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2016年03月06日

ドラマ「家族ノカタチ #7」家族への信頼の世界から裏切りの文字を消せ



子どもを動物の檻に入れただの
食事を与えずやせ細って冷たくなっただの…

なんとも悲しい事件関連の報道が
毎日毎日流れています。

こんな報道を見るたびに
わたしの妻は怒気をはらんで言います。

「赤ちゃんは、親を選んで生まれてくるなんて
言ってる人もいるけど、絶対違う!!」

わたしの妻はほとばしるほどの母性を
発散しているような勝気な女性です。

こうなっているときは触れると感電する(笑)

でも、その悔しさ悲しさはよくわかります。
そんなことをしてしまう
大人じゃない大人モドキの親たちには
「明日を生きる資格があるのか?」
と疑問視してしまうくなるくらい、憤りを感じます。

こんなことが起こらない世界にはならないのか!?

みんながいい人生を送れるような世界にはならないのか!?

完全にみんながハッピーハッピーなんてのは
幻想なのかもしれません。

でも、少しずつでもこんな悲しいことを減らしていく、
そんな努力はできますよね。

わたしたち一人ひとりが、
身近な大切な家族を愛して、
自分も含めた家族の人生を信じる強さを持つこと。

そのための努力が、人間成長の努力ですよね。



とうとう格安スマホを注文しました。
ナンバーポータビリティーを利用して
番号を変えずに乗り換えるので、
MNP(モバイルナンバーポータビリティー)の予約番号を
インターネットで取得したら今までの携帯電話の会社から
何度も着信が入っています。
仕事中で出れていませんが、お客さん流出を食い止めるための
いろいろな案内をされるのかな〜・・・なんて思いながら

ドラマ「家族ノカタチ」

第7話を観ました。

ある朝、大介(香取慎吾)と葉菜子(上野樹里)は
浩太(田彪我)が恵(水野美紀)に強引に
タクシーに乗せられて連れて行かれるところを目撃します。

大介は慌ててすぐさま陽三(西田敏行)に報告しますが、
陽三は特に動揺したそぶりも見せません。

その様子から、大介は
陽三が恵と連絡を取っていたことを悟ります。

問い詰める大介に完全に心を閉ざしたように、
「うるせぇよ!さっさと仕事に行ってこいよ!」
と突き放すばかりの陽三。

大介はますます、
陽三が恵に騙されているのではと心配するのでした。

一方、葉菜子の会社では、
注文していたコーヒー豆と別のものが
取引先に届くというトラブルが発生します。

国内の倉庫の問題か?
はたまた荷を送った現地の問題か?
取引先への謝罪はもちろん
原因究明のために場合によっては、
葉菜子がインドネシアへ行かなければならない
という状況に…。

しかし翌日には大事なプレゼンが控えていました。



初めのころから陽三・浩太と恵の間に
なにかしらの約束事があることが
描かれていました。

その約束の内容が明らかになるお話です。

そして、イマイチその約束に対して
前向きには見えなかった恵も
描かれてきました。

大介の疑いは、わたしたち視聴者も同じです。

陽三は内心心配もしていたようですが
それでも、信じるという姿勢は崩しません。

家族への信頼。

約束してたのに…
その約束を果たせなかった。

約束してたのに…
裏切られた。

そんなこと、何度でもあります。

でも、わたしは何度裏切られても
やっぱり家族は信じていたい。

例えば、
ウソをつくウソをつかない…
というウソ潔癖症でもありません。

ウソをつかれてもいいし、
約束を守れなかったという結果でも、
守らなかったという結果でもいい。

でも、わたしは家族に対して
その結果を結果として受け取らない。

それは“進捗状況”でしかない。
ととらえています。

わたしが信じているのは、
彼らがいい人生を送ってくれるということ。

約束を破ったことへの居心地の悪さ、
ウソをついたことへのうしろめたさ、

そんなマイナスのことも、
家族が成長するための肥やしになるなら
大歓迎だと思っているからです。

だからわたしは家族に裏切られることはないと
信じている。

でも、だからこそ、たとえば
家族の誰かが後悔しながら悲しい思いや
理不尽な思いを感じながら
人生を終えるようなことがあれば、
わたしは怒り狂うかもしれません。

でも、そんな風に家族を亡くした人も
大勢いる。

それを考えれば、そんなことすらも
人は超えていかなければならないんだなと思います。

いまのところ自信はないですが…

ただ、逆をイメージするとわかります。
例えわたしが不本意に苦しみながら
人生を終えたとき、
残された家族にはそれすらも肥やしにして
いい人生を作っていって欲しい。

極端な例え話ですが、わたしが死んだときに
残された愛する家族に「やっと死んでくれた」
と唾を吐きかけられたとしても、
わたしは「裏切られた」とは思わないでしょう。

そんな家族が、人生を終えるまでには
全部含めていい人生だったといえるような人生を
信じようとするでしょうから。

こう考えると、家族に「裏切られる」なんてことは
もやは起こりえないことになります。

例え誰かが故意にわたしを裏切ろうとしても
わたしには通用しない。最強です。

家族間の“信頼”って、
もともとそういうものなんじゃないですかね。
もともと、普通に最強なはずなんですよね。

              全ての物語のために



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posted by ストーリーセラピスト at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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