンがヒロインの心を盗む話になっていなければ
評価が上がってしまうんですね〜

そういう意味で、劇場版の最新作でもある
「ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE」や
テレビスペシャル第一弾
「ルパン三世 バイバイ・リバティー危機一髪」は
逸品だと思います。

「カリオストロの城」に引っ張られていない分
物語自体がとても工夫されていて本当に良くできている。

さて、そこでこの「ルパンVS複製人間(クローン)」です。

これぞ、ザ・ルパン三世と言いたくなる。

1978年作品ですが「ジュラシック・パーク」よろしく
クローン技術を題材に大きなテーマが扱われます。

そして、ヒロインは峯不二子ひとり。

悪役以外は、ルパンと次元と五右ェ門、
それに銭形警部のメインキャストの人間関係、
そこにある緊張感のみでドラマが展開していく。

そうですよ!そもそも「ルパン三世」には
不動のヒロインがいる!

さて、この作品、その不二子を巡って
ルパン、次元、五右ェ門の間に
他の作品では珍しいくらいの緊張感が走ります。

とても好きなシーン。

いつも不二子に騙されるルパン。
次元と五右ェ門はそんなルパンを
手伝っているわけですから、いい迷惑です。

初めは次元と五右ェ門がルパンに
「いい加減に、あの女と手を切れ」
と言っています。

ところが、苛立ちが募った五右ェ門の矛先が
次元に向けられます。

「まことの友なら…」もっと早くルパンのだらしなさを
何とかしてやれたんじゃないか…と。

五右ェ門がルパンの命を狙っていた頃から
次元はルパンの相棒ですから
五右ェ門はルパンと次元の絆の強さも知っている。

しかし当然、次元は「なんだとぉ!」となります。

流石なのはここでのルパンの反応ですね。
2人に責められているときはふて腐れているルパンが
2人の間に険悪な空気が走った瞬間に察知して
態度を豹変させます。

サッと自分がピエロになって2人の気を自分に向ける。

このあたりが流石ですよね。

これで次元と五右ェ門の衝突はなくなります。

この一瞬、ルパンの顔がピンッと張り詰めるのも
ちゃんと描かれています。

リーダーでありムードメーカーでもある。

わたしたちが向上心を持ち成長しようとするとき、
変化を望む自分と、変化を恐れる自分が
対立をします。

でも、どちらも本当の自分です。

本来は同じ目的、自分の幸せのために
どちらも存在している。

だから、この両者がせめぎ合うのは愚の骨頂。
同じ方向を向いて、自分のために
協力し合ってほしいわけです。

じゃあ、どうすれば良いのか。

両者のご機嫌を取る。
双方が求めていることを上手に与えながら
同じ方向に目を向けてやる。

自分自身の中にある対立しがちな2人の自分の
ご機嫌を取って導くもう一人の自分。

リーダーでありムードメーカーである
もう1人の自分を持つことができたら、
今までより上手く
自分を成長させていける気がしませんか?

物語って、本当に面白いですね〜!!


        全ての物語のために







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