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2015年08月22日

小説「キャプテンハーロック 竹内清人 著 (角川文庫)」その2 リーダーがリーダーで、親が親である理由



川の字になって家族で寝ていると
息子が寝返りをうって
手足がわたしの体に乗っかることがあります。

こういう時も、幸せを感じる瞬間です。

その瞬間そのものが喜びのひと時ですが
少し考えると、
そこには息子がわたしたちを
親として認めて、安心しきっているという
隠された意味を感じたりします。

人間としても男としても、
そして親としても、決して完成されていない。
少しずつ、少しずつ親にさせてもらっている。
そんな感覚ではありますが、
そうやって認めてもらえていることは
やはり嬉しいことです。

親として一人前ではないのに
それでも「自分はこの子の親だ」
と、気負いなく、でも堂々と言える感覚。
それは息子が向けてくれる信頼によるところが
大きいのはとても実感しているのですが、

万が一、

その信頼が崩れたとき、
あるいは息子に恨まれるような日が来たとき、
それでも、「自分は親だ」と気負いなく堂々と言えて、
どんなことも親として受け止められる自分でありたい
と思っています。



薄い本だからとあなどってはいけない。
文章が読みやすいからと軽く見ちゃダメ。
物語や一つ一つの言葉、そして行間から
何が感じ取れるか?
そこを意識しながら読むのが心地よい…

小説「キャプテンハーロック」

竹内清人 著 松本零士 原作 福井晴敏 ストーリー
(角川文庫)

いよいよクライマックスに入ってきました。

原作は松本零士の漫画、
松本零士さんが総設定している
キャプテンハーロックの世界を、
小説家・福井晴敏さんがアレンジして
新しいストーリーを紡ぎだしました。

実際の映画化にあたっては
脚本の執筆を福井晴敏さんと竹内清人さんの
共同執筆として書かれています。

その映画のノベライズ版
小説「キャプテンハーロック」は
脚本家・竹内清人さんが執筆しています。



作家の競演…それぞれの良さが
出ている作品に触れられることは
わたしにとってはとても嬉しいことです。

2005年公開の邦画
「戦国自衛隊1549」は
悪く言えば邦画らしいチープさで
多くの人に進んで薦めるようと思うほどの
面白さはありませんでした。

それでも何度か見返しています。

映画を通して脚本という活字媒体を読んで
しかも、その熱さ楽しむことができるからです。

本来の小説よりはプロットに近いという
小説版の「戦国自衛隊1549」は
福井晴敏さん執筆で出版されています。
わたしは未読…でした!そういえば。
(まだまだ、楽しみは尽きない!!)

映画の行間というか背景にある脚本の良さ
がこんなにクッキリ出る作品も珍しい。
しかもその感じ取れる脚本を
活字で読んでいたらワクワクするだろうな〜
とわかるので、それが心地よくて何度も見てしまう。

小説「キャプテンハーロック」は
その竹内清人さんの良さが
前面に出ているんだと思います。


惑星トカーガで
キャプテンハーロックに助けられた主人公ヤマ。

アルカディア号に戻り、
「キャプテンはなぜ捨て身で
自分を助けたんだろうか?」
と考えていると、先輩の女性搭乗員ケイに言われます。

「あなただからじゃない。
私たちの誰がそうなってもキャプテンはそうする」

このシーンでのケイのこのセリフは
映画版でも描かれますが、
小説版は、ヤマの視点で記されているので
「それがハーロックの生き方」なんだと
ヤマが解釈するような文体で表現されていました。

『キャプテンハーロック』
キャプテンとは、指導、指揮する立場の人。
主将、船長など。
ハーロックが乗るアルカディア号は
海賊戦艦なので艦長ということになりますよね。

まぎれもなくリーダーです。

乗組員はハーロックがかかげる髑髏旗、
「自由の旗」の下に、
ハーロックについて行こうと誓った人たち。
全員がハーロックとっては部下です。

ハーロックは危険を顧みず
単身でヤマを助けに行きますが
ヤマはハーロック暗殺の命令を受けたスパイ。
ヤマは自分を助けようとするハーロックに
銃を向けますがハーロックは構わずに
ヤマを助けようとする手を休めません。
「アルカディア号に乗っている以上、
お前は俺の部下だ」
と…

これがハーロックの生き方なんだと
ヤマは理解しますが、
これはそのままリーダーの在り方ですよね。

このハーロックの在り方があるから
乗組員は彼を“キャプテン”と呼び、ついて行く。

どんな人間でも自分の部下として
ハーロック自身が引き受けたら、
例え自分に銃を向けようとも
自分は部下として扱う。

これは、親の覚悟と相通じるものがありますね。

親にとって、グレようが犯罪を犯そうが
わが子はわが子です。

例え子どもに憎まれるような時がきても
自分は親としてわが子を愛する。

親子の関係では本能からの情や愛で
自然とそうなることのほうが多いと思います。

しかし、職場ではどうでしょうか?
「私のチームいる以上は、
あなたも、あなたも、そしてあなたも…みんな
私の部下だ」
と、必要とあらば身を挺して守ることができるでしょうか?
「上司」という地位を引き受けるときに
きちんとそこまで覚悟して引き受けたでしょうか?

リーダーが肩書きだけではなく
本当にリーダーとなれるか?

それがその姿勢にかかっているわけですが、
キャプテンハーロックというキャラクターは
その象徴的なキャラクターですね。

映画の中のハーロックみたいに
寡黙にかっこつける必要はありませんが、
リーダーの姿勢の見本が欲しければ
「キャプテンハーロック」を見てみることをお薦めします。

それでも感覚がわからなければ
日々、覚悟をもって親をやっている人と接して、
親の覚悟をリーダーの覚悟に置き換えて
考えてみるのも参考になるはずです。


             全ての物語のために





















posted by ストーリーセラピスト at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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