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2019年01月17日

アニメ「どろろ #2 万代の巻」見てくれだけじゃなくて中身なのは人間だけじゃない



絵に描いたような幸せそうな家族…

だなんて、いつだったかな?
まだ息子が小さくて
わたしと妻の間で2人に手をつながれて
歩いている頃にすれ違った知り合いが
わたしたち家族を表現してくれました。

まさにそう見えただろうと思います。

まあ、実際そうでした。

あの頃は。

じゃあ、今は幸せじゃないのか?

そうではありませんが、
あの時のように
「絵にかいたような幸せそうな」
家族ではありません。

おそらく、どこにでもある、
「家族って本当はどこもいろいろあるよね」
という、いろいろある家族です。

そのいろいろを全て受け止めることが
本当の幸せなのだということに
気づかせてもらえた、
わたしにとってはかけがえのない家族です。

先日、東京で頑張っている友人と
数年ぶりに電話で話しました。

彼は
「家族を持つって本当に凄いなって
思うようになってきたよ」
なんて言ってくれました。

確かに大変です。その「いろいろある」の
「いろいろ」が本当に大変。

でも、その彼も、他の同級生たちも
家族のあるなしに関わらず
それぞれに頑張っていて
わたしはわたしで彼らに
置いていかれているような感覚を
抱くことがあったりもするわけです。

わたしはわたしなりに人生の質を
上げていかなければならんな…

友人たちの活躍を見るとそんな風に
思うわけです。



息子のおかげで、特撮モノやらアニメやら、
数年…いや、十数年?二十数年?
離れていた番組を毎シーズン
チェックするようになりました。
ドラマは妻のおかげが大きいかな。

アニメ「どろろ」
第二話「万代の巻」


を観ました。

百鬼丸にまとわりついているどろろ。

百鬼丸が捕獲した魚を
そのまま食べようとすると
どろろが焼いて食べる方法を教えます。

どろろは百鬼丸を見ながら
儲け話を画策していました。

さっそく翌日、化物が現れて困っている
という村の話を聞きつけてきたどろろ。

百鬼丸を村へ連れて行き
彼が化物を退治してくれると売り込みます。

その夜、寝床にありついた二人の元へ
静かに現れる化物…

しかし百鬼丸は無反応で、
化物も何もせずに帰って行ってしまいます。

翌朝、村を治めている万代という
人物に呼ばれて会いに行くと…

万代とは美しい女性で村人は
「万代さま」と崇めていました。

万代を前にした百鬼丸は突然剣を抜き、
村人たちによってどろろもろとも
土蔵に閉じ込められてしまいます。

その土蔵に琵琶を持つ盲目の坊主、
琵琶丸がいて…。



良いですね。
わたしが好きなアニメや特撮ヒーローもの
構成家・脚本家である小林靖子さんが
シリーズ構成&脚本を担当されています。

家族でハマった「仮面ライダー電王」が
一番好きなのですが、
その後も「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズや
「進撃の巨人」など、彼女が携わっている作品は
安定して面白いですよね。

この「どろろ」は演出の妙もあって
ここまでイイ感じです。

原作では48体の魔神像に臓器を奪われた…
という設定らしいですが、
このアニメでは12体の鬼神像ということになっています。

タイトルが鬼神の名前に由来しているようなので、
この調子で1話一神だとしたら
1クール(12話)で完結すると予想できますね。

このクオリティなら2クールくらいで
見せてくれてもいいですけどね。

手塚治虫さんの原作は未完なのだとか…
未読です。

昔、ハードカバー版を持っていたのですが
読了しないまま手放してしまいました…

改めてアニメを存分に感じたいと思います。

さて、1話目で百鬼丸が川に流される時も
登場した琵琶丸。

彼も百鬼丸同様に盲目です。

彼らに人の姿は見えませんが
その代わりに相手の魂を気配として
感じているようです。

彼らには「魂の色が見える」
と表現されていました。

琵琶丸はそれを
「みてくれじゃなくて中身が見える」
と表現していましたね。

こういうところがやっぱり手塚治虫さんて
凄いなって思わされます。

非常にわかりやすい。

人間見た目じゃなくて中身だよというのを
こういうマンガの設定として
描いて見せてくれる。

人生もそうですよね。
福岡にも“億ション”と呼ばれるマンションが
今も続々と建設されています。

完全に生活のグレードが違う人たちがいる。

マンションの「みてくれ」から全然違う。
乗っている車も着ている服も全然違う。

でも、彼らの全員が全員、
中身のある人生を生きているのか?

というとそうではないことを知っています。

人生も「みてくれ」じゃない中身だなって思います。
別に清貧を解くつもりはありません。

どの「生活のグレード」の中にも
それぞれ実りある人生を送っている人と
そうでない人がいる。

その違いはなんなのかと言うと
それはやっぱり感性だと思います。

同じ経験をしても、同じものを見ても
それを実のあるものに出来る人と
出来ない人がいる。

感性というとなんだか先天的なもののようで、
持って生まれた才能めいた雰囲気に
聞こえてしまいますが、
実は後天的に磨くことができる。

いや、そもそも磨くモノだと思います。

そしてそれはその人の個性や
得意不得意によっていろいろな
磨き方がある。

とにかくぶつかって身体で感じ味わうとか、
知識を徹底的に学ぶことから
感じる力を自分の中に感じる
手がかりにするとか、
人との関係性から様々な視点を手に入れて
いろいろなモノの見方から感じる力を
広げていくとか…

そうやって、人生の質を上げている人たちが
いっぱいいるんですよね。


            全ての物語のために



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posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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