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2018年12月25日

アニメ「BANANA FISH(バナナフィッシュ) #24(最終話) ライ麦畑でつかまえて」わたしたちの『有終の美』にたいする感性



わたしはハッピーエンド作品が好きなので
そうではない作品てなかなか
見返すことはありません。

「ホタルの墓」なんてもう、
始めてみたときは二度と観るか!って
思いました。

本当は恐ろしく素晴らしい作品なので
死ぬまでにもう一度は観ておきたい作品なのですが
本当に観れない。トラウマです。
マジで観れない。

「西部警察」というとわたしたち
団塊ジュニア世代やもう少し上の
バブル世代からみたらもう
伝説のドラマですよ。

今、見直してみるといろいろ古いし
またチープだったりして
今ではこのレベルでは視聴者はついてこないな・・・

という残念な部分はありますけども
逆に今では・・・いやきっと日本のドラマでは
今後もコレを超えることはできないだろう!

という激しいアクションはやっぱり
類を見ないですね。

ここだけは本当にずば抜けてます。
抜きんでています。
もうメチャクチャですがそれがなんとも
突き抜けていて気持ちいい。

映画でだってこんな無茶しませんよ。
できませんよ、日本では。

実はそんな伝説の「西部警察」も
バッドエンドでした。

わたしが中学生の時に古本屋で買った
「西部警察 写真集」には
渡哲也さんの言葉が載っています。

「死ぬということで、有終の美を飾りたかった」

そう、渡哲也さん演じる「西部警察」の顔、
大門軍団の団長、大門圭介は
最終回スペシャルで死んじゃいます!
ドーンとネタバレ!!

前置きが長くなりましたが、

『有終の美』

この言葉を出したかったんです(笑)

この感覚はきっとどの国の人にも在るのでしょうが
言葉はどうなんでしょうね?

物語作品を他国のモノと見比べると
やはり日本人には独特の
有終の美への感覚があるように思います。

基本的には好きになれないんですけどね。

この繊細さが本当にはかなく美しく
だったり、
美しくも何ともない現実ってこんなに酷いんだ
だったり、
とにかくそんな風に本当に意味があって
心に深く残るものだったら許せるけど
それでも「ホタルの墓」の例もありますし・・・

あれは有終の美ではないでね。
もっと、残酷で深くて暴力的なものの
悲しさを感じさせるための恐ろしいくらいに
怜悧な演出・・・と言う感じがしました。

とにかくそういう終わらせ方に
日本人は持って行きやすい。

なんででしょうね。



終わっちゃったんですね〜。寂しいですね〜。
でも完全保存版にしてるからまた、
観ちゃうんだろうな〜。でも、でも、でも!

アニメ「BANANA FISH(バナナフィッシュ)」
第24話(最終回)「ライ麦畑でつかまえて」


を観ました。

ゴルツィネを人質にして
捕虜になった仲間たちを
解放するように要求したアッシュ。

しかし、フォックスは
ゴルツィネを裏切ります。

一緒に来ていた仲間たちとは
シャッターで遮断され
その向こうでは銃撃戦が始まります。

フォックスに連れて行かれアッシュ。

ブランカはケインとシンに
捕虜になっている仲間を助けたら
後のことは気にせずとにかく
この場から離れろと伝えて
自分はアッシュを助けに行こうとします。

シンはケインに後のことを任せて
ブランカを追います。

英二は病院で日本への帰国が迫っており…



最近のアニメでシーズンを区切って
放送されるモノ。

例えば「僕のヒーローアカデミア」などは
マンガも連載中ですし、第3期が終わるとき
残念な思いもありましたが、
また、次シーズンを待つという楽しみがあります。

でも、2クール、半年観てきた作品が
しかもキャラクターたちを好きになっていた作品が
完結するのは・・・続きがない・・・というのは・・・
やっぱり寂しいです。

1クールのドラマが終わっても
そこまで感じないのは3ヶ月という
期間にあるのでしょうねやっぱり。

「僕らは奇跡でできている」も
「SUITS(スーツ)」も
彼らに会えなくなるのはちょっとだけ
寂しいけど・・・本当にちょっとだけだな。

って感じでした。

でも、この「BANANA FISH(バナナフィッシュ)」は
そうはいきませんでしたね。

本当に胸がウズきましたから。

最近の毎週放送されるアニメで
最終回にこんなにウズくものって
なかなかない。

本当はこういう終わり方をしたら
文句を言ってやろうと思っていたんです。

ハリウッド映画とかならきっとやらない。
でも日本人は余韻とか好きだし
すぐこういう事やっちゃうから、
この作品もこんな終わり方するんじゃないかな〜

って危惧していた終わり方を
まんまされちゃった感じ。

でも、文句を言う気は削がれるくらい
ウズいて、否応なしに余韻が残りました。
してやられました。お恥ずかしい。

毎週30分のアニメで最終回だけ40分。
なんてのも初めて経験しました。
最終回だけ1時間とかならありそうですけどね。

くやしいけど、ベタだったのに
キャラクターの生死がどうこうではなく
作品としての『有終の美』を飾り添えてくれましたね。

今、日本のアニメは世界中で観られています。
このラストを世界の人がどう受け止めたのか?
とても気になります。

深作欣二監督の傑作映画で
「バトルロワイヤル」という作品があります。

で、深作監督のご子息が脚本を書き
途中で深作監督が亡くなったので
ご子息が監督も引き継いだ続編、
「バトルロワイヤル2レクイエム」

この脚本、最初は主人公たちが
みんな死んじゃうラストだったそうです。
それを読んだ深作監督は
「お前はこんなラストが観たいのか?」
みたいなことをズバッと言われたそうです。

そうなんですよ。でも、

「壬生儀士伝」とか「とんぼ」とか
「振り返れば奴がいる」とか
「里見八犬伝」とか「十三人の刺客」とか
「忠信蔵」とか・・・

たぶんコレは数えたらきりがないくらい
出てきますよね日本の有名作品で
「有終の美」的なラストを迎えるものって。

なぜか?なぜ日本人はこういう傾向があるのか?

わたしの推論、結論を言いますと
死を意識した生という文化が
ちゃんと遺伝子に組み込まれている。

感受性、センス、に刻まれている
と言うことなんだと思います。

命の尊さを本当にわかっていて
繊細に生きていることの尊さを
感じられる遺伝子を持っている。

命を粗末にすると言うことではなくて
命の尊厳を知っている。

もちろんどの文化の人も命ある人間である以上
誰だってそんなモノは持っているのでしょうが

そうでなくては困りますが、

そこへの繊細さというのが独特のものがある。

だからこそ、無意識にそれを振りかざして
物語でも乱発してしまう部分があって、
「いい加減人を殺さずに感動できる作品も作れよ」
って言いたくなるくらいの粗悪な
使われ方をしているものもあるのですが、

それでも日本人がつくるとこういう
はかなさ、もの悲しさの演出で
有終の美を飾り、余韻を残そうとするものが多い。

そういう傾向がある文化だということは
自覚しておいて良いと思います。

「オール・ユー・ニード・イズ・キル」
の日本の原作とハリウッド映画の
ラストの味わいの違いを見比べてみてください。

日本人とハリウッド映画の感性の違いが
わかりやすく、しかも心地よく
味わえて、楽しめますよ。


           全ての物語のために

今すぐ全話観れちゃう!








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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