お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2018年07月11日

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8 #11 捨て身(Dead or Alive or)」あの人は素晴らしい!がキケン!



人から相談を受ける仕事があります。

心理カウンセラー、医者、弁護士、
コンサルタント、ファイナンシャルプランナー、
などなど。

・・・いや

他の職業だってそうですよね。
各サービス業の接客や
カスタマーサポートの人たち、
水道や電気やガスだって
サービスマンの方にいろいろと
おたずねしますもんね。

学校の先生やお寺のお坊さん、
教会の神父さん。

わたしは精神年齢的に
まだまだ幼かった頃。

そういう仕事をしている人たちは
みんな人格者なのだろうと言う
思い込みを持っていました。

でもそれは、居もしない聖人君主を
盲信しているようなもので
本当はみんな、自分と変わらない
等身大の普通の人たち何ですよね。

自分が頼れる人間像という
理想のイメージがあって、

こちらから相談をするときに
頼れる人であって欲しいと
無意識にその理想を押しつけちゃう。

それはそれで迷惑でしょうじゃ、
本当は失礼な事ですよね。



誕生日を迎え43歳になりました。
自分の年齢だけではなく、
息子の年齢を考えると踏ん張りどころは
これからって感じです。

ドラマ「ウォーキング・デッド シーズン8」
第11話「捨て身(Dead or Alive or)」


を観ました。

ダリルはヒルトップを目指して
アレクサンドリアの人々を引き連れていました。

通常の道は救世主に見つかる可能性が高いので
できるだけ森の人が通らない場所を選びます。

ドワイトは救世主の仲間を殺し
ダリルたちと共に行動しています。

そんなドワイトの扱いに納得いかないタラ。

彼女はドワイトを殺す機会を
うかがっているようです。

ヒルトップでは食料や物資が不足し、
捕虜たちにまで配給を回すかどうか
マギーは悩んでいました。

またカーソン医師と逃走中の
ゲイブリエルも、感染症に苦しみながら
“神の導き”を信じ、
ヒルトップへ向かっています。

聖域ではニーガンがユージーンに
弾丸製造を命じていました。



最近、日本のアニメの質の高さを
ひしひしと感じ、その中で
こんなにレベルの高い海外ドラマを観ると、
日本のアニメが負けてないので
そこは誇らしいのですが、
日本のテレビドラマが少し心配です。

日本の映画も実写のほうは
少し心配をしているところです。

今週月曜からは「絶対零度」が
始まりましたね。

まもなく「この世界の片隅に」が
日曜劇場で始まります。
自宅のHDDには弟がCSで録画してくれた
アニメ映画の同作が入っています。
未見ですが、きっとアニメは
いい作品なのでしょう。

ドラマもがんばって欲しい!

さて、これまたガッツリハマらせて頂いた
「ウォーキング・デッド8」
先日ラストまで見終えましたが
はやる気持ちを抑えて
今回は第11話の紹介です。

あ、その前に思い出した。
数回前、このシリーズはシーズン16まで
構想があるらしいと書いたのですが、嘘でした。
ごめんなさい。

当初の予定はシーズン12まで。

予定通り行けば今ちょうど3分の1が
終わったところ。
来シーズンからが第3幕。

最後の盛り上がりということになるそうです。
が、それは人気次第。
実際そこまで続けられるかは未定。

とりあえず今年の秋からは
シーズン9が予定されていますから
しっかり応援していきたいところです。

はい。本題です。

今回気になったのはゲイブリエル神父です。

神の導き・・・を盲信し始めました。

神父ですから、神を信じ、
その教えに従って人々の懺悔を聴き
その苦しみから解放させるのも
ゲイブリエルの仕事です。

そして彼自身、こんな終末の世界がきてから
怖くて、自分だけが助かりたくて
人々を見殺しにしてしまった自分を省みて
苦しんできました。

シリーズを通して彼も成長し
強くなり、リック達も彼のことを
信頼するようになってきました。

ニーガンに懺悔を促したときは
ニーガンが初めて人間らしい感情を
にじませて少しだけ過去を
さらけ出しました。

でもやっぱり人間です。
成長し強くなったとは言え、完璧ではない。

救いを求め、神を信じる心が
偏り始めてしまいます。
窮地の中での偶然を
神の思し召しだと信じすぎて危険な状態に・・・

そんなゲイブリエルに少し
がっかりした自分を反省しました。

わたしは家族や友人、そして自分も含め
身近な人が「あの人は素晴らしい」
と尊敬していた人の良くない面を知り、
失望するのを何度か観たり
自分ががっかりした経験から、
無闇に人を盲信しないようにしています。

神様なんて更なりです。

わたしの中では神様は擬人化されていません。
様も意識的に外しています。

神=宇宙の法則

それだけ。
信じるも何もただ事実として存在するもの。
もちろん人間にはとうてい理解の及ばない事、
まだまだ科学では解明できていないことまで
含めてですよ。

だからスピリチュアルな事も
否定はしない。

それと同じで、幼少のころから大ファンである
ジャッキー・チェンだって
素晴らしいけど、変に傾倒はしない。

若い頃はありました。
講演などで感動したら「あの人は素晴らしい」
本を読んで感動しても「この人は素晴らしい」
って・・・

でも、そういう人たちと会って
お話しできた機会も何度かありますが
彼らも等身大の人間です。

実際には本当に素晴らしい部分は
本当に本当に素晴らしいんです(笑)

本当に尊敬に値する人は
沢山いました。

まだまだ彼らに人間的にも
技術的にも追いつけていないのは
ひしひしと感じますから
わたしも自己研鑽中。

でも大事なのは素晴らしいのは
「部分は」という点。

先日わたしが社内のある研修で
講師をしていると
サポートをしてくれていた先輩が
わたしのことを

「社内では目立たないけど
一般の社会に出たら人間的に
なかりすばらしい人物だよ」

と紹介してくれました。
恥ずかしくなりました。
家では鼻くそほじってるのに。

でも、わたしもその先輩を尊敬しています。
正確には尊敬している部分が沢山あります。

わたしも講師なんて偉そうなこと・・・
と思うとなかなか上手くできませんでした。

最近になってやっと
自信をもって伝えられるようになりました。

でも考えてみれば
これまで何万人もの人たちの相談に
乗ってきているんですよね。
1対1の電話相談というかたちでは。

でも相談を受けるからって
立派な人間でもなんでもありません。
普通に小心者の人間です。

わたしたちは等身大の人同士で
お互いに相談したりされたりしあっている。

信頼、信用は最低限必要ですが
相手も自分も
聖人君主である必要はありませんよね。

人が困っていたら自分にできることで助ける。
自分が困っていたら誰かに
可能な限りでいいから助けて欲しい。

そうやってわたしたちは
一緒に生きているのですから。


             全ての物語のために












posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。