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2018年10月10日

アニメ「進撃の巨人 Season3 #48 傍観者」わたしは今どこにいる?



初めて社会人として就職したのは
東京の撮影技術会社でした。

テレビの世界でもミュージックビデオの世界でも
一線級の作品を数多く手がけていて
わたしもその仲間に加えてもらっていました。

18〜19年前の話です。

たった1年弱でしたが、
わたしにとっては本当に濃い1年で
当時の仕事内容は未だによく覚えているし
あのときのキツさを思えば
その後の仕事のキツさなんて
耐えられないわけがないという
礎にもなっています。

当時1年もあの仕事をやれたのは
当然、拾ってくれた会社があって
そこで面倒を見てくれた先輩方が
いたからです。

中でも一番面倒を見てくれたのが
それまでその会社での最若手だった
3つ年上の先輩。

その先輩は今でもテレビの第一線で
カメラマンや撮影監督として活躍されていて
福岡に出張くるということで
会わないかと連絡をくれました。

18年ぶりの再会です。

わたしはその第一線を早々に退きましたが
当時から「俺は絶対やったんで!」と
気持ちの強かった先輩の
18年間の一部を聞いていっぱい刺激を
もらいながら、その世界の傍観者的な
立ち位置になってしまったな・・・という
一抹の寂しさもありました。

でも、傍観者といっても
たとえば、親だって子どもの人生の
参加者にはなれず、傍観者にならないと
いけないんだから、それは悪いことでは
決してないのかも。



毎週楽しみに観ておきながら、そう言えば
7月のスタートから、ほとんど紹介していませんでした。
放送局がNHKに変わったのがびっくりでした。

アニメ「進撃の巨人 Season3」
第48話「傍観者」


を観ました。

ヒストリアの戴冠から2か月。

牧場で孤児たちの面倒を見るヒストリアは、
人々から親しみを込めて
「牛飼いの女神様」
と呼ばれていいました。

調査兵団ではエレンの
硬質化の能力に関して
様々な実験が行われ、
対巨人兵器の開発にも成功します。

度重なる実験はエレンの身体に
大きな負担を強いるものでした。

それでも、巨人を一掃できるなら
自分の身体のことなんてどうでもいいと、
覚悟を見せるエレン。

仲間達との会話の中で
彼はある人物のことを思い出し
調査兵団の仲間と
その人物に詰め寄ります。

その人物が語る話は・・・



前半、1クール目はなかなかハードな展開でしたね。

NHKなので、民放以上に表現には
規制がいっぱいあるはず。

その中でも背景やアクションシーンの作画など
各段にレベルアップしているのが感じられます。

今回も、すがすがしい透き通るような空気感を
綺麗な画で出してくれていました。

本当に近年の日本のアニメは凄いですね。

それは画づくりの技術だけにとどまらず
物語の内容に関しても言えることで、
世界中の人たちの反応が
それを物語っています。

わたしは一観客、傍観者なのに、
やっぱり日本人として誇らしい。

今回のお話のなかで、エレンの母が
特別でなきゃいけないのか?
フツーでいいんじゃない。

みたいなことを、小さなエレンを抱き抱えて
言っていました。

アドラー心理学を流行らせた
「嫌われる勇気」でも
普通であることの勇気について
語られていました。

18年前と変わらず接してくれた先輩も
僕から見たら本当に当時語っていた
夢を叶えて自立していてカッコイイのですが
先輩自身はその世界では
特別な才能をもった天才達とは違う
フツーの人間だから努力している
という感覚でいるようでした。

傍観者という言葉には、
ただ見ているだけで、自分はなにもしない人・・・

というマイナスの意味で使われることが
多いですが、他者の人生に関しては
傍観者に徹しないといけない場合がほとんどです。

介入はできない。

でもそれは関わるなということではないし
傍観する相手が元気だと
こちらも元気をもらえる。

また傍観するということは
客観的に観れているという事ですから
自分自身の位置みたいなことも
わかってきます。

自分が今、どこにいるのか?

それがわからないと闇雲に進んでしまう事になる。

傍観者だけども応援者だし
傍観してもらっているということは
応援してもらっているということ。

世界と自分の位置関係を知る上で
傍観者というのは重要な立ち位置で、
フツーに一生懸命生きているということは
もう、それだけで尊いこと。

息子が思春期に突入して
家庭でも寂しいことがたくさんある中で
それでも、そんな状況をも
息子が自立した大人になるために
必要な過程だと喜びながら受け止められるのも

普通であることの勇気、
傍観者であってもいいという腹積もり
のおかげかも知れません。

社会人一年目にいろいろなことを
教えてくださった先輩に
今この時期に再会できたのは
本当にうれしかったし
先輩の元気な姿も本当にうれしかったです。

そしてそれを喜べる人生を
歩んできた自分がいることも
自身を評価していいんだよねと
思いながら

ほろ酔い気分で、眠りにつきました。

また、いま生きている世界で、
家族を持つ一人の男として
一歩ずつ歩いていけそうです。


        全ての物語のために



激しい展開とアクションの1クール目、すぐチェック。









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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