2017年09月08日

アニメ「宇宙戦艦ヤマト2199 #22 向かうべき星」感動という感情から見えてくるもの



ローマのコロシアムで古来行われていた拳闘などは、
本当の殺し合いだったのでしょうか?

世界各国で、はるか昔は
そういう試合を観て観衆が沸き立つという光景が
実際に合ったようですね。

日本でもそういうことはあったのでしょう。

歴史上の事実としてそういうことを知ると、
人間って残忍なんだな…という思いがもたげて
胸を苦しめます。

現在も格闘技の試合を観ていると
わたしたちは興奮します。

しかし、彼らがスポーツマンシップにのっとり
正々堂々と戦ったあとにお互いを讃え合う姿を見ると
興奮は感動へと変わります。

歴史を観ても領土争いや政権争いで
殺し合うのが“当たり前”だった時代から
わたしたちは手を取り合って生きていけることを
学んできています。

これは人間としての知性の成長ということでしょうが
魂のレベルでは平和を望んでいたから
このような流れになり、お互いを讃え合う姿に
感動するんですよね。




「エヴァンゲリオン」など、
現在のロボットアニメに大きな影響を与えた
分岐点が「機動戦士ガンダム」なら
そのガンダムなど、日本のSFアニメに大きな
影響を与えたのが「宇宙戦艦ヤマト」でした。
それを素晴らしいクオリティで蘇らせた

アニメ「宇宙戦艦ヤマト2199」
第22話「向かうべき星」


を観ました。

ヤマトが向かっている目的地。

希望の星イスカンダル。

しかしそこは、敵であるガミラスと
二連惑星を形成する双子星でした。

目的地宙域は同時に
適地でもあるのでした。

戦術長、古代には南部から
ガミラスへ立ち寄り森雪を救出する作戦安が
提出されていましたが、作戦は却下。

沖田は総員第一種戦闘配置のまま
イスカンダルへ向け
最後の大ワープを命じます。

しかし、そんなヤマトを待ち構えていたのは・・・



どんどんクライマックスに向かっていく
盛り上がりを見せています。

毎週ではなくまとめて見れるのは良いですね。

この一つ前の話でガミラスの捕虜収容所がある
惑星にヤマトが立ち寄ったことで、
ガミラスの女性兵士メルダ・ディッツが
再びヤマトに登場することになりました。

この第22話では地球人の女性パイロット、山本玲と
イスカンダルの女王の妹、ユリーシャ・イスカンダルと
ガミラスの女性パイロット、メルダ・ディッツが
3人でパフェを食べるというほのぼのとしたシーンが
描かれました。

既にクライマックスに入っていますから
緊張感のあるシーンが続く中で
緩急をつけるための緩いシーンということなのでしょうが
こういうシーンでわたしは涙がにじんでしまいます。

確かこの1〜2話前だったと思いますが、
そこではガミラスの銀河方面作戦司令長官
ドメルとヤマトの沖田艦長とが
命がけで戦った男同士
お互いを讃え合う心の交流も描かれました。

また、ガミラス帝星には2等ガミラスと言われる
他の星々から吸収された民族の人たちもいます。
純潔のガミラス星人は肌が青く
2等以下の民は肌の色で区別されているようです。

2等以下のガミラス人の軍人も命を懸けて
任務を遂行する。
ヤマトに潜り込んで命を落としたガミラス兵を
同じく戦いの中で命を落とした地球人と等しく
とむらうシーンも描かれています。

わたしが幼少のころ一生懸命観ていた
旧シリーズでは、古代進とガミラスの総統デスラーの
友情も描かれていました。

どのシーンも緩急どちらの側で描かれるとしても
感動的なシーンです。

観ている方が感動してしまう。
こういうことに感動してしまえる日本人がもしかしたら
“甘ちゃん”みたいな言われ方をしてしまうという
側面も現実にはあるのでしょう。

でも、やはり魂が求めているから感動する。

夢見がちなロマンチストなのかもしれませんが、
これはハリウッド映画でもどの国の作品でも
やはり感動的なシーンとして描かれます。

仲の悪い人間同士が次第に友情を深めていく
バディムービーの定型は
ハリウッド作品でも王道ですもんね。

興奮は自分を困難に立ち向かわせるために
奮起させる手段としては良いとは思いますが
目的にするのはどうも違うようです。

しかし、感動はそこを注意深く観察すると
魂の底からわたしたちみんなが求めている
人類の願いにたどり着ける。

わたしたちが目指す目標にすることができる。
その手がかりになる感情ですよね。



         全ての物語のために









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2017年09月07日

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン #8」何かはわからないけど何かを感じるとき



なんだかわからないけれど
何かが気になるというときは
潜在意識からの信号だと思っています。

だから、なにも無いと分かるまで
可能な限りの確認作業はする。

その結果何もないならそれでもいい。
納得できれば良いわけです。

ただし、わたしの場合は
“その時は”気にしなくてもよさそうだ
という結論に納得できても
何かがあるから潜在意識が発している
ということですから
“後で”その何かに気づく可能性もある
ということはとても意識しています。



急場をしのぐために正月前に買ったプリンタ用の
安いインク。そのときに印刷した写真が
もう薄れて消えかかっています。
やっぱりプリンターのインクは純正のものが一番。

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン」
第8話


藍沢(山下智久)は天野奏(田鍋梨々花)が
リハビリでオセロを裏返す様子を
声もかけずに見ています。

その日、灰谷(成田凌)の復帰の日でした。
駅のホームから転落し負傷して休んでいたのです。

睡眠薬が効き過ぎてふらついたせいで
ホームから落ちたと説明しているようですが
指導医リーダーの白石(新垣結衣)はじめ
他のスタッフたちは灰谷が自殺しようとしていたのでは
疑わずにはいられませんでした。

そんな空気を灰谷に感づかれないよう
普段通りでいようとするみんな。

しかし白石も藤川(浅利陽介)もどうしても
ぎこちなくなってしまいます。

そんな時、成田空港到着ロビーで
男性が倒れたとドクターヘリ要請が入ります。

緋山(戸田恵梨香)、名取(有岡大貴)、
雪村(馬場ふみか)が現場に向かいます。

男性はショック状態で
エコノミー症候群が疑われていましたが
鼻血が出ているのを見て異変を感じます。

名取がラインを取ろうと患者の腕に針を刺すと
その刺激で患者がとっさに腕を振り払います。

その勢いで、名取は一度患者の体に入った針を
緋山の指に刺してしまいました。

初療室に運び込んだときその患者、
堀内豪(天田暦)が吐血。

エコノミー症候群ではなく感染症の可能性を疑い
橘(椎名桔平)は急遽スタッフたちに
ゴーグル、ガウン、マスクを着用するように言います。

感染症研究センターにも連絡し
堀内の検体を採取して送ることになる中、
緋山は処置を続けながら顔色を失っていきます。

そんな緋山を見て名取も気にせずにはいられません。

緋山は藍沢に、あやまって針が指に刺さったことを告げ、
自身の血液サンプルも
感染症研究センターに送って欲しいと頼みます。

そこへ冴島(比嘉愛未)がやってきて
堀内がICUで亡くなったと告げるのでした・・・。



もう、自分のせいで人が死ぬのは嫌だ!

その思いで灰谷は診察、機器や薬品チェックなど
神経質なまでに確認するようになります。

ドクターヘリが成田空港から戻るころ
灰谷は鉄棒で胸を打ってから腹痛がある
という12歳の少年を外来で観ていました。

胸を打って胸の痛みではなく腹痛?

周囲は学校をさぼりたいだけの
仮病ではないかと疑う中、
また灰谷の神経質さに呆れる中、
灰谷だけは何かがおかしいと執拗に疑います。

灰谷は藍沢に相談しました。
藍沢はベッドに空きがあるなら一晩検査入院
という道もあることを促します。

その後、何もないことを確認することも
大事な事だと納得いくまでやれとも言いました。

この例は、灰谷が感じる「何かおかしい」
が比較的すぐにその正体を現しました。

わたしたちの日常でも、
結構頻繁に似たような感覚はありますよね。

「何か忘れている気がするよな〜」
と思って帰宅してから、
「あ!あの案件を途中で放ってきてしまった!」
なんて、慌てて会社に電話して引き継いだり・・・

なんて経験がある人もいるかもしれません。

何かが気になる・・・何かが引っかかっている・・・

これは潜在意識の信号です。
何かの正体は時間をかけて具体的になる。

灰谷は検査入院させてから
「あの子は賢い。胸を打ってお腹が痛いなんて
仮病のためにつじつまが合わないことを
言うとは思えない」
と、少しだけ“何か”が具体化し始めました。

わたしは以前、緊急でドラッグストアに行く用ができ
駐車中の車に乗った瞬間に
“待て”という声が潜在意識から聞こえました。

見知らぬ街だったのですが、
どこにドラッグストアがあるか
すぐにわかる気がしたのです。

自分の感覚を探ると駐車前にビル群の
看板の色とりどりさをなんとなく感じた時の
感覚が蘇ってきました。

そこに答えがあるようだと車を降りて
さっきなんとなく眺めた街を
改めて意識して眺め直しました。

ありました。手前と奥の建物の看板に挟まれ
ほとんど目立たないけど「くすり」という字が
一部隠れているのがわかります。

まったく意識していなかったけれど
潜在意識は記憶していたんですね。

こういう感覚は、探し物をしている時や
新しいアイディアを求めている時などに
非常に役立ちます。

何かある・・・から、
潜在式に埋もれている何かを
目的に合わせて引っ張り出して組み合わせる。

なんてこともできるようになるし、
大事な組合せを実は潜在意識は
先に気づいていたりする。

だから、なんか引っかかるけど
今はわからないというときも、
その時はいったん置いておくとしても
あとで「あれ」と「これ」が繋がって、
こうすればいいのか!

というひらめきが潜在状態から浮上してくる。

わたしたちにはそういう力がある。
これも自分を信じるということの一つですよね。


        全ての物語のために


















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2017年09月06日

ドラマ「ハロー張りネズミ #8」幸せになるためにわたしたちが持っている最大の武器



トラウマという言葉ありますね。

わたしはあまり好きではありません。

ですが、多かれ少なかれ
わたしたち人間は…というか動物は、
体験、経験によって無意識が学習し、
物事に対する反応・反射に影響を及ぼします。

当たり前。
この機能がなければどんな動物だって
早死にしちゃいますよね。
生まれた途端に死んじゃう動物も
続出しちゃいますね。

だから、生きるための昨日として必要です。

ただ、こと人間に限って言えば、
確かに必要な生物的機能ではあるのですが
全てにおいてその反応・反射という本能に
流されるままになっていてもよろしくないわけです。

むしろ、それがわたしたちの幸せの
邪魔になることもある。

いや、邪魔と言ってしまうと
忌み嫌ってしまうかもしれないので、
良くない影響を及ぼすことがある…
くらいに言っておきましょうか。

無いと困るわけですが、万能ではないし、
使い方を間違うと危険ですということですね。



なんだろう。今シーズンのドラマたち、
好きなんですけど、もう、早くも
来シーズン、来々シーズンの番組が待ち遠しくなっている。
ごめんなさい(笑)

ドラマ「ハロー張りネズミ」
第8話


を観ました。

ゴロー(瑛太)とグレ(森田剛)が、
昼食をとった赤塚一番通り商店街の中華屋。

そこで働く料理人・栗田精二(國村隼)は
2人が探偵だと知り、
生き別れになった娘・朋美(松本若菜)と
息子を探してほしいと依頼してきます。

栗田は妻と死別し、男手一つで
子供たちを育てていましたが
その後、訳あって離れてしまったと言い、
蘭子(深田恭子)が質問すると
もう25年も会っていないと言います。

子供たちと離れた理由は
聞かないでほしいという栗田。

10年ほど前に娘から届いた手紙だけが
唯一の手がかりでした。

あまり乗り気でないゴローですが、
かほる(山口智子)に促され、
車で手紙にある住所へ行くことを伝えると、
栗田は自分も一緒に行くと言い出します。

しかし翌日、ゴローは体調を崩し
グレと栗田の2人でドライブする事に・・・



オープニング・エンディング、
それに次回予告まで入れて正味45分の作品。

“おっさん”よかったですね。
現代の舞台に、古き良き人情作品。
それがこのシリーズを貫いている感じですね。

長年会っていなかった娘役は
松本若菜さん…数年前に家族でハマった
「仮面ライダー電王」で、佐藤健さんの
お姉さん役をされていた方。

相変わらずキレイでした♪

さて、この娘もそれから息子も
そしておそらくは“おっさん”も
ずっと心にある思いがあったはずです。

忘れようとして生きてきた…
思い出さないように生きてきた…

実の親子、もともとはお互いを
大切に思っていた親子です。

忘れられるわけがない。

それでも、娘も息子もそれぞれに
今の“幸せ”な生活があるようです。

でも、忘れようとして生きることで
本当に忘れられますか?

要するに、自分に嘘をついて生きている。

忘れようとするということは
そこに“傷”があるからですよね。

傷つけられた苦しみなのか
傷つけたことへの苦しみなのか
それぞれあるでしょうが、その傷の痛みを
いつまでも感じて暮らしたくないから
忘れようとする。

でも、忘れようとすること自体がもう
縛られ続けていますよね。

そういうことは徐々に心を蝕むし
今は家族を持って幸せに暮らしているとは言え、
それは子どもがまだ小さいから言えることです。

子が成長するにつれ、自分の中に封印していたことと
子どもやパートナーとのズレが顕著になり
その家庭自体をも蝕みます。

その家庭という幸せを維持するには
自分とは全く違う家族の価値観を受容する
自分自身の成長が必要になります。

じゃあ、どんな成長かというと
『許す』という成長。

許せない相手も、許せない自分も、全部『許す』

カンタンじゃないですね〜

もう、10年以上前に
わたしもこのことに気づいたのですが…

実際、多くの頑なな『許せない!』を手放したのですが
未だに全ては手放せていません。

そう。完全に許せなくても、せめて手放す。

でも、完全に許せたとき、本当に解放されるはず。
『許せる自分』は
心のそこから幸せになるための
最大の武器であることは間違いないでしょう。


             全ての物語のために










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2017年09月05日

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期 #34 備えろ期末テスト」守るために守らない



普段のサラリーマンの仕事では職務上、
クレームも最終的に対応する立場にあります。

サービスの仕組みそのものへの苦言や要望、
スタッフのミスや社内連携の失敗などなど
そういった改善や注意点が明確なものは
対応策もみんなで客観的に考えられます。

ただ、問題なのは現場スタッフの
ひとりひとりのお客さま応対能力について。

これが一番難しいところ。

指導する側、指導を受ける側。

両方のその時点での技術や理解力に加え
心構えの度合いにもよって変わってきますよね。

ただ注意して「わかりました」と言われても
どの程度身に染みて理解しているのかは
これはもう当人しかわかり得ない。

酷い時は、問題が起きているのに
指導者側が「こんなことに時間を割いていられない」
「自分たちで育つものだろう」と
教育の重要性を認識していない場合がある。

そこはわたしたちから分かるように伝えるという
責任もあるわけですが・・・

でも、ここまではまだ人それぞれとはいっても
まあどこでも当たり前にある話だとは思うんです。

もっともっと厄介なのは、上司が悪い意味で
優しすぎて現場担当者をかばい過ぎるとき…

お客さまに対しても
社内の迷惑を架けた他の部署にたいしても
責任者として上司が前に出るというのは
それはそれで悪いことではないし当然の場合もあります。

でも、それが過ぎると過保護になる。

当人が失敗から学ぶというチャンスをつぶし
いつまでも成長しないという状況になりかねない。

部下を思う気持ち、責任者としての心構えは立派でも
教育係として、本人に痛い思いから学ぶ機会を
与えるのもまた、本人を“守る”ことになるんですよね。



超人、特殊能力者がヒーローとして活躍する。
というのは国内外問わず設定としては多い中、
ヒーローになるための学校の生徒たちの学園モノ
として描かれているのがこの作品の面白いところ。

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期」
第34話「備えろ期末テスト」


を観ました。

期末テストが迫ってきました。

このテストで赤点だと
夏の林間合宿には参加できません。

1-Aの生徒たちは成績優秀な生徒に
教えを乞うなどして
それぞれが猛勉強に励みます。

そんな中、爆豪は成長を続ける出久に
敵対心をムキ出しにしていました。

なんとか全員無事に筆記試験を終え、
いよいよ演習試験の日を迎えます。

生徒たちは先輩からの情報で
例年通りの試験の内容は予想していました。

しかし、校内にヴィラン(敵)が
侵入したことやヴィラン連合の存在など
激化する不安に対処すべく
その試験内容も、より実戦に近い教えを
重視するものに変更されます。

雄英教師vs2人1組の生徒によるバトル。

それが今回の演習試験。

そして出久はなんと爆豪とコンビを組んで
オールマイトと対戦することに!

まずは切島&砂藤のコンビが
プロヒーロー教師、セメントスと
対決するのですが・・・!?



いや〜、30分弱のアニメ。
少年マンガを原作にしたアニメですが、
CMに入る前の前半部分を観ただけで
「面白いね〜!!」と息子と唸ってしまいました。

この作品では特殊能力のことを
“個性”と呼びますが、それとは違う普通の意味での
キャラクターの個性がそれぞれ良くて
いちいち面白く、楽しくできているんですね。

とは言え、中学を卒業したての高校1年生。
しかし、将来はプロのヒーローとして
犯罪者相手や災害現場など、
命がけの危険な仕事に就くことを前提としている。

先生たちにもそれなりの責任がかかります。

だから、もっと生徒たちを守るためにも
生徒たち自身に強くなってもらう必要がある。

そういう判断での試験内容の変更でした。

試験内容が変更されることが決まるシーンは
職員会議として描かれます。

ここも特殊能力者である先生たちが
普通の高校教師として話し合っている。

責任を持った一教師として。

面白いですねぇ〜。
生徒たちの個性や、人間性、
生徒同士の関係性までを観て、
試験の組み合わせまで考えられていきます。

人を導く立場の人たち…
わたしも親ですから、教育者して考えると、
やはり息子かわいさで先回りしすぎたり
助け舟や助言を与えてしまい過ぎることがあります。

しかし、息子自身が悩み苦しむこと
イライラや葛藤と向き合うというそのこと自体の
一瞬一瞬が成長ステップだと思って
じっと黙って見守ることもします。

自分で自分を守れる強さを身に着けてもらうために
守り過ぎないというのも、大事な守り方ですよね。

守りたいとき、どちらが本当の意味で守ることになるか?

導く側としてしっかりと考えたいですね。

ただし!部下の成長のためだったんですなんて言って
言い訳をして部下を隠れみのに使う
サイテーな上司もいますが、そういう人はいずれ
自分の人生からしっぺ返しを食らいます。

手を差し伸べるにしろ、黙って見守るにしろ、
その結果に責任をとるのは上司。

部下、わが子、生徒…がやることに
導く側がその最終的な責任をとらないでいい
なんてことはありません。

それが嫌ならその立場にならないことです。
出世欲で上に行ったらなご愁傷さま。
そろそろ自分の精神も成人君主を目指して
磨いていってもいくタイミングかもしれませんね。


            全ての物語のために










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2017年09月04日

アニメ「宇宙戦艦ヤマト2199 #3 木星圏脱出」わたしたちが道を示せる大いなる力の正体



「スパイダーマン」が特殊能力を手にしたとき、
おじさんに「大いなる力には大いなる責任が伴う」
という言葉を授かります。

では大いなる力を持たないわたしたちには
責任もないのか?

と言えば、そういう話ではないですよね、もちろん。

例えば、子どもに対する大人
というだけでも子どもたちにとっては
大いなる力ですよね。

でも、大人で在るためには
大人としての心=精神が必要です。

何をどう捉えるか、どう考えるか?
といった大人の思考がその精神のもとなのですが、
その思考を作り出すのが知識ということになります。

知識により現状に対処したり
知識の組み合わせによって現状を打破する新しい力を
生み出したりしますよね。

だからわたしは勉強をしてきたつもりだったのですが、
知識にはまた別な種類の知識もありました。

知識というものの捉え方そのものが
最近変わりました。




今年劇場で順次公開され始めている
「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」は
いつからテレビで観れるようになるんですかね〜

アニメ「宇宙戦艦ヤマト2199」
第3話「木星圏脱出」


を観ました。

西暦2199年、外宇宙から飛来した
謎の星間国家(ガミラス)による侵略のため、
地球は滅亡の危機に瀕していました。

ガミラスに占拠された冥王星より放たれた
遊星爆弾の攻撃により、
地球は赤く焼けただれ、
人類滅亡までに残された時間はわずか1年。

大マゼラン銀河の彼方にある
未知の星イスカンダルからのメッセージに導かれ、
人類最後の希望を背負い、
地球を旅立った宇宙戦艦ヤマトは木星に・・・



「宇宙戦艦ヤマト2199」は
大好きな作品なのですが実は、

劇場版の総集編「追憶の航海」
劇場用オリジナル作品「星巡る方舟」

だけしか観たことがありませんでした。

本編のシリーズは
2012年に7部に分けて劇場公開され、
同時にブルーレイ&DVD販売・レンタル。
そして、最後にTVシリーズとして
2クールで放送されるという形式だったようです。

今年2月から続編「2202愛の戦士たち」が
同じく7部構成で劇場公開と
ブルーレイ&DVDでの展開が始まっています。

それに合わせてCSで一挙放送された
「2199」のTVシリーズ版を弟が録画してくれました。

幼少期、わたしが大好きだった「宇宙戦艦ヤマト」

原作者問題やらリメイク作品やら実写版やら
色々な経緯を経てやっと旧作のファンと
新しいファンをしっかりと納得させられる作品として
蘇ってくれたのがこの「2199」です。

弟から録画した全話分を受け取ってから
1クール分は一気に観てしまいました。

無駄なく見応えのある話ばかりで
どんどん先に進めたくなるんですね。

旧作に比べるとストーリー展開のテンポも
作画も現代にマッチしていて非常に心地よく観れます。

各話良くできているのですが、
特に印象的な部分だけでも
取り上げていきたいと思っています。

そこでこの第3話です。

第2話で地球を飛び立ったヤマトは
木星圏内でガミラスが人工的に作った浮遊大陸の
敵基地と交戦します。

敵基地を叩くために初めて波動砲をつかうヤマト。

しかし波動砲の驚異的な威力は
下手をすると星ひとつを破壊しかねないほどで
一回の発射で浮遊大陸全体を跡形もなく
消し飛ばしてしまいます。

沖田艦長以下、ヤマトのクルーたちは
自分たちが手にした力に言葉がでません。

最後に沖田艦長の決意がナレーションで語られます。

「これが試しであるならば我々はその行動で
よき道をしめしていくだけなのだ」


わたしたち大人は、次の世代に正しい道を
示していかなければならない。

そう思って親をやらせてもらっています。

ただ、いかんせん自分自身がまだまだだという感覚、
部分的にですが、ある種の劣等感はある。

つまり、「宇宙戦艦ヤマト」や「スパイダーマン」のように
大いなる力を手にしていないという感覚。

わたしたちにとっての大いなる力とは何か?

と考えた時に一つ大きな答えとして出せるのが
「知識」と言えるのではないでしょうか?

ただこの「知識」について、わたしは今まで
勉強や経験など、外から取り込むものだという認識でした。

しかし、最近認識を改めました。

ある意味、もっと重要な「知識」がありました。

それは自分自身に対する認識という「知識」

このブログでも5年以上さんざん
自分と向き合うこと、自分を客観的に見つめること
について書いてきたのですが、
それを深めようとすればするほど、
知らなかった自分、知らないふりをしていた自分
というのを認識するようになってきました。

意識に上がっていなかった以上は認識できていない。

しかし、ひとたび認識すると、
それは自分自身への新たな理解、新たな事実
ということになりますからこれも「知識」ですよね。

しかもこれがわかっていない、これを知らないということは
何をするにしても的を外す可能性が高くなります。

目標に向かっていくためには、
出来るだけ細部にわたって正確に
自分自身を知っている必要がある。

自分何に恐れ、何を求めるのか?
そのために何を避けているのか、
どんな感情になりたくて求めるのか?

自分を知る、自分の現在地を知る。

常に変化もしていくものですから、
これは定期的に理解し直さなければならない。

定期的に自分が持っている自分の知識と
本来の自分にズレがないかチェックもしなければならない。

面倒だけど、たどり着きたい場所、
叶えたい目標があるのなら、
「自分に対する知識」をどんどん増やして
自分を目標に向かってコントロールする。

これも大いなる力だと思うのです。
その力を持って正しき道を示していける大人で在りたいです。


        全ての物語のために










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