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2016年03月22日

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 福井晴敏 著 角川書店 #1 ユニコーンの日(上)」その2 『もっと本を読みなさい』の前に想像力について掘り下げる



小さい子供は確かにかわいいです。

もう、そのたたずまいと、
体系だけでかわいいですよね。

でも、わが子は大きくなっても
そのかわいさがまったく消えません。

だから、というのもあるのですが、
ただかわいいからというだけではなく
実は意識して触れるようにしています。

小さいころはぷっくりとした
頬がかわいらしかったので
よく手の指のこうで頬を撫でていたのですが、
幼児から少年になっても、
やはり同じように頬に触れます。

2人で出かけて歩くときは
意識して歩道側に引き寄せるし
その時は肩や背中に触れて
引き寄せるようにしています。

並んで歩く時もたまに
肩を組むように、肩に手を回したり…

もうじき、嫌がられるでしょうが、
今のところはまだそれを嫌がらない。

嫌がらない程度でこちらがやめている
というのもありますが、
触れるということを意識しているのには
理由があります。



4月3日、日曜日朝7時からテレビ朝日系列で
2クール(半年間)にわたって放送されるアニメ
「機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096」
OVA全7巻の内容をテレビ用に再編成して放送されるそうです。
それにちなんで、その原作小説、

小説「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」
福井晴敏 著 角川書店刊
第1巻 「ユニコーンの日(上)」

を再読し始めました。

西暦(A.D. アンノドミニ)から宇宙世紀(U.C.ユニバーサルセンチュリー)
に変わる人類史上最大のセレモニーの瞬間から
この物語はスタートします。

月と地球の重力バランスが安定するポイントに
人が住むためのスペースコロニー群を建設し、
大規模な移住計画がスタート。

増えすぎた人口を宇宙に移民させる計画。

それは、計画当初から棄民政策だとする声もあり、
一部の過激派の作戦で、その歴史的なセレモニーは
血で染められることになります。

その作戦に参加していた少年サイアムは、
その悲劇の中であるものを手にします。

そして時が流れ96年後…
宇宙世紀0096。

すでに、宇宙に住むスペースノイドたちの
独立を求める戦争を皮切りに、
幾度かの戦争が繰り返されてきました。

人口増加による地球環境保全のための
宇宙移民計画は、宇宙に捨てられた人たちの憤怒と
地球の重力に魂を引かれたままの人たちとの抗争にによって、
更なる汚染を繰り返してきたのでした。

そんな、歴史を遠い世界の出来事、
自分とは関わりのないこととして育った少年。
主人公、バナージ・リンクス。

スペースコロニー・インダストリアル7の中で
人口の空に堕ちた少女を命からがら助けたことで、
バナージの運命が動き始めます。



意識して、「天空の城ラピュタ」を
想像しながらあらすじを書いてみました。

空から少女シータが降りてくるのを
主人公の少年パズーが受け止めるところから
パズーの大冒険が始まりますよね。

そして2人の純真な絆がまた
うらやましい…

この「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」には
間違いなくそのテイストが入っていると思います。

円柱状のスペースコロニーは
重力を作り出すために毎秒60キロの速さで
回転しています。

バケツに水を入れて振り回しても
水はバケツの底に張り付いたまま・・・

その原理を使って宇宙空間で
重力を作り出しているんですね。

ですから、円の中心軸のあたりは
重力が存在しません。

そしてそのちょうど中心軸にあたる部分に
人口の太陽光を発生させる大きな電灯がある。

とんでもない熱です。
直径六キロほどの円筒にまんべんなく
光と熱をいきわたらせるための熱源ですから
そ周辺の温度は並ではありません。

人間なんて一瞬で跡形もなく
蒸発してしまうのではないでしょうか?

そんなスペースコロニー・インダストリアル7に
忍び込んだお嬢さんが、
予期せぬ事故で、無重力の人口の空、
人口太陽の間近に投げ出されてしまいます。

時刻は夜明け前。

バナージはそれに気づき作業用の
プチモビという重機で助けに飛び出すんですね。

2人とも16歳くらいの少年少女。

無重力を漂う少女の手を取り、
プチモビの中に引き入れるバナージ。
直後、“人口の夜明け”が訪れる…

活字で読んでいても手に汗握るシーンです。

その描写が実に生々しいんです。

きめ細かい少女の肌や、華奢な身体、
香水交じりの体臭から胸のふくらみが
バナージの腕に押し付けられる感触…

こんな風に書くと、なにやら
エロ小説でも読んでいるのか??
と言いたくなりますが、
これを生々しく描くということは、
とても大切なことだと思うんです。

読んでいるほうが想像できてしまうくらいに
生々しく描くことが…。


インターネットの世界では、
アニメや漫画を“二次元”
実写ものを“三次元”
という言い方をするようです。

最近、小学校でもそういう言い方が
当たり前になっているのか、
息子が「オレは二次元が好きやけん!」
などと言い始めました(笑)。

「化物語(バケモノガタリ)」という
萌え系に近いアニメにハマったと思った
その直後の発言だったので
さすがに親としては
気持ちをついて行かせるのに精一杯。

しかし、今のところは、
アニメだけ見るとかゲームばかりするとかではなく
子供らしく興味を持ったものは
いくらでも楽しみたい!!

という健全さがあります。
外に出るときはボールを持って出たがるし
公園で友達とゲームをしてても
「体を動かしたい!もうゲームやめよう!」
なんて言って暴れている。

(それでもゲームを続けていた子の方が
運動神経がよかったりしますが…笑)

そんなところもあって、今のところは
安心しておおらかに
見守っているつもりなのです。

そして、そんな今を見ればこそ、
やっぱり、触れることを意識してきて
よかったなと思っています。

ゲームやネットなど、
バーチャルの世界にばかりいて、
想像力が足りない…

なんてことが言われ始めたころのことを
もう「ふた昔」といってよいくらいの時が経っています。

バーチャルの世界にしか生きられず
現実世界での生々しさがわからない。

この場合、ゲームやネットにプラスして
アニメも入るでしょう。

そこでよく言われるのが、「もっと本を読め」です。

実写映画、特に人間ドラマなど
名作といわれるような作品も
三次元、つまりバーチャルの世界よりは
「もっと本を読め」という時の
本の側に入れてもらえる機会が多いようです。

わたしは、実はこのバーチャルの世界に生きて
想像力がないから「もっと本を読め」
という理論が気に入らない。

バーチャルの世界にばかり生きる人が
想像力の欠如による悲惨な事件を起こすのは
本を読んで補える想像力の欠如が原因でしょうか?

むしろ、ああいう人たちは
本なら人一倍読んでいるんじゃないかな〜。

わたしも、ネットの世界にばかり生きるよりは
ちゃんとした商業出版の書籍を読むべきだと
思っています。

でも、それがバーチャルの世界にうんぬん…
という問題の解決にはならないとも思っています。

確かに想像力は鍛えられるけど、
小説などを読んでいると思いますが、
よくできた小説ほど、いわば究極のバーチャルです。

現実、リアル、実感、生の感覚…

そういうものとは全く異質の世界。

だからこそ、フィクションの作り手は
小説だろうが実写映画だろうが、マンガやアニメ
ゲームの世界だろうが、
それなりに責任を担っている。

もう、誰が何のときに語ったのかすら覚えていませんが、
以前に何かのインタビュー記事で「天空の城ラピュタ」
が取り上げられていました。

その中で語られたのは、海賊飛行艇ゴリアテで
夜中にパズーが見張りをしているところに
シータがやって来て、2人で会話をする
名シーンだったと思います。

2人の会話が拡声器を通して、
船長のドーラの寝室まで聞こえてくるけど
若い二人の仲睦まじい会話をいつまでも聞くのは
野暮だと思ったのか、穏やかな笑みをたたえて
拡声器のふたを閉じようとするドーラ…

みたいな流れのシーンだったでしょうか?

パズーのところにやってきたシータ。
寒空の中、パズーは自分のマントの中に
シータを招き入れます。

確かそのシーンがそのインタビューで語られた。
曰く、あそこで2人の体が密着している感触を
どれだけリアルに想像できるか?

という対話でした。

若かったわたしは
「おいおい、何を考えて観てるんだよ。変態か!?」
みたいに当たり前の浅はかな反応をしました。

しかし、そのあと、「ガンダム」を作っている
富野由悠季さんが、「機動戦士Zガンダム」を
劇場用に作り直す際、
結末を変えた理由を知って、
「ラピュタ」を見るときのその感触への想像力の問題に
とても合点がいったのを覚えています。

テレビの「Zガンダム」の主人公は多くの人の死に直面し
最終回で精神崩壊してしまうというショッキングなラストでした。

しかし、劇場版は同じストーリーなのにそうはならない。
ちゃんと耐え抜いて精神崩壊なんてしない。

何が違ったらそうなるのか?
劇場版の中では、彼が落ち込むときや
普通の何気ないシーンで、さりげない「触れ合い」が
幾度も描かれます。

テレビでは描かれなかった演出です。
落ち込む主人公の背中を先輩がさすっていたりする。

こういう皮膚感触の生の温かみ。
人のリアルな接触、文字通りの触れ合い。

悲惨な事件が起こるのは、
確かに想像力の欠如が問題です。

でも、その想像力を埋めるのは活字の「本」ではない。
実生活で、五感すべてで感じる実体験。
そのナマナマしさを体験したうえでの想像力、
だと思うんです。

それを忘れないために、わたしは息子との触れ合いを
意識して行っているわけです。

そして、実写映画だろうがアニメだろうが、
活字媒体だろうが、そういう人肌の生の感触を
しっかりと想起させるだけの表現力を工夫する。

それがリアリティーというものだと思うんです。

福井晴敏さんの小説は、
水中で戦っているシーンの描写では、
読んでいるコッチが窒息して溺れそうになるし、
華奢な女子の体を引き寄せた時の
思春期の男子の感覚もリアルに描写されます。

行ったこともない宇宙空間の、
見たこともないスペースコロニーという空間での
手に汗握る危険極まりない状況。
その中で、「もうダメだ…」と思いそうな瞬間に
腕に当たる彼女の胸の感触によって理性が保たれ
何とか無事に着地する…

さまざまな現実での経験があってこそ描けるし、
同じように現実での経験があってこそイメージできる。

そういうシーンです。

想像力の欠如を問題視するなら、
せめてそこまでは掘り下げて、
日常の日々を生きて、フィクションを楽しみたい。
子供たちにもそんな風に
楽しんでいけるようになってほしい。
そう願っています。


               全ての物語のために

「機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096」公式サイト









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posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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