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2018年10月04日

小説「宵物語(ヨイモノガタリ) 第二話 まよいスネイル 西尾維新 著 講談社」その5 急がばまわれ



わたしがコールセンターという職場を
初体験したのはもう二十年近く前です。

初めて入ったコールセンターは
オペレーターがトイレに行く時間まで
分刻みで管理されていました。

家畜か?

とわたしには感じられました。
みんなロボットみたいな扱いです。

きっと、効率を追求した結果なのでしょう。

その後、わたしが選んだ職場は
とても大らかで人間味溢れるコールセンターでした。

ひとりひとりのお客さんと
しっかりと向き合うスタッフ。

コールセンターではなくカスタマーサポート、
オペレーターではなくコミュニケーター。

そう豪語していたわけではありませんが
それくらい以前の職場とは
スタンスが違っていました。

しかし、その職場も『効率化』の波には
飲まれてしまいました。

いかにみんなが同一に高いパフォーマンスを
発揮できる仕組みを作れるか?

思えばこの時に
パフォーマンスという言葉の定義を
履き違えたのがその後、
自分たちの首を絞めることになる
原因だったのでしょう。

パフォーマンス…時間単位に何件さばけるか?
という“数字”。

わたしが2010年に指摘したとき
質より量…と思っていたつもりはない…けど…
と、状況の悪化には気づいていました。

しかし、“数値”を追いかける傾向、
効率化の流れはラットレースのように
抜け出せなくなり質は劣化するばかり。

歯止めが効きません。

今頃、2018年の今頃になってやっと
CX…顧客体験こそが必要…つまり、
ひとりひとりのお客さんが
心から感じる幸せの一端を担うという
“質”が必要だったんだと
声高に言い始めています。

しかもエライ人たちが言い始めただけで
現場はラットレースから抜け出せない。

これは、わたしが観てきた世界の話です。

しかし、目を転じれば、大きな組織、
大きく成長していく組織の多くで
起きてきたこと、いまだに起きていること
なのではないでしょうか?

効率化、無駄を省いたショートカット。

その意味も、
パフォーマンスの意味と同様に
履き違えたのでしょう。

急がばまわれ…という言葉をしっているのに
見てみぬふりをした結果なのでしょう。

とてつもなく非効率的な現実が
今、その組織の首を絞めています。



「物語シリーズ」再読を始めました。
初読は出版された順番に読んでいましたが、
2回目の今回は時系列順に読んでみます。
読破したら…アニメも時系列で観なおすかな?
いずれにせよ、次回作「余物語」入手までに
読破できるか!?個人的なわくわく企画始動!

小説「宵物語(ヨイモノガタリ)」
第二話「まよいスネイル」
西尾維新 著 講談社


私立直江津高校生時代の後輩、
神原駿河の親友、日傘星雨。

彼女からもたらされたのは
隣町の小学生女児誘拐事件の噂。

誘拐されたというのは
日傘の友達の友達である紅口雲雀の
小学5年生の妹、紅口孔雀

――紅孔雀――

紅孔雀の両親は翌日まで
娘がいないことにすら
気づかなかったとのこと…

聞けば、明らかなネグレクト。

その酷い両親の元から早く離れたかった
姉の雲雀が大学入学と同時に家を出て
ひとり家に残した妹を心配して
日傘の友達に話したことから
日傘を通じて阿良々木くんに
伝わったのでした。

大学一年生の阿良々木くんは
八九寺真宵、忍野忍、斧乃木余接の
3人の“人外”たちと調査を始めます。

斧乃木余接のおかげで
紅孔雀の家を突き止めた阿良々木くんは
誘拐ではなく家出の可能性を鑑みて…
というか、そうであって欲しい
という希望的観測から、
小学生が徒歩で動ける範囲で
小学生の視点で隠れ場所になりそうな場所を
散策します。

そして行きついたところで発見したのは…!

想定外のことが次々と起こる中で
阿良々木くんは怪異の介入を
視野に入れざるを得なくなってきて…



「物語シリーズ」らしいお話で
非常に楽しめました。

そして、八九寺真宵です。
「宵物語」というだけあって、
彼女が泣かせてくれます。

特に、彼女の生い立ちを知っている人、
シリーズのファンには彼女の明るさ、
彼女の前向きな言葉の深さ、重みが
感じられて胸が熱くなるでしょう。

このお話は初めから阿良々木くんが
高校生のころの自分との違い…
成長を意識して動いていました。

テーマとしての伏線?
とでも言うのでしょうか。

八九寺真宵は蝸牛(カタツムリ)の怪異です。
カタツムリ…渦巻き。らせん。

わたしたちは螺旋階段を上るように
成長していきます。

以前に出会ったような課題でも
以前より実は少し上の階にいて、
以前の自分とは違う対応ができる。

だから、人生山あり谷ありではなくて
人生はらせん。

そんなことも過去に何度か書いた気がします。

でも、成長を焦るあまり
らせんを…うずまきを…渦を巻かずに
直進しちゃったらどうでしょうか?

らせんの一つ上の階に直線で
飛び乗るこえると言うのは
どういうことになるのでしょうか?

そう、ぐるぐる回って得られる体験、
蓄積される経験は全部捨てて
そこに行くことになります。

それって…成長でしょうか?

急ぐからショートカット、
急がば回れ。

今、大事なことを為すために
最短で効率よく進めることが
大切な場合はもちろんあります。

でもそれは必要なプロセスを
踏まずに中身をスカスカにして
結果だけ、形だけ繕ってもいい
ということではありませんよね。

それだと、現実的にはかえって非効率。

そして人生において、
人間性においては、
無駄だと思われるような経験が
実はとんでもない深みを与えたりする。

効率を考えると言うことは
実は無駄かもしれない経験を
いかにして沢山経験するか?

ということになるのでしょう。

だとしたら、やっぱり
今という時に無限にある味わいを
どれだけ深く広く濃く味わえるか?

にかかっていますよね?

そして、今という瞬間の尊さを
理解できるまでにもそれなりの
成長過程を踏まなければならない。

効率よく、急がばまわらなければならない。

無駄を省くと効率がわるくなる。

効率を考えることは悪くは無いけれど
なんだかスカスカしている、
重みが足りない、味わいがない、
どこか物足りなさを感じているようなら、

無駄という効果を生みだす源や
効果そのものを失って
効率がコウリツに…空回りしてないか?

ちょっと考えてみても
いいのかもしれませんね。


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posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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