お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2016年04月21日

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 福井晴敏 著 角川書店 #4 パラオ攻略戦」その5 責任と義務を背負える瞬間



わたしは頭でっかちです。

いろいろなことを頭で考えて、
現実とのギャップに苦しむ。

理屈ばっかりはいっちょまえなのに、
現実では思った通りにいかなくて四苦八苦する。

でも、現実に実現できることって
理屈で考えたことと現実をつなぎ合わせて
考えて考えて、両者を近づけたときに起こる。

そして、そのときの達成感は凄い。

だからわたしは考えることをやめません。

頭でっかちに色々考え続ける。

考えることで気づきも多く、
その分精神的な成長も早いと思っています。

だから感情任せにしないように
睡眠を充分取ることや、
早寝早起きを意識して、
生活のリズムにも気を配っている。

精神と思考を大事にしたい。

それが家族への責任だとも思っています。



もう、第5巻も半分を過ぎました。
すぐに読破しちゃいそう…。

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」
第4巻 「パラオ攻略戦」 福井晴敏 著 角川書店


バナージがパラオで
ギルボア家族やマリーダとの対話から
いろいろなことを学んでいる頃、
ネェル・アーガマには
マーセナス議員の長男、リディと
ジオンの姫、ミネバ・ラオ・ザビと、
知り過ぎた民間の少年少女、
タクヤとミコットを迎えに政府の船が来ていました。

ネェル・アーガマから離される4人。

しかし、リディはミネバとタクヤ、ミコットを連れ出し
ネェル・アーガマに戻ります。

そして、ミネバを地球へ…
事態を何とかできるかもしれない
もっとも遠ざけたかったはずの“家”へ…
連れて行くために行動を起こします。

ネェル・アーガマのバナージ救出作戦。
その混乱に乗じて。



バナージとオードリーの感情を描写するときに
“恋”という言葉は一切使われません。
使われるのは“熱”など、気持ちや
実際の触れ合いにより伝わる温度感のようなものでの
描写が多いように感じます。

でも、リディのオードリーへの思いは
すぐに“恋”という言葉が使われました。

このあたりの表現の使い分けも
それぞれのキャラクターの思いと、
彼らの行動へと結びついていって
ストーリーをうねらせていきます。

まだ十代のミネバに恋心を抱いてしまったリディ、
でももちろん恋心だけで行動したわけではありません。

ずっと、政治の世界で連邦政府とつながっていた
“家”から飛び出し、夢だったパイロットになったリディ。

でも、ミネバが自分の出自も含めて全て受け止め
自分にできること、自分が為すべきことをやろうとしている。

その姿を見て、自分もおかれた状況の中で
自分にできることを為そうと思い始めた。

でも、リディ自身も胸の中で恋心が
湧きあがっているのを感じてもいました。
ミネバを同乗させたモビルスーツ
デルタプラスでネェル・アーガマを飛び出し、
戦場に躍り出た後、
とんでもないことをやらかそうとしている自分を
奮い立たせます。

たぶらかされていると言わば言え。
義務と責任なんて重たいものを、
理屈だけで背負える奴がいるものか。
思い切った胸がすっと軽くなり、
リディは正面に顔を向けた。
やるだけだ、と腹の底に呟いてから、フットペダルを踏む

(P201より引用。改行はブログ筆者による)

恋心までひっくるめて自分の気持ちと
向き合ったリディは
ユニコーンに乗るバナージとも戦闘宙域で合い…

第4巻のクライマックスシーンでの1シーンです。

頭で考える義務や責任と、
感情や思いの部分が
取るべき行動を取らせるための方向性として
一致した時に、迷いなく自分の選択として受け入れ
行動できた…

そういう瞬間の心理描写として、
とてもわかりやすいですよね。

やらなきゃならないことだって
頭では分かっている。

責任があることも理解している。
「でも…」と前に進めない。

それは、自分の「こうしたい」という思いが
付いてきていないから。

実際に、義務だ責任だって言って、
頭で自分を納得させて
やりたくもないことを我慢してやっている人は
とても多いはずです。

わたしもまだまだそういう部分はある。

でも、それもやりたいことに含まれている“一部”
なんだとは思えるようになってきています。

自分の人生の目標と、
目の前の作業をつなげて考えられるようになった。

人間は感情の生き物ではない。

わたしがそう言うと、冷血人間のように
誤解を受ける場合がありますが、
わたし自信をわたしは真逆に捉えています。

人の思いにロマンが宿る。

人間は感情の生き物ではない
人間は精神の生き物だ…

勘違いしないで欲しいのは
感情を否定して精神を肯定しているという
ことではないということ。

精神が思考を生み、思考が感情を生み、
感情が行動を生み、行動が結果をもたらす。

その全過程をもって人間の営み。
さらに言えば、その結果を受けとめて
次へと進もうとする、前進しようとする、
それが人間だと思っています。

だから、感情否定ではなく感情込みの話し。

わたしは「どうしたいんだ?」
と自分に聞くために、
ひとりになれる時間も確保しようと努めています。

家族に対する義務も責任もある。
義務も責任も大きなものだからこそ、
そこには「こうしたい!」という
強くて熱い“思い”が必要だと思っています。

それはつまり、自分を大事にするということ。
結局、大切な人を守るためには…
その責任を果たすためには…
自分を大切にするといこともその責任のうちにある。

だから、あなたはどうしたい?


              全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。