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2016年05月23日

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 福井晴敏 著 角川書店 #6 重力の井戸の底で」その2 父性と言う厳しい優しさ



息子の小学校の運動会が無事に終わりました。

息子にとっては小学生最後の運動会。

6年生は全員で組体操をするならわし。
息子も一生懸命練習をしてきました。

組体操は午前中のトリ。

無事に終えた息子…しかし、
直後に体調を壊しふせってしまいました。
お弁当もまともに食べられない状態。

実は、組体操が始まる少し前から
頭痛や寒気がしていたんだと…

妻が先生たちに報告し、午後の部が始まって
特設の医務スペースのソファに横になっている息子。

体育委員として、
一年生の玉入れの棒を支える役目があると
張り切っていたのですが、競技の時
校庭に息子の姿はなく、
新一年生のわが子を一生懸命応援する
ご家族の喧騒をかきわけて本部テントに行ってみると
まだソファに横になり毛布をかぶって縮こまっている。

ところが、最後のリレー直前、
ソファから起き上がり、先生たちと
何度かやり取りをしたあと
入場門へ駆け足で向かっていきました。
後ろから「気分悪くなったらすぐ戻れよ!」
と先生が声をかけてくれています。

小学生最後のリレー、出たい意志はあったんだ…

さて、わたしの息子は親としてもめでたしめでたしでしたが…
その医務スペースのソファにはもう1人
6年生の男の子が休んでいました…
しかし、彼はリレーに出たくない様子で…



わたしの息子は今、ガンプラを一生懸命作っています。
RG(リアルグレード)シリーズのZガンダム。
ハッキリ言って大人にも難しい代物です。
息子にとってHG(ハイグレード)シャア専用ザク以来
人生2作目のプラモデル。
なかなか、ハイレベルな攻め方だな〜

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」
第6巻 「重力の井戸の底で」 福井晴敏 著 角川書店


感じいるところの多い巻です。

アフリカ大陸の砂漠に不時着した〈ガランシェール〉

バナージは、ネオ・ジオン残党=『袖付き』のパイロット
ギルボア・サントの命を奪ったことで
完全に意気消沈していました。

いつの間にか争いに巻き込まれ、状況の一部になり
その状況に働きかけてしまっている。
人殺しまでして…

そんなバナージを最寄りの街までの砂漠横断の
パートナーに指名したジンネマン。

部下を殺した敵のモビルスーツのパイロット。
そんなバナージを、ジンネマンは
数十キロ、あるいて4日ほどの過酷な砂漠の横断の
相棒になぜ選んだのか…

バナージ自身、なんで俺なんだと思いながら
〈ガランシェール〉隊の刺すような視線に見送られ
ジンネマンについていくのでした。



この砂漠横断のシーンは
アニメではほんの少ししか描かれませんが
わたしは小説版の2人のやりとりが大好きです。

なぜ、自分はこんな思いをして生きているんだろう
重い荷物を担いで、体力もギリギリで
砂漠を黙々と歩くバナージは
朦朧とする中、砂に足を取られて倒れ込みます。

先を歩いていたジンネマンが助け起こした時に
「なんで俺なんですか!?」
「ひと思いに殺せばいいのに」
今まで溜まっていた物が一気に噴き出したバナージに
ジンネマンがかける言葉はとても心にしみます。

「おまえは他人になにを期待してるんだ」
「人間、普通に生きてりゃ、てめえの面倒みるだけで精一杯だ。
死ぬか生きるかって時は、特にな。
口先でもなんでも、声をかけてくれる他人がいるだけでありがたいと思え」
「そうやっていじけていたって、お前の目はまだ死んでない。
戦いう力を残している。一人前以上の男になれる奴だと思うから、
おれはおまえを連れてきたんだ。
苦しくても、男なら他人さまの期待に応えて胸を張れ。
死ぬまでやせ我慢してみせろ」
(P68〜69から引用・抜粋、改行はブログ筆者)


父性…ですよね。
セリフだけみると、とても厳しく突き放しているようにも
見えるかもしれませんが、
このときジンネマンは倒れたバナージを
助け起こしています。

最終的には意識を失ったバナージを
担いで連れて行ったりもする。

いつでも助ける用意はあるけど
「自分の足で立て」という“心”は伝える。


軽い熱中症だったのか、医務スペースで突っ伏していた
息子がリレーの入場門に向ってゼッケンをつけて
準備を始めたころ…

同じ場所で休んでいた少年はお母さんと
言い合いをしていました。

体調が悪くて走れないという少年に
お母さんは「最後だから走れ」と強く言います。
しかし、少年は烈火のごとく逆上して
「なんで何度いってもわかってくれないんだ!クソババア!」
と怒鳴り散らしている。

わたしはそのお母さんのすぐ隣にいました。
お母さんの気持ちもわかる。
小学生最後のリレーで、走れなかった…
みんなに迷惑をかけた…
そんな思いをわが子に引きずらせたくない。
ここは、なんとしても…心を鬼にしてでも走らせないと!

周りが引くほどの母子の怒鳴り合いでした。

しかし、お母さんなんですね…
父性の表現がどうしてもお母さんのそれになってしまう。

周囲では先生たちが優しく諭す姿もありました。

わたしは息子を応援するために
先にその場を離れて入場門へ行きましたが、
入場間近になって、例の少年もやってきました。

優しく諭していた先生が彼にフォローを入れる姿も見られます。

彼は、頭ごなしに「出ろ!走れ!」と言われなかったら
もう少し素直に出てこれただろうなと思います。

彼自身が決めることだと言う態度で
大人が見守ることができたら、
その上で、後悔して欲しくないという気持ちを
伝えることができたら、
自分で考えて行けたんだと思います。

彼はそうしたくても、母親にあんな言い方をされると
何が何でも動いてたまるか!
という気分になる。

母性が父親のなかにあるように
父性というのは母親にもあります

でも、どうしても母親でなければ、
どうしても父親でなければ出せないものもある。

バナージは、ジンネマンの背中を追って
結局歩き始めます。

「お前は他人になにを期待している」
「苦しくても、男なら他人さまの期待に応えて胸を張れ。
死ぬまでやせ我慢してみせろ」

そう言って歩きだすジンネマンは、
バナージが自分の足で歩き始めることを
確信しているかのようにまた先を歩き始めるのですから。


                 全ての物語のために










posted by ストーリーセラピスト at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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