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2016年01月06日

「クリード チャンプを継ぐ男」その3 俺は“過ち”じゃない!ハングリーじゃない世代のパワー



シルヴェスター・スタローンが渾身の力を込めて作った
復活作品「ロッキー・ザ・ファイナル」と「ランボー最後の戦場」。

この2作品は、その作品が持つオーラが凄くて
わたしにとっては「映画を超えた存在」です。

スタローンは、日本で言えば団塊世代。
わたしの父と同年代です。

だから映画の中でロッキーやアポロの子供となると
わたしたちと同年代になるわけですね。

わたしは、正直、父親世代がいう
ハングリー精神は持ち合わせていないと思います。

わたしと同年代の他の人がどうかはわかりません。

でも、父たちの世代の大人を見ていると
正直、圧倒されます。

子は親を超えるものとも言いますが、
同質のハングリー精神の強さで超えろと言われると、
「無理です」と即答します。

父たち、そして祖父たちの世代がハングリー精神で
頑張ってくれたおかげで、
わたしたちは基本的に“餓え”を感じたことがありません。

空腹はしょっちゅう感じますが、
祖父や父たちが経験した“食べるものがない時代”
を経験していない。

これは、非常にありがたいことですが、
そこでハングリー精神が足りない!!

…と比較されても困ります。

ただ、ハングリーじゃないとネバー・ギブ・アップ精神は
養われないのか?というと、そうではないと思います。

子が親を超えるのは、親が培ってきたものを
受け取って、その上にさらに積み上げるからできること。

だとしたら、わたしたちは
ハングリーじゃなくてよくなった時代を受け取って、
より良くしていく必要がある。

ハングリー不足=弱い

ではなくて、

ハングリー不要=次のステップの強さへ

強さも進化していく。

そういうことなんだと思っています。




1回劇場で観ただけで、こんなに何度も取り上げるか?
というほど連続で取り上げていますが、
ひとまず今日までですのでお許しください。
「そんなに良かったの!?」と大きな期待をして観に行って
「期待しすぎたじゃないか!」と怒らないでね(笑)

「クリード チャンプを継ぐ男」

再見するまでは、ひとまず今回が最後です。

ロッキーの宿敵でもあり親友でもあった
伝説のボクシングヘビー級チャンピオン
アポロ・クリード(カール・ウェザース)。

「ロッキー4 炎の友情」で
ソ連からやってきた長身の選手ドラゴとの
エキシビジョンマッチで、
ドラゴの強力なパンチによってリングの上で
命を落とします。

アポロの死後、アポロの愛人との間に生まれた
アドニス・ジョンソン(マイケル・B・ジョーダン)。

彼は少年のころに母親をなくし
施設に入りますが、
そこにアポロの正妻、メアリー・アンがやってきます。

そしてアドニスをひきとり、
本当のわが子のように育てました。

アドニスは学校にも通い、きちんとした企業に就職し、
出世頭でもありましたが、
アポロの血がそうさせるのか、
ボクシングへの思いは抑えられません。

仕事を辞め、フィラデルフィアへ引っ越して、
ロッキーに教えを乞うアドニス。

ロッキーはアポロの名前を背負わないように
配慮しているのですが、
それでも、アドニスが、あのアポロの息子であることが
世間にバレてしまうのは時間の問題でした…。



インターネットの口コミサイトなどを観ると、
かなり評価が高いこの作品。

わたしとしてはその評価も十分納得できるものです。

ただやはり、「ロッキー」ファンの中にも
『期待外れだ』と酷評するひともいます。

どんな作品でもマイナス意見は必ずあるものです。


あまり評価をしない人の中には
『ハングリー精神はどこいったの?』
という気持ちがある様子。

ハングリー精神という言葉の定義を
その人がどのように捉えているのかにもよると思いますが、
その意見もわからなくはない。

ロッキーは安いアパートに一人で暮らし、
借金の取り立てをしながら生活費を稼ぐ
いわゆる“ゴロツキ”でした。

アポロもスラム街の出身ですから、
チャンピオンになってハングリー精神を忘れたロッキーに
「野獣の眼を取り戻せ!!」と
「ロッキー3」でロッキーのトレーナーを買って出ます。
そして名曲「アイ・オブ・ザ・タイガー」が流れて
“野獣の眼”を取り戻したロッキーが復活する。

「ロッキー」=ハングリー精神の映画

と思っている人も多い。

今回の「クリード」の主人公アドニス・ジョンソンは、
アポロが築いた財産に守られ豪邸に住み、
愛した実の母は少年時代に亡くすも、
引き取ってくれたメアリー・アンにも本当に愛されて育ち、
きちんと学校を出て、それなりにきちんとした会社で
パリッとスーツを着て仕事をしている。
しかも出世までして、何不自由なく暮らしています。

持って生まれた闘争本能はありますが、
育ちのいい、良い子です。

演技もそれをとてもよく出している。
正直上手いです。

だから、見方によってはハングリー精神とは無縁。

人によってはそれが物足りないのかもしれません。
でも、これはアポロの息子であるアドニスの物語ですから
下手に不幸な生い立ちにしてハングリーにする意味はない。

それなら「ロッキー」でいいわけです。

この映画で描いているのはそういうことではない。

主人公はアポロ・クリードの愛人との間に生まれた
アドニス・ジョンソンなんです。
それなのにタイトルは「クリード」なんですね。

「ロッキー」はロッキー・バルボアが主人公だから
タイトルが「ロッキー」なのはわかります。

でも今回はタイトルは「クリード」、
主人公はアドニス・ジョンソン。

これが、アドニスを主人公にしたこの映画の一番のテーマです。

確かにこの映画は、
ハングリー精神は描いていないのかもしれません。

ネバー・ギブ・アップはアドニスもロッキーも
この映画で直面しますが、ハングリー感とは違います。

でもわたしはこの映画には一点、
ロッキーシリーズよりもとても美しく物語の中で
表現しきってくれたテーマを感じました。

『愛』

です。あらゆる意味での『愛』を
物語という一つの宇宙を見せることで表現する。

クライマックスの試合で、この映画が
『愛』の物語として完成します。

これは、本当にお見事でした。

わたしたちは常に『愛』されています。

一本の物語がつむがれて、物語が完結するときに
一つの愛の表現が完成する。

その絶妙な組み立て、構成、表現力。

この映画自体が一つの愛…みたいな、そんな存在感です。

たぶんこれはかなり繊細でないと創れません。
そして目指すだけでも創れないと思います。
こういう思いを込めた上で偶然の力も借りる。

そういう高いレベルの産物だと思います。

確かに「ロッキー」が表現してきたもので
この作品にはないものもある。

でも、この一点については明らかに
「ロッキー」シリーズをしのいでいる。

アドニスの心を汲みながら観ると
とても愛おしい映画になるんじゃないでしょうか。


                   全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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