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2016年01月17日

ドラマ「ブレイキング・バッド 全話」どんなに最低でも愛し抜ける強さ



素晴らしい映画やドラマ、マンガやアニメ…
というのはあります。

ふつうは、脚本がいいとか、演出がいいとか
人気の俳優がでているとか、
特に誰の演技がよかったとか、
映像がよかったとか…

部分的に突出しているものが多い。
ほかの部分が平均点でも
一か所突出した部分があれば、
素晴らしい作品と言われます。

日本の作品にも素晴らしいものは沢山ありますが、
良いものでも、まだそのレベルのものが多いでしょう。

しかし、最近のハリウッド作品は
業界全体のレベルが底上げされた感があります。

単品の映画の質を見ていても思いますが、
映画の尺では描けないテレビシリーズを観ていると、
全スタッフ・キャストのレベルの高さを感じるものがある。

じゃあ、それだけの素晴らしい作品。
素晴らしいと言うくらいだから、
さぞおススメなんでしょう。

と言われると、実は即答できなくなります。
言葉に詰まっちゃう。

わたしが知る限り、最高レベルのテレビドラマシリーズを
一度、途中で鑑賞をやめたことがあります。

あらゆる意味で、本当にトップレベルです。
わかりやすさも深さも、演出も、物語も、
撮影も、編集も、演技も、付け加えるなら吹替も、
非の打ちどころがない。

でもやめました。なぜか?

心がついていけませんでした。
感情移入しすぎて、自分が本当に苦しくなったんです。

物語には、感情を追体験させる力があります。
これは、視点を変えるととても怖いことでもある。

あまりにも感情を刺激されて
日常生活に支障をきたしそうでしたので、
わたしは自分を壊さないために
その時はブレーキを踏みました。



「ウォーキング・デッド」というドラマは、
制作にかかわっている人たちの志の高さが表れています。
これまでに観てきたどのドラマよりも高く感じる…
それが正直な感想ですが、
それよりも前に完成されていたドラマで、同等か、
人によってはそれ以上に感じると思われるドラマがありました…

ドラマ「ブレイキング・バッド」

を、最終話までいっきに鑑賞しました。

荒野の一本道を暴走する、1台のキャンピングカー。

運転するのはガスマスクを装着した、
なぜかブリーフ姿の中年男。

彼は高校で科学の教師をしています。

しかし、もうひとつの顔は純度99.1%の
スーパードラッグを生み出した超危険人物ハイゼンベルク。
本名はウォルター・ホワイト。

ある日、自分が肺がんにかかったと知ったウォルターは、
妻と、手足が若干不自由な息子、
そしてこれから生まれてくる娘のことを思います。

高校の教師の給料では家族に何も残せない。
保険適用内で受けられる治療もたかが知れている。

自分が亡き後の家族を案じるウォルター。

DEAで麻薬捜査官をしている義弟の言葉から
自分の化学の知識を駆使すれば、
誰よりも純度の高い麻薬を作れることに気づいてしまいます。

家族に財産を残そうと、麻薬の精製という
危険な副業に乗り出してしまうウォルター。

しかし、そんな最高レベルの“商品”を
街の売人や、取引している組織、
そして麻薬カルテルなどが放っておくはずがありません。

平凡だった人生は、制御がきかくなった車のように
暴走を始めるのでした。



一見すると、日常の生活というのは
日々同じことの繰り返しです。

平凡というのはそういうもの。

しかし、問題の種は、放っておくと
気が付いた時には手が付けられないほど
大きな問題になっている。

このドラマは、全部で5シーズンあります。
(ファイナルシーズンが
前シーズンと後シーズンにわかれるので
全部で6シーズンと数える人もいます)

シーズン1から、周到にじっくりと、
本当にじっくりと進められるストーリー。

ブレーキを踏みながら
そろりそろりとスタートを切る“悪”

愛する家族への思い、
でも、もちろん同時に家族への大きな秘密にもなります。

わたしの場合も妻と息子があり、
生命保険や入院保険にも満足はできていないし、
健康でいられなくなった時のことを考えると
収入にも大きな不安があります。

だから、自然と見入っていく、
アットホームで平和な普通の家庭と
どんどん裏の社会の歯車と影響を与え合って
暴走し始める“副業”

ドラマの作り手の思うがまま、
感情を振り回されました。

そして、わたしの場合、シーズン2の
最終話の一つ前の話を観て、
ピークに達してしまい、最終話を観ている途中で
停止ボタンを押しました。
ギブ・アップです。

それが1年近く前だったと思います。

「ブレイキング・バッド」を観はじめる前から
「ウォーキング・デッド」は観ていました。

高いステージで作られているので
これも同じレベルで感情を振り回され、
「もうこれ以上観れない…」
と、継続することを躊躇したことが
何度もありました。

でも、「ウォーキング・デッド」は壊れた社会で
“人間性”が世界と格闘するさまを描いています。

屍人が歩いて人間を襲うという、
ある意味“ファンタジー”の世界で
ネバー・ギブアップを見せてくれる。
どんなにリアルで現実味を帯びて感情を揺さぶられても
なんとか観つづけられる(観てしまう)のは、
そういう根底があるからでしょう。

「ブレイキング・バッド」の場合は違います。

描かれているのは現実の、日常の世界。
現実に起こり得ることをリアルに丁寧に描いていく…。
観ていると、
「そんなことしたら、そうなっちゃうよ!!!」
ということしか起こらない。

わたしがシーズン2でやめたとき、
その先に“救い”を感じられなかったんです。

そりゃそうです。

“クスリ”に手を出す=使うということだけでも
ちょっと考えれば、どんどん悪い方向へ行くのは
正常な人ならわかることです。

でも、ウォルターは、作ること・・・、
しかもそこら辺のダメな人が作るレベルではなく
根がマジメで徹底的に知識と頭脳を生かして
誰もまねできない最高品質のものを作ることに手を出した。

流通させなければお金にはならないし
流通させる以上は、
裏の社会の様々な“悪”の損益と無縁ではいられない。

悪いほうにしか転がらないのは目に見えている。

「もうダメ。救いがなさすぎる…辛すぎる」

でも、志の高い作品というのは途中でやめたらダメなんです。
わたしも作家の端くれ。
それくらいはわかります。

自分の感情に余裕があるときに、
いつかちゃんと最後まで観よう。

そう思っていました。

そのチャンスが来たのが2016年新春1月、
前半の2週間です。

妻と息子が、義兄の住む海外へ遊びに行きました。
そして、「ウォーキング・デッド」をCSで録画して
わたしに勧めてくれていた弟が、
わたしの「ブレイキング・バッド」の感想を聞いて、
CSで全話録画しながらコンプリートしていたのです。

弟は観ている途中に
「やばい、僕の中で『ウォーキング・デッド』を抜くかも」
と言っていました。

そこで、この2週間限定の一人暮らしの期間に
まとめて観ちゃおうと思って、
弟のラブラリーから借りてきました。

ドラマとしては、回を追うごとに面白くしかなっていかない。
でも、ウォルターや彼を取り巻く“状況”は
悪くしかなっていかない。

それでも、最後まで観ました。

絶対にやっちゃいけないことだというのは
痛いほどわかります。

でも、このドラマが最後まで成り立ったのにはワケがあります。
ウォルターも観ていると、ダメなところバカなところが
い〜っぱいあります。
感情移入して観ていながらもウォルターを嫌いになります。

でも、やっぱりフィクションの中のヒーローですね。

その頭の良さもさることながら、
最低最悪の状況に追い込まれても、
家族への愛だけは貫き通して魅せてくれる。

この1点に尽きます。

普通の人なら、彼ほどにはなれないでしょう。
本当に最低最悪の状況になっていくんです。
自殺したくなるようなポイントも沢山ある。

まったく褒められない。
そんな頭があるならもっと他の方法も…
と言いたくなります。
本当に最低です。

でも、彼は家族を愛し続けた。
その一点だけは感服しました。

感情移入しやすい人や、
精神的に自立できていない人には勧められません。

でも、そこを乗り越えてでも
ウォルターの思いを
“観て”みたい、“魅せられて”みたい
という人は、覚悟を持って観てみてください。


               全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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