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2016年05月25日

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 福井晴敏 著 角川書店 #6 重力の井戸の底で」その3 使える感情は使う技術



先日、普段見ていないドラマに
たまたまチャンネルが合っていて、
主演女優が元奥さんとうまくいっていないらしい
イケメン俳優演じる男に向かって
「女性の気持ちをわかってない」
と説教をするシーンがありました。

その中で出てきました。
「女は感情の生き物なのよ!」

ドラマは一般の視聴者の日常に則して
共感できるように作らなければならないので
仕方のないことですが、
これだけ影響力のある俳優たちが
当たり前のようにこんなことを言ってしまうのは
やっぱり怖いな〜と思ってしまいました。

恋愛心理として「男は理屈」「女は感情」
というのは確かにあるのでしょう。
でもそれは一面的な見方で、
すべてがそうではありませんよね。

女性のほうが理屈が立つ場面
男性のほうが感情的になってしまう場面
というのもあるし、
すべての女性が感情任せなのかといえばそれも違う。

感情は誰にだってあるし、大切にしたいものだけれども
個々人の問題として「人間は感情の生き物」なんて言って
感情に支配されていいものではない。

人間の感情は物事の捉え方で変えられるし
物事の捉え方は、どんな精神を
自分の内側に育むかで高めることができる。

人間は感情の生き物ではなく精神の生き物。

…というと、たいていの人は
かたっ苦しく感じてしまうようなんですね。

でも精神は感情否定とも違うんですよね。
感情に使われるのではなく感情を使う。

現実的にわかりやすい例えを使うなら
お金に使われるのではなく、お金を使う。

それができるようになるということですよね。


「ガンダム」と「ヤマト」は観ないよ!
と言っていた息子が「ユニコーン面白いねぇ」
と言いだして、密かにほくそ笑んでいます。
あの拒絶は、感じすぎたからこそのモノだったのかな?

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」
第6巻 「重力の井戸の底で」 福井晴敏 著 角川書店


じっくり読んでいると、ドラマとしてとても良いのに、
アニメではほぼほぼカットされている巻ですね。

極東のサセボからアトランタへ赴いた
ロンド・ベルの司令ブライト・ノアは
ローナン・マーセナスの話を聞いていました。

ビスト財団に先んじて、「ラプラスの箱」の
回収もしくは破壊を依頼されたのです。

そしてリディ・マーセナスも、ロンド・ベルの旗艦で
ブライトが艦長を兼任するラー・カイラムへ
乗艦することになります。

「箱」の真実を知り、それまでのリディではなくなった…
と感じたオードリー(ミネバ)のは、
早くマーセナス邸からでなければという焦りが募ります。



ガンダムイズム…とでもいうものがあるとしたら、
それは富野イズムと言ってもいいくらい、
富野由悠季さんの特徴が多くの作品に反映されています。

富野由悠季さんが実際には関わらない
「ガンダム」もその“イズム”を受け継いだものは
多いです。
“富野節”という方が通称なのかな…

この「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」は
正式に初代「ガンダム」の物語の時間軸上にある話しなので
もちろん色濃く反映されている…のですが、
わたしがこの作品を好きなのは、
“福井節”が貫かれているからです。

「川の深さは」「Twelve Y.O.」
「亡国のイージス」「終戦のローレライ」
「Op.ローズダスト」「人類資金」…などなど

全てに出てくる、
ベテラン(おっさん)とワカモノの心の交流。

実は「ガンダムUC」はそれが贅沢なくらい
沢山出てくるんですね〜

バナージの実の父、カーディアス・ヴィスト。
連邦軍でも浮いていた部隊、
マンハンター(人狩り)部隊エコーズのダグザ・マックール
もう少し後で出てくるわたしのもっとも好きなシーン、
ブライト・ノアがバナージに声をかけるところ。
そして〈ガランシェール〉艦長スベロア・ジンネマン。

これだけの、ベテラン(おっさん)とワカモノの心の交流という
“福井節”を楽しめる作品はなかなかないですよね。

大長編の人類資金でさえ、真舟と石の関係が
それに当たるくらいで、こんなにバラエティ豊かではなかった。

もしも、福井晴敏さんの作品は好きだけど
「ガンダム」というタイトルでこの作品を敬遠している人がいたら
是非、手にとって読んでみてください。

しっかりと、福井晴敏作品ですから。


さて、バナージがまだ砂漠で苦しんでいる頃、
心を無くしかけたバナージの心中が
次のように表現されます。

自分で自分を決められるたったひとつの部品
――なくすなよ、とダグザさんは言った。
なくしたくはない、好きでなくすんじゃない。でもだめなんだ。
無理に持っていようとすると、体が引き裂けてしまう。
(P46〜47より引用、改行はブログ筆者による)


深い悲しみ、深い喪失感…
あるいは燃え尽きた感、
無気力感…

そういう感情に襲われるのは、
生きていれば何度かあることです。

そういうときは、「こんなんじゃダメだ」
と下手に鼓舞しようとしても
気力の出ない自分のダメさしか感じられません。

だから、その無気力感を漂っていればいい。

ただそこで一つコツをお伝えすると、
溺れてしまわないようにしておく。
プカーっと無気力なら無気力らしく
脱力して水の上に浮いて漂っているような感じ。

そうしていると何かのタイミングで
ムクムクっと腹の底から熱いものがこみ上げてくる。
そのタイミングは、なんとなく不安だったものが
現実の形として突きつけられたときだったり
もうこれ以上は勘弁してくれ!
というほど状況が悪化する兆しが見えたときだったり
するかもしれない。

逆に、誰かの成功を観て羨んだり
自分もやってみたいと思うことかもしれない。

わたしは本気と必死を使い分けます。

追い詰められれば必死にはなるのが人間。
本気は追い詰められなくても行動すること。

でも、それは必死を否定しているわけでもありません。

怒りは自己防衛本能とよくこのブログで書いています。

追い詰められて、
ムクムクっと腹の底から熱いものがこみ上げてくるのは
自己防衛本能の最たるもの。

宇宙とつながった魂のなせる技。

だから、この腹の底の熱を感じたらチャンスです。
起死回生が始まるチャンス。

怒りにとらわれると人生を壊しちゃう。
でも、本能であるということは、
人間の魂にとって必要なことですから
無駄なことなんで一つもない。

要は使い方の問題。

使われるのではなく使うこと。

この腹の底の熱を上手く使うコツは、
そういうものであるということをまず知っておくこと。
知った上で、焦って力んで溺れるのではなく
無気力という脱力感をつかって浮遊しておくこと。
そうすると自分を脅かす物事に遭遇したときや、
やってみたいとか羨ましく思った時の
腹の中のムクムク感に感情のセンサーが敏感になります。

そのムクムク感を受信したら復活です。

怒りだろうが悔しさだろうがなんだっていい。
ムクムクっと立ち上がって勢いに乗る。

後は怒りの感情というロケットブースターを
上手に切り離して、プラスの感情で推進する。

辛い時こそ、感情に振り回されるのではなく
感情を上手に使って、自分を動かしていく。

そういうものだと分かっていれば、
最悪の時が長引いても、大丈夫です。


                全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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