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2015年11月30日

「るろうに剣心 伝説の最後編」シャンパンタワーの哲学



年を越すために経済的に余裕が欲しいと思い、
11月は仕事を増やしました。

とてもしんどかった…
12月前半までは、もう少し頑張ろうと思っています。

仕事を頂いた先や、仕事仲間からも、
「休みありますか?」「大丈夫ですか?」
「体壊さないでくださいね?」
と言ってもらえるほど…。

先日は、1日に2日分働いたわたしを
自分の仕事が終わってすでに帰宅していた弟が
「頑張ってるから特別」と言って、
車で迎えに来て家まで送ってくれました。

体力的にボロボロになるので、
それから電車と徒歩で帰るのは、
まさに体にムチ打って帰らなければならないのです。

だから、申し出てくれた弟に
素直に甘えさせてもらいました。

こうやって頑張っていると、周囲からは
『家族のために頑張っている』
と思ってもらえます。

確かにそれもあります。
でも、ウチは共働き。
妻も働いてくれています。
家族のために頑張っているのはみんな一緒です。

わたしは、それよりも一歩手前を意識しています。

それは…

『自分のために』

頑張っている。



金曜ロードショー30周年記念でこのシリーズが
ノーカット放送というのはうれしいのですが、
それ以外の地上波初登場の話題作を、
見事に正味90分強にカットしてしまうのはちょっと残念!
「ルパン三世VS名探偵コナン THE MOVIE」もそうでしたが
「007 スカイフォール」もなんて…(泣)

「るろうに剣心 伝説の最後編」

を観ました。

緋村剣心(佐藤健)は、気を失い、
海を漂流して海岸に流れ着いていました。

気を失ったままの剣心を抱えて
どこかへ姿を消した謎の男…

それは、剣心の剣術の師匠、
比古清十郎(福山雅治)でした。

剣心は、人里離れた山の中で、
陶器作りに励む師匠に、
飛天御剣流の奥義を教えてほしいと懇願します。

どうしても決着をつけなければならない相手がいるのだと。

その頃、甲鉄艦・煉獄に搭載した大砲で
一つの村を襲撃した志々雄真実(藤原竜也)は、
政府に対して脅しをかけていました。

それは、剣心を指名手配し、捕らえて処刑しろというもの。

こうして、剣心は指名手配犯となり、
剣心を雇った警察から追われる身となるのでした…。



剣心に対して「優しすぎる…」という
剣心の師匠・清十郎。

しかし、人のためにその剣術を使えと教えたのも清十郎。
剣心が清十郎のもとを離れるときは
その背中に向かって「死ぬなよ」とつぶやきます。

無表情で、一見、冷血漢に見える清十郎。

そんな彼が、今の剣心には
飛天御剣流の奥義を体得するには
大切なものが欠けていると言います。

剣心に欠けている大切なモノ…。

自分の命を他者のために犠牲にするような姿勢ではなく、
自ら生きようとする姿勢でした。

剣心は、かつて人斬り抜刀斎という暗殺者として
その名をとどろかせていました。

罪のない人を斬った数も計り知れません。
その罪を背負い、自らを責め続けている。
だから、「生きたい」なんて思うことが
自分勝手で卑怯なことだと思っていたのかもしれません。

いつ死んだっていい…。

でも、それは死への覚悟とは少し違うのかもしれませんね。

どんなに生きようと願っても生きられない時は来る。
そのことを受け止めて、生きている今を精一杯生きようとする。
命ある限り、可能性がある限りは
生き延びようとする。

死への覚悟とは、生を全うする覚悟。

そして、自分の命を大切にしない者に、
本当の意味で人の命を大切にすることができるのか?

そういうことも、清十郎は伝えたかったのかもしれません。

実際、剣心の犠牲で生きることを
剣心を慕う人たちは望まないでしょう。
それを幸せと呼べというのは、
大切な人を失う側の人にとっては無責任な話です。

生きようとして生きられないのと
命を捨てることは違う。

これはエンターテインメント作品です。
幕末の動乱がまだ冷めやらない頃のお話。

人の生き死にを描いた話です。
でも、寓話的に観れば、
自分の魂を生かしているか殺しているか?
という現代のわたしたちに当てはめて考えることもできます。

家族のために、俺は夢を捨てたんだ!
というお父さん。

ダンナの稼ぎが少ないから、
わたしが犠牲になって子供を育てるしかない!
というお母さん。

そんなこと、家族が望んでいるでしょうか?
あなたはあなたで幸せでいて欲しい。
それがあなたの家族の願いじゃないでしょうか?

あなたはその『犠牲の精神』で、
家族にギスギスした雰囲気を与えていませんか?

あなたの人生において、
シャンパンタワーのてっぺんはあなた自身です。

シャンパンタワーは、てっぺんのシャンパングラスが
溢れかえって、すべてのグラスに
シャンパンが自然と注がれていきます。

これが、てっぺんではなくて
2段目の1つのグラスだけに注ぎ始めるとどうなるでしょうか?

きっと、4分の1程度のグラスが
なんとか満たされるのがやっとではないでしょうか?

つまり、あなたが自分を満たさずに
人のためだけに犠牲になるよりも、
自分を溢れんばかりに満たしたほうが、
4倍以上の人を幸せにできるということです。

だからわたしは、今ここにある無限の幸せを
感じ取れる限界だけ感じ取りたい。
限界を超えて感じて、感じまくって
どんどんどんどん溢れさせていきたいのです。

あなたも、いつも、今ここから、
自分を幸せにすることを考えてみませんか?


                     全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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