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2018年11月24日

ドラマ「僕らは奇跡でできている #7」幸せじゃないんじゃなくて感じる心が固まってるんじゃない?



今の社会の仕組みの問題なのかな…

どう思います?

太陽を感じて、風を感じて、
冬の匂い、夏の匂いを感じて、
草木のこすれ合う音を感じて、

遠くから聞こえてくる子どもたちの
掛け合いを聞いて、
街行く人たちの笑顔を観て、

雨を感じて、優しさや、善意、
不満や怒り、悲しみやもどかしさ、
そんな命の瞬間を感じて、

いちいち、生きている実感を
味わっている余裕なんてなんですよね。

全部、いつもそこにあるのに、
味わいの深さは無限に無限に広がっているのに
その無限を気にも留めずに
過去として葬り去っていますよね。

忙しいですもんね。毎日。

でも幸せって多分、そういうことを
押しのけて感じられるものではないと
思うんですよね。

そういうものを感受性いっぱいいっぱいに
感じとれるからこそ幸せの意味って
あるんじゃないですかね。

だとしたら、幸せになりたいなんて
追い求めながら、
毎日毎日、押しのけているもの、
気にも留めずに取り返しのつかない
過去に捨て去っているのって
本末転倒もいいところなんじゃ…ないの?



だいぶ主題が前に出てくるようになりましたね。
実はこのブログでもツイッターでも
このドラマのタイトルってアクセス集まるんですよ。
びっくりです。みんな観てるんですね〜

ドラマ「僕らは奇跡でできている」
第7話


を観ました。

一輝(高橋一生)に会いに
大学へ言っていた虹一(川口和空)。

しかしそれは同時に塾をサボっている
ということでもあった様子。

虹一が帰宅すると、母・涼子(松本若菜)が
塾から聞いたと虹一を問い詰めます。

そして、スケッチブックと色鉛筆を
「勉強の邪魔」だと取り上げました。

翌日お腹が痛いと仮病を使い
学校を休んだ虹一は、
家を抜け出してまた一輝の大学を訪ねます。

一輝は、「家にいたくない」と言う虹一を
自宅へ連れて帰り、
自分の部屋に招き入れます。

そして一輝は虹一の居場所を
涼子に伝えるため、虹一の自宅へ。
しかし家は留守でした。

涼子は育実(榮倉奈々)のクリニックへ
一輝の連絡先を聞きに行っていたのです。

ところがそこで一輝と遭遇します。
一輝もまた育実に涼子の連絡先を
聞きに来たのでした。

育実とともに相河家を訪れた涼子は、
虹一を強引に連れて帰ろうとしますが、
虹一は頑なにそれを拒みました。

育実は、虹一のことで
しきりに周囲の目を気にする涼子に、
何かを感じたようで…



具体的にわかりやすくするためでしょうか?
かなり良い内容でしたが、
やはりシンプルに、具体的に
し過ぎちゃったかな…

という部分も感じなくはないですが、
最終回に向けて「決着」をつけるには
仕方のないことなのかもしれませんね。

そもそも、このテーマを
エンターテインメントのドラマでやる…

しかも民放が。

それだけでも意義があるし、
実際かなり高いレベルで成功している。
そういう作品だと思います。

だから、視聴率はそんなに高くなくとも
実は支持率は高い。
そんな感じなのでしょう。

わたし自身もそうですが
社会や常識に窮屈さを感じている人、
今の自分に息苦しさや不自由さを
感じている人には、
とても刺さっちゃうはずですからね。

今回のお話は、この1話で涼子の心を
虹一のためにほぐしてくれました。

この1話でというのはおかしいか…

第1話から涼子と虹一は描かれていましたから、
7話目ににしてやっと…とか、
7話かけてやっと…とでも言うべきなのかな。

虹一がやっと救われた。
救われたのは涼子も一緒ですよね。

このドラマは先にも述べたように
不自由さを感じている人たちの救いです。

わたしもかなり救われています。

今回の一輝の告白と涙、
そして育実や涼子の涙は同情や
単なる共感ではなく、
自分のこととして涙を誘われました。

ドラマですから、今まで変化しなかったものが
変化をする瞬間…つまりは“ドラマチックな瞬間”
を描かなければなりません。

そして、ある意味での納得感、満足感、
説得力も持たせないといけないのでしょう。

それを分かりやすく…。

何が言いたいかというと、
わたし自身の現実、あなたの現実は、
一輝や虹一や育実や涼子ほど
恵まれた環境にはないかもしれないから
もっと、時間がかかるかもしれないし、
このドラマのような感じで…

涼子が気づいてくれたような感じで
育実がほぐれていったような感じで
わたしやあなたの周囲の誰かが
変わってくれるとは限らない。

ということです。

希望のない話をしようというのではありません。
ドラマを批判しているのでもありません。

でも、現実の世界で窮屈な思いを
募らせて募らせて…しなだれて…
折れそうになっている人の中には、
この、ドラマのステキな結末と現実のギャップに
当てられてしまって、逆に折れてしまいかねない。

ちょっと、そんな心配をしてしまいました。

だから書いているんですね。

みんなの変化の瞬間を描いている。
しかも、ドラマチックに描いている。

だから、ドラマの中の世界が
現実とは違うという見方をして
現実に打ちのめされるのではなくて

ドラマの中に込められた真実を胸に抱いて、
真理を受け止めて、
自分を見つめ直してみたら
良いんじゃないでしょうか?

わたしはそうしたいと思ったから
素直に涙が出てきました。

自分のいいところ…
当たり前だと思っていることも含めて
何の問題も無いので100個

見つけてあげて、気づいてあたら
良いんじゃないでしょうか?

このあと…どんな展開になるのかな…

いやホント、こんなテーマを取り扱って
本当に収拾がつくのかな?
って、ずっと気になってるんですよね。

でも、今の社会の窮屈さをを打開する
と言うのは、本当はこういう視点が
絶対に必要なんですよね。


          全ての物語のために



「ボクキセ」もう一度最初から観直してみる?









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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