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2016年03月19日

アニメ「TIGER & BUNNY(タイガー&バニー) #16  Truth lies at the bottom of a well.真実は井戸の底にある」間違いに気づいたら撤回するのも勇気



スマホはすごいですね。

カーナビどころか、歩行者ナビだってやってくれる。

おかげで道に迷うという経験が
とても少なくなりました。

数年前までのわたしは、
地図帳を駆使していました。

知らない土地をドライブするときも
地図を見ながら行けば、
なんとかたどり着ける。

地図ってすごいな〜って。
そして、地図を使い倒して
ちゃんとたどり着ける自分にも自信を持っていました。

そんなわたしでも、
もちろん道に迷うことはありました。

特に時間に制約がある状態で
道に迷ってしまうと、
迷っているその地点から、
目的地への最短ルートを目指そうとしがちです。

でも、それが裏目に出て、
どんどん迷い込んでいくことがある。

実は迷ったと気づいた時点で
速やかに元の道に戻るという決断が
一番難しかったりするんですよね…



息子もいい具合にハマりだして、
わたしもこの前観たばかりなのに
また一緒に観てしまっています…

アニメ「TIGER & BUNNY(タイガー&バニー)」

第16話、
「Truth lies at the bottom of a well.
真実は井戸の底にある」
を観ました。

最近調子の良い虎徹は、
能力のパワーアップに喜んでいました。

しかし、その様子を聞いたベンから、
ある事実を教えられショックを受けます。

一方バーナビーは、
生涯を終えるまでトップに君臨し続けた
ヒーローの中のヒーロー、
MRレジェンドの記録を塗り替えようとしていました。

その様子を見つめるルナティックこと裁判官ユーリは、
ある思い出に苦しみ始めます。



ユーリは正義の心を教えてくれた父が
自分の能力の限界に苦しみ
酒におぼれ母親に暴力を振るうようになる様を
観ていました。

そして、大切な母を守るため
父に抵抗します。

しかし、その行動は感情の発露とともに出てしまった
NEXT能力によって悲劇を生むことに…

死刑制度がないシュテルンビルド。

その世界で裁判官を務めるユーリは、
己の正義に従い殺人犯を抹殺するダークヒーロー、
ルナティックとして、ヒーローたちの前に
時折立ちはだかります。

どうやら、このお話を観ると、
ユーリが引き起こしたその悲劇を
自分の中で正当化するための戦い…
のように見えてきます。

正直、虎徹のように
「殺人犯だからって殺していいわけじゃない」
という主張と、「それは甘い正義だ」
というルナティック、
どちらが正しいのか?
その答えはわたしにはわかりません。

死刑制度が是か非か…
ようはそういう、いわば永遠の課題…
なのかもしれません。

これを極限状態を描くことで
ルナティック側寄りでなければ生き残れない
世界の中で考えさせられるのが

ドラマ「ウォーキング・デッド」ですよね。

でも、「タイガー&バニー」は文明が
高い次元で発展している
シュテルンビルドという街が舞台。

街の治安を守る人たちのお話です。
ユーリも裁判官ですから、
もちろんその一人です。

どう考えても、今のまま突き進んで
ユーリが本当の意味で幸せになれるとは
思えません。

ユーリ自信、幸せになろうなんて
思ってもいないでしょうが…

それでも、描かれる家庭環境や
そこにいる彼や彼の反応を見ると
やはり根源的には幸せを求めている。

まあ、当たり前ですが…

社会正義という意味では、
ユーリと虎徹、どちらの主張が正しいか…
というのは答えるのは簡単ではなくても
ユーリ本人の幸せに絞って考えるなら
どこかで過去から自分を解き放つ必要がありそうです。

過去の行いが正しいか間違っているか、
その証明のために今があるのではない。

大事なのは今からどう生きるか?

何のために生きるか?といえば
今から幸せに人生を全うするため
という答えになるでしょう。

そのためには初志貫徹ということも
もちろん大切でしょうが
間違いに気づいたら、
即、引き返す。あるいは改める。
という態度も、実は非常に大切です。

決めたから、約束したから
仕方がないといって、
途中で間違いだと気づいたにもかかわらず
その道を突き進まなければならない
と思い込みすぎている人がいます。

それは違う。

もしかしたら約束した相手には
裏切り者と罵られることもあるかもしれません。

それでも、間違いだと気づいたら
やはり改めて、正しくあろうとする。

間違いに気づきながらも、
約束だから、自分で決めたことだから
と妄信的に貫こうとすることは
むしろ不誠実ではないでしょうか?

それになにより、人に縛られている
過去に縛られているという不自由です。

約束を反故にすることを薦めるわけではありません。

しかし、その前に約束とは何か?
信頼とはなにか?

そこを考えたうえで、
そこは議論すべきことでしょう。

まずは、何が誠実な在り方か?
そこに照らし合わせて、
決めたことが間違いだと気づいたら
改める勇気を持つ。

これも、自立や幸せへの道でしょう。


             全ての物語のために













posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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