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2015年11月10日

ドラマ「MOZU レジェンド (前編)」思いやりの範囲拡大



小学5年生の息子には
学校で嫌いな子がいるそうです。

嫌いな子は何人かいて、
先生の前と先生がいない時で
コロコロ態度が変わる子。
偉そうにして、同級生を見下した態度の子。
妙におちゃらけていて、
空気に関係なくちょっかいを出してくる子。

などなど…

信頼できる仲の良い子たちもいる中
気に入らない子もいる。

大人の社会でもそうなのですから
それはそれで当たり前のこと。

そうわかっているのですが、
話を聞いていると、ヒヤヒヤします。

とくに次の二つのこと…

『いじめられているんじゃないか』
『いじめに加担しているんじゃないか』

息子が語る言葉を聞いているとついつい
頭ごなしに口を挟みたくなることが出てきます。



来週あたり、劇場版を見に行けるかな!?
わくわくしています。
その前にテレビシリーズを全話見返すか?
せめてシーズン2だけでも見返すか?
迷っているのですが、迷いながらも先月深夜に放送された
再編集ダイジェスト版…

ドラマ「MOZU レジェンド (前編)」

を観ちゃいました。

東京の街中で、突如起きる爆弾事件。
警視庁公安部特務第一課警部の倉木尚武(西島秀俊)は、
監察医務院で爆心地にいた
妻・千尋(石田ゆり子)の遺体を確認します。

彼を案内した捜査第一課警部補の大杉良太(香川照之)は
気遣う言葉をかけますが、倉木は嘆くでも怒るでもなく、
事件の詳細についてまるで尋問のように大杉に質問を浴びせます。

「なぜ妻は死ななければならなかったのか?
俺は本当の真実が知りたいだけだ」

『本当の真実』への強い思いが、倉木を衝き動かしていきます。

公安部公安第二課巡査部長・明星美希(真木よう子)、
そして美希の上司、津城警視正(小日向文世)
は新谷和彦という男を追っていました。

爆弾事件の捜査本部にいる大杉は
倉木のことが気になり交番勤務の鳴宮啓介(伊藤淳史)に
協力を仰ぎ情報を集めながら、
爆発現場に居合わせた美希に聞きこみを開始。

一方、美希は意図的に倉木、大杉に近づき
新谷和彦(池松壮亮)の情報を流すのでした・・・。



「百舌(モズ)」こと新谷兄弟。
前半は新谷宏美が記憶を取り戻し、
倉木が爆弾をもっていた筧俊三という男に
会っていた謎の女性の正体を知るところまで描かれます。

シーズン1のクライマックスの少し前まで。

放送時間は2時間半ありましたが、
コマーシャルカットすると正味1時間50分。

シーズン1は全10話あるので、
大部分をカットしてまとめあげられているのですが、
各登場人物の関係性や物語の大枠は
しっかりと理解できるように作られていました。

アニメの「ガンダム」がたまに、
TVシリーズが終わるとそれを再編集して
劇場版を作りますが、それに近いスピード感です。

1話ずつじっくり見るよりは、物語を俯瞰する感覚が
強くなりましたが、視点が変わると見えるものも違いますね。

だから、わたしは再編集版というのは好きなんです。

新谷宏美が初代の「百舌」です。
彼は、長女を亡くして精神を病んでいた父親に
無理やり女の子の格好をさせられ、
偏執的にかわいがられていました。

その経験から、次第に精神がゆがんでいき、
殺人衝動を抑えられなくなっていったのでした。

しかし、その新谷は冒頭で記憶を失います。

自分が何者なのかすら分からなくなる。
そんな中で、フリーライターの葵美と出会い、
普通の人間らしい交流ができるし、
無暗に人を殺したくなるような衝動にも駆られない。

葵美への思いやりは、普通の人間らしく持っているし
その気持ちは記憶が戻って
異常な殺人鬼「百舌」として復活してからも
消えてはいないようでした。

この新谷をみながら考えていたのは
自分や息子のこと…

わたしも嫌いな人はいました。
今は、自分の精神が病まない程度に
嫌いな人はそもそも嫌わなくて済むように
意識の外にだしているので、
日ごろから嫌いで仕方がないという人は
意識上はいません。

でも、それは大人のわたしがやっていることで
10歳の息子にできることではない。

わたしは小学高学年の頃には、
クラスでみんなに嫌われている子と
一緒に遊んだりするようになっていました。

みんなが嫌う理由もわかるけど
わたしの性格のせいか、その子も
みんなに対するような態度をわたしにだけは
とらなかった。

そうなると、わたしは一対一の関係としては
その子を嫌う理由がないわけです。

それに、みんなが嫌っているからという理由で
自分も嫌うというのがかっこ悪いことだという
美学がそのころからありました。

かといって同情したりもしない。
だって嫌われている子は、嫌っている子に対して
嫌われるようなことをしているのですから
それは仕方ないよねって思っていたんですね。

ところが親という立場で観ていると
息子がいじめに加担しているのではないか?
と心配してしまう。

わたしの息子も嫌われるようなことをされている立場
なのだとしたら、わたしが頭ごなしに
わたしが子どもの時にとったような行動を
押し付けるわけにもいかないわけです。

わたしも嫌なことをされたら嫌っていたかもしれないから。

また、それ以前に、息子はどうも
腕力の強い子たちには若干見下されているようなフシがあり、
苛められているのではないか?
という心配もしてしまう。

今のところは、それは誰にでも経験のある
友達同士のいさかいの一種の範疇のようですが
そういう友達との関係性の中から、
息子のもともとの性格が、
どういう方向へ向かっていくのか?

とても、気になります。

強い子にいじめられた経験と
嫌われている子を自分も嫌う経験…

その対照的な自分を、いつか客観的に観れるのか?
その時息子は自分になにを感じ、どう捉えていくのか?

息子を信じながら、親として伝えるべきことは
上手に伝えていく。

息子が成長とともに、その思いやりの心の
範囲を広げていけるように…

親としての辛抱強さや慎重さ、機微や懐の深さ…
さまざまなことが試される時期に突入したようです。


               全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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