2017年09月18日

「ネイビーシールズ (2012)」とっさの行動は思っているようにはいかないから



勤務先で災害時の訓練がありました。
本物の緊張感は当然ながらありません。

それでも、定期的にやっているので
やることは知っていて自然と動いている。


わたしは小学生のころ、
林で蛇に遭遇してランドセルを放り投げて
その場からダッシュで逃げたことがあります。

…妹をその場に残して…

わたしの記憶は足元の縄だと思ったものが
ササッと動いて蛇だったことが判明した瞬間の
驚きと、とにかく身軽にしたいと
荷物を放り投げたこと、それと
確かその場に他にも誰かがいたということだけ。

しかし、その後の事は妹がしっかりと覚えていて
30年以上経った今も会うたびに言われます。

わたしは荷物を放り投げた後、
1人で家まで逃げ帰り、
妹は仕方がないのでわたしのランドセルも
一緒に担いで帰って来たそうです。

家に帰ると兄は普通にいた…と。

サイテーの兄です(笑)

映画にしても少年マンガにしても
わたしが憧れるヒーローとは
似ても似つかない行い。

でも、想定外の事があった時に
自分がそういうことをしかねないことは
否が応でも認識させられますね。




台風18号が日本列島を襲っています。
そんな中仕事にでる人、
家族の安否を心配する人、
みんなの思いが報われますように。

「ネイビーシールズ」

を観ました。

オサマ・ビンラディン暗殺をはじめとする
国家の最高機密作戦に従事している、
アメリカ軍が誇る特殊部隊ネイビーシールズ。

彼らに、誘拐されたCIAエージェントの救出
という新たなミッションが下されます。
冷静に着々と救出作戦を遂行するチーム。

しかし、その誘拐事件は
恐ろしい大規模テロ計画へとつながる
序章でした。

帰還を待ちわびる家族への思い。
仲間との絆。

さまざまな思いを胸に、
国家の安全を守るため、
ネイビーシールズの面々は命がけで
テロ計画の中枢へと突き進みます・・・。



現役のネイビーシールズの隊員たちが
出演しているということで
かなりドキュメンタリータッチな
見せ方ではありますが、
劇映画としてのフィクションです。

脇を固めるのは普通の俳優さんたち。

なので安心して見れるとはいうものの
彼らの現場での経験を
反映させているんだろうな…

ということが感じられる作品でした。

命を懸けて戦っている人たちを讃える映画。
今、世の中で起きていることの一端を
伝えるための映画。

そういった作品のようですね。

ストーリーはシンプルでしたが
さすがに見応えは有りました。

他の隊員のために一人の隊員が身をていす。

みたいなシーンが描かれます。
彼らの家族なども物語の中で紹介されるので
観ている方も辛くなる。

しかし、わたしだったらこんなことができるだろうか?

弾丸や爆弾が飛び交う現場でのことですから
本当に一瞬です。

「タイタニック」でディカプリオが凍える海で
恋人をイカダに乗せた象徴的なシーンがあります。

あのように考える時間がある場面で
助けるべき相手が妻や息子だったら、
今のわたしなら在るべき自分を思い描いて
適切な態度を取れると思います。

でも、戦場でこのシチュエーションでは
全く自信がありません。

自分が逃げることも誰かを助けることもできず
ただ固まって、身動きとれず次の瞬間、死。

幼少のころとはいえ、自分はとっさに
人を置いて逃げたことがある。

そのことは客観的に自分を戒めるには
今となってはとてもいい経験だと思いますが、
一瞬で判断から行動までしなければならないとき、
考える間もなく行動するためにはやはり訓練という
反復練習も必要なのでしょうね。


          全ての物語のために







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2017年09月17日

「ドラゴン・ブレイド」その2 あなたは鑑賞したときのことを思い出せますか?それはどんなとき?




わたしは過去に観た作品を思い返すとき
誰と一緒に観たか?
どの劇場で観たか?
どんな状況で観たのか?
などをほぼ全ての作品で思い出せます。

先日テレビ好きのおじいさんと
お話をする機会がありました。

聞くと、ケーブルテレビだか光回線だかで
チャンネルも数十チャンネル見れるように
してあるとのこと。

ドラマや映画が好きらしく
往年の作品から最近のものなら
「エクスペンダブルズ」など、
それにドラマは韓流まで見ているのだとか。

わたしもドラマや映画を観る方だと
言いはしましたが、
全く足元にも及びませんでした。

今、ネットでもHuluやAmazonプライムなど
ドラマや映画を観れる方法は
沢山あるんですね。

そのおじいさんがおっしゃっていました。
もう観るものがないと。

一日中多チャンネルを楽しんでいると
再放送ばかりで観たことがない作品に
出会うことのほうが稀なのだそうです。

あなたはどんなかたちで作品に
触れていますか?



以前レンタルしてきて一度だけ鑑賞した
ジャッキー・チェンの最近の超大作がCSの
チャンネルNECOで放送されていたので
録画してもらいました。

「ドラゴン・ブレイド」

を改めて観てみました。

前漢時代、中国シルクロード国境近辺。

36もの部族がお互いに覇権争いを繰り広げていました。

西域警備隊隊長フォ・アン(ジャッキー・チェン)は
久々に教師の妻(ミカ・ウォン)の元に戻りますが、
金貨密輸の濡れ衣を着せられ
部下と共に雁門関に流されることになります。

雁門関に到着してから間もなく
雁門関にルシウス(ジョン・キューザック)率いる
ローマ帝国軍が現れます。

ルシウスは雁門関に攻め入ろうとしますが
戦わない道を探ろうとするフォ・アン。

2人は国の違いを超えて
友情を深めあっていきます。

ルシウスは、暗殺された執政官クラッススの
末の息子で、命を狙われているプブリウスを
守るために自らの軍勢を引き連れて
シルクロードに逃れてきたのでした。

プブリウスの命を狙っているのは
その兄ティベリウス。

ティベリウスの真の狙いは中国侵略。
ティベリウスの策略に翻弄されるフォ・アン
とルシウスの運命は…



1回目に観たときよりも素直に
感動と興奮を覚えることができました。

エンターテインメントとして非常に良くまとめられた
歴史スペクタクル巨編だと思います。

中国公開版はこれよりも20分長く
各キャラクターの背景が
より詳しく描かれているそうで
そちらを観た人はその後に
この120分弱の国際版を観ると
さらに感動が深まったという人もいます。

で、その中国公開版も販売されている
Blu-rayソフトには収録されているそうです。

こんな情報を知ってしまうと
がぜんBlu-ray版のソフトを欲しくなります。

欲しいものを何でも迷わず買えるほど
経済的に豊かであれば良いのですが
普通にお小遣い制のサラリーマンとしては
そうもいかず、

新作でBlu-rayをレンタルして返却するときに
寂しい思いをしながら返したのを覚えています。

欲しかったんですね。
だからチャンネルNECOで放送され
知り合いが録画してくれることになったとき
とても嬉しかったです。

やっと自分のものになった♪

でも、通常の国際バージョンですから
いつかはBlu-rayソフトも買いたいと思います。

鑑賞したのは前回も今回も自宅のリビング。
前回はテレビに内蔵型のBlu-rayドライブで
再生しましたが、今回は今年購入した
Blu-ray&HDDレコーダーでの再生です。
1人での鑑賞でした。

これはわたしの「ドラゴン・ブレイド」体験。

今、この文章は朝のマクドナルドで
出勤前に書いているのですが、
向かいの席には3人の男性が座っていて
全員がイヤホンを耳に指しています。

全員スマホを見ている。
そのうちの1人は先日放送されていた
「ウチの夫は仕事ができない」を
観ているのが先ほど入店時に
見えてしまいました。

それも彼のドラマ体験であり、
わたしの体験でもありますよね。

先日お話ししたおじいさんは
一人暮らしでテレビだけが生き甲斐のような
話をされていて、だからこそ
再放送ばかりだとなんだかもったいない
という話をされていました。

わたしは作品を楽しむときに
一緒に観た人のことを思い出すという話を
しようかとのどまででかかったのですが
それはお独りの人には野暮。

独りで楽しんだ作品をそのときの
経験を交えて話をしました。

でも、嬉しかったのはそのおじいさんは
「独りだ」「再放送ばかりでつまらない」
という愚痴を言うときも
活き活きとしているのです。

一人暮らしのテレビライフをこれでもか
というくらいに満喫されているのが
見て取れました。

(笑)

「ドラゴン・ブレイド」の内容とは
なにも関係のない話になってしまいましたね。

友情が芽生えるフォ・アンとルシウスが
お互いの部下たちに訓練の演舞を
させて競わせるシーンがあります。

それはお互いを知り合う試合でもあり
周囲を元気づける娯楽でもありました。

武闘の演舞や試合であっても、
人が争い殺し合う時代であっても、
全く違う民族同士で友情を深められる。

そんな壮大なテーマの作品の中の
象徴的なシーンの一つです。

紀元前というこの映画で描かれた時代。

果たしてこの人たちは他に
どんなことを娯楽として楽しんでいたのかな?

もっと今を生きている感覚と密接した
楽しみを自然と見いだしていたんだろうな。

そんなことを考えていたら、
これまでわたしが楽しんできた映画やドラマが
一緒に楽しんだ人たちと
そのときの状況と一緒にドッと
思い出してしまったのです。

誰かと一緒に観られる幸せ、
独りでも楽しめる幸せ、
今、生きている幸せの中の本当に大事な時間。

是非とも有意義にしたいですよね。


       全ての物語のために








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2017年09月16日

「心が叫びたがってるんだ。」未来を幸せに生きる必須のスキル



わたしは出来るだけ
人の態度や言うことを
悪意として受け取らないようにしています。

善意で受け取れるように
心がけている。

言葉と言うのは怖ろしいもので
発している本人が全くそんなつもりはなくても
受け取ったほうは酷く傷ついてしまう・・・
なんてことは本当にキリがないくらい起きる。

わたしも何度傷つき、傷つけてきたことか。

でも、自分が「そんなつもりじゃなかったのに」
と思うときって相手を傷つけたことで
自分も傷ついているんですよね。

だから、わたしはできるだけ
発した人に「そんなつもりじゃなかったのに!」
と傷ついて欲しくないと思って
できるだけ善意で受け取るように
心がけているんですね。

どう考えたって善意ではない。
悪意でもないだろうけど善意ではありえない。

ということも多々あります。

でもそのときもせめて
悪意があって言っているのではない。

と受け取るようにしている。

実際これはそうで、良く分からないと
わたしたちは勝手に
自分がよく思われていないんじゃないか?
などと不要な心配をして
いつの間にか、そういう捉え方で
人の言葉を解釈してしまいがちです。

とくに、無表情で感情をあまり表に出さない
というタイプの人などはそんな誤解を受けやすい。

逆にズバズバとストレート以上に言葉に棘が
あるように聞こえてしまう人も
善意で言ってあげているとしても損をしている。

わたしは前者です。
感情が表に出ないタイプ。

誤解をさせやすいし、
誤解をされることの辛さもよく分かる。

だから、まず善意で解釈してみる。
そうすると、たいていの場合は外さないし
外したとしても嬉しいはず仕方になることが多いです。



日本のアニメが最近活気づいているので
とても嬉しいですね。
これは2015年の作品だそうです。

「心が叫びたがってるんだ。」

を観ました。

成瀬順は無邪気で活発な幼女でした。

ところが、ある事を話したことで
家族がバラバラになってしまいます。

その時に言われた言葉に傷ついた順の前に
玉子の妖精が現れて
しゃべることを封印されてしまいます。

そのトラウマが心に突き刺さり、
静かに生きてきた順。

高校生になった順。
人前で言葉を発すると腹痛で
トイレに駆け込みます。

ある日、通っている高校の地域ふれあい交流会の
実行委員会のメンバーをさせられることになり、
そこで上演されるミュージカルで
主役を務めることに・・・。

実行委員のメンバー
坂上拓実、田崎大樹、仁藤菜月と
交流を深めるうちに、
純の中で色々な事が変わっていくのでした・・・。



一昨年、DVDが出たころに
当時まだ小学5年生だった息子に
TSUTAYAでせがまれて借りてやった作品です。

息子は一人で観て気に入っていました。

わたしは時間がなく未鑑賞のまま。

気づけば今年そのアニメを原作として
実写映画化もされたんですね。

小学生の息子の琴線に触れた作品。
それも青春モノということで、
気にはなっていました。

実写公開を記念して土曜プレミアムで放送された
オリジナル版の方を録画していて、
最近やっと鑑賞できました。

出だしのエピソードでの家族とのやり取りが
ちょっと記号的でわかりやすくし過ぎているのか
「なんだ?浅い作品なのか?」
と少し警戒したのですが、
主人公たちのドラマはしっかりと描かれていて
とても感動的でした。

言葉は人を気づつける。

その事を、自分も傷つきながら意識的にしろ
無意識的にしろ自分の心身で覚えていった
4人の主人公たちが、
それぞれに胸に秘めた思いを言葉にする。

それぞれが胸に秘めるようになった理由、
そして言葉にするまでのドラマが
とても上手くそれぞれを関連付けて描かれ
ミュージカルとしての音楽の使い方も
とても素敵だなと感じました。

わたしは坂上拓実くんが
あまり多くを語らないようになったいきさつ
というか気分がとても共感を持てました。

ですが、まあ恥ずかしいことに
西尾維新さん作の「物語シリーズ」も
そうなのですが、そんな高校生たちが
ちゃんとそういう自分を克服していくんですね。

青春映画の主人公たちに追い越された
42歳の男がアニメ映画の画面の中の
高校生たちに学ばされることがいっぱい(笑)

わたしも黙してしゃべらず、
胸に秘めることが多いタイプです。

秘めると言えばカッコ良いですが、
ひとまず今は言わない方がいいか・・・
と思うのはその時で、
後になると「アレ?なんだっけ?」と
忘れちゃう。

実はカッコよくもなんともない。
むしろ、我がまま気まま勝手すぎる
自分さえよければ良いのかよ!的な
迷惑ダンマリなわけなんですね。

ただやはり、平和に育ててもらった反面
周囲の人たちへの警戒の無さから
開けっぴろげに何でも言ってしまっていたときの
経験で多くの人を怒らせたり
傷つけたり悲しませたりしたことが
とてもトラウマになっていて、
今は本当にしゃべらなくなっている。

それが、自分でもよく分かっています。

結局それも、殻に閉じこもっている
と言うことですよね。

でも、やはり言葉にしないと伝わらない。

わたしは、人を傷つけたくなくて
人が発した言葉を善意で受け取るように
心がけていますが、裏を返せば
意識しないと悪意で捉えがちで
それで相手を傷つけやすい面がある。
とも言えます。

だから自分が発した言葉を相手が
どう受け取るかと言うことに対して
臆病になっているのでしょう。

これはこれでよくありません。

わたしたちはある程度傷つけあっている
そういう覚悟ももって了解して生きていかないと
想いが伝わらず辛い思いをするし、
伝えない事で関係を悪化させたりもする。

しゃべるも黙るも罪。

だか最新の注意と配慮をもって
相手のことを考えて発言をする。

面倒だけど、人と幸せに生きていくためには
必須のスキルですね。

とくにこれからの時代はさらに
希少なスキルになってくることでしょう。


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2017年09月15日

ドラマ「僕たちがやりました #9」二つの視点で人生をエンタメにして力を引き出せる



このドラマ、久しぶりに
最初からイライラしっぱなしでした。

ヒーローモノが好きなわたしは
どちらかというと
芯の通った主人公が周囲を驚かせながら
痛快に周囲を変えていく・・・
みたいなお話が好きです。

「HERO」とか「踊る大捜査線」とか
まさにその路線でした。

映画でもクライムアクション的なもの、
主人公が犯罪者で刹那的なラストを迎える
ような作品はあまり好んでは観ません。

困難から逃げる人を観るより
困難に立ち向かう人を観ていた方が
気持ちいい。

わたしたちの実生活もそうなのでしょう。

人のずるさを観ると残念な気持ちになる。

だけど、いざ自分が・・・となると
わからないものです。



窓を開けていると心地よく過ごせる季節。
暑い夏も好きだけどサラサラ空気の秋も
やっぱりいいですね〜

ドラマ「僕たちがやりました」
第9話


を観ました。

市橋(新田真剣佑)が自ら命を絶ち、
がく然とするトビオ(窪田正孝)。

飯室(三浦翔平)は、
爆破事件で人生が一変した市橋が
不自由に耐えかねて
自殺を選んだのではないかと指摘します。

事件の真相を市橋に隠したままのトビオに
「こんなこと言ってもわからないか。
君は今“自由”だもんね」
とさらに追い込みます。

トビオの様子に蓮子(永野芽郁)に、
トビオが何かを抱えていることを感じている様子。

父・輪島(古田新太)に愛されていないと
思い知らされたパイセン(今野浩喜)は、
輪島への復讐に失敗した菜摘(水川あさみ)に
「後は俺に任せてください」と告げます。

トビオは、本当の“自由”を手に入れるため
自首しようと決意を固めます。

翌日、部室にいくと
伊佐美(間宮祥太朗)、マル(葉山奨之)、
パイセンも自首する覚悟を決めていました。

しかし警察に出頭しても、
輪島にもみ消されてしまう。

4人は、パイセンの全財産を注ぎ込み
“世間に自首”する計画を立て、
着々と準備が進んでいきます・・・



さて、次回はいよいよ最終回。
やっと自分たちがしてきたことと
向き合う覚悟ができた4人。
彼らにどんな結末が待っているのか?

パイセンがいいことを言っていましたね。

間違いは誰でも犯す。
でも、間違った後どうするか。
それが大切なんだと。

・・・恥ずかしくなりました。

なんで?

(笑)実は先々週、妻に言われた言葉です。

うっかり、ミスのあと
色々考えてはいたのですが
休みで気もゆるんでいて結局忘れてしまい、
問い詰められて言い訳をしてしまった。

その姿が情けなかったのでしょう。
非常に怒られました。

だから、お恥ずかしい話なんです。

自分の弱さから逃げているトビオくんたちを
さんざん揶揄してきた大人だったはずの自分が
こんなちっちゃな人間だったかと
思い知らされた現実でしたから
自分でもショックでした(笑)

とっさに出る自分の弱さ

これを知っておくのも大事ですね。

自分がそのときどんな事を言うのか?

そこもひっくるめてトビオくんたちのように
なんどもなんども間違いを犯して
最終的に向き合わなければならない時がくる。

いや結局向き合うかどうか
最終的には自分で決めないといけない。

実際、逃げ続けている人も沢山います。
大人なのにと思う。

でも、わたしもそうであったように
自分では意識していない部分で
とっさに自分も逃げてしまう事がある。

わたしの中にもまだまだ
そういう部分が沢山隠れているのかもしれません。

「しまった!」
と思ったらその後どうするか?

子どもに「ごめんなさい」と言えることを
教えないといけないという大人の責任。

それとは別に、大人も常に
自分を観察し続けないといけなでしょうね。

日常を人から観られている舞台だとすると
やはり妻や息子からみればわたしは
クライムアクションの刹那的な主人公では
困るのでしょう。

そりゃあ、わたしも困るな(笑)

それよりも、困難に勇敢に立ち向かう
ヒーローであって欲しい。
そっちの方が観ていて気持ちいい。

わたしは昔から人生はエンターテインメント
だと豪語してきました。

ならばちゃんとエンタメしなくちゃね。

・・・でも、エンタメのヒーローも
時に悩み苦しみ間違えます。
嫌われてひとりぼっちになったりもする。

ヒーローになりたくてヒーローになってない。
泣きながら傷つきながら
成長していくからヒーローに見える。

人から見られる自分もエンタメ、
それは舞台役者的なたち位置で。

だけどそれだけじゃ息苦しくなっちゃうから
自分の人生もエンタメ、
それは主人公になりきって。

そう思えばまた、元気も出てきます。


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2017年09月14日

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン #9」父親という理不尽への覚悟と“聖”長



わたしは息子をかなり甘やかしている父親です。

周囲が一番そう思っているとは思うのですが
実はかなりの自覚もある。

それは、もちろんわたしなりに
いろいろ考えてのことでもあるのですが
もちろん、それが吉と出るか凶とでるか?

そんなことは彼(息子)自身の今後の人生で
彼自身が答えを作っていかなければならない。

いや、凶だったと苦しむ日が来ても
それを乗り越えて吉に変えていってくれる。

そう信じているし、そう思うからこそ、
その時のことを考えての今の接し方であるわけです。

そんなわたしでも、息子とガッツーン!

とぶつかることもあります。

ぶつかる時はその時で
感情的になっているわけではなく
今は父親として引いちゃいけないところだな。

という考えがあってのことですが、
それも甘やかしているように見える普段と同じ。

息子自身の成長を念頭に置いて、
常にわたしの頭の中では調整が行われています。

自分の判断に自信があるわけではありません。
むしろ自信なんて無いんです。
いつも葛藤ばかり、どこまでやっていいのか?
やるべきなのか?

でも決断のときはその一瞬一瞬です。

だから覚悟を持って決断していかないといけない。

小さいころに「チチ〜!」と笑顔で
父の腕の中に飛び込んで来てくれたころのように
息子に好かれ続けたいという思いだけでは
到底やっていけません。



弟に薦められる作品はさすがに
良いものばかりなのですが
わたしが薦めるものは弟にとっては
“まあまあ”の作品が多いです。そんな中でも
このシリーズは結構いい評価をしてくれている様子。

ドラマ「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 サードシーズン」
第9話


を観ました。

急患3人が初療室に運び込まれます。

一人は両角孝平、33歳の車椅子ラガーマン。
ハーフタイムのウォーミングアップ中に
車椅子ごと階段から落ちたとのこと。

さらに熱傷の患者、高所転落の患者の計3人。

藍沢(山下智久)たち救命がチームとして迅速に
処置を行った結果、3人とも命を落とすことなく
ICUへ移っていきました。

橘(椎名桔平)は数ヶ月前を思い返しながら
白石(新垣結衣)が引っ張って
いいチームになってきたことを讃えます。

医局では名取(有岡大貴)の父、将馬(山田明郷)が
息子を待っていました。

三井(りょう)は息子、優輔(歸山竜成)が
「疲れた」という言葉を口にしたことを心配していました。

優輔は3年間、心臓移植を待ち続けてきました。
橘ももう限界だと感じていて海外での移植を
考えていたのです。

ちょうどそんな話を橘と三井がしているときに
移植ネットワークから連絡が入り、
優輔が次の候補リストのトップになっているとのこと
1時間以内に返事をするよう迫られます。

そしてその1時間は、
緋山への新しい展望、冴島の藤川への心配、
灰谷のPTSD、藍沢のトロント推薦・・・

それぞれの人生の分岐点が密集する
時間でもありました。

そこへ新都市地下鉄開通前の線路内での
崩落事故によるドクターヘリ要請が入ります・・・。



正直に言いますと、このサードシーズン。
1st、2ndとはテイストが変わっていて
少し寂しく思っていた部分もあるのですが、
今回の話は引き込まれてイライラしていました。

それだけ面白かったということですよね(笑)

今回はなんと言っても橘の動揺と決断です。

「お父さんが大好きだから、嫌いになりたくない」
だから移植は受けない・・・

そういう優輔に何も言えなくなってしまう橘と三井。

優輔の態度を観ていてきっとそういうことだろう
とは思っていました。
以前の回で伏線はありましたよね。

しかし、自分が親として
あんな局面に立たされたらと思うと、
橘と三井の動揺はよく分かります。

わたしも橘と一緒に悩んでしまいました。
なんて言ってやればいいんだ!?

でも橘は決断しました。

わたしも何を一緒になって悩んでるんだよと
恥ずかしくなりました。

それだけ入り込んでいたわけですが(笑)

普段やっていることです。

息子を甘やかしているのも、
ガッツーンとぶつかるときも、
結局はわたしの基準です。

どっちにしても父親としての一方的な権限で
わたしの基準を押し付けている。

嫌われるとか好かれるとかそういう基準ではなく
息子の人生を信じるという覚悟をもって
自分で力強く幸せに生きていってくれる彼に
なってもらうためという基準で押し付けている。

それで良いんだと思います。
それが親になるということの覚悟なんだろうと。

でも、だからこそ嫌われる覚悟はあっても
“嫌わせる”のは罪だということを知る(=学ぶ)
ことも責任としてある。

親と言う絶対的な理不尽な権限を持っているからこそ
自分が学び成長・・・聖長していく責任がある。

わたしはいつもそう思ってチチ親やってます。


           全ての物語のために


















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