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2016年05月08日

「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」その2 自分ルールを持つと楽になるけど、周囲の人は?



「あ〜そ〜ですか!?僕はチチみたいに強くないもんで!」

昨年、息子に言われて落ち込んで
反省したのですが、
性格的に同じ間違いをちょくちょくやってしまいます。

どんな間違いか…

息子の怒りや不満を受け止めてやれず
「それは君が勝手にそう解釈して
イラついているだけ。
自分でその感情の責任はとってね」
という気分を態度で表してしまう。

昨年、その理由を理屈で説明していたときに
先の「自分はチチみたいに強くない」宣言を
されてしまったわけです。

わたしとしては10歳ごろの子どもに
そんなこと言っても、感情的に
簡単に割り切れるものではないとわかっているつもりです。

子どもだけではなく、人間なら誰しも…
わたし自身でさえそうです。

それでも、わたしは自分を不愉快にさせないように
捉え方を変えたり割り切ってしまうクセがあります。

いつまでのジメジメと思い悩むのも
不機嫌で貴重な時間をつぶすのも
もったいなすぎて深い極まりないので
さっと気持ちを切り替えるように自分を律している。

だから、そうでない人に冷たい。

でもこれは、わたし自身は楽だけど
冷たくされたほうはどうなんだ?

と…

心理カウンセリングの勉強もしているので
これだと相手は突き放されたと思うだけじゃないか?
と、まだハッキリと自分の立ち位置を
決められずにいるところがあります。

でも、ハッキリと自分の在り方を決めること自体
とても危険なことだとも思っています。



GW、5/3に息子と楽しんできた
ハリウッドのSFアクション超大作

「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」

チーム・キャプテン・アメリカと
チーム・アイアンマンとに分かれて
ヒーロー同士がぶつかり合う
「キャプテン・アメリカ」シリーズの3作目。

キャプテン・アメリカ
アイアンマン
ファルコン
ブラック・ウィドウ
スカーレット・ウィッチ
ウォーマシン
ウィンターソルジャー
ヴィジョン
ホークアイ
ブラック・パンサー

それに新人の…

アントマン
スパイダーマン

ヒーローの数で言えば
「アベンジャーズ」をもしのぐ人数ですね。

「アベンジャーズ」最終作は2部作になるようですが
ヒーローたちの葛藤の描き方や
ヒーローの増え方をみると、それくらいじゃないと
描ききれないだろうなと思います。



それぞれのヒーローの見せ場が
きっちり用意されていますが、
やはり主役はキャプテン・アメリカです。

最後まで、その軸がぶれないことで、
お話が破たんせずにまとまっている…

さあ、その『軸がぶれない』ということが
キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースにも言えます。

葛藤しながらもリーダーとしての
軸のぶれなさをかっこよく見せてくれます。

しかし、このお話の中で一番苦しく見えたのは
アイアンマンことトニー・スタークでした。

スティーブもトニーも世界を救いたいという
同じ思いを持っている同志です。

しかし、自分たちの活動により
罪のない人が犠牲になっていることを考えたとき
そのことに対する方法論が
意見として対立してしまう。

そして、トニーには更なる試練が…

だから、スティーブはスティーブで
大変つらい状況ではあるけど
悩み苦しんで感情的にも非常に苦しいのは
トニー・スタークなんですね。

スティーブは自分軸にそって生きている。
それを貫くための苦労があるだけで
感情的にかき乱されるものではない。

見ていて感じたのは、
わたし自身の在り方です。

わたしも、「自分が間違っているのかもしれない」
と「無知の知」を意識しながら生きていますが
それでも、自分と他者の境界線いついてであったり
「怒り」という感情についてであったり、
かなり自分の中で答えを出してしまっている部分があり
そんな自分ルールに沿って生きていると
時々、周囲に対してとても冷たい態度にとられているのかな…
と思うことがあります。

息子がチチ(わたし)に甘えたくても
そこは「甘えることじゃない」と瞬時に判断して
それにたいする不満を受け止めてやらないまま
勝手な期待を裏切られて不満をもつのは君の問題だ
という態度をとる。

「あ〜そ〜ですか!?僕はチチみたいに強くないもんで!」

そういったとき、
息子は自分の気持ちを受け止めてもらえないまま
突き放されたように感じたのでしょう。

そのうえで、わたしが自分の感情に対して
どう考えているかという講釈を垂れたので、
アンタみたいな強さを求められても困るよ!
という不満につながったのでしょう。

まあ、そりゃあ、そうなりますね。

言っているわたしでさえ
完璧にそれをできているわけではないし
そんなことを言葉にできるほど
自分の中で整理が付き始めたのはここ数年のこと。

その考え方を10歳の息子に、
しかも、まさにいま不満があって
ムシャクシャしている子どもに言ったところで
素直に「なるほど!」なんて思えるわけがない。

わたしもやはり、そんな風に突き放されると
さびしい気持ちになります。
恥ずかしいという気持ちにもなる。

ふつうは本能でそれを反感に変えてしまう。

わたしは自分が楽になるような生き方は
できるようになってきている。

でも、それって一人だけで周囲は置いてけぼり
なんじゃないかと思わされたわけです。

確かに、他者と自分の境界線をわきまえ
怒りの正体に気づけば、自分は楽。

でもそれで終わったらまだダメじゃないかと。

そうやって自分を楽にすることができるなら
それで余裕ができた分、
相手の気持ちを受け止めるクッションになってやり、
そのうえで、良い方向への成長を
自分で目指せるようになるためのフォローをしてやる。

それでこその強さだよなと、
キャプテン・アメリカとアイアンマンの苦悩を観ながら
感じていました。

そういう意味で、この映画のラストは
わたしは好きです。


                  全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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