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2016年04月26日

ドラマ「パーソン・オブ・インタレスト フォースシーズン #11 戦略If - Then – Else」判断力のもと



息子に大事なことを伝えたいと思うとき、
「こうあるべき」という正しさを
押しつけてしまわないように気をつけています。

とてもデリケートな部分。

もちろん、「これは絶対に許さないよ!」
と前もって伝えていることもあります。
例えば親に対して「お前」とか「アンタ」とか
そいういう言い方、態度は許さない。

しかし、そのことの伝え方も
時期やタイミングによっては
変えていくものなのかもしれないとも思います。

息子は11歳ですから、
もう大人以上に大人びた部分があったり
いろいろと考えてもいるようです。

もちろんまだまだ子どもなのですが
自分なりの感じ方、考え方を持った
ひとりの人格としては尊重しないといけない。

そういう意味では“一人前扱い”を
しないといけないと思っています。

そうすると「こうしなさい」「コレはダメ」
と頭ごなしに従わせるのはもう違う。

親がそうすべきだと思っているなら
なぜそう思っているのかを
こどもにわかる言葉で伝えて
それをどう思うかはこども次第…

というのが基本姿勢にないと、
悪い意味でいつまでも子ども扱いになるし、
それは子どもにとっては「信頼されていない」
という反感のもとにしかならない。

とてもデリケートな部分ですよね。

でも、デリケートだからと、恐れていても仕方がない。
伝えるべきことは伝える。
それもまた「信頼」のうち。

親をやるって、ホント、になにものにも代えられない
貴重な経験だと思います。



日本のドラマ郡を観ている中で、
ふとこの作品を間に挟んでみると
やはり同じテレビドラマでもクオリティの違いに
驚かされてしまいますね。

ドラマ「パーソン・オブ・インタレスト フォースシーズン」
第11話 「戦略If - Then – Else」

を観ました。

サマリタンがついに本来の目的に向かって
動き始めます。
人間にとっての支配者=神になるという
禁断の領域に足を踏み入れようとするのです。

証券取引所へのサイバー攻撃という
恐ろしい作戦を開始したサマリタン。

選択の余地がなくなったフィンチたちは
“チーム”のメンバー全員でサマリタンに挑みます。

命の危険を冒してでもサイバー攻撃を阻止しなければ、
全世界の経済が大混乱に陥り、
破滅してしまいます。

フィンチ、リース、ルート、ファスコは
サマリタンの目が届かない証券取引所内で。

ショウは証券取引所の機密室の
暗証コードを知っている警備員を追って
地下鉄の車両の中で。

それぞれ、追い込まれて窮地に立たされます。

その様子を監視カメラでとらえていたマシンは
わずか数秒の間に、
全員のミッションの成功率を計算し
シュミレーションを繰り返し
もっとも確立の高い方法を選択して
ルートを介して全員に指示を送るのですが…



バカリズムが脚本を書いていたドラマ
「素敵な選TAXI」は選択を間違った人が
過去に戻ってやり直すという内容でしたが、
今回の「パーソン・オブ・インタレスト」の
ストーリーの構成も似ていました。

人間の頭で考えると途方もないパターンの中から
最適と思われる方法を選び検証すること
わずか数秒。

その数秒間のマシンの中での
シュミレーションが数通り描かれます。

シュミレーションは何度も失敗するので、
フィンチが撃たれたり、リースが撃たれたり、
ショウが逮捕されたり…

マシンの検証基準や判断基準に対して
開発時にフィンチがマシンを“教育”していたころの
マシンの“記憶”が思い出のように
ところどころカットインします。

それは、マシンがチェスに興味をもち
学ぶためにフィンチに対戦を申し出て
ゲームを通してフィンチが語りかける…

というシーンでした。

フィンチは相手をするのですが、
チェスが好きではないことも語ります。
なぜならチェスは命の価値に
違いがあったころに作られたゲームだから…

他にも、無数の手の組合せや
考え過ぎて前に進めなくなることへの警醒や
敵、味方という考え方の危険性などなど…

そこにはコンピューターが演算する中で
数値では計れないと思われるような
部分への示唆が沢山詰め込まれていました。

まるで、親が子どもに語りかけるように…

そしてそれは、押しつけがましくなく
あくまで「わたしはこう思う」
という姿勢で語られるんですね。

それをマシンがどう理解するのかは
マシン次第。

わずか数秒の間に、何通りもの
打開策を演算しながら
その判断基準となっているのは
そのフィンチとの“思い出”

わたしたち人間もそうですよね。
マシンのように明確に映像や音声の記録
として残っているわけではない。

むしろ記憶はすり替わっていたりもするかもしれない。
それでも語りかけられたときの雰囲気や
そのときに考えたこと、
それをことあるごとに思いだして
自分なりに解釈や新しい考えを発展させたことなど、
そういう心の経験が無意識のうちに
今という局面の思考プロセスをつくり
判断基準となっている。

それを考えれば、やはり息子との対話は
わたしにとっては
息子の“未来に触れている今”ってことになります。

やっぱり“今”が一番貴重なんですよね。



               全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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