2018年07月08日

アニメ「はねバド! #1 スッゴい才能!」ショックよありがとう



「ウォーキング・デッド シーズン8」
を観ていて、

「懺悔」や「許し」について
深く考えさせられています。

自分を見つめる。
自分を観る、観察する。

客観的な目。

どうあがいたってわたしたちは
主観の世界を生きています。

そこからは逃げようがありません。

例え幽体離脱しても
自分を自分が観ているだけで
心は自分ですから、
本当の意味での客観性は
持ちようがない。

だからこそ、客観的で在ろうとする
その在り方が大切なのでしょう。

わたしは、妻のお腹に息子がいるころ、
休日にいつものようにフラッと
車で出かけて、
いつものように、好きなコミック本を
買って帰りました。

急に妻の機嫌が悪くなり
わたしは意味が分からなくなりました。

わたしにとってはいつものことでしたし
付き合っているころから
妻にはマンガを貸して喜んで
読んでくれていたりしたのです。

しかし、その時の妻はもう
「母」になっていたんですね。

これから一人増えて、
家族を築いていかなければならない。

家計だって決して余裕があるわけでもない。

それなのに、あなた今までと何もかわらない。

つまり、父親になる、一家の主になるという
自覚が感じられない。

そういう不満だったのでしょう。

でも初めはわけがわからず
ただうろたえるだけでした。

そして、妻にその思いを伝えられても
ただただショックで、
気持ちを整理するのにとても苦労しました。

懐かしい(笑)

アレからもう13年以上経つんだなぁ…

あ、やべぇ。こんな風にふけっていると
「アンタまだなんも変わってないだろ〜!」
って怒られそうです。



新番組始まりハジマリ〜。今シーズンも
なんやかんやでアニメが多くなりそうです。
ドラマもちゃんとチェックはしてますけどね。
さて、やっと観れました。

アニメ「はねバド!」
第1話「スッゴい才能!」


を観ました。

半年前―。
バドミントン前日本ジュニア大会。

北小町高校バドミンドン部の主将、
荒垣なぎさは、ある少女に
1ポイントも取れず惨敗しました。

それ以来、とにかく強くならねばと
自分だけではなく他の部員達にも
厳しく当たるようになっていました。

「アタシたちは天才じゃないんだから、
努力するしかない…」

それは、なぎさのスランプでもありました。

そんな春。

羽咲綾乃は北小町高校に入学します。

幼なじみの藤沢エレナと
同じクラスになったことを喜ぶ綾乃。

エレナと綾乃は見学先の部活に
テニス部を選びます。

他の部員達からなぎさへの不満を聞いた
泉理子は、なぎさの思いを理解していて、

もうすこし待ってあげようよ」

と皆を諭そうとしますが、
聞き入れられません。

しかし副主将でもある理子、
みんなの想いも受け止め
キツすぎるとなぎさに伝えるのですが、
なぎさの心は頑なでした。

その下校時、綾乃とすれ違う理子。

理子には分かりました。

半年前、なぎさを惨敗させた相手…、
羽咲綾乃が同じ高校に入学してきたのです。

翌日、なぎさはふとテニス部の練習に
ジョギングの足を止め…



も、も、も…もったいない!!!

もの凄い作画力です。
1話目だからでしょうか?
お話も濃く、ぎっしりと詰まっていました。

でも、もったいない!!

カワイイ女子が多すぎる。

いや、多すぎると言うか…
女子がみんなカワイイ。

これはちょっと非現実的すぎて
入り込むのになかなか苦労しました。

だってそうでしょう!?

共学の高校をあるいていて、
女子全員カワイイって…
その世界観がどう考えたっておかしい。

その非現実的な画面世界が邪魔をして
お話に入り込むのに初め苦労しました。

でも、内容はいたってまじめ。
熱いアツい、熱血スポーツまんがです。

冒頭のバドミントンの試合のシーンは
目を見張るアニメーション表現でした。

躍動感とパワーがガンガン伝わってくる。

そして、キャラクターの演技も
緊張感もなかなか良いです。

はやく次が観たい。

さて…

原作漫画を読んでいないので
良くわかりません。

キャラクターの名前も
覚えられるか心配です。

まず、主人公はなぎさなの?綾乃なの?

アニメ公式ホームページを観ると
綾乃が1番に紹介されているので、
綾乃が主役かな?

今のところはダブル主演という感じで
お話しが進んでいます。

「BANANA FISH」もそんな感じですね。

今回はなぎさが
自分の弱さと向き合うシーンで、
涙が出ました。

なぎさは自分たちの弱さと向き合えない
他の部員達に厳しく当たっていました。

「強くなる気がないなら辞めればいい」

そんななぎさにはついていけないと
三年生も含めたチームメイトが
数人離れて行くほどです。

八つ当たりをするなと言われて
癇癪を起しかけるようなことも…

しかし、テニス部の練習で
あることを目の前に突きつけられて
やっと気づきます。

強烈にリアルに自分の弱さを
改めて突きつけられてのです。

「自分の弱さと向き合っていなかったのは
アタシだった…」

自分が八つ当たりをしていたことを
認めることができた瞬間でもありました。

頑なになっていたなぎさが
涙を流しているのです。

そう。

半年前、自分の弱さを突きつけられて
そのあまりのショックに
頑なな「怒り」という鎧を身にまとった。

そのショックから我が心を守るために
本能が自衛したのです。

そして、自分の弱さが許せない自分に
気付かないまま、その怒りは
他者の弱さへと向けられます。

つまり、八つ当たり。

人の事で腹を立てることがあったら便利ですね、
それは自分の同じ部分を許していないからです。

だから人を許せないと思ったら
自分の同じ部分を許してあげたらいい。

そうするとどんどん幸せ力が強化されます。

脱線しましたが、
なぎさは半年前のショックで鎧をまといました。

そして、今回のショックで
そんな自分に気付くことができた。

わたしも、マンガを好きなわたしのこと
本を好きなわたしのことを
妻が理解してくれていると思っていたので
あの時、書店から
買い物袋を下げて戻ったわたしに
腹を立てた妻の言い分がショックでした。

でも、そのショックを整理していくことで
女性が先に母としての自覚を持ち
男の父としての自覚がどうしても遅れる現実を
客観的な視点を持って受け止めることが
出来たのです。

それから、わたしは当面マンガを買うことを
止めると妻と約束しました。

その代り小説は勘弁してくれと。

マンガと小説の楽しめる期間と金額…
つまりコストパフォーマンスの違いを
説明し、わたしにとって
物語の世界に触れることがどういうことか?

それらを説明し、妻にも納得してもらったのです。

アレから13年以上。
もう、約束は果たしていたので、
マンガを買っても良い時期は来ていたのですが、
家計は対して余裕ができたわけではありません。

それでも唯一、「僕のヒーローアカデミア」だけは
息子が大好きなこともあって、
マンガ購入解禁にいたりました。

あのときのショックも今となっては
懐かしい思い出です。

日々、わたしたちは様々なショックから
身を守るために、無意識に
いろいろな鎧を脊髄反射的に
身にまとってしまいます。

放っておくと知らず知らずのうちに
重ね着しまくった鎧で
身動きが取れなくなってしまいます。

だからこそ、鎧を脱いで、
ショックと向き合うことも必要なんですね。

時間はかかるかもしれません。
ショックの大小によっては…。

それでも生きていればいつか、
懐かしい思い出になる。

ショックを受けたら幸せの扉が
目の前にあるよ!

という合図かもしれませんよ。


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2018年07月07日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8 #10 託された手紙(The Last and the Plunderers)」人を見下したような自分に気づくことで得られる幸せ


人を見下したり、バカにしたような
モノの言い方は嫌いだし、

言い方だけではなく
そんな風に人を観ることも
好きではありません。

でも、「この人・・・バカなのかな?」
って思ってしまう人はいます。

わたしも大概浅はかでおバカさんですが
そんなわたしから観ても
「・・・バカなのかな?」
って思ってしまう人がいる。

バカにしてるのか!?
って怒られそうですが、
言葉にするとなおさら説得力も
無くなってしまうのですが、
・・・しかもおちょくっているようにすら
見えてしまうかもしれないのですが・・・

決して「・・・バカなのかな?」
って思う人をバカにはしていないんです。

むしろ尊敬すらしている・・・面もある。

そういう人たちの中に
「・・・バカなのかな?」って思う人が
沢山いるんですよね〜



豪雨!あなたは大丈夫ですか?
何でこんな日にすし詰めの電車に、バスに乗って
行きたくもない仕事なんて行かなきゃならんの?
って思ってますか?それより今は安全確保を。
自分が気をつけてても巻き込まれるってことは
ありますからね。雨はそのうちやむから。

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8」
第10話「託された手紙(The Last and the Plunderers)」


を観ました。

絶望と悲しみの埋葬作業。

リックとミショーンは襲い来る
ウォーカーたちを払いのけながら
アレクサンドリアを後にします。

リックはまだ息子からの手紙を
読む決心がつきません。

一方、裏切った清掃人たちを一掃しようと
いきまくサイモンに
ニーガンは罰するのは1人だけだと
きつく命じます。

サイモンは反発し2人の間に
緊張した空気が流れているところへ
ヒルトップからメッセージが書かれた
木箱が届き…。

そしてサイモンは部下を連れて
ジェイディスたちのごみ山へ
出向くのでした。

リックも武器と人員が必要だと
再びジェイディスたち清掃人の
協力を得るためゴミ山を目指します。



サイモンは救いようがないですね。

気に入らないから殺すって・・・
他者への思いやりはもちろん
理性や知性も乏しい。

知性のなさをワイルドとか
野性的とかっていう人がいますが、
サイモンのような知性のなさは
野生の世界でこそ、即刻
命を落としてしまうタイプでしょう。

野生の“仲間”たちのほうが
気に入らないからと簡単に
同種に牙をむくようなヤツに対して
容赦ないと思いますから。

野生って、思った以上に
知性や理性がいるはずなんですよ。

そこを考えるとニーガンも
野生動物たちと比べると
まだ、人間的だということでしょうね。

そんなサイモンを、どんな考えかは知りませんが
右腕的な存在として自分の側に置いている。

まあ、そばに置いておくほうが
いい場合もあるでしょうが、
よっぽど自分の腕っぷしに自信がないと
それも怖いですよ普通。

ニーガンも「普通」で語っていい
相手ではないのか・・・

さあ、今日のテーマはこのサイモンです。

つまり自分が気に入らないと
すぐに相手を攻撃したくなる人・・・

ということ。「北斗の拳」では
毎週ラスボスの近くにいて
真っ先にケンシロウに指先ひとつで
ダウンさせられちゃうような人です。

そういうタイプの人は
残念ながら結構いますよね。

あなたは大丈夫ですか?

人というのは自分が気に入らなかったら
攻撃していい対象ではありませんよね。

自分より弱く見えたらバカにしていい
という相手でもない。

わざわざ言うまでもない至極
アタリマエ過ぎるほど当たり前のこと。

でも、それがわからない人が
現実に、フツーうじゃうじゃいます。

そして、自分がそんな人間である自覚が
ない人も沢山います。

実は、そういう気分は誰の中にもある。
だからかもしれません。
そういう人間を恐れる気分も
自分の中に存在している。

若い頃、わたしも他人を見下すワカモノ
になっていた時期がありました。

後になってそう言う自分が
一番浅はかで何もわかっていないんだな
と気づけたのですが
気づけないと、それはやはり哀れです。

「ゴールデンカムイ」に出てくる
白石というお笑い担当みたいな
愛されキャラがいますが
彼もちょっと「・・・バカなのかな」
という面がありますよね。

最終回ではお金を持つと
態度がドデカくなっていました。

周りから観ると滑稽でしかない。

体調が悪くて早退した人が
「仕事やすんだら気分がラクになった〜!」
とSNSではしゃいでみたり、
役職を与えられると
途端に態度が高圧的になったり…。

現実の世界にもいます。

そういう人たちと言うのは自分を
客観的に見れない。

だからこそ、わたしたちはこういう
キャラクターをドラマなどで観たときに
自分と照らし合わせてみた方がいいと
思うんです。

素直に自分と向き合えたら
自分の中にもそういう自分がいることが
わかるはずなんですね。

とてもシンプルなおバカさのある
サイモンですが、
リアルの世界ではまずそんな自分が
自分の中に隠れていますから。

自分を客観的に観ることは
本当に難しいことですが
その、もっとも基本となるのが
このサイモンのように
気に入らない者は排除したい…

こういった反射的なマイナスの感情と
向き合うことなのではないでしょうか?

幸せに生きるための基本。

ここがないと始まりませんね。


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2018年07月06日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8 #9 夢(Honor)」許せない!



この前、懺悔することにつて
考えてみましたね。

自分の罪を認め悔い改めるのが懺悔。

まず認めないと
悔いることも改めることもできない。

でもその認めるというのが難しい。
だからそこをあえて考えたわけです。

そもそもなぜ懺悔しようとするのか?
その目的を再確認すれば
これまでより罪を認める意味が分かり
認めやすくなるかな?

と思って・・・

今回もにたようなことを考えてみます。

似たように難しいことを考えたい。

それは「許す」ということについてです。

そもそも「許せない!」「絶対に許さない!」
と思っている人にこんな話をすると
「いやいや、許すつもりもないのに
何で許すことの難しさとか考えないといけないの?」
と思うでしょう。

でも、これは懺悔以前の問題なんですよね。
その怒りがこれからあなたの罪をつくる。

人を許せないと結局自分を苦しめる。

たぶん少しでもそのことに
気づき始めている人でないと
今回のお話は意味がないと思います。



忘れてました。ここからが後半戦スタートです。
弟のお陰で全話まとめて観れるので
第8話から数ヶ月待った人の気持ちが
わからずすみません!一気に観ちゃってます!

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8」
第9話「夢(Honor)」


を観ました。

ガソリンスタンドで出会ったセディクを
自分たちのコミュニティへ
招き入れようとしたカール。

森でセディクを見つけた時に
ウォーカーに襲われ、
すでにだいぶ時が経っていたのです。

瀕死のカール。

リックに戦うことをやめ、
許して受け入れていた昔のリックに
戻って欲しいと息も絶え絶え諭します。

一方、王国では、民を逃がし
一人捕らわれたエゼキエルを救出すべく
キャロルとモーガンが
救世主に立ち向かっていました。

しかしキャロルは、
モーガンの異変に気づき
気になっていました・・・



シーズン6あたりまではシーズンごとに
どんどん面白さを増していたこの作品。

昨年のシーズン7ではさすがに
右肩上がりの面白さの成長に
かげりが見えて、人によっては
シーズン8は前までのシーズンに比べると
面白さが減っていると感じている人も
多いと思います。

正確に言えばわたしもそうです。

でも早とちりするなかれ。

そもそも、シーズン1のスタート地点で
日本のドラマはおろか、
ずっとレベルの高いアメリカのその他の
ドラマ陣と比べても数段高いレベルの
面白さからスタートしたわけですよ。

創っている人たち全員の
精神的ステージが相当高い。

そこからシーズンごとにどんどん
さらにさらにステージが上がっていったわけです。

もともと高いところから更に更に更に
と、上がっていったんですね。
そこから成長が止まったり
少々下がったところでどうでしょう
100点満点中、200点だったのが
190点に落ちたらそれはもうダメって事でしょうか?

そんな論理はありませんよね。

前作より面白さが落ちたってことが
そのまま作品の面白くなさになるわけではない。

それでも、「もうこのシリーズはダメだ」
みたいな言い方をしちゃう人もいるんですね。

残念!

はい。かなり脱線したんですけど、
今回は「許し」について考えます。

ちょっとイメージすればわかると思うんです。

人に怒りを持ち続ける
人を憎み続ける
人を恨み続ける

その期間が幸せな期間なのかどうか?

怒りや憎しみを抱き続けている心と
穏やかで人を愛し慈しんで感謝している心、
どっちが幸せを感じているか
一目瞭然。

なのになぜわたしたちは
怒りを手放せないんでしょう?

それは・・・このブログではもう
何度も何度も伝えてきましたが
これからも何度でも伝えますね。

なぜ手放せないのか?

怖いからです。

例えばあんなに愛し合ったのに
裏切られて別れたカップルが
いたとしましょう。

「あんな人だとは思わなかった!」

それを別れてからも
ずっと言い続けている人がいます。

もう別れたのに、ず〜っと、
元恋人のことを怒っている。

こういう人は何が怖いのでしょうか?

え?実は恨み続けることで
相手との繋がりにしがみついている?

・・・なるほど、深いですね・・・

実際有りますね。

あるいは自分を捨てた親を恨み続ける・・・
そういう場合には当てはまりやすいと思います。

ただ、そういう場合も含めて
ほとんどのパターンで共通するのは、
自分の罪を認めるのが・・・怖い。

認める以前に自分の罪の存在を
知るのが怖い、認識するのが怖い、
そう言ったほうが正確でしょうか?

だって、恋人同士なら少なからず
愛は伝えあったんじゃないですか?

でも、こうだったら愛するけど
こうなら愛さないという条件がある時点で
そもそも愛じゃないですよね。

恋ではあったのかもしれませんよ。
でも愛じゃない。

相手をあるがまま受け止めることが
できる自分ではなかったのに
愛を伝えたならそりゃあ罪ですよね。

認めなきゃ。

え?

あるがまま受け止められない事が罪?
愛じゃなかったのに愛を伝えたのが罪?

って?

どっちもです!

今もし、別れた相手に怒りを持ったまま
このブログを読んでいる人がいたら
スマホを投げているかもしれないですね(笑)

はい。また目的を忘れ始めていました。

怒りは自己防衛本能です。

耐え難い感情から自分を守るために
反射的に盾として身を挺してあなたを
守ってくれるのが怒りです。

そんな怒りさんにいつまでも
前線でかばってもらっていると
怒りも疲弊するし、
自分も周りも覆われて見えなくなるから
進む方向もめちゃくちゃになります。

だから「許す」という事が必要なんですね。

相手を許せるということは
自分の罪も認めないとなかなかできません。

どちらもできないと怒りという盾は
下ろせないんですね。

ほら、懺悔より以前のお話だったでしょ?

罪を認めてから、悔い改めるのが懺悔だから。

相手を思い描いて「許す」というのが難しい
と感じることも多いと思います。

よくわかります。

そのときはわたしはまずこう考えます。

「怒りを手放す」

盾をギュッと握りしめて
盾に隠れるように身を縮めている身体が
緊張をほぐして力を抜いて
盾をおろし手放す。

そして、体中がリラックスして
空気と風と空と大地を感じとれる余裕を
取り戻したら、胸を開いて手を広げ
大きく深呼吸をしてみる。

そんなイメージです。

イメージできたら自分の身体で
演じてみてください。

・・・

どうですか?怒りを手放せるイメージが
つかめたんじゃないでしょうか?

人の罪も自分の罪も消えはしないけど
あるがまま!

全部受け止めて、進めそうな気が
してきませんか?


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2018年07月05日

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第3期 #51 入れ寮」冷静な人の心の中は?



あなたの意見が一番客観的だから
これからもチームの状況を
よく見ていてくれないか?

職場で部署内の人間関係が
壊れかけているときに
わたしが言われた言葉です。

だいたいそういう役回りになります。

そもそも、人と人が仲良くしていない
という状況がわたしから観たら
一番のストレス。

一番心に負担のかかる状態です。

でもその立ち位置がいつも
中立的になってしまう。

悪く罵られるときは「事なかれ主義」
だなんて言われ「一番ズルい!」
なんて揶揄される立場です。

でも、わたしから見えていること
わたしが感じていることに従うと
どうしてもその立場になることが多い。

これって結構孤独なことなんですよ。

どっちつかず。

つまり仲間をつくっていっしょに
ヤイヤイ言えない。

そうしたいとも思ってはいないのですが、
だからといってひとりぼっちになりたいとも
思っていない。

そういう気持ちをついてこようとする人は
自分たちの側につかないわたしを
反対側と同等の敵と見なしたり
仲間外れにすることを臭わせて
「だから」こっちにこいという
態度をとる人もいます。

でも、わたしはそっちのほうが
ず〜っと、ず〜っと!ズルい!!
自分の本当の意見を無視して
仲間外れが怖くてどっちかにつく
ってのが一番ズルいと思っているので、
そんなことは絶対にしないわけです。

そうなるとひとりぼっち率は高まる。

それでも、双方に対して
わたしは冷静なことが多いです。

冷静だからそういう立場なのか
双方が熱を帯びているから
冷静にならざるをえないのか、
それはわかりません。

でも、冷静だからって強いとか
なにも感じてないんだろうと受け取らずに
本当はその状況自体を
寂しく見守っている
悲しい気持ちでいる
ってことを、わかって欲しいと思うときもあります。



はい、1クール目は12話目(通算51話)の
今回で幕を閉じ、次回から2クール目に
入るようです。第三期は全25話という情報が
間違っていなければ、残り13話ということです。

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第3期」
第51話「入れ寮」


を観ました。

緑谷家を訪問し出久の母親から
息子を雄英に預ける条件として
命をかけるのではなく、
生きて出久を見守って欲しい
と言われたオールマイト。

どことなく、師匠である
志村奈々と出久の母親を
ダブらせたようです。

そして迎えた全寮制の初日。

入寮を前に、相澤は
独断で爆豪を救出に行った5人、
出久くん、轟、切島、飯田、八百万。

それに加え、その意志を知りながら
止めなかった生徒たちを咎めます。

相澤の言葉が胸に突き刺さった生徒たち。

爆豪は皆の気持ちを振り払うように
上鳴をフル放電させ
雰囲気を変えようとしたようです。

それぞれに割り当てられた自室を作る中、
全員が部屋を披露して
センスを競う「部屋王決定戦」が始まります。

それぞれの性格が反映された
部屋が次々と披露され
盛り上がりを見せる中、
なぜか梅雨ちゃんは参加せしません。

部屋王が決まり各部屋で就寝となるころ
お茶子に呼び止められた
出久くん、轟、切島、飯田、八百万が
ついていくと、梅雨ちゃんが待っていて・・・



全体的にはコメディパートという感じでしたが
冒頭、相澤先生の言葉から
クライマックスの梅雨ちゃんからの
メッセージまで・・・

しっかりと心揺さぶられる
感動エピソードとなっていました。

梅雨ちゃんは思っていることは
何でも言っちゃう性格なんだそうです。

でも、これまでの梅雨ちゃんで
感情的になるような場面は
ほとんどなかったと思います。

アニメ第一期のクライマックスで
学校がヴィランに襲われたとき
脳無が相澤に一方的に危害を加えるのを
目の当たりにしたときの恐怖の表情が
印象に残っているくらい。

それもほとんど無表情で
固まっているという感じ。

コミック同梱版のDVDでは
勇高校ヒーロー科に行った
中学時代からの親友との再開を
喜ぶ梅雨ちゃんが描かれましたが、
あれは特別編。

だからこの第三期1クール目クライマックス、
オールマイトVSオール・フォー・ワン
の戦いの時にワンカットだけ
テレビで中継を観ながら
涙を浮かべている梅雨ちゃんは
とてもインパがありました。

普段冷静な子がこうなるときの
状況の深刻さがとても伝わりました。

それが今回のお話では
エピソードクライマックスとして
メインで使われるんですね。

思ったことは何でも言っちゃうと言いながら
普段彼女が口にするのは
全体を見渡した冷静ながら意見がほとんど。

クラスのみんなもそんな梅雨ちゃんに
精神的に助けられてる部分は大きい。

でも今回は「上手く言葉にできない時もあるの」
と言いながらたどたどしく
心の内を明かした梅雨ちゃんが
とても愛らしかったですね。

みんなの反応もとてもよかった。

いつもの冷静な梅雨ちゃんでは
なかったけれども
みんなを救う梅雨ちゃんには
変わりありませんでした。

彼女はB型なんだそうです。

コマーシャルに入るときの
キャラ紹介画面で書いてありました。

B型のわたしはなるほどと思いました。
そして嬉しくもなりました。

B型というと血液型談義では
わがままとか空気を読まないマイペースとか
イマイチいじられキャラ的な部分が多くて
どちらかというと一番「ええ〜。ショック」
なんて失礼なことを言われやすいですよね。

まあそれをオイシイとか
「イヤ〜照れるぜ」と喜んじゃうのも
B型なんですけど。

でも、原作者の堀越先生は
B型をそんな風には捉えていない。

全キャラクターに愛情を感じるので
他のキャラの血液型にも
偏見はないのでしょうが、
梅雨ちゃんがB型というのは
とても納得できて嬉しかったです。

B型も人それぞれ千差万別で
性格はみんな違うのですが
おっとりB型と元気なB型に大別はできます。

これはもう、正反対といって良いくらいの
性格の違いです。

本当は内側には熱いモノを秘めているので
根本的には同じなんだと思いますが
普段の印象は全くの正反対でしょう。

で、おっとり型のB型は冷静、クール
という風に誤解をされることもしばしば。

でも、そういう人も内には
いろいろな思いをため込んでいたりします。

梅雨ちゃんは思ったことを
何でも言ってしまう性格だそうですが、
おっとりで、感受性は豊かで
思ったことを表に出すのが苦手な人は
じつは結構いると思うんです。

でもため込むのは良くないです。
精神衛生上、どこかで無理がくる。

だから、この中ではお茶子ちゃんという存在、
そしてわたしにとっては作者の堀越先生が
こういう視点を持っているというのは
本当に「救い」に近い喜びがありました。


           全ての物語のために










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2018年07月04日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8 #8 暗夜の口笛(How It’s gotta be)」究極は自分のためだと認めて相手のソレも尊重してから関係が始まる



自分の正しさを人に押しつけない

というのは本当に難しいことですね。

わたしはこの難しさを痛感しています。

わたし自身が他者にその人の
価値観を押しつけられるのが嫌い。

「常識」とか、「これがカッコいいんだよ」とか、
人に言われるとなかなか受け入れられません。

それは根底に自分の正しさや美学は
自分が感じるものだと思っているから
なのですが、問題はその後です。

人が人に価値観を押しつけられて
素直に受け入れているのを観ると
腹が立つわけです。

それが妻や息子など身近な人だと
なおさら穏やかではいられない。

「お前たち、そんなんでいいのか!?
自分の人生を生きていると言えるのか!?」

って気分がわき出してしまう。
そうそれが問題。
で、この感情を相手にぶつけて
その人に対してマイナスの感情を持つと
それはもう介入ですよね?

その人を大切にしていないことになる。

じゃあ、わたしのこの感情は
どうすればいいのか?

それについては、やるべき事は
いくつかありますよね。

わたしの感情はわたしの問題、
わたしの課題です。

相手のせいでは断じてない。



前半8話放送して、数ヶ月休んでの後半8話。
毎年そういうパターンで放送しているシリーズ。
今回は、前半の最終話。
後半につなげるための大事なポイントです。

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8」
第8話「暗夜の口笛(How It’s gotta be)」


を観ました。

ジェイディスを説得し
清掃人の協力を取りつけたリック。

彼らと共に聖域に向かいますが、
建物を包囲しているはずの
ウォーカーの大群は一掃され
救世主たちが脱出したことを悟ります。

銃撃され撤退を余儀なくされた彼ら…。

清掃人たちはリックを置いて
先に逃げ戻ります。

救世主の部隊はそれぞれ
アレクサンドリア、王国、ヒルトップへ向かい
反撃に出ていました。

アレクサンドリアに現れたのはニーガン。

誰か1人を殺すと宣言し、
カールが自分を殺せと名乗り出ます。

その頃、アーロンとイーニッドは
協力をお願いするために
オーシャンサイドに向かっていました。



なんとまあ・・・

コレまでも「そこでこの人を!?」
という退場のしかたが多くて
毎回、衝撃的ですが、今回も
そういうことでしょうか?

次回に持ち越しになったので
結果はまだわかりませんが
かなり絶望的な状況で幕を閉じました。

シーズン6の最終話、シーズン7の第一話を
彷彿とさせる雰囲気が少し漂いましたね〜

でも、そう。
同じじゃいられない。
リック達だって成長してきたわけですから。

前回、リックとニーガンの違いが浮き彫りにする
パワハラとそうでないことの境界線の話をしました。

このシーズン8になって
ニーガンの考え方も伝わってくるようになりました。

ニーガンは人々が外敵や
厳しい状況の中で安心して暮らせる世界を
思い描いているようです。

だから自分は人々を救っているつもり、
なんですね。

圧倒的な支配により秩序をもたらそうとしている。
そのために必要な悪として
恐怖を使うことも、全員を生かすために
一人を殺してみせるという大罪も
背負うという「強さ」を自分に課しているようです。

その考え方、価値観で、
より多くの人々を「救おう」としている。

なるほど、彼の行動がだんだんわかってきました。
共感はできないけど理解はできる。

でもどうでしょう?
問題は彼が提供している「安定」や「安心」は
果たして、人々が心から
求めているものなのでしょか?

だとしたら矛盾が生じます。
大勢の為に一人を殺すことをいとわない彼、
その一人の人生、魂、心、夢は
一体どうなるのでしょうか?

「だからそれを犠牲にする責任を・・・」

とニーガンは言うのでしょうが、
許せないのはそこです。

結局は自分だけの正しさで
世界を創ろうとしている。

それは「人々を救う」と言いながら
結局「自分のため」なんですよね。

たとえ彼自身が自ら「犠牲」になり
「罪を背負った」つもりでいても。

自分の理想を押しつけている。

だから、リックたちのような人々と
対立してしまうわけです。

上手く行くわけがない。

究極的に言えば、リックも「自分のため」に
生きています。

息子や娘、大切な仲間達のために
一生懸命ですがそれも自分のため。

なぜならリックはニーガンのようになる自分を
許すことができないでしょうから。
自分が自分であるために闘っている。
だから「自分のため」

それはわたしたち一人一人みんなそうだし
またそれで言いと思います。
そうあるべきなのでしょう。

でも、リックとニーガンの違いは、
隣にいる人の「自分のため」を
尊重するかしないか、
ここにつきるんですよね。

残念なのは、ニーガンが
隣にいる人の「自分のため」を
尊重しているつもりだったりすることです。

そこに気づけるのか気づけないのかは
今度はニーガン自身の課題でもある。

わたしは、大切な人にもっと
自分の価値観を伝えるべきだとは
感じています。

でもその価値観に相手を従わせよう
などとは思っていない。

ただわたしはこうだよとは伝える必要はある。
そして、「なるほど君はそうなんだね」と
相手の価値観は尊重する。

ボクとあなたは違うね。
その違いをどう生かせばお互い
よりよくいられるかね?

と、そこからが本当は
関係性を構築していくと言うことでしょう。

本当の意味での対等・平等。

それをやれている・・・あるいは
極力そうあろうと努力を継続しているのが
リックたちで、ニーガンが構築している組織は
そんな人と人の関係の構築以前の話ですよね。

あなたのコミュニティーはどうですか?

             全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする