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2018年10月14日

アニメ「BANANA FISH(バナナフィッシュ) #14 夜はやさし」理屈では考えられない悪意があるなら




絶対的な悪意を持って
向かってこられたら正直為すすべはない。

いろいろな学校などで
カウンセリングをして
子供達の家庭の事情あ学校での問題に
深く関わっている方から聞いた話です。

わかりますよね。

電車の中で見境無くナタを振り回し
男性に馬乗りになって
何度も振り下ろしたという男の
事件があったのはまだ数ヶ月程度前のことです。

周囲の人たちには
どうしようもなかったと思います。

怖かったろうな・・・と思います。

「話せばわかる」なんて
そんなときはもう言っていられません。

とにかく何とかして逃げなければ
どうしようもない。

理屈では考えられないような悪意
それはどうしようもなく存在します。

でも、だから絶望している場合でもなくて
理屈では考えられない悪意があるように
理屈では考えられないほどの善意もまたある。

そして、理屈では考えられない悪意が
自分の中に芽生えないように
自分の中で勝てるかどうかは
理屈では考えられない善意ともう二つ・・・

併せて3つのことがそろえば
少なくとも自分の中にある
理屈では考えられない悪意を
浄化させることは出来ると
わたしは思っています。



観ていると予想以上に良い作品だったな・・・
なんてモノが結構ありますね。
逆に期待していたものがイマイチだったり。
でも、一概に言えないのは自分のコンディション
によっても感じ方が変わることですね。

アニメ「BANANA FISH(バナナフィッシュ)」
第14話「夜はやさし」


を観ました。

アッシュは病院に搬送されていました。

オーサーを倒す直前に
刺されて重傷を負っていたのです。

傷はかなり深く生死をさまよいながら
悪夢にうなされるアッシュ。

大勢のストリートギャングたちを殺し
殺人者としての汚れた手を見て
罪の意識に襲われているようです。

空港で英二を待っていた
マックスと伊部は、
ニュースでアッシュたちの事件を知り、
刑事のチャーリーに連絡を取ります。

一方、他のギャング達と一緒に
留置所へ入れられてしまった英二は、
アッシュに言われた

「お前に見ていられたくないんだ」

という言葉の意味を考えていました。

そしてなぜかシン・スウ・リンと共に
釈放される英二。

出迎えたのはユエルンで…



オープニングとエンディングの歌が
変わりましたよ!

ここからが2クール目ということのようです。

オーサーとの戦いが1クール目の
クライマックスだったということですね。

さて英二。

ユエルンによって釈放されますが
そのまま彼の屋敷に閉じ込められます。

手荒なことはされませんが
ユエルンの逆鱗には触れてしまったようです。

別に英二はなにもしていませんよ。

ただ、自分が年下にバカにされることは
自覚していたけど、ここまでの悪意を
あからさまにぶつけられたのは
初めてだと言うことをユエルン本人に
伝えただけ。

それだけでユエルンの逆鱗に触れた。

曰く
理屈では考えられない悪意ってものはある。
君には想像すらできないんだろう?

と英二に向かってさらに憎悪を滲ませます。

要するにわけわからんが
無性にイラつくから無茶苦茶にしてやりたい。

と理不尽きわまりないことを
ユエルンは言っているわけです。

わたしも英二のような・・・いや
それ以上の甘ちゃんです。

ぬくぬくと育ってこれたので
未だに「なんとかなるんじゃないか」
と思いながら、
後回しにしてきた問題に
突然牙を剥かれてどうしようもなくなる

なんて事が起きている。
起きてから気づくから達がわるい。

まあ、それは自分の問題で
今回はそういう話ではありません。

他者の悪意。

本当に個人の力ではどうしようもないくらいの
理屈抜きの悪意というのはある。

わたしたちは本能的には
そのことを知っているはずです。

わたしは中学3年生の時に
町で不良に絡まれて
カツアゲされたことがありました。

怖くて泣く・・・なんて経験は
忘れて久しい年頃です。

親の前で弱さをさらけ出すなんて事も
忘れて久しい年頃です。

むしろ絶対に見せたくない。

でも、なすすべ無くお金を取られて
自宅に向かいながらも
何とも言いようのない気持ちを押し殺し、
家に帰り母親の顔を見たとたん
涙があふれてしまいました。

「お金を取られた」という一言で
悔しかったね〜!
と背中をさすってもらったときに
ああ、そうか、悔しさだこれは!
と気づきました。

あの理不尽な悪意。
アイツらの前では理屈なんて通じない
圧倒的な暴力のにおいがありました。

わたしの経験はその程度ですが、
ニュースを観ていると
この圧倒的な悪意の犠牲になった人が
あとをたちませんよね。

そういうのを観るとあのときの
悔しさがよみがえります。

わたしは大学生になってから
中国武術を始めました。

はっきり言って現役時代は
その辺遊び回っている不良なんて
足元にも及ばない身体能力を
身につけていたと思います。

週末に4時間みっちり訓練して
平日は朝・夕トレーニングしていましたから。

でも正直言うとそれだけ頑張れたのも
明る意味では自分の中の悪意を
利用したからです。

理不尽への憎悪。
「あのときにボクに怖い思いをさせた奴らを
軽くあしらってやれるだけの強さ(暴力)を
身につけてやる!」
そんな怒りがあったから頑張れた。

実際には、町で喧嘩をしたりはしませんよ。

自制心は強さとともに培えました。
そもそも、武術というのは
精神鍛錬でもありますから
弱いものイジメは本末転倒、
精神的弱さの現れでしかありません。

わたしは幸運にも今のところは
理屈では考えられない悪意よりも
善意の方が勝ってきています。

自分の悪意を押さえるのは自分。

理屈で考えられない悪意に対抗できるのは
もちろん理屈では考えられない善意・・・

なのですが、それだけでは勝てないことがある。

結局は自分の中での葛藤なわけで
それらは理屈でやりとりされます。

つまり理屈で善意を支えて
悪意を越えなければならない。

それは、理屈を越えた理屈とも言えます。
そして精神。

英二もそうでしょうが
英二に汚れる姿を見ていられたくない
と思ったアッシュもまたそう。

オーサーやゴルツィネとは違う
“精神”をもっている。

つまり
理屈ではない悪意に打ち勝つには
理屈ではない善意と
理屈を越えた理屈と
理屈を全てを越えた精神がいる。

その精神を支えるのもまた
理屈を越えるモノを越えるだけの理屈
だったりします。

物事をとらえ直し自分の気持ち、
感情を作り変えていく。

それが出来るから
悪意を使ってスタートを切るなんて
都合のいいやり方をして
不要になったら悪意を切り離す。
あるいは悪意ではないモノに変える。

そんなことも出来るのが人間脳
なんですよね。


         全ての物語のために

アニメ「バナナフィッシュ」を一挙配信








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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