お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2018年12月10日

小説「鬼物語(オニモノガタリ) 第忍話 しのぶタイム 講談社 西尾維新 著」そんなダマし方もあるのか



心理カウンセリングの教室に通っていた頃、
ある先生から

「そんなつもりじゃなかった」

という言葉が出るのも
自分を受け入れられていないということだ

・・・と言われて
厳しいな〜とショックを受けました。

でも、言われてみればそうで、
人から見られている自分も
自分の一部であることには変わりがない。

自分の言動の結果、
例えそれが誤解であったとしても
相手にはそう伝わった。

相手から観たら自分は今そう見えている。

その事実は自分ごと自分の一部として
受け止めなければならない・・・と。

わたしはその厳しさがショックとして
色濃く残っているために
そのときに先生がその誤解にたいして
どんな対処をとったら良いのか?

具体的に話されたのかもしれませんが
覚えていません。

でも、そもままで良いとは決して
言っていなかったはずです。



時系列順に読むと言っても、メインの話は夏だけど、
秋の阿良々木くんが、二学期に転校してきた後輩、
忍野扇に思い出すように語り始めるという構造なので
やっぱり頭はあっちこっちする!

小説「鬼物語(オニモノガタリ)」
第忍話「しのぶタイム」 講談社 西尾維新 著


の2度目を読破しました。

タイムスリップアドベンチャーから
なんとか正規のルート…
自分たちの歴史のルートの現代に戻った
阿良々木暦くんと忍野忍。

忍は阿良々木くんの影に戻り
始業式は始まっているけど
着替えるために一旦
家に帰ろうとした阿良々木くんに
声をかけてきたのは幽霊少女
八九寺真宵でした。

一昨日の夜、八九寺は
阿良々木くんの家に泊まって
寝入ってしまい、
おいとました時は大事なリュックサックを
忘れていってしまったのです。

リュックサックを返してもらうために
阿良々木くんを探していたという八九寺。

2人で阿良々木家に戻り、
無事リュックサックを返した
阿良々木くん…と、八九寺は
無事ではいられなくなります。

2人はそこで観てしまいました。

「くらやみ」を。

真夏の快晴の太陽の下
空間が削られたかのように
“なにもない”何か…「くらやみ」

慌てて自転車に2人乗りで逃走する
阿良々木くんと八九寺。

偶然出くわした式神童女、
斧乃木余接に助けられて
学習塾跡に逃げ込んだ3人…

その学習塾跡で
阿良々木くんは忍から、
400年前に忍が日本にやってきたときの
昔話を聞くのでした…



日帰りで熊本へ行く仕事の移動中、
この小説の最後のところを読み終えました。

数年前に初めて読んだときは
通勤中の電車の中でした。

このラストもまた、涙なしでは読み進められない
そんな感動的なラストなんですよね。

夏休み最終日から二学期最初の数日。

阿良々木くんは本当に大忙しです。
コレを読んだ後、「終物語 中」を読み始めましたが
正直まだ迷っています。

「猫物語 白」を先に読むべきかどうか・・・
というのも、「猫物語 白」は
二学期始業式の日から始まる
阿良々木くん不在の・・・
つまり今読んでいるあたりと同時進行中の物語。

阿良々木くんが学校に行けていない間に
クラスメイトの羽川翼や戦場ヶ原ひたぎが
どうしていたか・・・

というお話だから。

でもラストを考えるとまずはやっぱり
「終物語 中」を先に読むべきかな〜

さて。「鬼物語」です。

臥煙伊豆湖という何でも知っているお姉さんが
阿良々木くんと初対面します。

その臥煙さんが言っていました。

誤解を解く努力をしないのは
だましているのと同じ…

ええ!

誤解される自分も自分の一部、
受け入れなければならない自分。

わたしは自分にそう厳しく強いていた部分が
実はあったりもしたのですが、
読むの2度目のはずなのに
今、ここでこんなにショックを受けるとは!!

でも、確かにそういう見方もありますね。

誤解している奴は誤解してなさいよ。

という態度は本当の自分を伝えていない。
つまり騙している。騙し続けている・・・と。

たとえば、わたしのことを
嘘つきだと誤解した人がいるとしましょう。

何かがあってそれが嘘だと誤解された
あるいは本来は嘘になるはずじゃなかったけど
結果的に嘘になってしまった・・・

どちらにしても不本意な嘘なのですが
相手はわたしが故意に嘘をついたと
誤解をしているとします。

そんな相手に「そんなつもりじゃなかった」は
いいわけになってしまう。

そう思わせたのは自分だから仕方がない。

とわたしが全く何もせず黙っていたら、
わたしは嘘つきですという嘘をつきつづける・・・
という事になるんですね。

なんとまあ、そりゃあそうだ。

ちょっとぉ・・・今更・・・今この歳でまた
お恥ずかしい限りですが
こんな簡単なことにも気づいていなかった。

いや、忘れていたのか。

しっかりしろよオレ!
って感じです。

いいわけだと誤解される可能性ももちろんあります。

それでも、誤解を恐れず、
誤解に誤解を重ねることを恐れず、
わたしたちは誤解は解く努力をしなきゃならない。

当たり前すぎて忘れていました。

しかし、いいわけだと言われることが嫌い・・・
いいや怖いのか・・・

そんなわたしが誤解をされたとき
どこまで強く誤解を解く努力をできるのか?

これはまた大きな壁が出てきました!


             全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。