2018年02月19日

「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」嫌われても嫌い返さないことから始めてみたら?



わたしと息子が大好きで
もしかしたら弟も一緒にハマってくれるかな?

というアニメ
「僕のヒーローアカデミア」

この中で、主人公の緑谷出久くんと
幼馴染である爆豪勝己くんという2人は
物語の中心にいます。

雄英高校ヒーロー科でクラスメイトになる女子
麗日お茶子ちゃんは2人の間柄を観ていいます。

「男どうしのアレだね」

男同士の確執のことです。

ただ、確執と言ってしまうと仲が悪いと
レッテルを張ってしまっているようになりますね。

印象が悪い。

確かに仲良くはないですが、
爆豪が一方的に嫌っているだけです。

出久くんは恐れているけど憧れてもいる。

そして、今後、良き友という単純なものではなく
恐らく良きライバルになっていくであろう2人。

だから作者の堀越さんも確執なんて言葉を
露骨に使わないのでしょう。

お茶子ちゃんが「男同士のアレ」という
ふわっとした言い方をしてくれているので
読者も優しく見守れる雰囲気が出る。

わたしも人と人の関係を「確執」と
レッテルを張ってしまうのが嫌いです。

親子の確執、兄弟の確執、
親友だった友との確執、夫婦の確執…

仲が悪いという決めつけが
固定されてしまいそうで嫌なんですね。

確執の正確な意味は
お互いに主張を譲らないことで不和が起こる
という意味です。

お互い主張を譲らない…
自分の主張を持つのは大事なことです。
何も悪いことではない。

でも仲互いする必要なんて全くないし
相手を嫌う必要もない。

なぜか良い時と悪い時があったら
悪い時の方を結果としてしまう人間(大人の?)の
変なクセがわたしは嫌いです。



「アベンジャーズ」のシリーズとは
また一味違った雰囲気をもつワーナーブラザーズと
DCコミックスのヒーローシリーズ。
クリストファー・ノーランが「バットマン ビギンズ」を
作ってくれたおかげですかね。
これはこれで、悪くはないようですよ。

「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」

を観ました。

バットマンことブルース・ウェイン
(ベン・アフレック)は、
両親の殺害現場を目撃したことが
トラウマとなりニューヨークの
ゴッサムシティからの犯罪者一掃に
力を注いできました。

しかし、ニューヨークの街が
宇宙人とスーパーマンの戦いで
壊滅的な被害を受けたときから
ブルース・ウェインはスーパーマンへの
怒りで一杯になっていました。

一方、超人的能力を持つ
スーパーマンことクラーク・ケント
(ヘンリー・カヴィル)は、
その力を人類のために
惜しみなく使ってきました。

しかし、その破壊力の強大さから、
スーパーマンは人々からの
バッシングも受けるように
なってきていました。

そんな両者の心の隙をねらう天才、
レックス・ルーサー(ジェシー・アイゼンバーグ)。

レックスはゾッド将軍の亡骸と
クリプトンナイトを持ちだして…



監督はザック・スナイダー
「ゾンビ」のリメイク作「ドーン・オブ・ザ・デッド」は
劇場で友人と観て、その友人が
「怖ろしい映画でしたね〜!」と
心の底から言っていたのを思い出しました。

「バットマン VS スーパーマン」の
シリーズ第1作目にあたる
「マン・オブ・スティール」も劇場で観ました。

ラッセル・クロウがクラークの実の父親役で
ケヴィン・コスナーが地球での育ての親。
そして育ての母はダイアン・レインと、
そうそうたるメンバーが脇を固めていて
ドラマの部分にも深みが出ていましたね。

今回もケビン・コスナーとダイアン・レインは
少しですが、キーとなる重要なシーンで
ちゃんと出てきます。

「マン・オブ・スティール」のクライマックスでの
ゾッド将軍との戦い。

その犠牲となった人たちを観ていたのが
ブルース・ウェインだったというところから
このお話は始まります。

「ダークナイト」シリーズの
クリストファー・ノーランが製作総指揮に
名前を連ねているんですね。

だからバットマンもそんなに悪くなかった。
これなら「ワンダーウーマン」や
「ジャスティス・リーグ」も観てみたいと思えます。

さて、ブルース・ウェインです。

彼はスーパーマンを憎んでいました。

ブルース・ウェインだけではない。
スーパーマンをヒーローだと祭り上げた市民たちも
彼を恐れ糾弾しようとする。

クラーク・ケントは心を痛めます。
でも、凄いですよ。

彼は決して人類を憎まない。

地球人じゃないのに、誰よりも地球人を
愛している。愛しんでいる。

わたしはハリウッドの映画シリーズとしては
今はMCU(マーベルシネマティックユニバース)が
大好きですが「スーパーマン」というのが
ヒーローの代名詞だというのはやっぱり
認めざるを得ない。

幼少期にクリストファー・リーブ主演の
「スーパーマン」を日曜洋画劇場で観て
魅了されている経験も大きいのでしょうね。

スーパーマンは本当のヒーローです。

嫌われても嫌い返さない。
「マン・オブ・スティール」では、
クラーク・ケントがそんな男に育っていく過程も
しっかり描いてくれました。

そこでケヴィン・コスナーとダイアン・レインが
とても素敵な両親として登場してくれる。

ブルース・ウェインはダークヒーローです。
両親を目の前で殺されたという
なんとも痛ましい過去から
「恐怖」と「悪」を憎んでいる。
憎悪が凄いはず。

悪を倒す正義のヒーローだけども
悪の恐怖と対峙するために
自らを恐怖の化身としているわけですから
クラーク・ケントの純粋さとは違う。

だから、スーパーマンを憎む。
この話では、ウェインのよき理解者でもある
執事のアルフレッドが最初から
ウェインが憎しみによって
大切なものを見失いかけていることに
気づいています。

良くできている。

でも、スーパーマンが…クラーク・ケントが
自分を嫌ってくるブルース・ウェインや地球人を
嫌いかえしたりしないものだから
最後はブルース・ウェインも
「彼の意志を継ぐ」なんて言う。

武器を持って理不尽に暴力を振りかざす
犯罪者を愛せよなんてことを
言いたいんじゃないですよ。

そうじゃなくて、大切だった「はず」の人との確執。

そこの問題の解決策の第一歩として
とても大切なことじゃないですか?

というお話です。

夫婦の確執なんてもっともバカバカしいでしょ?
もともと他人同士なのに…
当たり前に一緒にいる人ではなかった人なのに
愛し合って一緒になった。

それだけ特別な人、
嫌いになったのは、いろいろな面が
嫌になったのは、本当に相手のせいですか?

相手に大事にされていないという寂しさから
相手を嫌うことで自分を守ろうとしていませんか?

夫婦になるという誓い、
家族を築くという誓いは、
相手がどうであれ愛し続ける努力を誓うこと。

だったら嫌われたからって
嫌え返すのは本末転倒。

だから嫌いかえさないことから始めればいい。

ブルース・ウェインとクラーク・ケントという
異質の育ち方をした2人が
ヒーローとしてそういう姿を見せてくれている。

マンガのヒーローだってバカにしないで
自分の弱さと向き合いましょうよ。

わたしはヒーローが好きでよかったな…♪


         全ての物語のために








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2018年02月18日

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期 #25 轟VS爆豪」自分の中の激しさを優しく抱きしめて



自分の中の激しさが止まらなくて
心拍数があがるときがあります。

大人ですから、
当たり散らしたりはしませんよ。

する大人も多いですけどね。

でも、自分の中の問題として、
わたしの場合は
睡眠不足だったり疲れがたまっていたり
というときに理不尽な状況下に
突然たたき込まれる自分や家族を
イメージしてしまったりすると
自分の中の激しさが暴走を始めます。

そういうときは、
いかんいかん、休まねば・・・
と、とにかく感情で行動をせず
しっかりと睡眠をとることを
優先します。

そういう精神状態で何かを決めたり
行動するとろくなことになりません。

でも、わたしは自分の中の激しさや
怒りの感情を否定はしていない。

いわゆる負けず嫌いとか、
激しい性格ではなく
争いを好まない温厚なタイプ。

明らかにわたしはそういうタイプですが、
内に秘める激しさはやっぱり
自分に対して隠せるモノではないです。

自分のモノですから
外には伝わらなくても自分は感じる。

「普段おとなしい人ほど、
怒ったら怖いんだよ」

と言いますが、言い換えれば
「普段おとなしい人ほど、
キレたら何をするやらわからない、
アブナイよ」
という、ちょっと違ったニュアンスでも
受け止められたりしますよね。

そういうのって、否定できない。
当たり前だと思います。
どうしても自己防衛本能をもって生まれた
獣の一種なわけですから
自分の中にそういう部分が全くないとは
言えない。

そういうモノもひっくるめて
ちゃんとそれらを掘り下げていくと
やっぱりただ純粋に
自分が求めている自分というのが
見えてきたりするんですよね。

だから、悔しいとか、不甲斐ないとか
そんな感情で拳を握りしめる時もある。



作品の圧、弟の表現ですがよくわかります。
風船をイメージするとわかりやすい。
穴が空いていたり、ゴムがへたっていたり
そもそも空気がたいして入っていなかったり・・・
それだとちょっと残念。
いい風船はゴムの張りも空気圧もパンパンで
圧が逃げません。
毎回、圧がパンパンな作品、

アニメ「僕のヒーローアカデミア 第2期」
第25話「轟VS爆豪」


を観ました。

雄英体育祭1年ステージ、
いよいよ決勝戦!

爆豪と轟の優勝候補同士による対決。

試合開始からお互いの“個性”と
戦闘センスがぶつかり合い白熱します。

しかし、出久くんと戦ったことで、
自分がどうするべきか…

迷い始めている轟は、
左の炎を使わず右の氷結だけで
爆豪に相対します。

そんな轟の態度が気に入らない爆豪。

本気同士の戦いで
「完膚なきまでの1位」を目指す爆豪は
全力で来いと叫び、
大技「榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)」を
繰り出すのですが…。



毎回素晴らしいけど、
この話も後々語られる名勝負のひとつに
なるのではないでしょうか?

試合が始まる前の控え室のシーンも
大好きなシーンです。

出久くんと戦って抱えていたものを
壊された轟くんと
幼少の頃からそんな出久くんに
心をかきむしられてきた爆豪くん。

「無茶苦茶やって他人が抱えてたもん
ぶっ壊してきやがった
昔からあんななのか?緑谷は」

轟が爆豪に聞いたときのセリフです。

このときに爆豪は幼いころの
出久くんとのアレコレが
脳裏をよぎります。

そして不機嫌になる。
いや、いつも不機嫌ですが(笑)

爆豪にとってはただかんに障る。
ただしゃくに障る。
ムカつく、忌々しい・・・

それが出久くんでしょう。

でもそんな感情がわき起こるとき
爆豪少年の中では
何が起きているのでしょうか?

想像ですが、まっすぐに
心から心配してくる出久くんの
視線に胸が射抜かれたように
苦しくなるんじゃないかな?

そして自分が持っていないモノを感じて
悔しくて腹が立ってたまらなくなる。

出久と爆豪という幼なじみの
キャラクターを生み出したこと。

そしてその2人を
敵と味方とするのではなくて
ヒーローという同じ目標を持たせたこと。

この時点で、この物語は
爆発的に名作の圧力を生み出す
可能性を秘めたんじゃないでしょうか?

後半の本戦、爆豪VS轟。

マンガでは表現しきれなかった
爆豪の魂の底から絞り出すような
涙ながらのうめきは、
観ているほうの涙を誘います。

演出、声優、お見事!!

爆豪が内に秘めているものを
演技というかたちでしっかりと
感じさせてくれます。

この爆豪の抱えているモノって
少なからず本当は誰の心にも
あると思うんですね。

悔し涙を流すとき、
利己的にではなくただ理不尽に対して
怒りを覚えるとき・・・

そういうときにわき上がる感情って
ありますよね。

そういうモノの結晶みたいなのが
爆豪勝己というキャラクター
何じゃないかな?

違ったら作者の堀越さんに
申し訳ありませんが
少なくともわたしにとっては
爆豪少年はそういう存在。

否定する部分ではなく
愛おしいと思える部分。

そんなことを確かめたくて
彼を観ているのも
この作品の楽しみの一つです。


      全ての物語のために










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2018年02月17日

ドラマ「西郷どん #6 謎の漂流者」野暮をしないのはコミュニケーション能力があるから



わたしは小中高生のころ
片思いは沢山しました。

小学6年生のときだけ
両思いを確かめ合えた女子がいました。

今となっては微笑ましい
甘酸っぱい思い出です。

楽しかったな〜と思えるのは
大人になっているからで
当時はそれなりに胸を痛めていたんですよね。

今、中学生の息子も
そんな思いをしているのかな・・・

なんて彼の胸の内を想像すると
・・・まあ、勝手な想像ですが
愛おしくてたまりませんね。

周囲の友達にも優しく見守られているのかな?
それとも野暮な暴露なんかされたり
してやいないかな。

っとまあ、今のところは
そういったトラブルは見えていないので
恋があるとすればそれは
そっと育まれているのでしょう。



次回予告も毎回気になっちゃう。

ドラマ「西郷どん」
第6話「謎の漂流者」


を観ました。

自分の藩主・斉彬(渡辺謙)を相撲で
投げ飛ばしてしまった吉之助(鈴木亮平)は
牢屋(ろうや)に入れられます。

そこにいたのは
衰弱した謎の漂流者(劇団ひとり)。

男は異常な警戒心で吉之助を警戒し
何を聞いてもほとんど口をききません。

たまに言葉を発すると英語。

そこへ男を襲う刺客が現れ、
吉之助は間一髪で男を助け牢から逃亡。

西郷家にかくまうことになります。

一方、吉之助への思いを抱いたまま
嫁入りの日が迫る糸(黒木華)は、
厳格な父に外出を禁じられていました。

そんな糸を連れ出した正助(瑛太)は、
漂流者から聞いたメリケンの話を聞かせ、
好きな人に愛を伝えること、
それがラブだと語り…。



瑛太さんは「anone」でも怪演してますね。

同じ時期に違う局のドラマに出ている
俳優さんをちょくちょく見かけますが
スケジュールとか役作りとか
大変ですよね。

さて、今回その瑛太さん演じる大久保正助は
恋する女性の幸せのために動きました。

周囲の人たちは、
正助が糸に恋していることも
糸が吉之助に恋しているのも
わかっています。

わかっていないのは吉之助だけ。

いよいよ海老原家に嫁ぐことが
本決まりになりそうな糸。

正助は、糸が吉之助への思いを
押し殺したまま嫁ぐことを思うと
いたたまれない。

吉之助は正助が糸のことを好きだと
知っているだけで糸の気持ちには
まったく気づいていません。

歯がゆくなった正助は
早くしないと糸が嫁にいってしまう
自分じゃダメだから吉之助が
止めろと言ってしまうのですが
吉之助はそれでも意味がわかりません。

最終的に糸に糸らしく
自分の気持ちを吉之助に伝えるよう
説得したのが正助でした。

みんなそれぞれ思いがすれ違う。
でも、面白いのは
周囲の人たちは本人の思いをしっていて
それをその人の意中の人には
言ったりはしないということです。

正助は糸を止めるのは
「おいじゃやっせん!(俺じゃダメだ)」
と吉之助が行けと行ってしまいますが
それでも
「糸さんはお前のことがすきなんだよ」
とは言わないんですね。

自分の気持ちを伝えること自体が
なかなかあることではなかった時代
ではあるのでしょうが、
それでもみんなわきまえている。

人の大切な思いというものの
取り扱い方をちゃんとわきまえているですね。

人の大切な気持ちを
他人が勝手に相手に伝えてしまうと
よほど特殊な場合でない限りは野暮です。

アメリカで男子学生さんたちが
自宅で恋バナをしているところに
なぜか社会人のわたしも
混ぜてもらったことがありましたが
日本の学生とまったく同じでした。

とってもかわいらしかった。

でもやっぱり野暮なことはしないんですよね。

わたしも含めて、コミュニケーション能力の
低さが社会でも問題にはなっています。

でも、その能力が本当になくなっていたら
こういったシチュエーションを観ていて
周囲の気遣いなど意味がわからないと
思うんです。

人の思いや、人との距離感を
感じ取る心はちゃんと持っているから
こういったドラマを観ていて楽しめる。

こういった表現が物語の中でされて
それを観る人たちに
状況や登場人物たちの思いが
伝わっている。

ということは、
コミュニケーションをとるための
大事な感覚はしっかりと備わっている。

そういうことだと思います。

あとは、実際に目の前の人と接して、
リアクションを確認し合う。

それがコミュニケーションなんだと思います。

ただ怖くて踏み出せないだけで
決して能力がないわけじゃないんですよね。


         全ての物語のために

→5分で分かる「西郷どん」第6回『謎の漂流者』








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2018年02月16日

「虐殺器官」わたしのことば、あなたのことば、会社のことば



会社である提案をすると、
わたしの場合はすぐに言われることがあります。

説得力がない…と。

(笑)自分の能力の低さを露呈しているようで
お恥ずかしいですが、
まあ、このブログを読んで下さっている人には
かなりさらけ出しているので
お気づきの方も多いはず。

理想や理念は高くとも(青くとも?)

実社会でそこに向かおうとしたときに
説得力に欠ける。

じゃあ、彼らのいう説得力が何かと言うと、
お分かりですよね?

そう、数字です。
根拠となる数字に乏しいというわけです。

わたしは数値分析だのデータ分析だのが
得意ではありません。

得意ではないというか途中で白々しく感じる。

実際にはエクセルで数字を入れて
表やらグラフやらを作ったりもしますが、
どうしても数字にしようとすると
こぼれおちて行くものがある。

そんなことをやっていると、本当に白々しく思うわけです。
こうやって出した数字に何の意味があるんだ?

って…

もちろんある部分に置いては
とても強力な参考資料になることは分かっています。

マーケティングにしろ集客にしろ
観客動員数にしろ視聴率にしろ
これらはかなり有用です。

でも、どうしてもこぼれおちるところを分かって
そこもやっぱり大事にしないといけない。

両方が本当に大事なのに
多くの社会で?会社?では、そんなことを言っている
余裕がないもんだから、建前上でしか大事にしない。

それがとっても不愉快で、
わたしには合わない世界です。

でも、そんな会社でわたしも何度か
説得力をもって拠点やチーム、
会社を動かしたことがあります。

しかも、自分のやり方で。
会社がいう説得力=数字ではなく
わたしが出す説得力=物語で!



作品レベルでは日本はハリウッドには敵いません。
少なくともわたしはそう思っています。
でも、作家レベルだとどうでしょうか?
この作品の原作者さんも非常に気になります。

「虐殺器官」

を観ました。

世界の紛争地帯を飛び回る
アメリカ軍特殊部隊のクラヴィス・シェパード大尉。

相棒とともに国防総省に呼ばれた彼は、
ジョン・ポールという謎のアメリカ人を
捕らえるというミッションを受けます。

世界各所で起こる紛争や虐殺の影に、
必ず姿が見え隠れするジョン・ポール。

彼が一連の虐殺の中心人物だと認定し
その身柄の拘束を急いでいるというのです。

ジョンがチェコに潜伏しているという情報をもとに
クラヴィスは追跡を開始します。

やがて優秀な言語学者であるジョンの
思考が見えてきて・・・



とても見応えがあり、興味深い作品です。

2009年に34歳の若さで病没した作家、
伊藤計劃さんの長編デビュー作の映画化。

刊行されたのは2007年だそうです。

当時わたしは真っ黒な表紙に
「虐殺器官」「伊藤計劃」と書いてあり
後者が作家名だと気づきませんでした。

そのあと、「メタルギア・ソリッド」という
ゲームのノベライズ本の作者名が
「伊藤計劃」とあり、やっと作家名なのだと
認識できました。

その2冊を書店で観かけて
興味をそそられてはいたのですが
未読のまま。

今回、WOWOWでの放送予定の
番組紹介の文章を読んで、
伊藤計劃さんが無くなられていることを
初めて知りました。

そして、このアニメーション映画を観てみて
彼の作品を読んでみたいと思いました。

「メタルギア・ソリッド」の小説は
ゲームをしていない人でも楽しめそうだな…
という強烈な印象を本から感じとって
書店で手に取ったことを今でも覚えています。

アマゾンのレビューでもゲームを知らない方が
薦めてくださっている文もありました。

うん!早速、ブックオフへGO〜〜!


さて、このお話のテーマはジョン・ポールの
思想を中心にして表現されます。

同時に伊藤計劃という人は、
言葉の力を信じている人だったんだろうな…
とも感じました。

「虐殺器官」という言葉の意味も
難しいことを考えている割には
とても分かりやすく表現されていたと思います。

世界観の設定も、主人公たちや
ナノマシン、そういった設定も
本当に興味深くて、そこに
ジョン・ポールという言語学者が発見してしまった
「虐殺の文法」という発想が絡み合って
ジョンの思想へと繋がっていく。

頭の中でいろいろと理屈をこねたものを
エンターテインメント作品にする。

日本の作家には多いですよね。
「ガンダム」の富野さんも、
「GHOST IN THE SHELL甲殻機動隊」の
押井守さんも、日本の小説家の人たちも
非情に巧みに表現してくれます。

時々そういう人たちの哲学が高尚過ぎて
難しかったりもしますが、
この作品の中ではジョン・ポールという人間の
選択がとても等身大で、だからこそ
作品の説得力がストンと腑に落ちました。

その選択に賛同するわけでは
ありませんが、その人間臭さ、
小ささが、リアルに感じられたんですね。

わたしも北朝鮮のミサイル問題を
ニュースで観ながら色々なことを考えていました。

どうしたらあの暴走が無くなるか?

もうそうしたのは、ジョン・ポールの
結論と大して変わらない。

そして、ジョン・ポールはそれを起こせる
力を持っていた…ということです。

思考はもう、頭のいい作家さんが描く
超エリート学者のものですから
到底及びませんが、その人たちの
動機がわたしたちの日常の感情と
なんにも変わらない。

それをつまらないと思う人もいるかもしれないし
わたしも犯人や主人公の動機があまりにも
小さくて、作品にガッカリした経験もありますが、
この「虐殺器官」ではそうはならなかった。

逆に腑に落ちた。

いま、サラリーマンをしていて
白々しく感じるのは、
会社が求め実際に採用されている
「説得力」という名のものが
数字データばかりに偏り過ぎていて
わたし自身に対してはまったく
「説得力」がないからです。

腑に落ちない。

そんなことをしたら、会社は傾きませんか?
お客さんを置いていきませんか?
何年も前からそう提言しているけれども
「説得力」を持たないわたしの声は届かず
組織は例にもれず腐敗、崩壊の道をたどる。

別に愁いたり、「いわんこっちゃない」と
自分の意見の正当性をここで言いたいのでは
ありませんよ。

問題はわたしにもあった。

本気で自分の声を届けたいのなら
相手の文法、相手の言語を学ばなければならない。

つまり相手が求める「説得力」を持ち
そこに自分のテーマを乗っける。

その努力をわたしは怠ったわけです。

伊藤計劃さんにしろ、他の作家さんにしろ
売れている人たちの頭の中は
常人にはなかなか理解できないもの、
計りしれないものがあると思います。

でも、作品としてアウトプットされるときは
わたしたちの心に届くモノとして表現される。

わたしたちの心の文法に合わせてくれている。
だから、感じることができる。

そういったとてつもない努力を
しているということですよね。

わたしは、毎日文章を書くことで
少しでもその力を磨けたらと
思ってはいるのですが
根が怠惰ですからね〜。

いま、どのくらい人の腑に落ちるような
力を持てているのやら。


         全ての物語のために






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2018年02月15日

「チア☆ダン 〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜」わたしにはこれしか出来ないと言う人も二通りに分かれます



愛の鞭(ムチ)

と言いますが、しばしばそれは

愛の無知、愛の無恥

になってしまっている人が
たっくさんいます。

たっくさんいます。
これはもうホントに何とかしなきゃと
思っていることですが
本当に本当に!

たっっっっっくさん!!います!

なぜこんなに嘆くかというと、
厳しさのベクトルや感情や個性についての
知識を持たないばかりに
相手も自分も傷つける人が多いから。

厳しさは必要です。

でも、その厳しさは自分への厳しさであって
相手・・・例えば子どもたちや部下たちが
自分への厳しさを上手に発揮できるように
するためのモノですよね。

ただ自分がイライラして人に
辛くアタるのは論外ですよ。

自分の心も痛いけど、
嫌われたって憎まれたって
相手のために今は厳しく接しないといけない。

そういう厳しさに限っての話をしていますよ。

それが、相手がそれで幸せになれるなら!!
という愛情からくるものなのですが
その加減ややり方が非常に難しい。

相手によっては折れてしまったり
逆に悪い方向へ行ってしまったりする。

だから難しい。
で、その難しさをどうするか?

ってなっときに、どうするか?
あなたならどうします?



新垣結衣は大好きなんです。というかキレイな人、
カワイイ人はみんな好きです。男だもん♪
なのに広瀬すずという女優さんをまったく
意識していませんでした。というか、
本当は疎い。好きな女優さんみんな…最初は
「誰それ?」みたいな感じでした。
「anone」でやっと広瀬すずさんを認識できるようになりました。
「anone」を観ていなかったらこの作品、録画してなかったかも…

「チア☆ダン 〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜」

を観ました。

県立福井中央高校に入学してきた
友永ひかり(広瀬すず)。

中学からの同級生である
山下孝介(真剣佑)を応援したいと思った彼女は、
チアダンス部に入ります。

しかし彼女を待ち受けていたのは、
アメリカの大会制覇に燃える
顧問の女教師・早乙女薫(天海祐希)。

入部初日の説明会で
生徒たちは辞めてしまう先輩たち。

そして残った1年生だけを相手に
厳しい指導と練習が始まります。

ひかりは身体は固く、
ダンスやバレエの経験もありませんでしたが
笑顔だけはとびきりのものを持っていました。

中学時代からチアダンスをやっていた
同級生のチームメート玉置彩乃(中条あやみ)や
他の仲間たちと切磋(せっさ)琢磨しながら
チアダンスに打ち込んでいくひかり。

チームは一丸となってトップを目指すのですが、
薫は仲のよすぎるチームに危機感を持っていて…。



監督は河合勇人さん。
「鈴木先生」「俺物語!!」の監督さんですね。

見終えてから知りました。

この作品も、たまたま無料期間に
試しに見せてもらえている
WOWOWで放送されたから見れたものです。

レンタルでもきっとなかなか借りない。
地上波で放送していたら観たい
と思うような作品。

見れて良かったです。
想像していたような展開は
最初の30〜40分でトントントンと
駆け上がるように進んでいったので
コレは思っていたよりも
内容濃いな〜と期待しました。

3年間でおきた実話を一本にしてあるので
飽きさせないほどに展開も早いです。

ホントに観れて良かった。

厳しい薫先生もゆくある熱血教師じゃなくて
熱い思いは持っているし
生徒への愛情もちゃんと持っているけど
どうすれば生徒たちを伸ばせるのか?

それがわからず一生懸命な先生。

チェスト!というのは
薩摩示現流のかけ声です。
それを「自分を超える合い言葉」
と説明した作品がありました。

この「チア★ダン」も「自分を超える」
が合い言葉になっています。

わたしや息子が最近好きな
「弱虫ペダル」や「僕のヒーローアカデミア」
もそう。

「PLUS ULTRA!(さらに向こうへ!)」

って。

生徒たちが自分を超えようとする物語だけど
先生も自分を超えようとしている。

だけどもいつでもうまくはいかないから
辛いときのほうがいっぱいある。

生徒が言います。
「それでも努力し続けるしかないんだよ」

だから、こういった作品を観て
勘違いをして欲しくないのは
厳しくすることが正しくて
和を大切にすることが間違っている・・・

ということではないということです。

薫先生は薫先生にできる精一杯をやった。
ただそれだけ。

これだけが正しさ!ということではない。

自分への厳しさは必要です。
でもその厳しさを育むために
不用意に厳しく接すればいい
と言うもんではない。

それは相手によって違ってきます。

例えばこの先生とは対照的に
柔らかくでも厳しさも示した先生がいます。

しっかりと道徳心ももって。

ミヤギさんです。

知らない方は「ベスト・キッド」
という映画を観てみてください。

ジャッキー・チェン主演でリメイクも
されましたが、これは少し薫先生に
誓いモノがありました。

オリジナルのミヤギさんは
もう少し柔らかい。
でもその教え子のダニエルさんには
とても合っていたと思います。

人それぞれに個性があるのですから
接し方だって違ってくる。

この辺を描くというのは非常に難しいですが
うまく描かれた作品もありました。

「ビリギャル」です。

ビリギャルの坪田信貴先生は
自分が否定されるような教育に
反旗を翻し、個性に合った伸ばし方を
学んだ人です。

ミヤギさんは空手と人生経験で
学びを得てきた人です。

薫先生も失敗を繰り返しながら
一生懸命学んでいました。

教育法や自己啓発の本の山に囲まれて
薫先生が格闘している姿も描かれます。

どうしていいかわからない?
じゃあ、どうしますか?

わからないのは知らないからです。
知らないことは知ればいい。

知っていても、出来ることとは違う。
だったら知って、失敗を重ねて
出来るようになればいい。

どうしていいかわからない
「不器用だから」とか言って終わらせない。

どうしていいかわからない
だから、学びましょうよ。

今を超える力を自分の中から生み出すための
材料集めが勉強です。


        全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする