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2018年12月16日

ドラマ「僕らは奇跡でできている #10(最終話)」その2 嫌なことを消しても幸せにはなれない



幸せになりたい…
楽しく生きたい…
何かを為したい、成功したい…

笑顔の絶えない家庭を作りたい…
いつまでも仲のいい夫婦でいたい…

そんな風に思っている人たちが
マイナスの感情に出会ったときに
ひどく落ち込んで自分を責めたり、
怒って相手を責めたりしているのを見ると、
残念な気持ちになります。

「〜のせいで幸せじゃない」
「〜のせいで笑顔でいられない」
「〜のせいで仲良くいられない」

幸せじゃないから、笑顔でいられないから、
仲良くいられないから…

だから…これは失敗だ…

みたいな結論をマイナスの感情と一緒に
出してしまっている。

いいや、出している認識はないと思いますが
それが悪いこと、幸せの反対のことのように
無意識でとらえている。

結論「めいた」理解の仕方を
無自覚に持ってしまっている。

そんな風に感じられて残念になるんですね。

わたしは歳を重ねて
いろいろ感じ、学ぶ中で分かるようになってきました。

わかるようになり始めて、
本当によかったと思っています。

だって、ここがわからないと
本当の幸せには気づけようがないこともわかるから。

だから、いろいろな不満や愚痴を聞くと思います。

「ああ、幸せなんだな。良かったね」

って。わからない人には

「はあ!?」

って感じだろうなってこともわかっているんですけどね。



他に観ないといけない番組、いっぱい
溜まっているのに、このドラマ見返すの
全く苦になりません。むしろ、改めて深く
感じ入って涙出てきたり…といことで
クライマックスとなった第9話と…

ドラマ「僕らは奇跡でできている」
第10話(最終話)


を改めて見返してみました。

主人公の相川一輝というキャラクターが
周囲に見守られている…
恵まれたキャラクターであることは
作り手も承知していて
そのことに対するフラストレーションを
樫野木先生に晴らしてもらう…

樫野木先生が悩める視聴者の
代弁者的な存在となったのが
このシリーズのクライマックスだった。

という見方ができますね。

でもそれはこのクライマックスが
そうやって見たら見やすいというだけで
やっぱり一輝という主人公の成長が
中心にあって、周囲の人たちの
それぞれの成長がある…

それがこのドラマの描き方
だったのでしょう。



個人的には、自分が目をそらしている
劣等感、自信のなさ、自信のない自分と
向き合うことから目をそらしていた…
と自分で語る樫野木先生は
「オレもそうだな…」と改めて
釘を刺してもらえました。

でも、辛いことや苦しいことに
出会わないように、襲われないように、
ビクビクしたり、

そういうことに出会ったときに
イライラ、カリカリ、スネスネして
…つまり、怒りで周囲のせいにしたり
(それを今回樫野木先生がしていました)
するのではなく、

では、どうしたらいいか?

というのは一輝を通して語られましたね。

一輝は「自分の光を広げる」という表現をしました。

シリーズの中盤だったかな?
祖父と一輝の話の中で
祖父がその光の中に
他の人を入れてみても良いんじゃないか?

みたいなことを話していました。

一輝は光を広げて周囲の人も入れました。
樫野木先生や育実をリスの橋をかけるのに
巻き込みました。

そしたら楽しさ、喜びも広がっていきます。

でも、この最終話では祖父に一輝が言います。

「光を大きくしたら、嫌なことまで入ってきちゃって…」

祖父は言いましたね。

「そうか…。よかったな」



一輝は、一人で考えます。
そして、考えて出した結論を今度は
鮫島教授に話す姿が描かれます。

「嫌なことを消そうとするんじゃなくて
そのまま感じると…」
「光は無限大に広がっていく…」

そんな話でした。

凄いですよね、一輝は。

樫野木先生に、迷惑だから消えて欲しいと言われ
涙目になって出て行ってからが。

普通、あんなこと言われたら
「なんだと!」と喧嘩になったり、
プイッと無視して、嫌って疎遠になる。

つまり、怒りで自分を守っちゃう。
傷つくんだけどもその傷と向き合わず
そんな理不尽なことを言った相手を
憎むこと、嫌うこと(つまり憎み続けること)
で、その傷について強がっているようなものです。

でも、一輝はなんで傷ついたのか?
なんでこんな気持ちになるのか?

と怒りで目をそらさずにちゃんと向き合いました。
そして「樫野木先生と仲良くなりたいと思っていたからだ」
という結論にたどり着いてそれを本人に伝えました。

ものすごくシンプルです。
本当は人に対する怒りなんて、ほとんどそうです。

その素直さが出せないがために
お互いにこじらせてしまう。

ドラマでは樫野木には伝わって仲良くなれました。
でも、誰にでも通じる事ではないでしょう。

相手が変るか変わらないかは相手次第。
でも、それは自分が自分のマイナスの感情と
向き合うかどうかとは別の問題です。

だから一輝は何の保証もなしにただ
自分の気持ちと向き合った。

さらにそれを伝えて、
次のフィールドワークに誘うということまでしました。

強いですよ。
「嫌なことも消そうとしない」
だから光がどんどん広がる、
自分が成長する。

そうすると、幸せの捉え方も変わってきます。
分かってきます。

だって、そうな風に「仲良くなりたい」と
思える相手がいるということだけで幸せでしょ?

独りぼっちじゃない幸せだけでも凄いことなのに、
仲良くなりたいと思える相手に出会えたという幸せもある。
そういう心を持てる自分で在るという幸せもありますよね。

例えその時にその人と仲良くできなくても
その人や自分がもっと成長した時に
仲良く出来る日が来るかもしれない。

その人との寂しい経験が、他の人と仲良くするために
役立つかもしれない。

今在る自分も、過去のいいことばかりではなく
悪いことも含めた全部の出会いや経験でできている。

一輝はそういうことを学生相手にも
言っていましたよね。

一輝は自分の光が無限に広がる
という素敵な表現をしました。

わたしはそれを受けてやっぱり思います。

今、この瞬間にはやっぱり
無限の深さを持った幸せが、無限個数あるよねって。

そう考えたら、
イライラ、カリカリ、スネスネ、ビクビク…
そんな気分で時間をつぶすことが
やっぱりもったいな〜い!

って思っちゃうんですよね!


            全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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