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2018年07月20日

アニメ「はねバド! #3 アイツは完璧だった」健全な親離れ、子離れは良いけど、子離しだったらもっかい・・・もう何回でも考え直して



親離れ、子離れ。

親にとっては淋しい季節です。

子にとってはせいせいする季節?

最終的には家を出て
一人暮らしを始めたとき・・・

いや、その上で経済的にも
親に頼らなくて済むようになったとき。

そこが本当の意味での
親離れとなるのでしょうか?

わたしの息子は今、中学2年生ですから
十代の大きめのその時期です。

覚悟は出来ていても淋しいモノがあります。

ただし、これまでにも実は
段階的にこういう時期がありました。

都度、父親としては
理解をしつつ、なおかつ
間違った方向には行かないように
見守っていなければならない。

よくドラマでお父さんが
誰のために毎日必死で働いていると
思っているんだ!
と、癇癪を起こすシーンがあります。

そんなのは押しつけであって
結局は自分のため・・・

なんてことはわかっていますが
今は痛いくらいに
そんな風に言いたくなる気分がわかります。

家族への責任感があればこそ。
独り身だったらもうガマン出来ない!
という辛さも耐えて、行きたくないときでも
気力を振り絞って仕事に向かう。

でも、この時期は家に帰って
優しい妻と無邪気な我が子に癒される
なんて、あったか家族ごっこはできません。

十代特有の大人への不満。世の中への鬱憤。
我が子のことを必死で考える妻にも
夫をおもんばかる余裕はなかなかない。

そこにすねたりせずに、
みんながこの時期をできるだけ健全に
乗り切れるように、今自分にできることをする。

家族が倒れそうなときは
手をさしのべる強さをもちながら・・・

結局、わたしが在ろうとする父親って
そこにたどり着くんですよね。



え?なんか・・・アニメも観る余裕がなくて
ドラマはまだどれも1話も観れていません!!
こんなことでいいのかオレ!
実は体力が問題なんじゃないの?とも
気づいているけど現状維持に甘んじている
今日この頃。

アニメ「はねバド!」
第3話「アイツは完璧だった」


を観ました。

まだまだバドミントン部への
入部をためらっている綾乃。

幼少のころから綾乃が
バドミントンをする姿を観てきた
幼なじみのエレナは、
当時も今も変わらず
バドミントンをする綾乃を
複雑な表情で見守っています。

一方なぎさは、完膚なきまでに
綾乃に敗れた全日本のときとは
別人のような今の綾乃に
違和感を抱いていました。

そんなバド部へ突然の闖入者が…

港南高校の1年生エース、
芹ヶ谷薫子です。

薫子の声を聞いただけで
なぜか動揺する綾乃。

2人の間には独特な因縁があり…



これまでのエピソードでも
イメージカットの表現で示唆されていましたが
綾乃の母親は綾乃をおいて
出て行ったようですね。

当然の事ながら娘の為なのでしょう。
そこには感動的な秘密か
感動的な結末につながる思いが
絶対に隠されている。

エンターテインメントとして楽しんでいると
まあ、盛り上げるための設定としては
素直に楽しませてもらっています。

でも、リアルにひとりの親としては
綾乃の母親に今のところは共感できません。

我が子を置いて出て行く親に
どんな物語であれ完全に共感できたことは
これまでに在りませんでした。

「Oh My Dad!!」の鈴木杏樹さん演じた妻も
「午前三時のルースター」で主人公の
礼二郎を置いて行方不明になった父親も
「mother」「woman」の
娘を置いて出て行った母親たちも
わが子の成長や自立、
あるいはわが子を守るためでした。

その思いには共感も感動も
部分的にはできましたが
わが子のてを放したことには共感出来ない。

本気でわが子のことを思えばでしょう!

と怒られるのは承知で言ってます。
それでも手を離された子の
淋しさは、本来与えて良いものではない。

だからこそ「Oh My Dad!!」の織田裕二パパや
「幸せのちから」のウィル・スミスお父さんの
自分がどんなに不甲斐なくとも
わが子の手は放さない姿に
全面的に共感します。

自分が淋しいからでしょう?
というお叱りも正面から受け止めますが
その淋しさこそ大切にすべき感覚です。

パパは、ママは、淋しくないの?

コレが子の心につくる穴は計り知れない。

その子達は一見、強く自立した大人に
なるように思える人が多いですが
結局、家族を壊す事になる割合も多い。

「こうあるべき!」「こうあってはならない!」
をどこかに頑なに持ってしまって
それに気づけて手放せない限りはね。

だから「とんび」の父親もそうですが
嫌われようが恨まれようが
自分が子を愛することは絶対にやめない。

そして同じだけ妻や夫を
愛することもやめてほしくないわけです。

大丈夫、あの子は乗り越えられるって
多くの親は言うし、一見自立して見えるから
本人ですら

「今ではそんな親に感謝してます」

なんて言います。

感謝できるようになることは
素晴らしいのですが、
将来の自分の家族を壊してしまう
「強さ」が非常に自覚し辛い心の奥底に
育ってしまうんですね。

子どもの手は放さない、
背を向けない。

コレはもう完全に個人の意見と言われるでしょう。

でも、いくら自立・自活をしても
絶対的な愛を親から示されないことの方が・・・
自分が自分の大事な家族を壊す
原因になっていると気づけ無いことの方が
不幸だと思うんです。

その傷は子々孫々うけ継がれやすいものだから。

子どもの為になんて思って
わが子が健全に自立する前に
子の手を放すような決断を
しようとしているなら、
ぜひ、もっともっともっと!
考え直してみてほしいです。


            全ての物語のために












posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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