お知らせ 2019年10月1日からこのブログ
「あなたの幸せ力を引き出すストーリーセラピー【ストセラ】」は
https://storytherapy.net/
へ移行します。

こちらのseesaa版は、これまでの記事のアーカイブとして残します。
今後とも、よろしくお願いいたします。

2016年01月24日

ドラマ「家族ノカタチ #1」無意識は意識できないから無意識なんだ



自分を客観的に観よう!!

コレって、本来大人の誰もが身に着ける
在り方におけるたしなみだと思っています。

自分を客観的に見つめる方法は
いくつかありますよね。

基本は自問自答です。

自分の感じ方を観察する。
「なんでこう感じた?なんでそう捉えた?
ほかの可能性は?本当にそうか?」
と自分の感じ方を観察して
自分と対話していく。

その手掛かりにもなる考え方に
他者は自分の鏡という考え方があります。

たとえばわが子が、
出かける直前まで準備をしない。
あわてて準備して、結局予定より遅れて出発する。
それで楽しみしていたことを
楽しめる時間が減ってしまって泣くのはわが子…

それをわかっているから親はイライラする…。

先を考えて、前もって準備しないわが子にイライラ
している状態。

それは、先を考えて前もって準備しなかったことで
親自身が痛い目を見たことがあって
自分に対してギリギリまでダラダラすることを許せない。

ということ。

人に対して許せないことは、自分にも許していない。
もし自分に許していたら、人に対しても
「まあ、そういうこともあるさ」
と寛容になれます。

だから、他者は自分を映す鏡といわれるんですね。

どれも、自分を客観的に観ようという意識がないと
そもそもそこまでの思考にはいきつきません。

でも、日ごろから自分を客観的に観ようとしていたって
自分は自分。
どこまで行っても主観はあるわけですから、
気づけないところもあって当然なんですよね。



以前のわたしなら恐らく見なかった企画の前宣伝でしたが
最近のTBS日曜劇場は
わたしが好きなテイストの作品が多いので、
一応、録画して観てみました。結構、響きました。
もう少し観てみて、もしかしたら保存版にするかも…

ドラマ「家族ノカタチ #1」

を観ました。

その日は、永里大介(香取慎吾)にとって、
待ちに待った日でした。

大介は、文具メーカーに勤める39歳独身。

長年の努力が結実し、自分の城である
念願のマンションをついに購入したのです。

引っ越しの荷物をマンションに運び込んでいると、
空から1枚の女性用ガードルが降ってきました。

見上げると、5階のベランダから覗き込む女性の影が。

大介はすぐに彼女の部屋まで届けに行きますが、
乱暴にガードルをひったくられ、ドアは閉ざされます。

その女性は、商社勤務のOL、
32歳独身・熊谷葉菜子(上野樹里)でした。

翌朝、出社した大介は、
社内でも有名な“クレーマーハナコ”と呼ばれる女性から
電話がかかってきていることを知らされます。

過去に何度も『僭越(せんえつ)ながら、一言』
というセリフで始まるクレームメールを受けている大介。

うんざりしながら電話に出ますが、
すでに通話は切れていました。

大介はいつものように同僚との飲み会を断り、
一人黙々とトレーニング…。

帰りがけにはビアバーで大好きなビールを独り楽しみ、
誰にも邪魔されない至福の時間に酔いしれていました。

そして念願の独りだけの城に戻ったその時、
事件が発生します。

マンションの周囲は消防車で封鎖され、
野次馬の人だかり。
その中にガードル女・葉菜子もいました。
「あたしの部屋かも」と心配する葉菜子に、
大介は説教めいた対応をするのですが、
実は出火の原因は大介の住む407号室だと判明。

そして消防士に囲まれて出てきた騒ぎの元の犯人は…
大介の父親・永里陽三(西田敏行)だったのです。

何年も会っていなかった陽三が、突然田舎から出てきて、
管理人から鍵を拝借し勝手に部屋に入り、
挙句の果てにベランダで火事と間違えられるような
くん製作りを楽しんでいたのです。

しかも、陽三はいつの間にか再婚をした挙句、
その相手に逃げられ、その女性の13歳の息子を
連れてきていました。

やっと手に入れた独りだけの平穏な暮らしのはずが、
突然、もっとも忌み嫌った“わずらわしい生活”へと
たたき落とされるのでした…。



正直、痛いところを突かれました。

大介がいう“俺だけの城”
とか、
本気で怒ったりして無駄な労力を使いたくない…
とか、
そういう感覚が、実はよくわかる。

もちろん、大介ほど、
実生活で他者を遠ざけたりはしません。

年明け2週間、妻と息子が
海外の義兄宅へ行っていたので
わたしは独りでしたが、
数日なら楽しい独り生活も
さすがにとても寂しかったです。
2人が帰ってくるのがとても待ち遠しかった。

だから、現在のわたしは大介ほどではない。

でも、もっともっと若いころは
きっと大介と同じ感覚だったともいます。

今でも、他者と自分の境界線を理解しようとせず
自分のことを棚に上げて
人の境界線にばかり踏み込んでくる人は
わたしは敬遠しがちな部分もある。

だから、精神的には今でも
大介の感覚を、理解はできるんですね。

今回のドラマを見ながら、
自分の物事のとらえ方の中で、
ここ最近まったくと言っていいほど、
目を向けてこなかった部分を突かれて、
唸ってしまいました。

正直、わたしは“自立した大人”という言葉で
すこし自分を正当化しすぎているような
そんな面もあるのではないか…?

と、一瞬落ち込んでしまったほどです。

よくよく考えると、わたしは
大介のように自ら周囲を排除しない。

自分と、他者の違いを理解する方に、
気持ちのベクトルが向くので、
やはり大介よりは少し成長できているようだ…

と少しだけ安心しました。

でも、無意識というのはやっぱり怖い。
自分で意識して自分を客観的に見ようとしても
無意識で奥の奥に隠されると
意識していて見つけられるようなものではない。

無意識は意識できないから無意識っていうんですよね。
意識できたらすでに無意識ではないから。
そのことを久しぶりに痛感しました。

今後も、自分の感受性や実生活での
人との関わり方と照らし合わせながら
このドラマを観ていってみようと思います。


                 全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。