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2018年04月12日

アニメ「弱虫ペダル GLORY LINE #14 心のつつみ、心の函」欲の結晶



ガマン大敵。

つくづく、つくづく思います。

忍耐力というのは必要ですよ、モチロン。
でもそれは本来の自分を
押し殺すために使って良い力ではない。

どんな世界でもその道で活躍している人は
本来の自分を思いっきり発揮して
さらにさらに発揮できるように
知識を増やし技を磨いている。

ガマン強さ、忍耐力は
そのために使われるべきものであって
決して本来の自分を押し殺すための
ものであってはならない。

わたしはわたし自身の間違いとして
まずはそこを認めなければならない
と思っています。

認めるというのは頭で理解する
という意味ではなくて
ひとつひとつ自分が殻で覆うように
包み隠してきたことを
本当に自分の中で殻を破って
取り出していく

という作業をやっていくということ。

ほらこれも、ほらここも・・・って。

少しずつやっているけど、
これはかなり痛くて寂しくて
自分への申し訳なさ、
わたしをこの世界に誕生させてくれた
全てへの申し訳なさで
ズキズキします。

でもこれをやっていって、
少しでもまだ使い物になる部分は
しっかり磨いて、研いて、
さらに向こうへって駆使して
進んでいかなきゃ
本当に生まれてきた甲斐を
失ってしまう。

ガマンもまた使い方次第では
人殺しの道具になってしまうんですね。



弱ペダの音楽はスマホにも入れていて
帰宅時に聴くことがあります。
ヒロアカで言えばプルスウルトラ、
さらに向こうへ!という精神。
これが弱ペダのテーマでもあるし、
各アーティストが歌う楽曲にも
よく現れています。

アニメ「弱虫ペダル GLORY LINE」
第14話「心のつつみ、心の函」


を観ました。

白熱する箱学・泉田と
京伏・岸神ののスプリント争い。

岸神は“欲”を全て解放させて
ひた走ります。

彼は幼いころから
それぞれ違うカタチをしている
人々の筋肉に興味があって
仕方がありませんでした。

しかし、京都の高貴な家の生まれ。

奥ゆかしく包み隠して生きることを
良しと教えられていたため
読書の世界に生きて
欲求を押し殺していました。

そんな岸神が中学生の時、
自転車の練習場で走る御堂筋の
筋肉に惚れ込みます。

「真実が欲しいなら己の全てを差し出すべき」

という御堂筋の言葉に覚醒した彼は
御堂筋に導かれるように
自転車に乗るのでした…



相変わらず京都伏見の御堂筋は
悪役的な存在ですが
彼の純粋さは前年のインターハイの
時にしっかりと描かれていました。

今回はそんな御堂筋の純粋性に
共鳴したであろう岸神のオリジンです。

慎ましく、秘められた尊い思い。

というのは本当に存在するし
秘められるからこそ美しいものです。

でも全ての思いが秘めるべきもの
なのかというとそれもまた違う。

もちろん何でもかんでもアピールして
自分が自分がと
出ていけばいいってものでもない。

このバランスももちろん大切なんですが
バランスよりも大切かもしれないのが
何を秘め何を秘めないのか?

その選択、分別なのかもしれません。

ビジネスの世界でも芸術の世界でも
奉仕活動でも絶対に共通していることが
ありますよね?

それは「快」

快感、快楽の快。

快楽とか快感という言葉を使ってしまうと
どうでしょうか?

ちょっと敬遠したくなる何かを
感じる人も多いのではないでしょうか?

健康な大人なら誰しも共通するのが
性的な快感、快楽とイメージ結びつきます。

ここを語り出すと18禁ブログに
しないといけなくなりますので
深くは掘り下げませんが、

簡単に言えば、「快楽におぼれる」
というようにその「快」に
負けて堕落してしまう可能性を感じるから
背徳感、罪悪感の気配を感じ取り
敬遠するのではないでしょうか?

浮気や不倫はまさに
「快楽におぼれる」状態であって、
そこから起こるさまざまな
罪悪感が「不快」な状況であることが
わかるからその危険を感じて
敬遠するんですよね。

ものすごくこまかく分析したうえで
ごく部分的なところだけ書いていますが・・・

例えばオタク・・・そうアキバ系
とも言われる人たち。

今はヲタクと書くの一般的なのでしょうか?
一般的というかネット的なのでしょうか?

そのオタクも極めればマニアになるし
マニアも極めてプロになる人がいます。

例えばガンダムのプラモデルの
商品の雛形を作る人たちの中には
プラスチックの板・・・プラ板だけで
見事な模型を作ってしまう。

とんでもない忍耐力がいる職人技の
結晶なんですよね、一体一体が。

自分だけの安い快楽におぼれて
ぬるま湯でちゃぷちゃぷ遊んで終わりか
快感をフックにしてその先にある真実を
追い求めるのか?

その違い。

その違いだけど、その両者にも入れないのは
そもそも「快」をガマンして
遠ざけた人たちなんですよね。

わたしは大学に入れば・・・就職すれば・・・
エラくなれば・・・

本当に好きなことができるようになる
とガマンするクセみたいなものを
持っている。

これ、もう頭ではわかっているので
できるだ自分から剥がそうとしてますが
それがなかなか簡単じゃない。

ものすごく今、苦労しています。

だから、若いとかベテランとか関係なく
やりたいことをガマンしている人には
とにかく強く言いたい。

研ぎ澄まして結晶にしたいくらい
突き詰めたいことがあるのなら
ガマン大敵!

結晶化は
生きてるうちに間に合わないかもしれない。

でも、ならなおさら早く!
ガマンやめなきゃダメですよね。

岸神にとって御堂筋は
救世主みたいな存在だったのかも
しれないですね。


        全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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