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2016年04月12日

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 福井晴敏 著 角川書店 #3 赤い彗星」その6 言われたことしかできないリーダー論



言われたことしかできない…

若手社員問題がこのように言われ始めて
もう何年たちますかね??

わたしたちの世代(団塊ジュニア世代)も
同じようなことを言われていた気もしなくもないですが、
10年は下らないような気がします。

時が経つということはそういう人たちも
役職が上がっていくということ。

実際、現場では率いていく立場になっている人…
つまりリーダーたちが
会社が作るルール、
業務フローにそった対応しかできない。

ルールやフローはあくまでガイドラインであって
それはそれでもちろん大切なことですが、
そのガイドラインを基に、
そこからどう答えを作り出すか?
という部分が“仕事”なのであって、
ガイドライン内だけでこなすのは
“仕事”ではないですよね。

じゃあ、“作業”なのかと言えば、
たとえば接客やサービス業の場合は、
“作業”にも到達していないと言ってもいい。

ルール・フロー内で無理やり
解決させようとすることは、
お客さんを無視しているわけですから
作業はしていても無意味すぎます。
だから職業上の“作業”という壇上にも上がらない。

中間管理職だったり、ある程度ベテランになってくると
上司にも部下や後輩たちにもはさまれて
両方に物申したいことも出てきます。

それでも、やはり部下・後輩が育たないのは
わたしたちにも責任の一端がある。

それはそれでまぎれもない事実なのでしょう。



描いているのは西暦の次の架空の世紀の時代。
でも現代を生きるわたしたちに向けて書かれた物語。

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」
第3巻 「赤い彗星」 福井晴敏 著 角川書店


その中にとても興味深い描写がありました。

スペースノイドの自治独立権を訴えて
スペースコロニー群・サイド3がジオン公国軍を名乗り
地球連邦政府に独立戦争を仕掛けた
宇宙世紀0079の“一年戦争”

ジオンは敗戦しますが、その後、
地球連邦政府の中にはそれにより増長して
生粋の地球生まれをエリートとする思想から
地球生まれの人間のみで構成された
ティターンズという軍の中でも特別扱いされる
別組織が作られました。

結局その流れは、コロニー全体に毒ガスをまくような
大量殺戮につながり
さらなるスペースノイドからの反感へとつながっていきます。

その後、2度にわたりネオ・ジオン戦争が起こりました。

2度目のネオ・ジオン戦争=シャアの反乱終結後。
宇宙世紀0100にはジオン共和国の
自治権返還が迫っていました。

そんな宇宙世紀0096。

地球連邦政府を転覆させるほどの力を秘めているという
『ラプラスの箱』を巡って〈インダストリアル7〉で
勃発した戦闘のあと、秘密作戦を公にできない連邦は
作戦の実働部隊を載せていた戦艦ネールアーガマを
デブリの中に退避させていました。

身動きもとれないままジリジリとしていたネールアーガマ。
しかし、ジオン再興を目論む『袖付き=ネオ・ジオン残党』
の攻撃を受け、敵の思惑通り、
戦力をつぎつぎと潰されていくのでした……。



小説という活字媒体なのに、ハラハラしながら
固唾をのんで見守ってしまう福井晴敏さんの
戦闘シーンの描写。

その中で、ネールアーガマの艦長オットー・ミタスが、
現場に怒鳴りながら支持を出すシーンが描かれます。

デブリの陰に隠れながら高速で迫ってくる
敵のモビルスーツ群に対し、
応戦するはずの艦の砲台がなかなか火線を張りません。

「対空防御、なにやってる! 敵に入り込まれているぞ」

と怒鳴りつけたオットー艦長に
砲雷長が返した言葉は

「予調側がまだ……!」

この言葉に艦長は“ぞっとなった”と描写されます。

どういうことでしょうか…
それもわかりやすく描かれているのですが、
つまりは砲雷長以下砲塔担当の人たちは
びゅんびゅん飛び回って攻撃してくる敵に対して
訓練で習った通り“調査測量”を
行おうとしていたようです。

艦長は
「狙いなんぞつけてる場合か!撃ちまくれっ!」
と言った後に次のように考えたようです。

砲雷長の面子を潰した格好だが、やむを得なかった。
正確さばかり追求する訓練でスコアを競いあっていれば、
誰でも機転がきかなくなる。

(P151より引用、改行はブログ筆者による)

そして、自分自身が艦の成績向上ばかりを
至上命題としてきた日々を省みるのでした。

『自分自身が艦の成績向上ばかりを
至上命題としてきた日々を省みる』

う〜む・・・

中間管理職の人は
「あ、オレのことだ…」とか「オレと同じだ」
と感じた人もいるかも(笑)

わたしもどうしていいかわからないことを
上司に押し付けられたりすると
きっと、「聞いてねぇよ〜!」とか
「そもそも何をどうしていいかわかりません!」
という状態になると思います。

教えてくれないとわからない
→言われたことしかできない

結局そういうことなのかもしれない。

でも、今の自分が後輩たちを見るときには
「そんなことは自分の頭で考えなさい!」
「自分の責任で判断しましょう!」
と言いたくなることがあります。

それはつまり、わたしも
言われたことしかできない状態から
それを繰り返す中で
言われたことを超えなければ太刀打ちできないような
“状況”に追いやられて、
言われたことと自分の知恵を駆使して
何とか乗り越えてきた経験の積み重ねがあるからこそ
言えることなのかなと思います。

じゃあ、彼らも経験を積めばいいのか?
時間があればいいのか?

というと、ことはそう単純じゃない。

係長、課長、部長、現場監督、
リーダー、スーパーバイザー、マネージャー
主任、店長…

どのような“カタガキ”をお持っているにせよ
部下にとって上司とは
自分たちを引っ張っていく人=リーダーです。

今、そういう立場にいる人たちが
かつてそういう立場にいる人たちのように
自分で考えて判断できない。

おなじ役職でもその成熟度が
極端に下がっている。

そこが問題なわけです。

きちんと背中を見せられなかった…
経験を積む機会を与えられなかった…

その結果でしょう。

効率化の弊害がまさにここに表れている。

わたしたちは、どんな風に
どんな機会を彼らに与え、どう見守り、
わたしたちをどう“追い越して”もらうべきなのか?

具体的に取り組んでいかなければならない。

正直、わたしは子育てで
いっぱいいっぱいな面があります。

毎日の生活が“忙しい”
これも効率化の弊害かもしれません。

本当の効率とは、大切な部分を大切にして
事が効率よく回ること…

かえって非効率になってきた効率化と
わたしたちひとりひとりの“成長”の問題。

社会的な視点、会社組織的視点、
家族という単位での視点、
自分自身という視点。

すべての視点において、
これからを生きる子たちに時代を託す大人として
至上命題だと思っています。


               全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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