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2015年12月30日

「ロッキー・ザ・ファイナル」その2 大人と卑怯者の違い



わたしは常に憤りを感じています。
常に怒っている。

怒りというものは、自分が感じたくない
不安や恐怖、悲しさや惨めさなどの
マイナスの感情を感じることから
自分を守るための自己防衛本能。

…だということを、多くの人が気づく機会のない
近代社会に対して憤りを感じています。

怒りに支配されると、
自分の成長の機会を奪います。
成長のない人生に本当の意味での
幸せや平安はあり得ません。

自分の心を安定させようとする
努力の必要性に目を向けず、
また目を向ける必要があることにすら
気づく機会も得られないままに、
「安定」や「幸せ」を求めて
「不足」にばかり心を乱される。

本末転倒。

自分自身が安定しないのに、
どんな世界に立っても安定しているように
感じられるわけがない…

そういうことに気づけるチャンスが
非常に少なくなっている。

でも、怒ってばかりもいられません。
現にそうなのであれば、
その現実は変えていかなければなりません。

なぜならわたし自身が心の平安を求めているし
妻や息子、そしてその他の家族や友人たち、
そしてそんなわたし達の子孫たちの
幸せを望んでいるのもまたわたしの現実だからです。

だったら、あるものとないものを見て、
できることをやっていくしかない。

時代や社会のせいにして、自分が何もしないのは
ここまでいろいろな人と接してきた一人の人間としても
新しい命をこの世に誕生させた一人の親としても
責任逃れをする卑怯な態度です。



…悪い父親です(笑)
息子がリビングで宿題をしている横に腰を下ろして、
テレビをつけて映画のブルーレイを再生。
息子も自然と目が吸い寄せられていました。
「おお〜イイこと言うね〜」なんて合いの手まで入れてくれます。

「ロッキー・ザ・ファイナル」

をまたまたまたまた…観ました。
年に1〜2回観ちゃってます(笑)

かつて2度世界ヘビー級チャンピオンに輝いた
アメリカボクシング界永遠のヒーロー、
ロッキー・バルボア(シルヴェスター・スタローン)。

完全にボクシング界からは引退して、
3年前に他界した妻エイドリアン(タリア・シャイア)
が残した地元の小さなレストランを経営して
生計を立てていました。

毎年、命日には愛妻エイドリアンとの
思い出にすがるようにして生きているロッキー。

自分がエイドリアンに対して最低の兄だったことを
受け入れながら生きるロッキーの親友であり義兄の
ポーリー(バート・ヤング)。

そして、就職して独り立ちしている一人息子
ロバート(マイロ・ヴィンティミリア)は、
ロッキーの息子というだけで自分は陰にかすんでしまうことに
傷つきながら生きていました。

ボクシング界では現ヘビー級チャンピオンの
メイソン・ディクソン(アントニオ・ターバー)の人気が
著しく落ちていました。
強すぎるせいで対戦相手を“秒殺”し、
観客が楽しめるボクシングにならないのです。

テレビでは違う年代に活躍したボクサーたちが
戦ったらどうなるのか?
という夢の戦いを、CGでシュミレーションする番組が
人気を呼んでいます。

たまたま、メイソンとロッキーのCGキャラクターが
戦うこととなり、結局メイソン本人もロッキーも傷つきながら
自分の中にくすぶる思いに気づき
世の中の流れも、
現実の世界での2人の対決に向かって動き始めます。



この作品が日本で公開されたのは2007年春、
アメリカでは2006年冬に公開されました。

当時、スタローンはちょうど還暦です。

「もう、おじいちゃんじゃん!今更みっともない!」
「自己満足でしょ?」

「ロッキー・ザ・ファイナル」の制作発表と同時に
同じように自らの脚本・監督・主演で
「ランボー最後の戦場」の制作も発表したスタローン。

当然、世間からは笑われていました。

物語のロッキーは、まったく同様の視線を
世間から浴びることになります。

しかしロッキーは世間の目は気にしません。

この作品で、もっとも涙をこらえられないシーンがあります。

父親がロッキーだってことで自分がどれだけ傷ついてきたのか…
ロバートがそれを父親に直接ぶつけるシーンです。

しかし、ロッキーはその息子に向かって言います。

「自分がうまくいかないことを
自分以外の人や物事のせいにするのは
卑怯者のやることだ。
お前は、卑怯者じゃないんだ!!」

ロバートはロッキー・バルボアの息子として
最初はいつもちやほやされますが、
そのうち「なんだ、息子は大したことないんだな」
と思われる自分にもやもやしていたのでしょう。

それでもなんとか自分の足で立てるように
努力して社会人をやっている。

それなのに、今度は父親が世間の笑いものに
なろうとしている。
そうなれば、その息子である自分も笑いものになる。

不安だったんですね。それにこれまでのうっ憤もあった。

実際、有名な人の子供は、
親が有名であることで苦労している例は
たくさんあります。

亡きスタローンの息子、セイジ・スタローンも
そうだったのかもしれません。
ジャッキー・チェンの息子、ジェイシー・チェンも
きっとそうだったのでしょう。

ジェイシーの逮捕報道について、
新作映画の会見でスタローンに記者が意見を求め
それについてはスタローンも笑顔で受け流したことが
あったそうです。

父親としての気持ちがわかるからこそ、
他人がとやかく言うことではないことをわきまえているのでしょう。

セイジやジェイシー、その他の親が有名なために
“二世”などと冠をつけられて苦労を強いられている人たち。

その人たちの苦悩を考えなくもありません。
しかし、苦労しているのは親が有名な人だけではない。

素敵な親の元で育った人も
残念な親の元で育った人も、
それぞれに「親が〜だから」と思ってしまうような
悩みを抱えたことはあるはずです。

本来は思春期に決着をつける
自分の心との問題。

自分が怒りを軸に判断や決定をしているようなら
“卑怯者の人生”を歩んでいる可能性がります。

怒りを感じたら、常に自分と向き合う。
そういう習慣は、幸せに生きるための安全装置として
自分の中に持っておきましょう。

大人になるか、卑怯者になるか、
今すぐ選べます。


                全ての物語のために

ロッキー新章!「クリード チャンプを継ぐ男」











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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