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2018年11月14日

アニメ「からくりサーカス #5 サーカス〜出発」比べちゃいけない?



テストで60点!?何この点数は!?

「でも、難しくてみんな点数低かったよ」

100点の子はいなくてもそれに近い子は
いたんでしょ?

「…うん」

だったら、下ばっかり観てないで
上を見なさい上を!!!


…下を見ずに上を見ろ…

こういう人は、それが向上心だと
思っているのでしょうね。

え?「違うのか?」って?

よ〜く考えてみたらわかりますよ。

確かに向上心の一部分を表してはいる。
だから完全に間違いとは
言えないのかもしれません。

でも、状況によるでしょうね。

一番はそれを言われた子の性格。

他人と比べずとも、自分の前回のテストと
比べて向上すれば良いわけだし、
そもそも、前回のテストとは出題された
問題も違うわけですから
その比較も意味がないのかもしれません。

だったら、そのテストを後でやり直して
最初よりいい点をとれたら向上でしょう?

もっと違う見方もできますよ。

自分にはこの勉強法は合っていなかった
それを学べたんだって思えたら向上です。

そうなると点数が悪い方が良かった。
むしろ60点なんて中途半端ですね。

いっそ0点に近いほうがキッパリ
やり方を変えられて喜ばしいのかもしれない。

まだまだあるかもしれませんね。

向上心についての視点の種類を
考えはじめただけで、
もうあなたは向上している…これも事実でしょ?

去年、息子が中学一年生の時に
わたしの発言が優秀な子と比べるような
言い方だったらしく、
息子を傷つけてしまったことがありました。

比べたつもりはなかったけど
比べられたように感じさせてしまった。

そのことは謝りました。
もっともっと前に、妻が似たようなことを
言った時にわたしは

「友達と比較するのはよくない」

というような指摘をしていました。

でも、向上心のように『より』良くなりたい。
という想いはみんな持っています。

それは『より』悪い状態と比べているから
言える言葉ですよね。

比べる…比較する…

これも悪いことばかりじゃないですよね。
でも、それだけでも成長はしないのかもしれません。

…それもまた、比較と比較しないことの比較か…


まったくの想定外の数のドラマとアニメを
チェックすることになってしまって
あっぷあっぷしていますが、それももう
半クールが過ぎようとしていますね。
こうなると気分は年末年始に飛んじゃう…
録画物の断捨離も必要かもな〜

アニメ「からくりサーカス」
第5幕「サーカス〜出発」


を観ました。

何度も勝をピンチから守った鳴海は、
火事で崩れ落ちる屋敷の中で
守るをかばって左腕だけを残して
跡形もなく消えてしまいます。

それから3ヶ月。

勝は喪失感を乗り越えて
鳴海に教わった通り、笑顔で、
強く生きようと日常へ戻ります。

学校へも戻ることになった勝。
しろがねも勝の世話役として
家では常に一緒に居ましたが
勝が通う小学校と隣接する高校へ
編入することとなります。

久しぶりに戻り、またもや
同級生のいじめの的になる勝。

対して、編入早々
男子達のハートもツッパリ女子のハートも
その美貌と振る舞いで掌握しつつ
一瞬で授業をボイコットし
勝の様子を見に行ってしまうしろがね。

しろがねが教室を覗くと
いじめられる勝が目に入り…



本当に展開が読めませんね〜
ちょっと唐突だったりする。

でも、昔の少年マンガらしいとも言えるかな。

少年が強くなる話なのでやっぱり
観ていて飽きません。

勝は小学校に戻って以前のように
いじめが再開されるわけですが、
勝の反応は以前のそれとは違います。

だからいじめっこたちも気持ちが悪い。
気味が悪いんですね。

勝は命を狙われて、
文字通り死ぬような思いをして
ピンチをくぐり抜けてきました。

鳴海としろがねに命がけで守られながら。

その経験に比べたら小学生のイジメ程度は
『悪意』のうちには入らないのでしょう。

ちょっとちょっかいを出している。
その程度なのかもしれません。

本物の悪意と子どものちょっかいを
『比べたら』…つまり比較。

勝の場合はまさに向上ですよね。
とてもたくましくなった。

悪意の裏の欲望なども嫌というほど
感じたでしょうし鳴海を失ってもいる。

これまで知りもしなかったような
ズルさや汚さ、そして悲しみも理不尽に
思い知らされて、それでも笑顔で在ろうとする
強さも知ることができた。

以前の、お金持ちの甘えた子どもとは
そりゃあ別人になります。

思春期の息子を見ていて思いますが
反抗するということは自分の中での
正しさが確立され始めているということです。

まだまだ固定はしないでしょう
とにかく比較対象がグルングルンと
彼の頭と心に次から次へと入り込んできて
自分を確立するために心が七転八倒している。

比較比較比較比較…その連続でしょう。

何よりわたし自身が、「今ここ」の「幸せ」に
気づけたこと、気づき方に気づけたことの影には
自分より苦しい境遇や悲しい思いをした人の
経験との比較が確実に存在します。

もちろんそれだけではないですが、
いろいろな物事との比較検討で
自分の考え方が作られていくのは
人の成長において切っても切り離せないこと
ですよね。

最終的には何かと比べることなく
『ただ、ここに在る』

という事実だけが愛おしいことだったり
感じ入るものだったりすることが
なんとなくわかることがあります。

そうなると「比べたって意味がない」
ということの意味もなんとなくわかってくる。

下を見るな、上を見ろ

なんて、まだまだですよ。

下を見るから様々なサービスや商品が
世の中に出てきてわたしたちは
便利な世の中の恩恵を受けている。

向上心を持って、特に下を見た人たちの視点でね。

これも事実。

まだまだ、これからもいっぱい
向上心を持って、
わたしはいろいろと比べちゃうんだろうな。


            全ての物語のために



「からくりサーカス」ついでに「うしおととら」も!














posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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