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2015年08月13日

「チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像」浮かび上がった、越えたらイケナイ一線



過ぎたるは及ばざるがごとし

どんなこともやり過ぎると
やれてないのと同じか、
下手をするともっと酷いことになります。

善と悪についてもそうですよね。

正しさを主張しすぎて、独善に走る。

「あなたの言っていることは
確かに正しいんだけど、でも…
やっぱりそれだけじゃないよね」

ということがわからずに行き過ぎちゃう。

テロもそうですし、その報復としての攻撃も
その最たるモノの例ではないでしょうか?

でも、いざ自分の身に置き換えて想像したとき…
たとえば大切な家族が犠牲になったら
わたしもその一線を飛び越えてしまわないとは
言い切れない。

一線に気づきもせずに、知らないうちに
やすやすと飛び越えてしまうのか、
一線に気づいても、怒りにまかせて飛び越えるのか…
一線の前で踏みとどまることができるのか…
わからない。それくらい難しい問題です。

でも、本来越えてはならないという一線は
やっぱり厳然とある。

その一線を表現する、伝えるというのは
簡単なことではありません。

伝えようとすると、結局それもまた
ひとりの主張、つまり独善になってしまうことがある。

でも、それは伝えようとするのではなく
浮かび上がらせるという視点で
その周囲の物語を描くと
こんなにくっきり伝わるように表現できるのか…

と、気づかせて頂けたことに感謝できる、
そんな作品に出会えました。



海堂 尊さんの小説のシリーズも、
小説とは全然違うテレビドラマの方も大好きなシリーズ。
その完結編となるタイトルの映画版

「チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像」

を、やっと!!観ました。

国と、桜ノ宮市、東城医大が
死因究明システムの改革として取り組む、日本初の施設。

Ai(死亡時画像診断)センターの設立が
いよいよ実現しようとしていました。

東城医大の精神科医、田口(伊藤淳史)と
厚生労働省の白鳥(仲村トオル)も
このプロジェクトに参加していました。

同じころ、厚生労働省で白鳥の唯一の味方であった
上司が、別荘でその他9名の医療関係者たちと
集団不審死事件に巻き込まれたという連絡が入ります。

そして、Aiセンターのこけら落としとなるシンポジウムを前に、
東城医大の愚痴外来こと田口の特別愁訴外来宛に
東城医大とAiセンターを狙っていることをほのめかす
脅迫状が届きます。

Aiセンターが始動するその日、
田口・白鳥コンビが医学界を揺るがす時間に挑みます。



映画版の「チーム・バチスタ」シリーズと言えば、
主役の田口先生を竹内結子さんが、
そして白鳥を、阿部寛さんが演じたシリーズが先にありました。

しかし、今回の映画は、
フジテレビがドラマ化したシリーズの流れ、
完結編のみ映画化されたという作品ですね。

わたしは海堂 尊さんの原作の世界観が大好きです。

原作は田口・白鳥シリーズ以外でも
世界観がすべてつながっていて、
宝島社から出ている「ケルベロスの肖像」は
角川書店刊の「輝天炎上」とセットでのお話になっています。
同じ事件を、違う視点から描いている。

だから、テレビの最終シリーズは
本来の宝島社刊の田口・白鳥シリーズではなく
「輝天炎上」のシリーズの前作
角川書店刊の「螺鈿迷宮」が原作となりました。

シリーズを通して脚本を担当されている
後藤法子さんも、この原作の世界観を
しっかりと踏まえてらっしゃるんだなというのが
よく感じられます。

そうでないと、各出版社から刊行されている
さまざま小説を通じて網の目のように
張り巡らされている桜ノ宮や東城医科大学
を取り巻くシリーズを、
一本の線でドラマシリーズにすることはできないでしょう。

原作ファンには、このドラマシリーズのアンチも方も
多くといると思います。

なぜなら、改編があまりにも大胆だから。

確かに、小説を読んで、「これドラマで観たい!」
と思っても、そのいいところがバッサリと
なくなっていたり、好きな登場人物が
ドラマでは犯人にされていたり、
読者としてはビックリドッキリが多い。

でも、逆に言えば、小説を熟知していても
映像版は先が全く読めないわけです。

だから、原作の海堂 尊さんも
映像化はいつも楽しんでおられるようです。

今回の劇場版も、ドラマの世界観を引き継ぎつつ、
小説の要素もしっかりと入りながらも
またもや先の読めない展開。

ドラマよりもテンポが速い分、とても引き込まれました。

作品のテーマであるAiや医療過誤死問題はそのままに
原作ファンが最後の最後まで先を読めない映像化。
お見事!というのが観終わったあとの感想です。

例え小説は読んでいても、
まだ映画を観ていない人のために、
犯人を明かしはしませんが、
小説の海堂作品世界を知っている人の方が
特に意外性を感じるような人が犯人です。

まあ、中盤で誰が犯人かは読めてしまうんですが、
そもそもこの作品のテーマが「誰が犯人か?」
ではなく、そこはあくまで物語を進めるためのスパイスの一つ。

ミステリーファンには物足りないかもしれませんが
エンターテインメントを楽しみつつ
自然と医療過誤について考えさせられる
上手い作品だと思います。

作品解説が長くなりましたが、

今回は、薬害というキーワードが出てきます。

そして、被害者やその家族の苦しみと
多くの人を助けるための薬の開発のジレンマが
表現されるシーンが出てきます。

原作の「ケルベロスの肖像」にはない部分です。

そこから派生する被害者側の憎しみ。
ある被害者が、自分は誰を恨めばいいんだ?
と白鳥に問います。

白鳥はそのジレンマを身に染みてわかっている。

そこから派生したその被害者の恨みが
独善として発露します。

たしかに難しい問題だけど、だからといって
それは正義じゃないよね…?

という一線を越えちゃう人が出てくる。

独善に走る原因は、はっぱり怒りです。
怒りは自己防衛本能。

寂しさや、いたたまれなさ、絶望感…
そういう負の感情から自分の心を守ろうとする感情。

だから、その怒りという感情は
世界をゆがめてその人に見せます。

視野が狭くなってしまう。
理解が乏しくなってしまう。

今回、一線を越える人たちは
(あ、一人じゃないことをバラしちゃった…)
その境界線を、上手にわたしたちに見せてくれます。

一線を越えて引き返せなくなった人、
一線を越えたけど引き返せた人、
一線を越えてもおかしくない境遇だけど
その思いを正しい志に変えられた人…

そういう人たちのアンサンブルで
その境界線を浮かび上がらせている。

怒りという鬱屈した気持ちを抱いて
ヤケを起こしたい気持ちになっている人がいたら、
ぜひお勧めしたい作品です。

その一線が見えるし、
エンターテインメントとしての爽快感もあるし。

福井晴敏さんの世界からまた、
海堂尊さんの世界に乗り換えて、
もうしばらく小説の世界に浸ろうかな〜
なんて思ったりもしちゃいました♪



                全ての物語のために

















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posted by ストーリーセラピスト at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ストーリーセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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