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2015年12月01日

ドラマ「信長協奏曲ノブナガコンツェルト #9」その2 自分の世界の捉え方を物語で実験し、訓練できる




1回観た作品を何度も観るのは無駄!
という人がいます。

あるママさんがお子さんに
「原作マンガを読むなら、お話は知ってるんだから
アニメは見ちゃダメ!どっちかにしなさい!
時間がもったいない!!」
なんてことを言っているのを
聞いてしまったこともあります。

物語というのはその時にしかみせない顔があります。

自分の精神状態が違えば感じ方も違う。
自分の成長の段階に応じても
感じ方の深さや解釈そのものが変わったりします。

活字で読む、マンガで読む、アニメで観る、実写で観る。

媒体によっても得られる感動は全く違います。

音楽もそうですよね。

落ち込んでいるときに聞くと、
余計に暗い気持ちになる局を、
元気な時に聞くと、
本当はとても前向きな歌だったんだと気づく…など。

1度観た作品を何度も観るのは時間の無駄・・・?

いいえ、わたしははっきり断言します。

むしろ、1度しか観ないほうがもったいない。
同じ作品を何度も観ることで
自分と向き合う深さが変わるしその分成長もする。

何度も観るのは無駄というのは、
物語のスジを、単なる情報としかとらえていない証拠です。
それであまりにも浅い感受性でさびし過ぎます。

物語はただ誰がどうしたという
情報を伝えるためものではありません。

幸せを感じ取る力は文字通り感受性の問題、
物語の感じ方によって自分で自分の感受性の
変化を感じることもできます。

自分自身と向き合う装置として、
感受性を養う装置として
非常によくできた発明だと思います。



TSUTAYAやGEOなどレンタルショップに行くと、
過去の連続ドラマのコーナーに入り浸ることがあります。
いくつも見たい作品があって、迷うんですね。
限られた時間の中でこれからどの作品を何回観れるのか?
楽しみでもあり焦りでもあります(笑)

ドラマ「信長協奏曲ノブナガコンツェルト」

第9話を観ました。

サブロー(小栗旬)は楽市楽座に続いて、
領内での異国人によるキリスト教の布教を認めます。

明智光秀=本物の信長(小栗旬・二役)は
延暦寺の僧たちの反感を買うことを恐れますが
サブローは呑気に構えています。

そんな2人の会話を、
陰で聞いていたのは羽柴秀吉(山田孝之)。
秀吉は2人が瓜二つなことを知っていて、
2人の関係に疑いを抱いています。

そんな時、徳川家康(濱田岳)が織田の城に駆け込みます。
武田信玄が全国の武将たちに
織田討伐を訴えたというのです。
すでに武田勢は織田領に向かって進軍を開始しているとのこと。

動揺する織田家臣たちの心配をぬぐうかのように、
家康は自分が浜松で食い止めると言って三方ヶ原に軍を出します。
ところが、武田の激しい攻めに即座に退却。

サブローは松永弾生久秀(古田新太)に援軍を求めますが
なんと松永はすでに武田に寝返っていました。

サブローは武田の最強と言われる騎馬隊に
鉄砲で対抗しようと提案します。

さらにサブローは単発の鉄砲が連射出来る方法を思いつきますが、
武田勢は思いもよらぬ速さで迫ってきていました。

連射するためには鉄砲の数をそろえる必要がありますが
時間的な猶予ありません。
家臣たちに諦めムードが漂う中、
サブローは家臣たちを鼓舞するように、
武田と戦うことを決意します。

そして、サブローは城を秀吉と光秀に任せて出陣するのでした。
突き進んでくる武田軍…。
迎え撃つ織田勢には援軍はないという状況で…。



織田信長の身代わりをしているサブロー。
本物の信長とサブローの考え方の違いが
取り返しのつかない事態を招きます。

しかし、サブローは本物の信長=明智光秀に
「勝手なことするなよ!」と怒りを露わにしつつも、
自分の責任として受け止めようと苦悩します。

光秀に任せたのはサブローですから
リーダーとしては当然のこと。
ただ一つ、2人の入れ替わりという
秘密の事情以外は…。

その事件の前に、サブローは
クリパ=クリスマスパーティーを企画し催します。
城中初めての企画に盛り上がる中、
南蛮渡来のオルゴールを帰蝶にプレゼントしました。

オルゴールの音色を聴いて、
「なんとも楽しげに奏でるものだなぁ」と喜ぶ帰蝶。

しかし、事件後にオルゴールの音色は変わらないのに
なぜか、悲しげな音色に聞こえます。

「聞く者の心の在り様によって…」

同じ音色のはずが、聞く人の気持ちによって
印象が変わる。

このエピソードはテレビドラマとしては
見事な表現だなぁと感動しました。

わたしたち視聴者も、
まったく同じオルゴールの音色を聴きます。

楽しいクリパの時と、事件後の沈んだ気持ちの時と…。
サブローや帰蝶に共感しながら聞いているから
本当に違う印象に聞こえてくる。

エンターテインメントのフィクションの世界で、
わたしたちが世界をどう捉えているかで
世界の在り様が変わることを『実感』させてくれているわけです。

この実感できるというのが物語の要です。

実際にサブローや帰蝶になったわけではありません。
現実に戦やその事件の当事者になったわけでもありません。
彼らの気持ちをそのまま感じるという意味での実感とは
もちろん違います。

でも、自分の心の持ちようで
同じ物事に遭遇しても、
感じ方が違うということは実感できた。

そういう経験をどれだけわたしたちの実生活で
自分や周囲の人の役に立てられるか?

物語に触れて何かを感じ成長していく。
他にも、物語に触れて悲しみと向き合い、
悲しさを浄化していく…など

わたしたちは物語に触れることで
心の中にいろいろな変化を起こすことができます。

その物語という装置もまた、
同じ物語でもわたしたちの精神状態によって
いろいろな顔を見せてくれます。

わたしたちがどのように世界をとらえているか?
で感じることが変わるということは、
どのようにとらえれば幸せに感じられるのか?
ということを考えて実践していくことが、
無限の幸せに気づく基本姿勢でもあるということです。

ぜひ、いろいろな物語に触れて
自分の感じ方、とらえ方と向き合ってみてください。


                 全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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