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2018年04月08日

「映画クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ」ダメだった?じゃあもう一回だ!



劇的な変化や成長というのは
時々あります。

入学、卒業、就職、合格、
モテなかった人に恋人ができる
結婚する、子どもが生まれる

宝くじに当たるなんてのもひとつですか・・・

でも、そういうわかりやすい変化が
訪れるまでの間には
変化が見えないけれども続けて
積み上げてきた努力というものが
何かしら隠れているものではないでしょうか。

やり続ける・・・もそうですし
考え続けるというのもそうかもしれません。
耐え続けるというのもあるかもしれません。

続ける

そこにはどんな思いが
作用しているのでしょうか?



アニメ新番組ラッシュが始まる前日、
久しぶりに息子と2人で留守番しました。
夕食時に放送された3時間アニメスペシャル

「映画クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ」

を観ました。

野原家が空を観ていると
妙な流れ星が…

流れ星は変な軌道を描きながら
野原家の屋根に激突します。

そこから現れたのは宇宙人シリリ。

まだ子どものシリリは命の危機を感じ
謎のビームを放ち、
しんちゃんの父ひろしと、母みさえを
25歳分、若返らせてしまいます。

元の姿に戻るためには、
日本の南の島にいるはずの
シリリの父親に合わなければなりません。

シリリはしんのすけのお尻に隠れ
シリリの父親を捜すため
日本縦断の旅に出るのですが…。



ドラえもんとクレヨンしんちゃんは
毎年この時期になると前年の
劇場用作品を放送してくれます。

息子が小さいときは、レンタル店で
新作でも借りることがありましたが
さすがに今は興味も落ち着いていて
大人目線で「すぐテレビであるよ」
と言います。

レンタル店さんごめんなさい。
他の作品を借りるためなので・・・

ドラえもんの映画もそうですが
クレヨンしんちゃんも
子どもから大人まで楽しめる作品です。

クレヨンしんちゃんは
ドラえもんよりも少し広い心と
深く柔軟な思考を持ち出さないと
ついて行けなくなる人もいるでしょうが・・・

わたしは毎回泣いてしまいます。
ドラえもんの映画は予告編だけで
毎回必ず泣いてしまう・・・

あ、そう言えば今回の
「のび太の宝島」の予告編では
泣いた記憶がないぞ?

これはこれで興味深い。

さて、シリリの父を思う思いに
涙が出そうになる今作。

印象的に描かれるのが地球人側の
父である野原ひろしです。

体は25歳若返って十代の少年になりますが
わが子と10代に満たない体になった妻と
シリリを連れて春日部から
日本列島を南下。

警察に子ども扱いされて困ったり
しながらも子どもであるあることを
利用したりしながら進んでいく。

平和な日本に生きるサラリーマンですから
安心して眠って荷物を盗まれたり
すぐに人を信用して騙されたりもする。

そんなひろしがヒッチハイクで
停まってくれる車を待っているシーン。

雨が降ってきて家族は
高速道路の高架下で雨宿りをしていますが
ひろしはひとり濡れながら
道路で親指を立てて止まってくれる
車を待ちました。

妻みさえが「あなた濡れるわよ」と
心配して声をかけますが
「次の車が停まってくれるかもしれない」
と、道路から目を放しません。
その目は真剣そのものです。

作者の父親への願いみたいなものを
感じました。

このひろしの行動は
家族を守っていく父親として
とても印象深いですよね。

とくに今回はただの忍耐や自己犠牲ではなく
チャンスへの姿勢、
みたいなものも描かれています。

例えばわたしはこのブログを
おかげさまで5年以上
毎日続けてこられていますが
元々は文章修行やアウトプット修行、
思考の修行、習慣化の修行、
などの為に始めたものです。

今でもそのつもりももちろんあります。

ただし公開する以上は
ほんの少しでも、誰か一人でも
何かしらの価値を感じてもらえるものに
したいという思いがある。

でも、その修行の成果というのは
はっきり言って劇的には現れません。

日々実感しています。

下手をすると昨日の文章より
今日の文章のほうがメチャクチャだ・・・

みたいなこともある。

でも、5年前とくらべると
やっぱり全然違ってきてるんですよね。

今日やるかやらないかで
上達やそのヒントに気づけるかどうかが
違ってくるかもしれない。

眠たいときや
何を書いたらいいのか分からない時、
毎日書くということが全く苦にならないか?
というとそんなことはありません。

でも、やはり物語に感動するということは
そこに感じる何かが存在するということです。

だから書き始めると思考が動き出し
感じたこととそこから思い巡らせたことが
文章になって出てくる。

物語に触れることは自分との対話です。
でも書くこともまた自分との対話なんですよね。

そうするとやはりいつ何時、
自己成長が起こるかわかりません。

とにかくやらないと成長は起きませんからね。

明日は何かを掴めるかもしれない!

          全ての物語のために








posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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