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2016年02月29日

ドラマ「家族ノカタチ #6」もっと許していいんじゃないですかね?自分のこと。



優しさと強さのバランスは
わたしにはまだまだ使いこなせない。

これは、人間的な器の問題でしょう。

まだまだ若輩者。

言い換えれば成長の余地が
まだまだ、まだまだ、まだまだある。

でも、一本調子で、
誠実さだ、まじめさだ、と、
誰が見てもわかりやすい“良き在り方”
ばかりにとらわれて、
変にストイックぽく生きるのは、
本当はストイックでもなんでもなく
それはそれで自分を守る壁だよね〜
とも思います。

「キレイごとじゃ生きられないよ!」
と自分を正当化して
ヨゴレの自分を演じて
人生を達観したような顔で生きている人を
わたしは好きにはなれませんが、

だからと言って、潔癖的な“正しさ”一辺倒を
貫こうとするのも嘘くさいし、“おびえ”を感じるんですね。

人間は常に成長するもの

今の自分がダメだからって
ダメな人間だと結論付ける必要もないし
嫌う必要もない。

今の自分がどうあるかは
自分と向き合えばいいけど、
責めるんじゃなくて、もっとフラットに
「ああそうなんだ。いま自分はここなんだ」
と、成長過程の現時点をしる。

それだけで良い気がするんですよね。

責めているなら、むしろ「許す」ほうが良い。

そのほうが、変に正当化せず、
自然とよりよく成長できちゃう気がしますよ。



今回のTBS日曜劇場は、エンターテインメントや
物語の存在意義とちゃんと向き合っている気がします。
すごく微妙で難しいところを、ちゃんとドラマとして描いている。

ドラマ「家族ノカタチ」

第6話を観ました。

前回、葉菜子(上野樹里)から和弥(田中圭)との
離婚の理由を聞かされた大介(香取慎吾)。

突然の衝撃的な告白に動揺を隠せません。

葉菜子をどう接すれば良いのかもわからず、
つい葉菜子を避けるような態度をとってしまいます。

そんな大介を見ていた葉菜子は、
ジムの帰りに大介に
「後でちょっと顔かして」と呼び出します。

そんな二人をよそに、莉奈(水原希子)は
大介への積極的なアプローチを繰り返していました。

一方、とあるお見合いパーティーへ参加した
佐々木(荒川良々)は、見事カップル成立。

そのお相手・久美(小松彩夏)と
どんなデートをすればよいか大介へ相談するが、
大介はいつものようにつれない態度。

しかし、その数日後、
陽三(西田敏行)のアドバイスもあって、
デートも無事に上手くいき、
オフィスでプリクラを見せびらかしていた佐々木。

そんな佐々木の姿を見た入江(千葉雄大)は、
相手が美人で若すぎるし
話がうますぎると心配をし始めるのでした…



佐々木ちゃん…
同情してしまいます…

が、男女関係なく、色恋仕掛けで
お金をだまし取られるとか、
いいように『使われた』という人は
結構いるのかもしれません。

でも、このお話では、
入江が最初に気づき、
同僚みんなで“おせっかい”をします。

「それは絶対におかしい」

と出会って間もない佐々木に
お金を要求してきた彼女に対して
意見を言うんですね。

そして、大介も実にスマートに
佐々木に、佐々木自身と向き合わせる。

“おせっかい”をドーン!と後押ししちゃう。
とどめを刺しちゃう。

とてもスマート…

でも、この方向性は非常に興味深く感じました。

“おせっかい”を嫌うのが大介です。
現に、この時も大介はみんなに言います。
「余計なおせっかいはやめろ」と。

でも、その直後に“おせっかい”のとどめを刺す。
“おせっかい”を完成させたのが大介。

ここに、中途半端な同情や
中途半端な“おせっかい”と、
本気の投げかけの違いが見えた気がしました。

大介が言うように、惚れた女に金を渡すも渡さないも
佐々木自身の問題です。
佐々木本人が自分の責任において
意思決定して、その結果を自分で受け止めればいい。

それだけのこと。

数年前によく報道でも使われた言葉
“自己責任”の問題です。

でも、この自己責任を人に問うとき、
問う側が、自分が関わりたくなくて
自分が面倒を背負い込まないために
このと言葉を使う人と、

本気で相手のことを考えてこの言葉をつかえる人

に分かれます。

わたしが自分以外の人に対して
“それはあなたの問題です”
という一線を引いた態度をとるときに、
いつも自分自身を観察するのはここです。

「これはどっちだ?
ただの責任回避か?
それとも今、この態度が相手のためになるか?」

ここって実はとても難しい。

人生の達人なら「考える必要などない!」

とかおっしゃるのかもしれませんが、
なかなかわたしは難しい。

ここには、やはり、
強さ、厳しさ、優しさのバランスが
求められる局面だからだと思います。

大介は、本当は優しい人間です。
でも人とのわずらわしい面倒事はノーサンキュー。
傷つくのも傷つけられるのも嫌。
というスタンスで壁を作っていました。

だから、そこからくる冷たさもある。

ただ、その冷たさからくるものなのか、
あるいは仕事で見せるこだわりのような強さなのか、
ある種の厳しさはもっている。

面倒を避けたいという思いからの
「自己責任」の押しつけであっても
単純に力学として考えると、
その力は必要なのかもしれません。

間違ってほしくないのは、本気で相手を思うからこその
厳しさであることは大前提なのですが、
優しい人にそれを言っても
なかなか厳しくできないという現実もある。

大介は根が優しい人間です。

その優しさを持った大介がいったん
自分を守って優しくない人間になった。

ただ優しいだけのベクトルではなく
そっちのベクトル「も」手にしてみたことで
とらえることが“本当の優しさと厳しさ”
みたいなものがあったんじゃないか?

と思うわけです。

わたしたちは、自分の嫌な部分を見て
「自分だ嫌な人間だ」「弱い人間だ」
「優しくないヤツだ」「ズルい奴だ」
…「だってそんなに強くなれないもん」
「キレイごとじゃ生きていけないんだよ」…

と、自分を嫌いながら正当化しがちです。

そこで、思うわけです。

下手に正当化しなくていいんじゃないか?
下手に自分を責めなくてもいいんじゃないか?

今の自分が弱いなら、
しっかりとその今の自分を受け入れる。

受け入れるというのは責めるということではなくて
『許す』ということだと思うんです。

責めちゃうから正当化しちゃう。

正当化しちゃうと、成長しませんよね。
だって正しいと思い込もうとしているわけですから。

でも正当化しなければ、
正しく“あろうとする自分に向かって行こう”とできる。

だから、正当化しないために
今はまだ弱い自分を『許す』。

今はまだ弱い…それを「自分は弱いんだ」
と決めつけない。結論付けない。

結論付けるからまたそこでも成長が止まる。

今は弱くても、今はダメでも成長はする。
そういうことを、「頑張らなきゃいけない!」と気負わずに、
もっとフラットに受け入れられれば、
大介のように冷たい方向へ一度走ったからこそ持てる
優しさと厳しさのバランスが手に入って
新しい自分へと成長できるんじゃないでしょうか?



              全ての物語のために

TBS日曜劇場傑作選











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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