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2015年09月30日

ドラマ「ナポレオンの村 #7」引き継ぎ終わりました?



社会に出たばかりのときは、
「必要とされる人材を目指せ」と言われます。

しかし、数年仕事を続けるとわかります。

自分がいなくてもいい状態にしなければならない。

例えば、総合職のサラリーマンで
2-3年おきに転勤がある。

そうなると、これまでやっていた仕事は
誰かに引き継がなければならない。

チェーン展開を広げている店舗などには
社内に「立て直し屋」的なベテランがいます。

業績が伸びない支店に行って、
業績を上げさせる。

それが済むと、また別の支店に異動になる。

そのときも、自分が来たから立て直せた。
居なくなったら元に戻っちゃった…
となるわけにはいきません。
それでは「立て直し屋」ではない。

一時期加勢しただけ…と言われてしまう。

起業家、創業者もそうです。

自分がヒラメイて起こしたビジネスを、
自分がいなくても回る仕組みにしなければならない。

自分がいなくなった後も、
多くのお客がそのサービスやアフターフォローを
待っているとなれば、自分が退いたら終わり…
というわけにはいかなくなる。
従業員への責任もあります。

ビジネスだけではありません。
家庭もそうですよね。

自分がいなくなっても、
子どもたちが幸せに生きていけますように・・・

そんな風に考えて、
毎日一生懸命生きているのが親ですよね。

必要とされる人…それは嬉しいことです。
でも、いつまでも必要とされる人ではいけない。
必要なくなるようにしていかないといけない。



やっぱり、他のドラマたちより、
2-4話分くらい短かかったですね。
良いドラマだっただけに、寂しくなりました。

ドラマ「ナポレオンの村」

第7話(最終話)を観ました。

戸川(山本耕史)が神楽村に連れてきたのは
内閣府国家戦略特別管理官・桜庭(西村雅彦)。

浅井(唐沢寿明)の村興しの手法をモデルケースにして、
日本の限界集落を一気に立て直すと意気込みます。

浅井は、限界集落の復興というのは
マニュアルに人を当てはめてできることではないと訴えます。

しかし桜庭は、国が応援すれば不可能はないと
断言するのでした。

戸川も、桜庭は浅井の同志であり
心配はいらないと言って聞きません。

一方村人たちは、モデルケースなり国の支援が入ることで
浮足立っていましたが、
浅井がずっとこの村にいるわけではないと聞いて戸惑います。

桜庭は国から助成金がおりるのを待たず、
すぐにでも神楽村の交通インフラを整えようと動き始めます。

その莫大な費用を立て替えるのは星河市。

浅井は危険だとめようとしますが、
桜庭に「何かを大きく変えるためには勢いが必要だ」
と言われ、見守るしかなくなります。

菰田(イッセー尾形)は今回の件について事前に承諾していました。

浅井は菰田からその理由を聞き、
彼らを応援してみようと決めます。

そして道の舗装工事や、新しい直売所の建設が進んでいくのですが…。



「この村はもう大丈夫だ」

浅井がそう思った通り、村人は自分たちで
自分たちの村を守り、創っていくという
心意気を身につけていました。

ということは、浅井がいつまでもそこにいる必要がなくなる。

浅井は他の村の村おこしに行く必要がある。

最終回…さよならの回です。

惜しまれながら、涙の別れです。
しっかりと必要とされた証拠。
でも、いなくなってもちゃんと自分たちでやっていけるよ!
今までありがとう。という最高の別れ。


いま、わたしたちは、必要とされる人になるために必死です。
誰からも必要とされないことで
心を病んでしまう人も後を絶ちません。

まず必要とされる人とはどんな人でしょう?

リーダーとなるひと?大きな変革をもたらす人?
大きな仕事を成し遂げた人?
救世主?

たしかにそうかもしれませんが、
わたしにとっては、わたしの周りにいる人たちです。

ということは、わたしの周りにいる人たちにとっての
周りにいる人たちの中にはわたしもいる。

全員がそうは思ってくれていなくても
だれか一人でもそう思っていてくれる人がいればいい。

あるいは、今は誰もそうは思ってくれていなくても、
いつか「あああれは、あの人がいてくれたからだったんだ」
と思ってもらえることがあればいいなと思っています。

人と人のつながり。
わたしはあまり得意な方ではないですが、
それでも必要としてくれている人がいます。
ありがたいことです。

だから、わたしがいなくなっても良いように
一生懸命、時を紡いでいこうとしています。

もしも、誰とも関わっていなくて
「必要とされていない」と感じているのなら
周りを見渡して、困っている人を手伝えばいい。
困っている人がいなければ、
今以上にもっと良くなることはないか?
そのために手伝ってみればいい。

それがダメでも、あなたが収入を得て
消費をしているということは
誰かと関わり生きているということなので
絶対に誰かの役に立っている。

まずはイメージすることからです。

どんな世の中ならもっとみんなが幸せになるか?
そのために何が足りないか?
その足りないものを埋めるために、自分に何ができるか?

新しいモノ…それは物であったり事であったり
考え方であったり発想であったり、
またはそのキッカケであったり…
そういうモノを生みだすために必要なものは
全て揃っています。

その全ての中にわたしたちや
わたしたちの内にあるモノも含まれています。

そう思えば、やれることは無限に出てきます。

そうやって人間関係を作ったら、
自分が要らなくなることを目指して、
その価値を本来の価値に浄化させることを目指せば良い。

組織の中なんかに入ると
「この仕事がなくなったら、自分の居場所がなくなる!」
と必死になって、仕事のための仕事を増やしたり
しがみついている人がいますが、
もっと大きな眼で見れば、
他にやることは無限に見いだせるはずですよ。

一生では時間が足りない!と思うくらい見えてくる。

でもこれが真実だとも思っています。
一生では足りない。

だから次の世代に託す。

だから、自分がいなくても良い状態にするのが
わたしたちのつとめ。



                  全ての物語のために









posted by ストーリーセラピスト at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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