2017年04月22日

アニメ「アトム ザ・ビギニング #1 鉄腕起動」わたしたちが自ら育とうとする本能はどこからきているのか?



わたしは団塊ジュニアと言われる世代です。
1975年生まれ。

わたしたちの世代はこれまでの考え方や
価値観の中で平和に育ってきて
その価値観を急激に手放し
変化させていくことを求められて
困っている世代・・・なのでしょうか?

正直わたしが接することができた範囲の世代
の人たち、祖父母や両親たちの世代が
どんな社会情勢の中で生きてきたかを
考えると、わたしたちなど非ではないと思います。

文字通り命がかかっていたのですから。

それでも、その彼らが強固に築いてきた
「正しさ」が通用しなくはなっている。

つまりわたしたちの心に染み着いた
無意識の価値観が急激に古くなっている。

早急に次の段階へと成長しないとならない。

技術の進歩の方向性を観ていると
そう感じざるを得ませんよね。

これからの社会に子どもを残していく
親となってみるとなおさら思います。

変えなければならない考え方のひとつが
教育についてでしょう。



わたしが知らないだけですか?
NHK総合でこういったアニメをやるって
珍しいな〜なんて思って録画しました。
AIがテーマなので今やるのはNHKらしいのかな。

アニメ「アトム ザ・ビギニング」
第1話 「鉄腕起動」


を観ました。

ある大災害から5年。
復興のためのロボットは技術の発展を促し、
人々の生活に欠かせないものとなっていました。

練馬大学の第7研究室では
天馬午太郎とお茶の水博志が、
試作機・A106に次世代型の人工知能
を搭載しようと奮戦していました。

とはいえ底をついた研究費。
2人はバイトをしてまかなっているようです。

その日もテーマパーク・メカシティでの
バイトの予定が入っていました。

慌てて研究室を飛び出していく博志。

急いで追いつくからと博志を見送った天馬は・・・。



「踊る大捜査線」の本広克行監督や
「機動警察パトレイバー」の
ゆうきまさみさんの名前が
スタッフの中にあったのでしっかりした
エンターテイメントになるんじゃないかと思って
録画していました。

毎週楽しみな作品に加わりました。

勝手な思い込みでしょうが
こういった作品はNHK教育のほうでやるもの
なんだろうと思っていました。

教育。

鉄腕アトムは正義のロボットです。

優しくて強い心を持ったロボット。

AI、人工知能。
それは人間が命令言語として組み込む
プログラムによってできている。

わたしは専門家ではありませんが
そういう理解でよいのでしょうか?

しかし、人工知能ですから、
自ら学び成長していく。

人間の種の存続は、わたしたちも知らない
宇宙の謎に包まれている部分もまだまだ
あると思っています。

自然と発生してここにいるわたしたち。
そこからわたしたちは何者なのか?
この世界はいったいどうなっているのか?

と学問が発達してきたわけですよね。

それで全てが解明されているわけではない。

そんなわれわれが、自立型の知能を
自らの生殖機能とは違う方法で、
作り出そうとしている。

わたしは常々言っています。

子どもたちは自分でまっとうに育とうとする力を
もともと持って生まれてきている。

親はそれを信じて育とうとするわが子を
サポートすればいいと。

それはまるで教育を洗脳と勘違いしているかのように
それはダメ、あれはダメ、こうしなさいああしなさい
と自分の正しさを押しつけようとする
大人への提言です。

でも、はたと思います。

わたしたちは生まれながらに持っている。
その真っ当に育とうとする力を。

あらかじめDNAにプログラムされている。
という言い方が今の科学世界では
わかりやすい言い方なのでしょうか?

でも、その理解がまだまだ釈迦の手のひら
程度のもので、追求していくと
もっともっとその先の世界、
これまでに理解されていたことが
完全に覆ってしまうほど
もっと深い理解が必要な代物なのかもしれない。

少なくともそうではないことを証明した人は
いないはずなんですよね。

そんな状態で、わたしたちは
自分たちの理解が及ぶ範囲だけで
その神秘の宇宙がプログラムしたらしきものを
人工知能に人間の力でプログラムしようと
している。

いまのAIを取り巻く流れの見方として
あながち的をはずしてはいないと思うのです。

よく言えば、人間として、
大きな危険を冒しながらも「冒険」に
挑もうとしている。

確かにロマンがあります。確かに空恐ろしい。
未知の領域へのわくわく
得体の知れないものへの恐怖・・・

でも、言えるのは、SFではないということ。
サイエンス『フィクション』ではない
ということ。

もう現実に始まっていることです。

これから報道されたり商品化されたり
世の中に出てくるものはもう
サイエンスノンフィクション、SNFです。

生命があるのかどうか?魂は?
クローンと同じくそういった倫理という
大きな問題も出てくるでしょうが、
それとは別の問題として、
今ここにもうそれは誕生しているということ
ですよね。

人間が作り出したプログラムから発し、
自分で学び成長していく。

わたしたち人間の神秘がつながっている何か
をより所にわたしたちは

子どもには自ら全うに育つ力がある

と信じられる。

実際、その愛が子どもたちをすくすくと
成長させています。

果たして、AIにもそれは望めるのでしょうか?

AIを生み出すわたしたち人間、
AIとこれから接していくわたしたち人間は、
教育というものについて、
もっともっと深い部分で
理解していかなければならない時代が
来ているのではないでしょうか?

知識レベルでもそうでしょうが、
情緒レベルでの理解、知恵。

そういう部分で教育について理解すること。

理解を深めること。

それはわたしたちひとりひとりが
自ら感じ考えながら、
学びを深めていかなければならないもの。

生命の根幹を感じながらの教育。

AIは生み出す側も使う側も、
そもそも「使う」という言葉自体が不適切だと
言われるときも総遠くないでしょうが・・・

人工知能が持つであろう『心』と
どう接していくのか?

それはわたしたち人間が、
自分たちの教育をより深く理解するところに
大きな鍵があるのは間違いないでしょう。

ひとりひとりが未知の世界へ
大冒険です。

           全ての物語のために








タグ:アニメ アトム ザ・ビギニング #1 鉄腕起動 わたしたちが自ら育とうとする本能はどこからきているのか? 団塊ジュニア わたしたちの世代 これまでの考え方や 価値観の中で平和に育ってきて その価値観を急激に手放し 変化させていくことを求められて 困っている世代 「正しさ」が通用しなくはなっている 心に染み着いた 無意識の価値観が急激に古くなっている 早急に次の段階へ 進歩の方向性 社会に子どもを残していく 親となってみると 変えなければならない考え方のひとつ 教育について 本広克行 踊る大捜査線 機動警察パトレイバー ゆうきまさみ 教育 鉄腕アトム 優しくて強い心を持ったロボット AI 人工知能 自ら学び成長していく 人間の種の存続 宇宙の謎に包まれている部分 わたしたちは何者なのか? 世界はいったいどうなっているのか? 全てが解明されているわけではない 自立型の知能を 自らの生殖機能とは違う方法で 作り出そうとしている もともと持って生まれてきている 親はそれを信じて 育とうとするわが子 教育を洗脳と勘違いしているかのように 自分の正しさを押しつけようとする 大人への提言 でも、はたと思い あらかじめDNAにプログラム 真っ当に育とうとする力 その理解がまだまだ釈迦の手のひら 程度のもので もっとその先の世界 これまでに理解されていたこと 完全に覆ってしまうほど もっと深い理解が必要な代物なのかもしれない そうではないことを証明した人は いない 自分たちの理解が及ぶ範囲だけで 人間の力でプログラムしようと している よく言えば 「冒険」に 挑もうとしている 未知の領域へのわくわく 得体の知れないものへの恐怖 SFではない サイエンスノンフィクション 教育というものについて もっともっと深い部分で 理解していかなければならない時代 大冒険
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2017年04月21日

単行本「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話 坪田信貴 著 KADOKAWA」わたしが自分のご機嫌を取る研究をコツコツ続けているわけ



困難に立ち向かう…

そういう姿はヒーローの基本です。

わたしの大好きなエンターテインメント作品は
全てがそうだと言えるでしょう。

実話を元にした作品が売れるのも
困難に果敢に立ち向かい、挫折や葛藤を乗り越え
ついには大切なモノを勝ち取る…

それを現実に成し遂げた人がいるのだ!
とフィクション以上に身近に思えるからですよね。

そして、わたしたちは自分が成し遂げることで
自信をつけ、どんどん前に進んでいけます。

フィクションでもノンフィクションでも
その主人公たちに自分が現実という
困難に立ち向かうための力をもらっている。

だからこそ、わたしもこんなブログをやっている…

…のだけれど…

こんなブログをやっているのには
誰もが陥りやすい誤解をして欲しくない!

という強い思いもあります。

誰もが陥りやすい誤解とはなんでしょうか?
その誤解はわたしもしていたし、
今でもいつのまにかそこに戻ってしまっていて
「ああ、いかんいかん!」と自分を修正しています。

それは
「困難に立ち向かう」ということに対する
捉え方です。



来ました!弟がLINEで教えてくれました!
「ポンコツクエスト〜魔王と派遣の魔物たち〜」シーズン4が
スタートしましたね〜!1月から始まらなかったので
今年は無いのかな…と残念に思っていたら。
偶然放送スタート日に弟が気づいて知らせてくれました。
一体、わたしは録りためた作品を全て観ることができるのか!?
そんな中、本もせっせとドンドンと読破しまくっています。

単行本
「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」
坪田信貴 著 株式会社KADOKAWA


を読破しました。

ストーリーはもういいですよね。

みなさんご存知!…ご存知?
映画「ビリギャル」の原作です。

実は読んだことなかったのです…嘘でした。

書いた瞬間に思い出しました。

出版されたばかりのころ、まだ「○○万部突破」
とか帯が巻かれて大型書店でドドーンと
平積みされたりしていない頃です。

あまり立ち寄らなくなった商店街の
小さな書店にフラッと立ち寄った時に奥の
新刊コーナーに1、2冊立てかけられていました。

タイトルとブスくれた表情の金髪女子高生の写真が
面白くて手にとって、その場でほぼ読破
(書店の店員さんゴメンナサイ)
ざっと目を通すだけのつもりが、速読で
一気に三分の二くらいまで読んじゃいました。

コレ!絶対いつか買うな…

と財布と相談して一度は置いたわたし。
まだ息子が小学校の低学年でしたから
それもあって「また今度」となってしまったんですね。

その後、口コミでドンドン売れだして、映画化が決まって
映画公開のころには文庫化されました。
でも、文庫版を手に取るとえらく薄い…
中をみると、ストーリーの部分だけを抽出して
文庫特別版としてまとめてあるとのことでした。

どうせなら全部読みたいと文庫も置きます。
そのころにはもう単行本はブックオフなどでも
見かけていたのでそっちに行こうかな…

と思った時…なんと…ずるいよ!!

新刊コーナーに平済みにされているこの本の
違和感に気づきました。

明らかに二種類ある…
カバーが映画の主演の有村架純さん?
うん、まあそれもあるのですが、そうじゃなくて
わたしが敏感なのは文字のほうです。

《完全版》という文字があるタイプと無いタイプ。

つまり、文庫が出るころ、単行本は
バージョンアップされていたんですね〜

マジずるいよ〜〜〜
しかも、いろいろ調べてみるとモデルさんが
夏服になっているバージョンもあるのだとか…

売り方うまいね…

で、また買えなくなってしまったわけです。
「完全版」が古本屋に出たら買おうかな…みたいな。

思っているうちに息子は中学生。
小学生とは違う意味で親としても
いろいろ考える必要がある時期です。

坪田先生の「人間は9タイプ」を読んでいたら
いてもたってもいられなくなり、
読んでいる本を一旦置いて、
妻に「ちょっとブックオフ行ってくる!」と言って家を飛び出し、
探したわけです。

完全版ではないけれど¥360なら良い買い物です。
で、早速読み始めて読破しちゃったわけです。



坪田先生という人もまた凄い人ですね。

この人の文章は非常に読みやすいし、
す〜っと頭に入ってきます。

ストーリーにしぼった文庫版とはちがって
この単行本版には、勉強の仕方のコツや
指導のコツなども丁寧に説明されていました。

中でもわたしが世の先生方や親たち、
そして部下を持つ人たちに常々思っていることを
とても分かりやすく言ってくれている部分がありました。

一部引用します。

『 結局は、「勉強させなきゃ」とか「成績を上げなきゃ」とかではなく、いかにその場の勉強を「楽しい」と思わせるかが大事なんですよね。そう言い換えてもいいでしょう。
 ですから僕は、教師の役目は、純粋に「やってて楽しい」を見つけてあげることかな、と思っています。
 なので、生徒をしかったり、脅したり、悲しい思いをさせたりして、その感情を利用して何かを乗り越えさせようとするのは意味がないわけなんです。そういう指導をしますと、勉強=不快、先生=不快と脳が認識するようになり、無意識のうちに、「その不快な対象が発する情報を、脳が拒絶するようになりますので、子どもや部下の作業効率は、むしろどんどん下がっていくんです。』
(P138より引用)


ここを読んだ時のわたしの気持ちは

…ほらね〜!!でした。

同時に、息子に対して申し訳ないな〜という思い。

頭では息子が保育園のころから分かっていました。
勉強を楽しいと思わせることができたら…
勉強と遊びの境界線をはじめっから無くしちゃえれば…

でも、難しかった。

やはり学校という仕組みや宿題など
やりたくないときでもやらなければならない
という状況になってしまいますから、
その状況との折り合いの付け方がわからなかった。

いいえ、それは状況のせいにし過ぎでしょうか?

わたし自身が学校のお勉強が嫌いだった。
受験だって面白くもなんともなかった。
ただ面倒で面白かったなんて記憶はありません。

そんな自分のお勉強との向き合い方が
まだそのときのまんまなのでしょう。

それは妻もお恥です。

お勉強=楽しい

ではなくて、

お勉強=やらなければならないこと

両親がそう思っていて、息子だけ勝手に
お勉強=楽しい、ってなれって無茶です。

わたし自身は大人になって…つまり、
学校に行かなくてよくなってから勉強が好きになりました。

勉強と言っても自分が興味があるときに
読みたい本を読むとか、
学びたいことを学びにスクールに入るとか、
自由な学びになったからなのは間違いありません。

大学は好きなことを勉強しに行くところ…

子どものころからそう言い聞かされていました。

思えば読書に目覚めたのは高校卒業間近。
潜在意識が今から自由になるのだ!って
思っていたのかもしれません。

現実には浪人しましたが、高校は理系だったのに
勉強する教科を英語と国語と小論文に絞って
午前中の授業で毎日終わるように
授業のコマも選び方に自由度があって、
午後はいつも紀伊国屋書店によって帰る。

なんて、自由を謳歌し始めていましたからね。

だから、あの頃の受験勉強は苦にはならなかった。
先に大学に行った友達とも遊んでいたし(笑)

いま、自分がそうやって楽しく学んでいるから
尚更、息子が勉強を好きだと思えないことに
申し訳なさを感じてしまいます。

このジレンマが今ではわたしの動機として
とても大きくなってきています。

わたしは自分のために自分がどうやれば
勉強を楽しめるのか?
研究をしてきていました。

今度は息子がやらなければならないことを
楽しめるような工夫をできるように、
自分のご機嫌を上手にとれるように
なってもらわなければならない。

勉強は、本来楽しい。

苦労をしなければならないものではなくて
面白いから夢中になってしまえること…
ゲームやスポーツや友人とのおしゃべりと
なんら変わらないことであって良いはずなんです。

自分の世界が広がる。それを感じさせてやりたい。
そのためにはやっぱりある程度は続けて
その喜びを感じられるまでの積み上げは必要です。

そこに到達するまでが勝負。

困難に立ち向かうとは、苦労を苦労としないこと、
人生はもっともっと楽しいもので
それにはそこにある幸せに気づき続けること
その事実に気づき、実践し続けるようになる。
そういう人間になろうとする道…
その道そのもののことなのではないでしょうか?

でも、その道のりをわたしがまず楽しまなければならない。

人生こそがエンターテインメント。
きっとそういうことなんだろうなと思っています。

わたしたちが結婚したのは息子が生まれる年でした。

この本の中で坪田先生がおっしゃっています。

結婚した時が家族は0歳。
そこからいろいろなことを経験して
家族として成長していくんだ…と。

わたしたち家族もこれから思春期に突入です。



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2017年04月20日

スペシャルドラマ「破獄」その2 執念と幸せ



のんびり屋でどんくさく思われるわたしは
一分一秒を惜しみながら生きています。

周囲が想像している以上に焦っている。

焦ってのんびりしている。

どういうことやねん!

とつっこまれそうですが、
例えば今、日光を浴びて椅子に
もたれ掛かっているとしましょう。

暖かくて、空気も美味しい。

その瞬間に焦るわけです。

その日光を感じている一瞬一瞬は
二度と戻らない、もう一度は味わえない。
吸い込む空気もそうです。
いくらおいしい空気とはいえ
すったまま息をとめても、
体内に入った瞬間にはもう違う物になっている。

まさに感じたその瞬間に全ては終わっている。

そして、その空気は体内で必要なものを
摂取され二酸化炭素となって吐き出される。

その間にもわたしたちは次の空気を味わう。

二度と戻らない尊い一瞬だからこそ
感じ尽くしたい。

のんびりするという感覚もまた
その瞬間は二度と戻らない。

大切な人の声も気配も
全てが感じ尽くしたい一瞬だけで
消えて無くなる宝物なんです。

でも焦ってギュッとなってしまうと
感じる力は鈍っちゃう。

そんな勿体ないことはしたくない。

だから慌てて、焦ってリラックスしようとする。

焦ってのんびりするんです。



番組改変時期、スペシャルドラマも力作が
数々放送されますがみる時間の確保に
苦労しますね〜。今回は前半、後半に分けて
1時間ずつ観ました。

テレビ東京開局記念日 ドラマ特別企画
スペシャルドラマ「破獄


を最後まで観ました。

網走刑務所長・貫井千吉(橋爪功)は
佐久間(山田孝之)を
「絶対逃してはならない」
と意気込みます。

浦田(ビートたけし)は
「生半可では勝てない」と、
専任の野本金之助(中村蒼)と
藤原吉太(池内博之)を呼び出しました。

ちょうど佐久間が油断している時間帯。

抜き打ちでかくにんすると
案の定、佐久間の手錠がはずれていました。

藤原に殴られ佐久間は暴れますが、
浦田に気づくと表情を変え
素直に指示に従います。

ある時、佐久間の経歴を振り返った浦田は、
青森に住む佐久間の妻・光(満島ひかり)を
訪ねて行きます。

面会に来るか手紙を書いてやって頂けませんか?

と懇願しますが光にとっては夫は大事な人。

会っても手紙を書いても
「脱獄してでも帰ってきて欲しい」
と伝えてしまうと、拒否されます。

光の言葉は、浦田に関東大震災で亡くした
妻と息子、傷ついた娘のことを
思い出させるのでした。

そして長引く戦争の影響を受ける中、
寒さの厳しい冬に突入する網走刑務所。

佐久間と刑務官たちの心理戦が始まります・・・。



ビートたけしさんと山田孝之さんが
登場するだけで画面が引き締まりますが、
共演者も豪華で映像もしっかりと
作られているので安定しています。

他局のように必要以上に派手に
盛り上げたりはしないのがテレビ東京流
なのでしょうか。

そういう部分ではNHKのドラマ作りに
似たものがあるのかもしれません。

演出が派手でないぶん静かな映像や演技が
より際だつ作り方ですね。

さて、脱獄なんて考えずにマジメに
刑を全うして、早く家に帰ってやれ
という浦田に対しても、佐久間は
絶対に脱獄してみせると
並々ならぬ執念をみせます。

観ていて胸が詰まるほどの執念。
自分を人間扱いしない刑務官たちへの
計り知れない反発心。

そんな彼の頑なな心が、人の暖かさによって
解ける瞬間が描かれます。

モデルとなっている実在の昭和の脱獄王は
逃走中に警察官にタバコを分けてもらった
ことから自分は脱獄犯だと名乗り出た・・・
という逸話が残っているそうです。

この「破獄」が描きたいのもそういう
心の変化瞬間だったのかもしれません。

反骨精神、反発心、執念、怨念・・・。

それらは確かに、何かを達成するために
大きな力となってくれることがあります。

使い方さえ間違わなければ、夢を叶え
人生を豊かにするために大いに
役だってくれるでしょう。

しかし、幸せになるためには、
生きていることの本当の喜びを
感じるためには

その感情を手放さなければならない。
しがみついていると
いつまでも幸せにはなれない。

それは諦めて楽になれということでもなく、
成功か失敗かには関係なく
気が済むまでやり切ったかどうか?

ということなのでしょう。

だから頑張ることはもちろん必要。

でも頑張っている一瞬一瞬の
生きている感覚を忘れないように、
頑張りながらも肩に力を入れ過ぎないように、
一つことに固執し過ぎないように、
出来るだけ柔軟に考えられるように、
緊張感とリラックスのバランスを
自分の中でチェックする必要はあります。

ドラマの中で浦田が刑務所側に訴え続けたこと、
そして佐久間の頑なさを溶かした
いくつかの要素・・・

これは周囲との人間関係にも
自分自身の取り扱いにも
根源的に役立つ教訓ですね。


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2017年04月19日

アニメ「ピンポン #2 スマイルはロボット」なぜか憂鬱で気力が出ないときは・・・



誰だっていつでも元気じゃいられませんよね。

落ち込むこともあるとか
そういう話じゃないんです。

調子の問題。

何か落ち込むことがあったわけでもない。
なのになぜか元気が出ない。
気力がわかない。

バイオリズムというのでしょうか。
精神の。

わけもなく憂鬱。

そういうときです。

そういうときって楽しいですか?

憂鬱だけど楽しい・・・

なんてことは起こりようがなおですよね。

憂鬱だったけど楽しくなってきた。

ならあると思うんですよ。

無気力も一緒ですよね。

無気力だけど楽しい・・・はおかしい。

本当に楽しくなってくると
元気が出ちゃいますよね。

でも、穏やかさはどうでしょうか?

穏やかだけど楽しい
穏やかだけど元気
静かだけど楽しんでいる
静かだけど元気

これならなんの問題もない。

境界線を見極めて起きたいですよね。
見極めれば自覚できるし、
自覚できれば、気力がないときに
自分をチェックして養生、改善できるから。



ちょっと多忙でドラマを観る時間を作れず
焦っています。そんな中、なんとか劇場に
映画を見に行きたいなんて考えが・・・誘惑が・・・

アニメ「ピンポン」
第2話 「スマイルはロボット」


チャイナこと孔 文革から1点も取れずに
完敗したことにショックを受けるペコ。

一方、スマイルは小泉から
「ペコとはもう打つな」と告げられます。

小泉はスマイルに、勝負への執念に欠けている
という弱点をインターハイまでに
克服するのだと命じました。

スマイルは小泉のいうことに
耳を貸すき気はないようです。

小泉に言われた朝練にも出席しません。

スマイルは
「強くなるとか、優勝するとか
そういう卓球をやりたくないんだ」
と言いますが。

そんな小泉にめげることなく
アプローチをしてくる小泉は・・・



いい感じになってきましたね。
こういうのをじっくり描く作品なんでしょうか?
気力の感じられないスマイルが
その内側の熱さを表現する時が…

原作にも実写版にも触れたことがなく
完全に初めてなので今後が楽しみです。

実は実写版を借りちゃおうかとも
思ったのですが、ひとまず保留にします。
先を知らない楽しさを味わいたいから。

楽しさ・・・

これが、あるかないかが最初のボーダーライン
だと思います。

ただ静かで穏やかなのか、
それとも無気力、元気がない状態なのか。

その境界線。

でも楽しさにも段階があります。

その楽しさのレベルと向き合ってみることが
自分を憂鬱や無気力から救い出すための
方法を見つけるためには一番良い。

実は、わけもなく元気が出ないというときも
意識できる理由がないだけで
本当は理由があります。

それがなんなのか?

自分の憂鬱と向き合ってみるのも
やり方としては間違ってはいないと思います。

が、元気が出ないとき、でも
本当は楽しく生きたいと思っている時は
自分の中の楽しさを感じる部分を軸に
とらえて、

それを邪魔するものが出てきたら
ソイツがなんなのか見定める。

そうやって無気力の正体は
見極めて対策を打っていくことが
できるようになります。

まずは自分の中の楽しさの琴線を
ゆっくりと探してみてください。

探るというより、漂ってみる感覚かな。
無気力無重力の意識空間にゆた〜って。

そうすれば、実は気になっていることや、
実はショックで落ち込んでいたんだなど
気づいたり、
体調不良に気づいたり、リラックスする事で
「あ、アレやってみたいな」とわくわくの
手がかりに気づいたりします。

見つけたらそのまま焦らずにその感覚を
丁寧に味わってみましょう。

どうしたらいいか、どうしたいか、
少しずつ整理されてわくわくが戻ってきますよ。


       全ての物語のために










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2017年04月18日

アニメ「終物語 おうぎフォーミュラ #2」あなたとわたしのタイプ分け



「ビリギャル」で有名になった
坪田信貴先生の本を読んでいます。

「人間は9タイプ 子どもとあなたの伸ばし方説明書」

心理学のエニアグラムなどの
性格分析診断テストをミックスして
坪田先生なりに多くの子どもや
部下たちと接してきた経験から
導き出されたタイプ分け。

タイプに会わせた指導方法で
やる気を引き出す接し方を解説しています。

非常にわかりやすくて、興味深い。

わたしも早速このタイプ診断をやってみました。
わたしは「楽天家」と「調停者」の
2タイプが同点。

そして1点差で他のタイプも突出していました。

息子も突出していたのは3タイプ。
1点ずつの差こそあれ、この結果が
わたしには非常に興味深いんですね。

つまり、血液型など、
いろいろな性格・タイプ分けというのがあります。
わたしたちが普段人と接していても
「あの人はそういう人だから」
とレッテルを貼ったりします。

でも、それがそのままその人なのではなく
それはいろいろな要素を持ったその人の
一面でしかなくて、実際には
いろいろなタイプの混合体が
その人の性格だということ。

しかも、そのタイプの配合比率も人それぞれ。
そしてその配合はきっと一瞬一瞬変化している。

それでも、やはりはっきりと
個性というものはあって
大きくタイプ分けしてみることで
見えてくるものは莫大です。

そこから見えてくる可能性もまた莫大。



息子が小学5年生のころ、
TSUTAYAで流れている予告編を観て、
何かピンときたようで、これが観たい
と言い出した作品。その予告編映像は
まさにこのお話の教室の映像でした。
西尾維新さん原作の「物語シリーズ」

アニメ「終物語 おうぎフォーミュラ」
第2話


を観ました。

友達はいらない。人間強度がさがるから。

主人公、阿良々木暦くんが高校生2年の春休み、
優等生の羽川翼に出会うまで
持っていた信条。

中学生のころはそんなふうではなかった様子。

一体いつから阿良々木くんは
友達を作らなくなったのか?

まさに彼がその信条を持つに至るまでを
彼自身が思い出していくお話。

不思議な一年生、忍野扇と2人、
奇妙な教室に閉じ込められたら阿良々木くんは
そこが1年生の時の自分の教室だと知り
扇ちゃんの絶妙すぎる質問によって
当時を思い出していきます。

そして、彼がたどり着いた・・・
いや、思い出した真実。

彼自身が目をそらし続けていた真実と
再び向き合わさるのでした。



BS11で全国放送中。番組情報は公式ホームページへ。

向き合うべき過ち。
阿良々木くんの間違いは
その出来事から

友達はいらない。人間強度が下がるから。

と、殻を作ってしまったこともひとつでしょう。

しかし、不正や悪意によって多数決が
押し通され、ひとりの人間が
被害者となる惨状を目の当たりにして
「自分は彼らのようにはなりたくない」
と思い、「彼ら」から距離を置こうとする。

というのは、それが「独り」になることを
意味するのなら尚更、勇気のいることですし
やはり強さだと思います。

純粋すぎて折り合いをつけられなかっただけ、
優しすぎて多数決に荷担したクラスメイトたち
を一方的に罵ることもできなかっただけ。

それは阿良々木暦という人間の個性・・・タイプ、
なんだと思います。

強さと純粋さと優しさ・・・それらが
矛盾を作り出し、結局自分なりの
「逃げ道」を見いだしてしまった。

もしも阿良々木くんが優しさよりも
強さだけ持っていたら
その場はどうなったでしょう?

犯人に歩みより胸ぐらを掴んで・・・

しかし、純粋だったかれはまずその惨状に
深く絶望し傷ついた。
だからからの強さは「独り」に耐える。
という方向で発揮されます。

でも強くなければ、彼はショックのあまり、
人間不信となり引きこもったり、
逆にずるい人間を逆恨みしたり、
という方向へ走っていたかもしれません。

優しさも兼ね添えていたから、
クラスメイトたちを懲らしめたりもしなかった。

阿良々木くんはそういう「タイプ」です。
でも、ここからわかるように
ひとつのタイプでくくれるものではなく、
いくつものタイプがブレンドされて
阿良々木暦という人間ができあがっている。

わたしは気分によって
自分の性格が変わる性格です・・・

なんて言い方をしたらもう、
意味がわかりませんよね。

でも、普段はおっとりしているけれど
短気な時もあるし、
まじめだけれどふざけることもあるし、
優しいとか甘いとか言われながら
冷血と言われたりもします。

全部わたし。

じゃあ、人の性格やタイプ分けの分析が
必要ないことなのか?

というと全く逆で、こういうことは
わたしたちが平和でかつ幸せに人生を謳歌するには
とても大きな可能性を秘めていると思っています。

どんなときに、どんなことに嬉しいのか?

どんなときに、どんなことを残念に思うのか?

お互いにそれがわかっていたら、
相手のことも気遣えるし、
自分のことも成長させられますよね?

さらに、自分のタイプの配合が変わっている
ということは、何か不調や異変があるのかも
しれないし、
大きく成長をしている時なのかもしれない。

どんな自分になりたいか?

それを逆算して目指していくことも
できるようになるわけですよね。

白と黒との間に
無限のグラデーションがあるように、

赤と青の配合で紫が現れるように、
その比率で、また無限のグラデーションが
表現できるように、
タイプとタイプの配合で無限の可能性が
わたしたちの中に見いだせる。

そういうことだと思うと、
坪田先生の本を読みながら
自分がカラフルな絵の具を手にしているようで
わくわくしてきます。


        全ての物語のために
















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする