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2016年04月11日

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 福井晴敏 著 角川書店 #3 赤い彗星」その5 人が動いてくれる“熱”の伝え方



わたしは人にものを伝えることに
とても苦手意識を持っています。

毎日毎日、飽きもせずこんな文章を書いているのですから
以外に思われるかもしれませんが、
10代のころは文章にもヒドイ苦手意識を持っていました。

今でも、本当の意味で
“伝わる”文章が書けているのか?

と自問すると、
即座に自分の中から答えが返ってきます。

「その自信がないから、あ〜だ、こ〜だと
長くなっちゃうんでしょうが!」

と…(苦笑)

そえでも、人様に向かって、
文章で自分の言葉を発信できるくらいにはなった。

文章レベルの問題ではなくて、
自分の中での自信の問題としてですよ。

でも、しゃべる方はといえば、まだまだです。

でもコレも、実は自信の問題なんですよね。

だって……。



触れたい、味わいたい物語って、
ホント、無限にありますよね。困ったもんだ。
わたしが楽しみにしてた4月期スタートの新番組。
その口火を切ったのはアニメ2作品でした。
「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドや眠らない」と、
この小説のストーリーをアニメ化された日曜朝のアニメです。

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」
第3巻 「赤い彗星」 福井晴敏 著 角川書店


読破したのですが、今回含め
あと2-3回取り上げさせてください。
非常に興味深い!!

16歳の少年バナージ・リンクスは
幼少期に生き別れた父の出現に戸惑う暇もなく、
父=カーディアス・ビストが「ラプラスの箱」の鍵として
開発に手を加えていたモビルスーツ、
ユニコーンガンダムを託されました。

生活していたスペースコロニー〈インダストリアル7〉が
突然戦火にみまわれ、無我夢中でユニコーンガンダムで
敵機を追い払おうとしたバナージは、
生身の人間には耐えがたいGを受け気を失ったまま、
ユニコーンガンダムのコクピットから救出されます。

彼を救出したのは、地球連邦軍の宇宙戦艦、
ネールアーガマでした。

〈インダストリアル7〉でバナージが助け、
そして彼を「必要ない」と遠ざけたオードリーも
戦火の中、バナージの友人タクヤとミコットとともに
ネールアーガマに救出されていました。

極秘作戦を遂行中であった艦は、
〈インダストリアル7〉から離れ、
政府に公の救援も要請できないまま
暗礁宙域のデブリの陰に潜んでいました。

しかし、地球連邦政府を転覆させるほどの
力があるという『ラプラスの箱』。

その秘密にかかわるユニコーンガンダムが
収容されているとわかって、
〈袖付き〉=ネオ・ジオンが黙っているわけがない…

そんな緊張感漂うネールアーガマの艦内に
敵機襲来の警報が鳴り響きます。

攻めてきたのは、かつてのネオ・ジオン戦争の総帥
“赤い彗星”シャア・アズナブルの再来と言われている、
フル・フロンタルでした…



バナージでないとユニコーンガンダムは動かない。
ユニコーンガンダムが『ラプラスの箱』への道しるべ…

そうなると、軍もオードリーももうバナージを
「ただの民間人」とか「必要ない」なんて言えなくなります。

オードリーは立場上の責任もある。

オードリーがバナージに一緒にユニコーンで逃げて
ユニコーンを壊すべきだとバナージに言う場面が
描かれます。

その時にバナージは、人の心を動かす言葉に
必要なものがなんなのかとても敏感に感じ取っていることが
描かれていました。

オードリーが責任ある立場に縛られた物言いをしていて
前に自分を突き動かした「熱」を感じないんですね。

だとしたら、不要な人間でもかまわない。
理屈だけで動けるほど、自分は器用な人間ではない。
という心情描写とともにバナージのセリフも出てきます。
「君の声を聞かせてくれよ」
「やらなければならないことじゃなくて、君がやりたいことをさ。
それを聞かせてくれたら……」

(P118より引用。※改行はブログ筆者による)

バナージの言う「君の声」とは
立場上の「やらねければならないこと」ではなくて
「君がやりたいこと」なんですね。

わたしが何かを話すときに、
伝わらないもどかしさを感じるのは、
正しさを伝えようとしているからなのかもしれない…

このバナージとオードリーのやり取りを読んで
そんな風に思い至りました。

やらなければならないことじゃなくて
わたしがやりたいこと。

男としてこうあらねばならない…
夫としてこうあらねばならない…
父親としてこうあらねばならない…
先輩として…後輩として…社会人として…

まさに、大人になるにつれ
自分の中に蓄積されていく経験や知識に
がんじがらめにされている状態。

自分が成長だと思っていたものは
単なる呪縛であって、
本当の成長とはそういうものを見知ったうえで
自分の内側から自然と欲する声を聞き取ること、
それを言葉にして発すること、
そしてそれを為していくこと…
なのかもしれませんね。

何年も前に、何かで妻を説得しようとしたときに
よくわからないという顔をされて、
「…で?あなたはどうしたいの?」
と聞かれたことがありました。

自分がやりたいことを話していたつもりだったのに
わたしがやりたいこととしては伝わっていなかった。

つまり、「こうすべき、こうした方がいい」
ということの理屈ばかりを語っていたのでしょう。

理屈はいいからあなたの“気持ち”を聞かせて。

わたしの妻がわたしに言ったことと
バナージがオードリーにいったこと…

同じことですよね。

今でもわたしは理屈をさきにこねることがある。

わたしの場合、腑に落ちないと動けない
ということがあります。

腑に落ちるときに何が起きているのか?
理屈がわかった時です。
でも一方で、わたしも「それは理屈だろう!」
と人の意見を聞いていて思うときもある。
理屈が通っていないのに心情的にわかって
こちらが納得してしまうこともある。

つまり、腑に落ちるときは、
もともと胸につかえていた“感じ”があって
理屈によってそのつかえが取れる。
“思い”と“理屈”の両方が同時に
腑に落ちたときにおこることなんだと思います。

でも、この“思い”のつかえが取れるのって
人それぞれのタイミングにもよる。

それをわかっているからわたしはこうやって
“理屈”を乱発しているとも言えます。

毎日発信することで、そしてネット上に残ることで
必要な時にその“理屈”に出会った人が
何かを腑に落とししてくれることがあるかもしれない。

わたし個人の課題としては、
もう少し「わたしがこうしたい!」
というのが相手に伝わるように、
素直になりたいと思います。

              全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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