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2015年08月26日

ドラマ「花咲舞が黙ってない 第2シリーズ #6」わかりやすさの役割



自分だけが作品の良さをわかって
他の人がわかってくれない。
他の人に伝わらない。

それはとてももどかしいし、寂しいです。

子供のころからよく言われていたのが、
「君は感受性がするどい、
でも、君が感じていることをそのまま
伝えようとしても伝わらないよ」
ということでした。

“もっとわかりやすく”

思春期のころまではそれも
たいして意識していませんでしたが、
脚本の勉強をするようになってからは
どうしたって考えないわけにはいかない。

大学に入り、自分で映画を撮るようになると
痛感しました。

映画研究部や映画学科、映像学科…

映画好きが集まるそういう場所で
みんなに映画を作らせると、
“心の闇を描く”だのと言って
何やら小難しい作品が量産されます。

そこにはさまざまな制約も関係した
結果だという部分もあるのですが、
なぜか独りで思い悩むような作品が多い。
あるいは「世にも奇妙な物語」みたいな
ちょっと不可解な短編もの。

初めてわたしが作った作品も
やはりそんな感じでした。

でも、それじゃ他の人たちと
代わり映えがしない。

そこでわたしはみんなの逆を行くようにしました。
“わかりやすさ”を自分の卒業制作の軸に据えました。

そこで、映画っぽさよりも
テレビドラマのようにわかりやすく!
をモットーにして、ストーリーを作り
撮影をしていきました。

周囲の小難しい作品よりも
多くの人に楽しんでもらえたのは言うまでもありません。



小説やWOWOWの連続ドラマシリーズの
過去作品に夢中になっている間に
今シーズンのドラマに追いつけなくなって
きはじめました(汗)

ドラマ「花咲舞が黙ってない」 第2シリーズ

第6話を観ました。

舞(杏)と相馬(上川隆也)は、
検査部の与信検査への応援を命じられました。

検査部による与信審査とは
支店の融資状態の正当性を本部がチェックするもの。

検査を指揮する検査部主任・氷室(東幹久)は
“支店荒らし"と噂されるほど厳しく高圧的な人物で、
融資に詳しくない舞は、テラー出身ということで
素人扱いされ、「足を引っ張らないでくれ」と言われてしまいます。

舞たちが訪れたのは、真藤(生瀬勝久)派閥の
田山(石橋保)が支店長を務める深川支店。

氷室の指導は噂通り厳しく、融資課長の北村(土屋裕一)、
舞と同期の融資課員・江藤(笠原秀幸)たちを含む
融資担当全員が早速やり玉に挙げられます。

氷室の高圧的な態度に激しく憤りを感じながらも
お茶くみやコピーなどの雑用をする舞。

そんな中で相馬だけは氷室を注意深く観察していました。

実は、氷室が支店の弱みを握って脅迫し、
金銭を要求しているという内部告発があり、
そのことは相馬にだけ知らされ
スパイとして送られていたのでした。



久々に悪い奴が徹底的に悪い、
勧善懲悪的な爽快感がありました。

小説?「人類資金 #0 福井晴敏 著(講談社文庫)」
を紹介した時に、
わかりやすさの弊害について書きました。

コントのようにデフォルメされたわかりやすさ
記号のようにルールにのっとったギャグや演技。

この「花咲舞が黙っていない」などは
そういう意味で言えば
かなりの割合で悪い意味の分かりやすさに
支配された作品とも言えるでしょう。

それでもなぜ、多くあるドラマの中、
この作品を好んで見ているのか?

単純に、爽快感があるからです。
気持ちがいい。

いいところはいろいろあります。
悪い奴が徹底的に悪くて、
最後に悪を懲らしめてスカッとできる。

上川隆也さんがたまに見せる
熱い演技がいい。

仕事の本分を思い出させてくれる
寓話的な部分を1話完結で手軽に楽しめる。

などなど。

池井戸 潤さんの原作作品だということも
信頼している一つの要素なのかもしれません。

それでも、見なかった池井戸ドラマ作品もあります。
もちろん見れば面白いのは分かっていますが
結果シーズン中に観ていない。

なぜかを考えると
「花咲舞が黙ってない」は
わかりやすくて見やすかったから。

…ということにつきます。

わかりやすくルール化されている部分もあるけど
大切なことはきちんと伝わってくるんですね。

この、大事なことはきちんと伝わってくる。
大事なことが伝わりやすい。
ということが重要なのかなと思います。

わかりやすさの弊害は、
わかりやすくしすぎて、大事なことが
「無駄」として省かれてしまっている状態。

それは本末転倒なわけです。

でも逆に、大事なことが伝わらないくらい
難しい表現でもどうなのよ?
ってこと。

学生映画を作っている時、
小難しい映画を作っているころは
哲学的なことを見せておいて、
なんだかよくわからないまま終わらせる…
というのがよくありました。

観客にゆだねたつもりの自己満足です。

観たほうは、「結局何が言いたかったの?」
となってしまう。

難しいことを難しいまま見せたって
それもまた、人に観てもらう表現媒体、
特にエンターテインメントとしては本末転倒。

大事なこととは、言葉にできないことも多いです。

たとえば、銀行員もその本分を全うしようぜ!
といったって、どう在るのがそういうことなのか?
というのは漠然とする。

それが、組織のしがらみや登場人物の
おかれた立場やその行動、
そして対立を見せて観る人が
感じ取りやすくする。

「言葉にはできないけど、そうだよね!」

とシンプルに伝わる。

そういう意味での表現の深さがあるのが
エンターテインメントだと思っています。
そして、それは教育や学びの場でも
非常に有効なこと。

だから、神話・童話と、大切なことは
物語で伝わり続けているのでしょう。

わたしの「わかりやすく伝える物語力」は
まだまだ発展途上ですが、
息子にいろいろなことを感じながら
学んで欲しいので、
親になってみて、勉強しておいてよかったと
思えることの一つです。


               全ての物語のために


















posted by ストーリーセラピスト at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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