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2016年02月18日

ドラマ「家族ノカタチ #5」それは、おせっかい?余計なコト?



未だに答えを出せない問題があります…。


お互いの家族の悪口は言わない。

恋人・夫婦の鉄則です。

「え?」って思った人多いのでは??
長年パートナーと一緒にいる方には、
うなづいている人も多いと思います。

悪口ではなくて、逆に称賛の言葉なら
よさそうですよね?

ところがこれも難しい場合がある…

パートナー自身が、自分の家族と
どのような関係にあるのか?
それによって、反応が真逆になることもあります。

そこに、“他人”であるパートナーが
口を出すと、見たこともない憎しみを
ぶつけられることだってあります。

よかれと思ってしたこと、言ったことが、
相手にとっては“余計なおせっかい”
にしかならないことがある。

以前、「Woman(ウーマン)」というドラマが
日本テレビ系列で放送されていました。

母親に捨てられた少女が大人になり、
結婚し2人の子どもを授かるのですが、
すぐに夫が亡くなり、母子家庭となります。

しかし、あるとき憎いはずの母と再会し、
母と、母の再婚相手との距離が
少しずつ埋まっていくお話。

その主人公の夫は、実は生前に何度も
主人公の母やその家族に会いに行っていました。

せっかくこの世に生きている母と娘が
離縁したままだなんて寂しい。
だから、仲直りをして欲しいと思っていた。

ドラマとして観ていると美談です。
本当に繊細で素晴らしいドラマでした。

しかし、実生活でああいうことがあったらどうだろう?
あの夫が、ドラマの中で演じた小栗旬さんの役のように
素晴らしい非の打ちどころのない夫ではなく
欠点もいっぱいあって、しかも、死んでしまわずに
生きていたら??

それで、母子の間を取り持とうとしていたら…?
妻の方は、どう感じるだろうか?

「余計なおせっかいをするな!」
「味方だったと思っていたのに…裏切り者!!」
「人の傷に土足で踏み込むな!!」

そんな風に感じる人だっているはずです。

でも、それって本当に、
余計なこと、おせっかいなこと…なんでしょうか?



さて、半分くらいまで来たのでしょうか?
穏やかではありますが、お話が少しずつ
新しい展開を見せ始めるようです。
今のところ今シーズンの保存版第1候補。

ドラマ「家族ノカタチ」

第5話を観ました。

前回、大介(香取慎吾)の部下・入江(千葉雄大)が
結婚式を挙げていないいないことを知り、
陽三(西田敏行)や律子(風吹ジュン)たちは
みんなで結婚式を挙げようと言い始めました。

入江はそんなことは妻の茜(川口春奈)も望んでないはずだけど…
とその場で電話しますが、
茜は思いがけない入江のある言葉が嬉しくて
涙を流し喜び、結婚式に向かって
大介以外のみんなが盛り上がり始めました。

大介の同僚・佐々木(荒川良々)は、
会社の仲間たちや上司まで巻き込み張り切ります。

陽三を会社に呼んで打ち合わせをするほど…。

当の入江本人は記念写真を撮れればいいと、
周囲の盛り上がりについて行けません。
茜もそんな入江を気遣ってのことか
控えめな式でいいと言います。

そんな入江と茜があることがきっかけで、
お互いに離婚をすると言い始めます。

一方、他人の結婚式などには関わるまいと、
見て見ぬふりをしていた大介。

ある晩、ジムでのトレーニングから帰ってくると、
なぜか葉菜子(上野樹里)の元夫・和弥(田中圭)が
自宅で陽三と食事をしていました。

そして、和弥は「飲みに行きませんか?」と
大介を連れ出すのでした…。



新しい展開を予感させる和弥と葉菜子と大介の関係…
ですが、今回の話のメインはあくまで入江夫婦の結婚。

すでに夫婦である若い2人。

入江は新しい家族を作っている母親とは
絶縁状態にありました。

妻の茜は幼いころに両親を亡くしています。

会いたくても会えない身からすれば、
生きているのに親子が縁を切るなんて、
寂しいことなのです。贅沢なこと…。

入江と茜のケンカの原因を生んだのが、
そのことでした…。

茜のとった行動で入江が逆上し
大きなケンカになってしまうのです。

わたしは、入江のように“親を恨んでいる人”
からは「幸せな家庭で育った甘ちゃん」
だと昔から言われてきました。

言われ慣れているくらい本当に言われたし、
それを言うときの感情もモロに浴びてきました。

どんなに親しい間柄でも、
そこには悲しいくらいにねじ曲がった感情が
渦を巻くのです。

彼らの家庭が良い環境でなかったのは
明らかにわたしのせいではない。
でも、わたしの何気ない一言に
わたしの“幸せ家族”という背景が感じられたのか
そこに向ける憎悪たるやねじれにねじれて
歪みに歪んで、わたし個人への憎悪となる…

そのように、幸せ家族で育った人を恨んでいる人も
そういう人の恨みをぶつけられた経験がある人も
この国には多いのではないでしょうか?

幸せ家族で育った人には、
当然、そうではなかった人が経験してきた
つらさというのは分かり様がありません。

想像しか出来ませんが、
想像されたって嬉しくもないでしょう。

今回のドラマは茜も両親を亡くしています。
だから幸せ家庭で育った…というのとは
違うかもしれません。

しかし、茜には自分を愛してくれた
素敵な両親の記憶があるのかもしれません。

だから、入江に対して、
生きているのに縁を切るなんて贅沢だ…
というようなことを言ってしまう。

でもそれは、入江にとっては…

余計なコト…??

今回のドラマの結末は見てもらうとして、

実際には、この問題は
相手の幸せを願う方と、放っておいてほしい方
の間の溝として、非常に難しい問題ですよね。

わたしは、ここ数年で
“今ここ”“今に生きる”“全ては今にある”
そういう感覚が分かるようになってきました。

だからこそ言えることですが、
今、この瞬間に、わたしたちは一瞬で
“幸せ”になれる。

なんて言ってしまえる。
「無痛」というドラマでは、自分の痛みも
自分の一部だと受け入れて、
感謝しながら亡くなった老人が出てきました。

あんなマネはわたしには出来そうにありませんが、
そういう意味での「今すぐに一瞬で幸せになれる」
なのです。

でも、現実に幸せ家族で育ったわたしは
能天気オーラもまた、この上なく能天気(笑)

そんなヤツに幸せについて語られると、
「お前なんぞに分かるわけがない!」
となってもおかしくない。

これは例え親友や夫婦・恋人であってもそうです。
いや、親しい間柄であればあるほど
そうなのかもしれません。

受け取り方によっては、誰よりも味方だったハズの人が
『また』自分を『裏切る』のですから…

でも、これは、どこまで行っても
『受け取り方』の世界なんですよね。

入江は逆上しました。
「Woman」の主人公は逆上する相手がすでに
この世から亡くなっていました。

さて、ここで忘れてはならないのは、
例えば、離縁をしたまま、憎み合ったまま
その相手を亡くしてしまい、
そのことで大きな後悔をしている人も
実は大勢いるということです。

このドラマの茜が両親とどのような関係だったのかは
描かれませんが、
大切な人の親子の仲を観ていて、
黙っていられなくなる人の中には
そういう人もいる。

そういう人から観ると、
恨む対象が、怒りをぶつける相手が生きている。
そのことがすでに、“幸せ”に見えるのではないでしょうか?

恨む対象が生きていて、幸せ家族で育った人に
ねじれた憎悪をぶつけている人に、
恨みをぶつける対象が亡くなって
恨みもぶつけられず感謝も伝えられなかった
取り返しのきかない後悔がねじれた感情になって
“この幸せボケやろう”という憎悪を向ける人もいる。

結局は『受け取り方』の世界です。

ただ、憎悪も怒りも、寂しさや後悔やなんやかんや、
向き合い難い感情から身を守ろうとしているだけ。

その憎悪にしがみつくよりも、
胸がどんなに痛くても、深い感謝の世界に生きた方が、
幸せなのは間違いありません。

自分を捨てた親を許せとは周囲は誰も言えません。
例え、同じ家庭で同じ境遇で育った兄弟でも
それは言えないでしょう。

人の成長のタイミングは人それぞれだから…

だから“おせっかい”な“余計なコト”を
やったり言ったりする人も
そこにはタイミングや待つことが求められる。

それを“おせっかい”だからやるなというのが大介です。
“おせっかい”をし合うのが人ってもんだろう!
というのが陽三です。

このドラマはそういう対立を描いているんですね。

だから、大好きなんです。


                  全ての物語のために

TBS日曜劇場傑作選






ラベル:ドラマ 家族ノカタチ #5 それは、おせっかい?余計なコト? 未だに答えを出せない問題があります お互いの家族の悪口は言わない 恋人・夫婦の鉄則 woman ウーマン 日本テレビ系列 母と娘が 離縁したまま 仲直りをして欲しい 美談 小栗旬 余計なおせっかいをするな 味方だったと思っていたのに…裏切り者! 人の傷に土足で踏み込むな! 第5話 大介 香取慎吾 入江 千葉雄大 陽三 西田敏行 律子 風吹ジュン 川口春奈 佐々木 荒川良々 葉菜子 上野樹里 和弥 田中圭 逆上 親を恨んでいる人 幸せな家庭で育った甘ちゃん 言われ慣れているくらい本当に言われた それを言うときの感情もモロに浴びてきました どんなに親しい間柄でも 悲しいくらいにねじ曲がった感情 渦を巻く 何気ない一言に “幸せ家族”という背景が感じられた そこに向ける憎悪たるやねじれにねじれて 歪みに歪んで 個人への憎悪となる 幸せ家族で育った人を恨んでいる人 そういう人の恨みをぶつけられた経験がある人 生きているのに縁を切るなんて贅沢だ… 言ってしまう 余計なコト 相手の幸せを願う方 放っておいてほしい方 今ここ 今に生きる 全ては今にある 感覚が分かるように 今、この瞬間に、わたしたちは一瞬で “幸せ”になれる 無痛 現実に幸せ家族で育ったわたし 能天気オーラ そんなヤツに幸せについて語られる お前なんぞに分かるわけがない! 親友や夫婦・恋人 親しい間柄であればあるほど 受け取り方 誰よりも味方だったハズの人が 『また』自分を『裏切る』 どこまで行っても 『受け取り方』の世界 離縁をしたまま、憎み合ったまま その相手を亡くして 大きな後悔をしている人も 実は大勢いる 大切な人の親子の仲 黙っていられなくなる人 恨む対象 怒りをぶつける相手が生きている そのことがすでに、“幸せ”に見えるのでは 恨みもぶつけられず感謝も伝えられなかった 取り返しのきかない後悔 この幸せボケやろう 憎悪も怒りも 寂しさや後悔やなんやかんや 向き合い難い感情から身を守ろうとしているだけ 憎悪にしがみつくより 胸がどんなに痛くても 深い感謝の世界に生きた方が 人の成長のタイミングは人それぞれだから 同じ家庭で同じ境遇で育った兄弟でも それは言えない
posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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