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2015年12月02日

ドラマ「信長協奏曲ノブナガコンツェルト #10」その2 人並みに幸せだから感じにくいのかな?



夏から秋にかけて、全国的には
水害で多大なる被害を受けましたね。

そんな中で言うのは不謹慎かもしれませんが
わたし自身は幸運にも2015年は
1年を通してどの季節も良い気候を存分に楽しめています。

2015年の年明けから、
どの季節もその季節らしいさを
堪能させていただきました。

そんななかで、つくづく感じたのは、
『幸せ』とは、目標をかなえてこそのものではなく
単純に今ここにあること、あるがままの状態であって
幸せな人生とはその瞬間の積み重ねの結果なんだな
という感覚です。

夢半ばで命を失ったとしても
追う夢があったという幸せ、
夢を追うという時間を得られた幸せ…

じゃあ、夢がないと不幸なのかというと
それも違って、

夢を探したいと思えた幸せ、
夢なんてなくても今を一生懸命生きている幸せ
というのもある。

そして、今幸せを感じれていない辛い状況でも
あとで振り返った時に幸せを感じられる幸せ…

ようするに生きてさえいれば
幸せはいつもそこにあって
それを感じる感受性の問題なだけ。

そんなことを、わたしが過ごしやすい
季節の移り変わりの中で感じることができた
2015年でした。

あと、1ヶ月、2015年を堪能したいです。



12月になりましたね。また、劇場で観たい映画が
いくつかあってお財布との相談で頭を悩ませる時期が
始まります。ほとんど絞られてますけどね。
わたしはまず、「クリード チャンプを継ぐ男」です。
そして余裕があれば「スターウォーズ フォースの覚醒」
「007スペクター」はブルーレイを待ちます。
そして、1月はコレの完結編を劇場で観たい!

ドラマ「信長協奏曲ノブナガコンツェルト」

第10話を再び観ました。

延暦寺の一件でショックを受けたサブロー(小栗旬)は
本物の信長=明智光秀(小栗旬・二役)に
もう信長を続けられないとこぼします。

家臣たちにどう説明すればよいのかと
苦悩しているサブローに、
光秀は自分が代わりに申し開きをするといいますが、
「これ以上余計なマネはしないでくれ!」とさえぎり、
自分で説明すると言うのでした。

家臣たちを前にしたサブローは、
延暦寺攻めが間違った行為だったと頭を下げます。

しかし、すでに家臣たちの間では
織田家を守るためには仕方なかったこと、
という見解で一致していました。

それでもサブローは、二度と同じ行為はしないと誓い、
家臣たちにもこんなことはしないようにと念を押します。

サブローと光秀が去ったあと、
池田恒興(向井理)は光秀が忘れた扇子に気づきます。

拾い上げて開いた扇子の柄は、
恒興を驚かせるものでした。

羽柴秀吉(山田孝之)に疑いを抱く竹中半兵衛(藤木直人)は、
弟の重矩(上山竜治)に
秀吉の改名前の名前、木下藤吉郎について、
その素性を調べるようにと頼みます。

一方、帰蝶(柴咲コウ)は、ゆき(夏帆)の将来を憂いて
サブローに相談を持ちかけます。

サブローは前田利家(藤ヶ谷太輔)に、
ゆきとデートをするよう薦めるのでした。

しかしそのころ、サブローがもっとも信頼していた恒興は、
光秀、沢彦(でんでん)と密談。
ついに信長とサブローの入れ替わりの真実を知ってしまうのでした。



ゆきは、サブローを撃ったことで一度織田を出ますが、
サブローと帰蝶の計らいで呼び戻されました。
以来、命をサブローに預けたつもりで、
帰蝶のために働いています。

しかし、帰蝶としてはおゆきに幸せになってほしい。
普通の「おなご」としての幸せを求めてほしいと
願っていました。
サブローも同じ気持ちです。

結局、利家がゆきを誘い、
2人はデートをすることになりました。

「今日は一日楽しかった」と利家に語るおゆき。
彼女が語った人並みの幸せとはどんなことか…?
あなたは想像できますか?

・・・

その答えは…


『風や夕日を感じること』


です。

人並みの幸せが、風や夕日を感じること。

もっともっとと求めるのが当たり前の
わたしたち現代人には、
それだけで幸せを感じるというのは
難しいことのように感じかねません。

少なくとも以前のわたしはそうでした。

今でこそ、多少なりとも理解できるようになりましたが
以前のわたしでは理解できなかったでしょう。

それが現代人の当たり前なんじゃないかと思います。

でも…と思います。

現代人みんながそうか?
よくよく考えると、平和な日本で、
五体満足の健康体で、
人並みに住む場所も仕事もあって、
仕事帰りに飲み屋で愚痴って帰れる…

そんな、多くの『わたしたち』だけなのかもしれません。

闘病中でなかなか外に出られない人など
日の光を浴びるだけ、外の空気を吸えるだけ、
風を感じるだけ、夕日が見れるだけ、
人の声が聞こえるだけ、眼が光を感じるだけ、
自分の足で歩けるだけ、明日命があるだけ…

…『それだけ』でこの上ない幸せを感じるという人が
たくさんいるはずなんです。

「そんなのわたしには関係ない」
「そんなこと言われてもねぇ」
「言ってることはわかるけど、実感としては難しい」

いろいろ感想はあると思います。

わたしもおかげさまで健康に生きている身です。

でも、「幸せになりたい」

という思いが本物であれば、
この生きていことそのものへの感謝から
全てが始まっていることに気づいていけるはずです。


                  全ての物語のために















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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