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2015年09月15日

小説「月に繭 地には果実 中 福井晴敏 著 (幻冬舎文庫)」その2 友人の成長に自分を映す



友人たちが成長していく姿を見ると焦ります。

自分は何をやっているんだろう…
オレは今のような在り方で大丈夫なのだろうか?
友人たちに追いつく日が来るのだろうか?

しかし、それはいつごろまでか、
友人たちの方も思っていたことがあるだろうし、
いつしか追いつくとか追いつかないという
問題ではないんだろうなということに気づき、
友人の幸せをたたえ、
自分は自分でただ研鑽し、幸せで在ろうとする。

それで良いんだと思える気づき。
諦めや失望ではなく、
明らめという肯定的な展望。

そういう実感を持てる日が来ることもまた
自分の成長の一つなんだろうなと思います。

こういうことが言えるようになった自分を感じるのは
今まで見えていなかった気づきの時が
また、すぐそこまで近づいているんだろうな…
という感覚。

きっと、あとは「あ、この感覚か!」と気づくだけ。
それまで、また精進したい。

ここでいう精進とは、別に苦行などではなく、
淡々と生きながら、日々の出来事、
そして物語を通して自分自身と向き合うという
在り方を維持するということです。



複数の作家の小説を読み比べると
面白そうな作品でも、どうしても入り込めない作家と
初めは興味を持っていなかった作品でも
作家によってはグイグイ引き込ませる作家と出てきます。
その時の読み手の状態にもよるとは思いますが、
作家の文体と読者との相性というものも明らかに存在する。
だから自分に合う作家の作品に出合うのはとても嬉しいことです。

小説「月に繭 地には果実」 中巻

福井晴敏 著 (幻冬舎文庫)


を、読破しました。

核戦争などで地球を人の住めない世界にした人間。
以来、地球と月に分かれて2千年の間
ひっそりと生きてきた彼ら。

地球では過去の文明の記憶を封印し、
苦労の末地球を再生させ
大きく文明を発達させることなく
産業革命以前のような牧歌的な暮らしで
穏やかに生きていました。
月に人がいるなどとは夢にも思わず…

月の人間は、旧世紀から受け継いだ
科学技術を駆使し、人工的に作られた
月の地下都市の中、絶対平和の元に
穏やかに生きていました。
地球が安心して人の住める場所になったら
再び地球に戻ることを夢見て…

月の民の地球帰還計画が
始まったことで、双方とも封印していた
闘争本能が目覚めたのか、
だれも望まなかった戦果は更に激化していきます。

そんな中、地球側の即席の軍隊ミリシャは
旧世紀の遺産・宇宙艦艇の発掘に成功し、
月を目指すことに…。



地球帰還計画の前準備として
月の住人・ムーンレイスが地球環境に
順応できるか?

そのモルモット役となったのが
この物語の主人公の少年ロランと
その幼馴染の少年キースと少女フランです。

上巻の物語は、
3人が地球に降下してきたところから始まります。

それぞれ、体内に健康状態をデータとして月に知らせる
送信機が体内に埋め込まれているだけで、
降下後にどう生きていくかは各々の技量に
任されていました。

ロランは鉱山主ハイム家の運転手として雇われ
ガキ大将だったキースは街のパン屋に潜り込み、
フランは新聞社で記者となります。

適応検査期間の2年が過ぎたら
月に戻るもよし、地球で生きるもよし、
その選択も自由。

ムーンレイスの地球帰還計画が始まったのは
その2年の期間が過ぎて間もないころでした。

それぞれに地球での「今」の生活や
周囲の人たちとの関係が尊いものになっていた3人。
彼らも、彼らの周囲の地球の人たちも
戦争に巻き込まれていきます。

地球の人から見れば敵の回し者、
月の人から見れば裏切り者…
となりかねない緊張感の中、
中立な立場で懸命に生きる3人。

キースはパン屋を開業し、地球の軍隊にも
月の軍隊の駐屯地にもパンを下していました。

そんなキースの在り方にフランが抗議して
ロランの目の前で激しい口論となるシーンが描かれます。

読んでいるとどちらの事情も、どちらの思いもわかる。
その口論の後のロランの思考が描かれた文章を
引用します(改行はブログ筆者)。


『小麦粉の香り、インクの香り。同じ大地を歩き、同じ空を見上げていながら、
今やまったく別々の世界に住むようになった親友たちは、
自ら選びとった仕事に最善を尽くしている。
ただ職能を切り売りするのではなく、仕事を通して世間を見、自分を省みて、
一個の大人として社会に参画しようとしている。
それに比べて、自分のやっていることはなんだ?
戦争の臭いに引きずられ、目の前の雑事に追われて、
周囲のなにも目に入らなくなっている。自分はいったいなにがしたいのか。
なにを通して世界を見、自分自身を見つめればいいのか……。』


まだ、十代の少年少女たちの話です。

時代と戦争という大きな状況があっての
物語を描いているとはいえ、
現実世界、現代社会のわたしたちに
当てはまらないような内容でもありません。

この物語を書いた福井晴敏さんの作品で
今年完結した「人類資金」では
第二次世界大戦に代わって、
お金という仕組みにまつわる経済社会の在り様を
「新しい戦争」とか「形を変えた戦争」
といったとらえ方をしていました。

『ただ職能を切り売りするのではなく、仕事を通して世間を見、自分を省みて、
一個の大人として社会に参画しようとしている。』

わたしも未だに
出世したり、独立したり、自分の道を突き進んでいく
友人たちを見て、彼らのそういう姿に
気後れする自分を感じることがあります。

しかし、少し目を転じると、
一方では自分がいる組織にしがみつき
その世界の価値観の中だけで出世を目指すことだけに
躍起になっていて、それが普通の生き方だと
信じて疑おうともしない人たちがいます。

そういう人たちを見ていると
「幸せなんだろうな」とうらやましく思う反面
やはり、こういう視点を持てる自分でよかったとも思えます。


この物語では、引用した文章のように感じていたロランが
自分の視点を通して世間を見て
迷いながらもたくましく成長していく姿が描かれています。

別に職業でなくてもいい。
自分は世間とどうかかわっているのか?
どうかかわっていくのか?

たとえば仮の職業についているとしても
その自分の在り方さえ定まれば
やりがいをを感じて生きていけるようになる。

今でも一部、わたしはロランのような迷いの中にいますが
ロランの迷いが晴れていく段階の少しだけ先に
自分はいると思います。

その実感はある。

この先も迷いながらでしょうが、
自分の答えを自分でつかむときが来るだろうなとは
思えるようになりました。

何も見えない不安ではなくて、
成長のために味わわなければならない
未知の経験への不安。

結局、それらを迎え撃つのは
自分たちを俯瞰して見れる視点を持っているかどうか
だと思います。


               全ての物語のために











posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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