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2016年06月04日

ドラマ「ゆとりですがなにか #7」境界線をヒョイっと超える力まない本気の感受性



♪夢を忘れた子どもたちと人は言う♪
♪全て忘れた大人たちと僕は言う♪
♪ああ、時代が泣いている♪

わたしが小学生のころに見ていたアニメ
「機動戦士ZZガンダム」のエンディングの歌詞です。

大人は自分たちの気持ちを分かってくれない。

それは十代、思春期の若者がもつ
当たり前の感覚。

成長の過程として通らなければならないこと。

わたしは、大人の世界がわからないワカモノ。
言いかえれば未熟者・・・

反発心、反骨精神と同時に、
その裏にはそんな劣等感も潜んでいました。

それが、いつの間にか若い人の未熟さと
若い人のみずみずしい感受性に
「まだまだわかってないな」という先輩面と
自分たちには出来ないことをやってくれそうな可能性を
目の当たりにした劣等感を感じている。

さて、40歳。ここから自分はどう生きるのか…!?



もうそろそろ今シーズンドラマ群が最後の
クライマックスに入っていく頃ですよね。
どのドラマがどんな風に盛り上がり
どんなラストを迎えるのか…期待するのが怖い…

ドラマ「ゆとりですがなにか」 第7話

を観ました。

野上(でんでん)の弁当メーカーで
食中毒事件が発生します。

現在の担当の山岸(太賀)が連絡とれず
正和(岡田将生)が上司の早川(手塚とおる)に
現場に呼ばれます。

弁当メーカーに二人で出向くと
ライバル会社の営業部も来ていました。

ライバル会社は大手でイメージが大切なため
自分たちの会社名が出ることを嫌がります。
これまでの注文分は請求しないから
ウチは受注してない!

そう強引に大手の力をふるうライバル会社。

しかし正和たちの会社はそうはいきません。
そこで逆手にとって
すすんで矢面に立つことを決断する早川。
『伝説の営業マン』と言われていたころの
剛腕ぶりを発揮して、
取引先の弁当メーカーに恩を売るのでした。

その頃、道上まりぶ(柳楽優弥)は、
正和の妹・ゆとり(島崎遥香)と未だ別れられずにいました。

山路一豊(松坂桃李)は週末に控えた父の日参観について、
クラスの児童・大悟の母でシングルマザーの奈々江から
相談を受けます。

その日は、自分の息子が学習障害という現実を
受け入れていないのだという元夫の
原島も来ることになるというのです。

そして、正和は茜と別れたことを知らない
茜の父、重蔵(辻萬長)と対面させられて…



野上さんは、お姉ちゃんたちがいるお店に
接待で連れて行ってもらえたことから、
正和たちのみんみんホールディングスと
大手ライバル企業の両方から仕入れ過ぎ
冷蔵庫に保存しきれなくなって「自然解凍」
するはめになっていました。

大手ライバル会社が資金にものを言わせて
野上さんの会社と手を切るなか、
みんみんホールディングスは食中毒を出したのが
自分たちが仕入れた食品でもないのに
矢面に立ち謝罪会見で野上さんと一緒に謝罪します。

早川と正和が2人でどうするか話し合っているときに
「恩を売ってやる」と言ったのは早川でした。
そこにはこの先、野上の会社がみんみんを切ったり
裏切れないようにする・・・
という腹のうちの怖さを感じもしました。

しかし、みんみんホールディングスの会議室で
野上、山岸、早川、正和が集まって話すシーンでは、
それは、とても熱いモノなんだと思わされます。

早川は野上に言いました。
「ここからは這い上がるだけですよ。
這い上がってもらわなければなりません」

一蓮托生。その腹をくくらないとやれないことを
早川もみんみんホールディングスもやってのけた。

正和も本気の目で野上に言います。
「あなたを男と見込んだから恩を売るんです」

野上が這い上がれる人だと見込んでいるから
恩を売ってやるんだと宣言したんですね。

野上が倒れたらみんみんも倒れる。
こっちは腹をくくったんだから、あなたも頑張れと・・・

一見、弱みに付け込んだかのような怖さが
命をかけて信頼するから男なら応えて見せろ!
という叱咤激励に変わる。

野上は「ありがたい」と涙を流しました。

早川もカッコ良かったですが、
わたしが現実でもゆとり世代と言われる年頃の
後輩たちと接していても感じることに、
“本気”という部分があります。

正和の本気の目、そして、この回では
山路も学習障害の子の父親の振る舞いに
本気で対処します。

そして、まりぶも何かが変わって行動が変わった。

ここにも本気を感じさせるものがある。

山路も気負いなく、とても堂々と落ち着いていました。
肩に力の入っていない本気。

この感覚が、現実のゆとり世代の人たちからも感じる。

若くて、経験の浅さからくる未熟さは当たり前。
でも、それが取り払われたとき・・・
いいや、ひろいフラットな感性をもった彼らは
社会経験もその感性とその気負いのない本気で
いち早くカバーして、
ヒョイっと、ひとっ飛びに成長してしまいそうな
そんな気配がある。

弱みに付け込むようなやり方も、
純粋に、熱い信頼と信頼の“慣れ合いではない支え合い”に
本気で変えてしまえるような気分。

そういう空気を感じますよね。

茜のお父さんが言います。
歳をとると無条件で、若者には叶わないと思ってしまうと。

わたしたち、古い“かもしれない”人間が
若い人を見下すのは、
そういう劣等感の裏返しなのかもしれません。

だったら、攻撃するより、その“感覚”“感じ方”“気分”
を自分の中にとりいれてみる方が得な気がします。

もっと純粋に、もっと本気で、
ヒョイっと世界を変えてしまえるようなヒントが
そこから見いだせるかもしれない。

いや、わたしたちがやれなくても、
彼らがやってくれそうな気は
本当はもうしているのですが、
でも、だからと言って引退するんじゃつまらないじゃないですか。

早川のようにカッコつけて見せたいですもんね。

わたしはそんな気分で、若い人たちと一緒にいます。


              全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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