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2018年07月16日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8 #16 戦いの果て(Wrath)(最終話)」許せない暴力への反応で大切な人を傷つけないように



思考が暴力的になることがあります。

疲れが溜まっている時、
睡眠不足の時などは
とくにそうなりがちです。

酷い時は自分や家族が
暴力にさらされるような状況を
イメージしてしまい、
自分たちよりも強い敵を
どうたたきのめすか
という想像が止まらないこともあります。

そんなこと起きたら
本当に許せませんが
起きてもいないのに
許せない気持ちでいっぱいになり
興奮状態になっちゃう。

それは自分の疲れのバロメーターとし
そういうときはとにかく大切な
意思決定などは極力避けて
とにかく早く寝るようにしています。

それが、現実には
平和に生きていられるわたしの
心の健康維持です。

しかし、平和な現代日本でも
そんなのんきなことを言っていられない人も
沢山いますよね。

先日死刑が執行された
元某教団の教祖。

そして地下鉄サリン事件の実行犯たち。

あるいはその他の凶悪犯罪も含め
人が起こす暴力によって
大切な人を傷つけられたり失ったりした
人たちも沢山います。

そういうことを考えると
苦しくてたまらなくなってきます。



さて、いよいよ最終話。昨年の秋からスタートした
この作品をわたしは今やっと観れている。
でも、そのおかげで一気見できているんですよ。
こんなの毎週待たされてたら観が持たない!
で、シーズン9は今年の秋からでしょ?
もうすぐですね!

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8」
第16話「戦いの果て(Wrath)(最終話)」


を観ました。

思い起こせば第1話が
リックとニーガンの全面戦争の幕開けでした。

これまでのシーズンとは違って、
ほぼ順番通りに、しまも毎話
それぞれの場所での出来事が
映しだされてきました。

たしかに、このシーズンは
この見せかたが一番適切だったと思います。

全面戦争、数日間の話。
今回のラストは、観る側…

わたしたち視聴者が高い視点と
広い視野を持って観ないと
「何これ、こんな終わり方でいいの?」

と錯覚をしてしまいます。

…そう、錯覚です。
これが「ウォーキング・デッド」シリーズの
完全な最終回なら

「何これ。こんな終わり方でいいの?」

です。

「もう人気が無いから、ここで無理矢理
終わらせたってことでいいのね」

という感じです。

でも、そうじゃない。
これはまぎれもなくクリフハンガーです。
(※クリフハンガー=新展開をみせる場面などで
物語を「宙吊りのまま」中断して
「つづく」としてしまう結末。※ウィキペディアより)

次へと続けるための投げかけ。

ネットで「あっけない」ラストだとか、
いろいろ書かれていますが、
それこそ錯覚です。

しかし、クリフハンガーとして考えると
かなり重くて深くてでっかいテーマを
最後に投げかけて終わっているのがわかります。

おいおいシーズン9…どーなるの!?



はい。ストーリーはあえて
紹介していないです。

連続モノのドラマやアニメを
紹介する時のジレンマですが、
今週のお話をネタバレさせずに
あらすじ紹介できたとしても
次週のあらすじ紹介で
今週の結末がわかってしまう…

なんてことがしばしば起きます。

あろうことか、今回の最終話の
あらすじは出だしから最後まで
今まで伏せてきたネタバレの部分を
伏線として、それを上手に
お話に盛り込んで回収していきますので
最初からネタバレ感が出ちゃう。

だから、あらすじは紹介しません。

あえて言うなら、第1話から始まった
リックとニーガンの全面戦争に
それぞれが決着をつけようとする
クライマックスということです。はい。

で、そのニーガンという男ですが、
シーズン6のラストで衝撃的な登場をし、
シーズン7のオープニングで
メチャクチャなことをやりました。

観ているわたしも、
悲しすぎて、怖すぎて、
こいつだけは生かしておけない!と
思いました。

シーズン7を観て行くうちに
ニーガンを許せない気持ちはさらにさらに
強くなっていき、本当に心の底から
ニーガンが泣き叫びたくなるような
酷い殺し方をしないと、こんなヤツが
簡単に死ねるのも、誰も納得しないんじゃないか?

とすら思うようになりました。

ところがカールの意志はリックとニーガンに
和解を求めています。

確かにニーガンのような人間が改心して
酷いことをしなくなることと、
彼に大切な人を奪われた人たちが
彼を許すことができたなら、

争いは止み、平和にはなるでしょう。

でも、そんなことが可能なのでしょうか?
また、ニーガンがシーズン7や
それまでの間に犯していた罪を
許して良いものなのでしょうか?

わたしたちの法律でも死刑制度はあります。
死刑の是非についても賛否両論ありますが、
わたしはやはり…

どんな罪を犯しても許されるなんて世界には
ちょっとついて行けない。

絶対に許されないことだってある。
と思っています。

この、シーズンでは
ブログでも取り上げた通り
「懺悔」や「許し」もテーマになっていました。

このシリーズはそういった大きな問いかけを
次のシーズンへ投げかけます。

答えの出ない問いかけでしょうが、
その葛藤をこの物語はどう見せるのでしょうか?

ちょうどあの教団の元教祖の
死刑執行のニュースとこの最終回を
観るタイミングが重なって
考えずにはいられませんでした。

かと言って、法治国家で“私刑”は絶対ダメ。

それはさらに悲しみ人が増えますからね。

自分の中の暴力性とは向き合う準備は
いつでも必要です。


            全ての物語のために












posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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