2017年04月17日

スペシャルドラマ「破獄」その1 束縛・拘束・理不尽からの絶対的な脱出願望



悪夢をたまに観ます。

高校で宿題を忘れたり教科書を忘れたり。
それはもう最終局面で
これ以上忘れたら退学・・・
という場面でうっかりちゃんのわたしは
やらかしてしまう。

その時は顔面蒼白な気分なのです。

どうしよう・・・

でもどうしようもなくて、
わたしはみんなが教室で授業をしているのを
横目で観ながら学校を出ていくことになります。

言いようもない孤独・・・

しかし、その状況は変わらないのに
その夢が悪夢なのはそこまでなのです。

状況だけではなく寂しさのどん底も
変わらないのにです。

どういうことか・・・

突如、新しい捉え方がわたしの中を支配する。
フェンス越しに学校の敷地の中にいる
元クラスメイトたちを孤独感の中で観ながら
ある感覚に支配されます。

それは・・・

圧倒的な自由!

オレが心底求めていたものじゃないか!!

その感覚の誕生と呼応するように
その夢がはじけるように終わりを告げて
目が覚める。

わたしは幸せに育ってきたはずなんです。
自由にのびのび育ててもらえていた。

それは自分の記憶でも妹や弟の言い分を
聞いていても疑いの余地はありません。

しかし、心の奥底に眠っている
強烈な恐怖をよく感じていた感覚というか
記憶が忘れられません。

本能からくる感覚なのでしょうか?



いい作品が沢山でてきますね〜
嬉しい限りですが、時間を確保するのが
大変ですね〜(喜)

スペシャルドラマ「破獄」

を観ました。

日本軍がハワイ真珠湾を攻撃した翌年、
昭和17年6月深夜。

秋田刑務所の独房の天窓から
佐久間清太郎(山田孝之)が脱獄します。

そのことは東京・小菅刑務所の看守部長、
浦田進(ビートたけし)の耳にも入りました。

佐久間は前年まで小菅にいた無期懲役囚で、
浦田が担当していたのです。

青森でも破獄逃走をした危険人物でしたが、
情に厚い浦田には心を開いていたのです。

秋田刑務所の脱獄から3か月後が過ぎたころ、
佐久間が浦田の家を訪れます。

人間扱いしない秋田の看守を訴えてもらうため、
浦田に会いに来たというのです。

しかし浦田は隙をつくらせて通報し、
佐久間は再び刑務所へ…。

戦争で苦戦に陥ったことを
日本中が思い知らされた昭和18年。

佐久間は網走刑務所へ送られます。

そして浦田もまた網走刑務所の看守長として
転任が命じられるのでした。

網走に赴く前、浦田は娘、
美代子(吉田羊)が働く図書館を訪れます。

浦田は美代子に遠くへの転任が決まったことを
告げるのですが、2人の間には溝がありました。

1カ月後、網走に着いた浦田は、
看守部長・泉五郎(勝村政信)の案内で、
独房を除きます。

そこには両手に錠をかけられた佐久間が、
素手でむさぼるように食事をしていました…。



わたしは一昨年の夏に断捨離を行いました。

大量の衣類とかなりの量の蔵書、DVDライブラリーを
処分したり売り払ったりしました。

蔵書のほとんどは読破していて、しかも
何度も何度も読んで自分のモノになっているか、
あるいは全く読まなくなって今後も
読もうと思うことが無さそうな本たちです。

それでも、未読であるにも関わらず
断捨離の時に処分しきれなかった本も
いくつもあります。
そのなかの一冊、吉村 昭著「破獄」(新潮文庫)。

昭和の脱獄王・白鳥由栄の話を知り
彼をモデルにした小説ということで以前
わざわざ探して買っていたのです。

以来なかなか読む機会がないまま
今回のドラマを観ることになってしまいました。

脱獄もの・・・。
極度に自由を奪われた人が
なんとかその監獄から抜け出し自由を得る。

「大脱走」「カウラ大脱走」「大脱出」
「ショーシャンクの空に」「ロックアップ」
「アルカトラズからの脱出」「勝利への脱出」

・・・名作はたくさんありますね。

そういうものが好きなのは、
やはりわたしの(わたしたちの)
潜在意識の中にある拘束への恐怖と
自由への羨望なのでしょう。

このドラマ「破獄」の前半は
とにかく佐久間の脱獄への執念が凄いです。

思春期、反抗期の十代、
中学校や高校で感じていた『ガマン』
特に団体行動的なことを強いられるときの
あの感覚は「自由になるまで耐え抜いてみせる」
という執念がなければ到底耐えられるものでは
ありませんでした。

「大学に行ったら好きなことが学べる」

その思いだけを胸に、耐え抜いた6年間。
大切な友人たちとの出会いや
感動的な学校行事ももちろんありましたが
わたし個人は根源的な部分で
その息苦しさを耐えていた。

そういう一面がとても強いんだと思います。
山田孝之さんが見せるあの脱獄への執念。

あの力強さ。

最近のわたしは弱くなっていました。

大学を出てからいいときもわるいときもありました。
でも、最近は部分的にですが
強烈に拘束・束縛・理不尽を感じています。

屈するつもりはない。
でも、十代の頃のように絶対に抜け出すという
怨念に近い熱が感じられなかった。

歳のせいか、あるいは高校生のように、
卒業時期が決まっているわけでもないからでしょうか?

だとしたら期限を
決めないといけないのかもしれません。

自分の気力がいつまで持つのか?
タイムリミットが近づいているのは
間違いないのですから・・・


         全ての物語のために













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2017年04月16日

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班 #1」夢を叶える人が不遇の時期にやっていること



成功する人たちというのはやはり
不思議な魅力があります。

その不思議な魅力は、
もちろんその人固有のものなのでしょうが
だからといって、
普通のひとたち・・・わたしたちが
自分なりの不思議な魅力を出せないのか?
というとそうではないのだと思います。

みんな、生まれたときは
光り輝いているわけですから・・・


わたしは西島秀俊さんのファンです。

彼の作品を全て観れている訳ではありませんが
映画「蟹工船」での怪演とその後の
「スクール」というドラマでの好演で注目して、
「チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋」
映画「ゲノムハザード」や「MOZU」など
を通してみていく中で大ファンになっていました。

特に「MOZU」や「流星ワゴン」など
香川照之さんとの絶妙な掛け合いが楽しい
作品は大好きです。

わたしはこのあたりの作品を見ているときに
雑誌やWebでのインタビュー記事などで
この人のことを知るようになっていきました。

その中で驚いたのが
かつて木村拓哉さん主演で
一世を風靡したトレンディドラマ
「あすなろ白書」にも、
あの若者たちのひとりとして
レギュラー出演されていたということと
その後の5年間テレビに出ていなかった
時期の西島さんについてです。



期待通りの大本命ドラマ。
フジテレビ制作かと思っていたら、
関西テレビ作品でちょっと驚きです。

ドラマ「CRISISクライシス 公安機動捜査隊特捜班」
第1話


を観ました。

駅で乗客を乗せ走り出す新幹線。
ある若者が何者かにマークされます。

彼はバッグの中に時限爆弾を隠していました。
その若者ともうひとりの仲間をとらえたのは
公安機動捜査隊特捜班の面々。

警察庁警備局長・鍛冶大輝(長塚京三)が
サラブレットと呼ぶ規格外のスペシャリスト
5人のチームです。

ある日、高層ビルが立ち並ぶ広場に、
首に爆弾を巻かれた宇田川圭介(白洲迅)が現れ、
辺りは騒然となります。

現職の外務大臣の息子である圭介は、
これまで薬物や傷害など数々の罪を犯し、
そのたびに親の権力によって
罪をもみ消されて野放しになっていました。

犯人は、息子の罪を隠ぺいした外務大臣に、
夜のニュース番組での公開謝罪を要求します。

鍛治からの指令を受け、
現場に急行した特捜班の面々。

班長・吉永三成(田中哲司)、
稲見朗(小栗旬)、田丸三郎(西島秀俊)、
樫井勇輔(野間口徹)、大山玲(新木優子)。

爆弾のタイムリミットが迫る中、
特捜班の緊張感あふれる活躍が描かれます。



原案・脚本は「SPエスピー」の
金城一紀さんです。

まさに彼の真骨頂的なアクションドラマ。
久しぶりにキター!とわくわくする
今シーズンの目玉のひとつです。

そして、小栗旬さんと、西島秀俊さんの競演も
話題ですよね。

「あすなろ白書」でドラマに出た後
しばらく活躍されていた西島秀俊さんは
いつからかドラマでわたしたちの前に
姿を現さなくなっていたそうです。

確かにネットで調べる限り
1997年の作品の次の出演作が2002年に
なっていますね。

ネットの記事によるとテレビドラマ界からは
かなり長い間、いわゆる「干されていた」
状態だったそうです。

理由は大手芸能事務所でのアイドル的な
売り出しかたに対して
「これからは実力派の時代が来る」と
異を呈して実力を磨けるような方向性を
望んだことにあるようです。

それで事務所を移籍することになり
その代わりしばらくテレビに出れなかった
のだとか。

大きな会社がチンコロコマイ器で
業界での大きな力をつまらなく
振りかざしたんですね。

しかし西島さんはそこからがかっこいい。
その間もコツコツと映画などでは
演じることを続けながら、
映画館にも入り浸ってずっと演技を
研究し続けていたそうです。

干されている時期にも腐らずに
コツコツと実力を身につける努力を
続けていたんです。

「MOZU」が始まったころ「笑っていいとも」
のテレフォンショッキングに出演されたときに
西島秀俊さんの人となりがかいまみえて、
幼少の頃、わたしがジャッキー・チェンの
ファンになったときの感覚が蘇りました。

一瞬でその人の魅力の虜になる感覚です。

それまで「蟹工船」の悪役や
ジェネラル・ルージュなど、難しい顔をした
怖い感じの役ばかり観ていたので、
そのギャップも大きかったと思いますが、
役を離れたご本人は、演じることが大好きで
演技の話をしているときは
目がキラキラしているとてもキュートな
男性なんだと知ったんですね。

それから、インタビューなどを通して、
ジャッキー・チェンの映画を見て育った
という発言や、アクションを
やりたがっていることも知りました。

「干されていた」ときの彼のコツコツと
実直で誠実な努力、そして彼の
キラキラ少年のような瞳で演技に向かう
あのモチベーション。
そしてわたしが幼少の頃から大好きな
ジャッキー・チェンについて笑顔で語る・・・
という人柄が嬉しかったんですね。

それらを知ってから、西島さんの次回作を
いつも心待ちにしていました。

これまでの西島さんの作品でも
すでに激しいアクションを見せてくれています。

でも、バイオレンスな感じのものがほとんど。
もう少し軽快なアクション作品が観たかった。

今回の作品は待ってました!
という感じです。

緊張感とアクションのバランスが
とてもいいですね。

マンションの非常階段のフェンスを使って
ピョンピョン下に降りていくスタントは
ご本人がされたのかは不明ですが、
まさに「ジャッキーアクション」でした。

格闘技はカリという「SP」の
岡田准一さんが見せたアレですね。

権力者に干されるような経験をしながらも
自分のやりたいこと、為すべきことを見極め
誠実に実直にコツコツと積み上げていく。

ぱっとしていない時期にどれだけ
勉強できるか、どれだけ自分を高められるか?
そしてそこに向かう心がどれだけ純粋か?
その人柄の大切さをこの人をみると
いつも感じさせられます。


         全ての物語のために

参照記事
http://www.asagei.com/excerpt/24183
https://www.cinematoday.jp/page/N0057852










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2017年04月15日

アニメ「進撃の巨人Season2 #27 ただいま」子育ての突破口、押しても駄目なら引いてみるの本当の意味とは?



ウチの子は何度言っても言うことをききません!

といって、何年も経っている親御さんがいます。

言ってもダメ。言わなければやるのかと
しばらく黙ってみていたらどんどん怠ける。
時々怒ったらそのときだけ反省したように見せる。

でもまた同じことの繰り返しなんです。

・・・と。

しばらく黙ってみているというのも
結局はご自分の感覚での「しばらく」
なのでしょうが、
言ってもダメ、黙ってみててもダメ、
怒ってもダメ・・・で?

繰り返す?

落ち着いて考えると、ここがちょっと
おかしいですよね。

なぜ繰り返すのでしょうか?
つまり、繰り返しているのはお子さんではなく
あなたですよ。

というところに気づいて欲しいのです。

「押してもダメなら、引いてみる」

というのはやり方が間違っていれば
違う方法を試しましょうということですよね?

なのになぜこの親御さんは
同じ方法を繰り返すのでしょうか?

きっとこの親御さんは反論するでしょう。
だから言ってダメだから
言わないようにしてみたんです。
それでもダメだから怒ってもみたんです。
3つも試しているじゃないですか!?と。

3つ試した。すばらしい。
で、なぜ1つ目に戻っちゃうのでしょう?

なぜ、4つ目にいかないんでしょうかね?



今シーズン、ドラマも結構期待しているものが
多いのですが、思いの外注目のアニメが多くて
このブログでの紹介率もアニメ率が高まりそうです。

アニメ「進撃の巨人Season2」
第27話 「ただいま」


を観ました。

巨人発見から5時間後。

北の森に向かったサシャは
故郷の村にたどり着きました。

サシャは村を出る前の
父親とのやり取りを思い出していました。

3年ぶりの故郷は「よそ者」を受け入れ、
発展しようとした兆しこそ伺えますが
すでに人影はなくなっていました。

そして一軒の家でサシャは
凄惨な光景を目の当たりにします。

一方、急ぎウォール・ローゼをめざす
エレンたち。

同行者の中には何故かニックの姿がありました。

ニック司祭はウォール教が知る壁の秘密を
開示するべきか、自分の目で状況をみて
判断しようとしているのでした・・・



回想シーンでサシャと父親のやり取りが
描かれます。

来シーズンを乗り切るための保存用の肉を
見つけてしまったサシャは
獣のように食らいつきます。

父親が力ずくで取り押さえようとしても
理屈の通じない野生動物のようなサシャ。

結局父親はサシャを拘束する手を放し
「もういい。好きにしろ」
と諦めたように言います。

サシャは自分を阻むものがなくなり
きょとんとなります。

そして、父親が穏やかに語りかける内容に
初めて耳を傾ける落ち着きを取り戻します。

サシャは美人です。ですが、アニメとはいえ
あれだけ獣じみた描かれ方をされると引きます。

我が子がだだをこねて言うことを聞かなければ
今度は腕付くで取り押さえようとする。

わたしも実際に息子が1〜2歳のときに
何度かそういうことをした覚えがあります。

しかし12歳の彼とはほとんどそういうことは
しなくなりました。

衝突しても、落ち着いてから
言い分や感情を話させて受け止める。

相手がカッとなっているときには
そっとしておく。

これから難しい年齢になってくれば
あるいは激しい衝突も起こり得るのかも
しれませんが、基本的にはそのやりかたで
解決できると感じています。

それくらいに息子も成長してきています。

わたしたち夫婦も息子の成長に合わせて
親として成長させてもらっています。

「子どもと接することで親として
成長させてもらっているんだ」

とよく言います。
でも、それは決して
自動的に成長できるわけではありません。

そこを勘違いしている親御さんたちは
自己流を貫こうとしますが、
それが大いに間違うんですね。

ほとんどの場合が逆をやってしまう。

昔は、近所づきあいも親戚づきあいも
幅広くいろいろな人たちの中で
子どもを育てることが自然と起きていました。

そんな話をすると、自分もいろいろな人から
話を聞いていますよ!
と反論される親御さんもいます。

しかし同じ年代のママ友、パパ友、
あるいは会社や仕事で普段つきあう周囲の人たち
くらいの人付き合いの幅しか持てない
今の時代には自然と学べることの範囲が
狭すぎます。

子どもに親にしてもらっている

と言うのは、自ら学ぼうと動いているかどうか。
わが子をみながら、わが子の性格や成長に
合わせて、自分もわが子との向き合い方を
学ぼうとしているかどうか?
にかかっているのではないでしょうか。

言ってもわからない、黙っててもやらない、
怒ってみても結局また同じことの繰り返し。

3つのアプローチを試したけれどダメだった。

なのにまた1つ目に戻って3つだけを繰り返せば
そりゃあ、同じことを繰り返しますよね。

だって親御さん自身が同じやり方を
繰り返しているんですから。

4つ目に進まないのは知らないからです。

聞きかじってはいるかもしれませんが
行動に移らないのは聞きかじった知識だけで
反論して受け入れていないからです。

試す試さないの判断も本当は
ちゃんと学んで、ちゃんと知ってから
すべきことですよね。

「何度言っても変わらない!」
と悩んでいる親御さんが、そのループから
抜け出すとき、ほとんどの場合は
自ら学び始めたときに世界が変わるからです。

ひとつを知ろうとすると、
どんどん知らないことのドアが現れます
それを次々に開いていくと
ちょっと聞きかじっただけで勝手に想像して
勝手に自分にはいらないと断じていたときとは
全く違う世界が見えてくるからなんですね。

「下剋上受験」で中学受験を果たした
主人公の少女が最終回で言った
「勉強をすると世界が変わる」
というのはそういうことです。

サシャは、押してもダメなら引いてみた
父の話を聞いた後、村を出て
様々な経験をして戻ってきて
以前みていたときとは違う
「ものの捉え方」を手にして戻ってきます。

サシャは確実に世界を変えていました。
サシャの父親があそこで力でねじ伏せ続けていたら
起こらなかった成長です。


           全ての物語のために







タグ:アニメ 進撃の巨人 season2 #27 ただいま 子育ての突破口、押しても駄目なら引いてみるの本当の意味とは? ウチの子は何度言っても言うことをききません! 何年も経っている親御さん 言ってもダメ しばらく黙ってみていたらどんどん怠ける 時々怒ったらそのときだけ反省したように見せる でもまた同じことの繰り返し ご自分の感覚での「しばらく」 繰り返す? 落ち着いて考えると おかしい 繰り返しているのはお子さんではなく あなたですよ 押してもダメなら、引いてみる 違う方法を試しましょう なぜこの親御さんは 同じ方法を繰り返すの 3つも試しているじゃないですか!? なぜ1つ目に戻っちゃうのでしょう? なぜ、4つ目にいかないんでしょうかね? 子どもに親にしてもらっている 4つ目に進まないのは からです。 聞きかじってはいるかも 行動に移らないのは 聞きかじった知識だけで 反論して受け入れていないから 試す試さないの判断も ちゃんと知ってから すべきこと 何度言っても変わらない! ループから 抜け出すとき 自ら学び始めたときに世界が変わるから ひとつを知ろうとすると どんどん知らないことのドア 次々に開いていくと 勝手に想像して いらないと断じていたときとは 全く違う世界が見えてくるから 下剋上受験
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2017年04月14日

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION #14 凡人と天才」天才を超える所を自分で作り出す。



リフレーミングという考え方があります。

心理学の用語です。

物事の枠組みを変えてみるということですね。

ウサギとカメの話は山を登る競争の話ですが
じゃあ海で泳ぐ競争だったら?

というのはわかりやすいので
よく例にだします。

これは闘う場を変える。
という一例です。

この考え方は、もっともっと
可能性を広げることができます。

どんどん応用がきくということです。

どうすればできるか?

感覚で言えばズラすという感覚でしょうか。

この分野ではダメでもこっちの分野なら・・・
というのが場を変えるということなら、

同じ分野の中で、場の枠組みを広げてみたり
逆に場が広いときに焦点を絞ってみたり。

そうすることで、
凡人が天才を越える瞬間が作り出せることがあります。



数日続いた雨がやみ、春らしいうららかな
気候になってきました。
息子がロードバイクをほしがりだしました。
そんなん、父だって欲しいよ!

アニメ「弱虫ペダル NEW GENERATION」
第14話 「凡人と天才」


を観ました。

手嶋と古賀はインターハイの
メンバー入りをかけて
1000キロ走破合宿を走っていました。

天才を自他共に認める古賀は
力強い走りで手嶋を追い込んでいきます。

古賀は、1年のときに
インターハイに出場するほどの選手でした。

しかしレース中に怪我をして、
これまで回復に努めていたのです。

金城キャプテンの期待に応えられなかった
悔しさを晴らすため、
絶対にインターハイに出ると誓って
この合宿に参加していたのです。

そんな天才に、ギリギリの体力を
振り絞るように、こちらも自他共に認める
凡人手嶋が食らいついていきます・・・。



「弱虫ペダル」という作品を名作という
レベルに引き上げた名エピソードが
手嶋と青柳の凡人2人組の負けっぷりでした。

今回のエピソードのちょうど1年前を描いた
1000キロ走破合宿が舞台です。

1年生の坂道くん、今泉、鳴子と
手嶋・青柳の2年生コンビ。

2年生の2人は
センスも才能もはっきり言ってなし。
でもそれは自転車に乗る運動能力の話であって
人間的に彼らに何も才能が無い
ということではありません。

手嶋は知略で、
青柳は正確なマシンコントロールで
非凡さを見せつけてきます。

そしてそんな2人は、坂道くんたちが
活躍するのを支えながらも
陰では自分たちに出来る努力を
一つ一つ積み上げていたのです。

天才のようにはいかなくても
努力した分、体力は上がっています。

その積み上げが古賀の才能を越えるまでの
高さになっているのか?

手嶋はボロボロになりながらも言います。

凡人が天才を越える瞬間があると信じている

・・・と。

自転車レースは最初にゴールラインを
越えた者が勝ち。

シンプルな競技とはいえ、
ゴールにたどり着くまでの道のりは
様々な難局が待ちかまえています。

言い換えればいろいろな個性を発揮する
見せ場が訪れるということなのかもしれません。

だからこそ1年前、
明らかに秀でた才能を持っている
坂道くんや今泉、鳴子たちに
弱いはずの手嶋と青柳が肉薄したわけです。

じゃあ、どこからゴールラインまでを
目指せばいいのか?

つまりスタートはどこからか?

もちろんレース会場で「よーい、ドン」
でスタートしますが、それぞれの
練習はその遙か前からスタートしていますよね?

つまりレース本番までにどんな努力をするか?
それも、自転車に乗る才能以外の才能を使って
できる勝負ですよね。

そして、緻密な計算とコントロールが
得意な手嶋は

自分にできることをコツコツ積み上げ
凡人が天才を越える瞬間を
ピークコントロールで絶妙に調整していた

・・・のかもしれません。

どこを勝敗の瞬間とするか?
どこをスタートとするのか?

それによって、自分の才能を生かす場や
方法の幅は大きく広がってきます。

自分には才能がない。

そう思っている人は、もう一度
広い意味で自分にできることを見つめ直し
どこで結果を決めるのか?

そこに向かって自分にできることを
どう生かすか見直してみたら
可能性が大きくあがるはずですよ。


          全ての物語のために










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2017年04月13日

アニメ「ピンポン #1 風の音がジャマをしている」表情やしゃべり方がおとなしくても内面は・・・



わたしは楽天家です。

性格診断テストをやってみると
基本的には楽天家。

しかし楽天家とまったく同じ点数で
調停者タイプという結果もでました。

周囲に波風が立つことを避けようとするタイプ。
事なかれ主義と言われるのもごもっとも。

で、そういうタイプは思っていることが
なかなか表面にでないので
周囲からはわかりづらいようですね。

わかりづらいというのは、性格だろうが
どんな物事だろうが疎まれることは多いです。

感情が表に出ない。

でも、だからといって感度が低かったり
感じている度合いが低かったり
しているわけではないんですよ。

メッチャクチャわくわくしていたり、
めっちゃくちゃ喜んでいたり
実はしているんですよ。

それを表現したいと思っている人と
別に表現しなくてもいいと思っている人は
またそれぞれいるでしょうけれどね。



10月期スタート予定のアニメ情報に思いがけず
幼少の頃の憧れヒーローが集結する作品が!
・・・そして予定外だったけどなかなかいい
4月スタートの再放送アニメ。

アニメ「ピンポン」
第1話 「風の音がジャマをしている」


を観ました。

春。片瀬高校の体育館では、新入生を交えた
卓球部の練習が始まっています。

顧問の小泉丈は新入部員の中に
メガネのカットマンがいるのに気づきました。

新入部員期待の二強のひとり、
スマイルこと月本誠です。

同じ頃、もう片方の期待の新人、
ペコこと星野裕は、
タムラのオババがやっている卓球場で、
挑戦してきた大学生をカモにして
勝負をしていました。

幼い頃、スマイルを卓球に誘ったのはペコ。

性格は対照的ですが、今も仲はいい様子。

そんな2人はある時、
部活をぼって
「チャイナを偵察に行こう」
と辻堂学院高校まで足を伸ばします。

そこには中国からの留学生、
孔文革がいました。

孔に目をつけられたら2人は・・・。



松本大洋さん原作のマンガの
雰囲気を損ねることなくアニメ化し、
高い評価を得た作品・・・なんだそうです。

かなり独特のタッチです。
邦画で実写化されたときにも
実写版の評判が非常に高かったので
気にはなっていた作品です。

今回、アニメで初めて触れる機会が巡ってきました。

月本=スマイルは、「笑わない」から
スマイルと呼ばれているようです。

感情の起伏がない・・・というより読めない。

しかし、オープニングや卓球をやっている時の
眼の描き方などで彼の内に秘めたものが
しっかりと表現されています。

今回のお話の中でわたしが月本を
好きになったシーンがあります。

常に無表情で冷めたような話し方の月本が
鼻歌を歌うシーン。

かなり上機嫌なようです。

ここまで観て、この作品を大好きになりそうな
予感がしてきました。

月本ほどではないにせよ、わたしも
「冷めている」と思われがちなタイプです。

感情をあまり表に出さない。

月本よりはずっと社交的ですが、
一般的には社交的とはちょっと言いづらい。
のだと思います。

だから、家族にはよく迷惑をかけていると思います。

まあ、そこは性格であって、
それによって貢献している部分もあるわけで
手放しで申し訳ないと思ってもいません。

自分なりに肯定できているんですね。
なにせ楽天家ですから。

むしろこのように感情が表にでなくても
表に出やすい人よりも感じ方は敏感
だったりする部分もあります。

日々のほんのちょっとの変化、
我が子のほんの少しの変化に成長を感じ
とても感動していたりします。

日々の自分の中や他者の中での
感情の揺れそのものに敏感で、
その揺れが静かでも、揺れることそのものに
生きているんだという実感としての
喜びを感じていたり・・・ね。

でも、感情が表に出ない人だけが
感受性が豊かだとかそういうことを
言いたいわけではありません。

むしろ逆で、がさつに見えて、
明るく振る舞っている人もじつはとても
センシティブだったりするんだと思うんです。

わたしなんかがなかなかこの「ピンポン」
という作品に何年も触れずに、
「アベンジャーズ」やら「ランボー」やら
わかりやすいエンターテインメントばかり
観ている間にも、おおくの人が松本大洋さんの
作品を好きになっているなんて事実は
そこだけ観るとわたしだけが感受性が
鈍いのか?と思えてきますもんね。

つまり、わたしたちはみんな、
かなり感じる力、感受性を持っている。

いや表に出さずに秘めているものなんだろうな
と思います。

自分ですらそれに気づかずに
がさつなんだと思いこんでいる人も
本当はかなり感受性が高いんじゃないかな。


           全ての物語のために

















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