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2018年07月10日

アニメ「はねバド! #2 運動の後の肉は格別ッす!」あたしには特別な才能ないから



わたしは昔から
自分の好きなことばかりやってきました。

探究、追及と言ってしまうと、
恥ずかしい気持が湧いて来ます。

なぜなら、上には上がいることを
嫌と言うほど思い知らされていて
わたしのやってきたことなんて
彼らからみたら「ごっこ」みたいなもの…

だと思っているから。

そんなこと思いたくなくて、
「自分なりに」やってきたじゃないか!

と自分を鼓舞しようとしますが、
心の中では
やっぱり彼らには叶わない
という思いが根強く生きている。

子どものころ好きだった
画を描くことも
プラモデル作りも

大人になったら…
と学生時代からやっと
やれるようになった映画作りも
中国武術も…

上には上がいる…

いま、マーケティングの勉強もしていますが
これすら時々俺そうになります。

やっぱり、感覚、センス…才能

…が必要なのかな…



まずい。またいつものように
番組改編中に一気観した作品を
全部紹介しきれないうちに
新番組が続々とスタートしています。

アニメ「はねバド!」
第2話「運動の後の肉は格別ッす!」

を観ました。

綾乃となぎさの対決…

やはり綾乃優勢。

しかし、綾乃は途中でやる気がなくなり
試合を投げてしまいます。

新任コーチの立花、幼なじみのエレナに
恵まれた才能を活かせと強く
説得されるのが綾乃には
押し付けに感じるようです。

それでも嫌だと辞めようとする綾乃。

自分にいつでもくっついてくる
綾乃のことをよく分かっているエレナは、
自らバドミントン部の
マネージャーをやることを宣言しました。

一方、なぎさは綾乃を意識しているためか
スランプはさらに悪くなっているようです。

自分へのイライラが止められず、
練習は相変わらず厳しく、
他の部員へ求めるものもそれなりです。

綾乃とダブルスをさせられて
まったく息が合わない2人。

コーチはなぎさに理子と変わるよう命じ、
理子はしっかりと綾乃と息を合わせます。

なぎさがいかに周りが見えていないかを
分からせるためでしたが、

なぎさは
「才能のない人間は…才能のある人間の
引き立て役でしかないのかよ!」
と、立花の言いたいことも
素直に受け止められない様子。

そんななぎさに、立花は…



うん。良いですね。

第2話もしっかりと見ごたえありました。
ちゃんと重さが詰まっていて良いです。

やっぱり女子キャラが
「セーラームーン」みたいな髪形の
女子が出てきたりして、
まだちょっと心配な部分がありますが…

途中のCMで出てきた原作コミックスの
カバーやエンディングの時の
イラストを観ていると、
ちゃんと圧のあるドラマ作品のようなので
もう少し観て行こうと思います。

クライマックスでコーチの立花の
なぎさとの一対一でのコーチングは
いいクライマックスでした。

今回取り上げたいのはそこではなく
途中です。

なぎさは小学生のころから
背の高さがコンプレックスだったようです。

男みたいだと言われたり
試合で勝っても
背が高いから当然だと言われたり、
背の高さがズルいとまで言われる。

いっぱい練習してきたのに
背の高さのせいにされる…

そのことと綾乃の登場により
才能の違いを意識して、
余計にスランプ状態が悪化している。


そんななぎさに、前回、なぎさの厳しさを
「八つ当たり」だと非難して、
部活を辞めて行った同級生。

友香というらしいですが、
その友香が声をかけてきました。

「まだ後輩に八つ当たりしてるの?」

と詰め寄ってくる。

でも、その後に続けました。

「私はずっとなぎさが羨ましかった…」

なぎさは自分には才能なんてないと
否定しようとしますが、

逆に、そうじゃないんだと友香に否定されます。

「私がうらやましかったのは、
アンタがバドミントンをとことん好きだってこと」

これは、ちょっと頭を叩かれたような
感覚を味わいました。

わたしが好きでやっていること。

実はこのブログもそうですが、
何かしら自分で考えて感じて
「コレだ!」って思うことを
わたしはわたしなりに
いつも何かしらやってきています。

何もしない時期はない。

周囲はそんなわたしをいつも
遠い目で見ます。

そしてこう言います。

「自分にはそんな才能はない」

わたしはいいます

「いや、オレ、才能なんかあったら
今頃もっと他のところにいるよ…」

やっぱりどこかコンプレックスがある。

でも、周囲から観たら
自分で考えていろいろと精力的に
取り組んでいることが
「楽しそう」で精力的に見えるようです。

つまり、自分なりに自分を探究する。

そこには“物語”がいつもある。

映画や小説、その作り手たちのドラマ。

そしてそれらを観て
感じている人たちの人生。

そこに何かを感じ、
自分と照らし合わせてまた自分を知る。

取り組んでいることが何であれ
わたしはそのことをずっと続けてきた
…のかもしれません。

そうでなかったとしても、何かしら、
わたしはやり続けて行くのでしょう。

結局、それがわたしの才能
と言うことなのかもしれません。

今回のお話のラストで、
新しいキャラクターが…

…なんんか違うアニメのキャラクターが
登場したのかと思うような
セーラームーン的ヘアスタイルで
ちょっと心配になる要因なのですが…

…その別アニメ少女が
海に向かって自分自身のことが
大好きだと高らかと叫んでいました。

彼女の背景も今後描かれて行くのでしょうが、
あれくらいあっけらかんと
自分のことを好きだと言える自分を
取り戻すことも、わたしには
求められているのかもしれません。

立花が、なぎさにさせたのも
結局そういうことだったような気がします。


           全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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