お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2016年05月10日

小説「化物語 上 #3 するがモンキー 西尾維新 著 講談社」いい人からの脱却



「いい人」は褒め言葉ではない。

恋に悩む人、特に男性にとっては
身につまされるテーマではないでしょうか?

「やさしいね」「いい人だね」

わたしもそういう言葉は何度も言われましたが、
残念ながらそういう時期に
恋愛成就は果たせませんでした。

だからと言ってヨゴレを装おうとしても無理があり、
どうすればいいのかと、思春期から20代前半は
本当に悩みぬいた時期だったと思います。

別に、その後…今に至るまで、
モテモテになったわけではないですが、
出会いの創出から、
「良いな」と思う女性へのアプローチや
デートへの誘いはできるようになり、
成就して、いまでは白髪交じりの“お父さん”です。

そんな今になって振り返ると、当然ながら、
「いい人だね」と言われる悩みからの脱却なんて
本当はそんなに難しいことではないと
言えてしまうんですよね。



ライトノベルというのは、漫画やアニメを思い起こさせるような
十代を中心とした若い層を対象にした小説…ということのようです。
確かに、キャラクターの設定やお話自体が少年漫画風。
今風の小説…と言ってもいいのかな?
結構難しい漢字や言葉遣いを、本当は知っているけど、
文体自体はテンポのいい、今風の会話みたいな文章。
十代向けの小説…か。十代の子たちが本気で読めば、
かなりしっかりとした道理が身につくだろうな…
と、十代向けの小説にどっぷりハマッている40歳でです。

小説「化物語(バケモノガタリ)」 上巻
第3話「するがモンキー」  西尾維新 著 講談社


小学生、八九寺真宵ちゃんの迷子問題を
見事解決?した阿良々木くんは、
その場で、クラスメイトの女子、戦場ヶ原と
付き合うことになりました。

恋人になったわけです。

それから数日後の話、阿良々木くんは
今度は後輩にあたる2年生の女子、
神原駿河(かんばるするが)に執拗に
付け回されるようになっていました。

そんな中、学年でもビリから数えた方がいい、
卒業すら危ぶまれる阿良々木くんは、
優等生の彼女、戦場ヶ原の家に
お勉強を教えてもらいに行きます。

神原は戦場ヶ原の中学の後輩でした。
神原のことをいろいろと聞いた帰り道…

阿良々木くんは、雨合羽を着た
怪力の何者かに襲われて瀕死の状態に…



「化物語」上巻のクライマックス…かな?

実際、最初の2話より多くのページが割かれます。

それは雨合羽のバケモノとの格闘があるから…
というのもありますが、読みごたえとしては
阿良々木くんと神原の会話のみならず、
阿良々木くんと戦場ヶ原、
阿良々木くんと八九寺の会話も
全て入っていて、それぞれたっぷり描かれます。

その上、忍野メメがしっかりと
神原が遭遇した怪異について解説する。

贅沢なくらい盛りだくさんな内容なんですね。

さて、主人公の阿良々木くんですが、
彼は自分を殺そうとした相手まで助けようとします。

第1話で阿良々木くんに助けられ
阿良々木くんに恋をした戦場ヶ原が
第2話で告白をする時もすでに気づいていました。

私だから助けてくれたんじゃなくて
相手がだれであっても阿良々木くんは
助けるんだ…と。

八九寺を助けた後に、そんな阿良々木くんを観て
毒舌の戦場ヶ原は「ちょっとかっこよかった」
と面と向かって褒めていました。

この第3話では忍野メメにも言われます。

阿良々木くんは優しい
阿良々木くんはいい人

…過ぎてむかつく…

誰でも助けるっていうのは無責任でもあると。

だから、忍野は強調します。
阿良々木くんでさえ、自分が『助けた』とは
思っていない。思わないようにしている。

『自分が助けるんじゃない。本人が勝手に助かるだけ』

実は、この姿勢がすでにいい人を脱皮する
大切な在り方ですよね。

自分と他者の境界線を理解できること。
そして、何かしてあげたくても
「ここは黙って見守るべきところ」と
我慢することもできないとやっていられない在り方。

わたしの妻は、若い時にわたしに
「みんなに優しいなら付き合っている意味がない!」
と冗談交じりにわたしに文句を言ったことがあります。

でも、わたしが自分と他者の境界線を
意識しだすようになって、
突き放されるように感じたりもしたのか
それはいつの間にか「優しさじゃない!」なんて
言われ方に変わったりもしました。

「いい人」をやめろというのは
「悪い人」になれと言うことではありません。

人に厳しくしろというのが、
人を怒れ、叱れというのでもない。

例えば、子どもが転んだときに
すぐに駆け寄って抱きかかえるか
何かあったら手を差し伸べられる位置にいながら
自ら立ち上がるのをじっと見守れるか?

そういう厳しさ、そういう優しさを持つこと。

それが「ただの」「いい人」からの脱却です。


             全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック